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◆ 番外編・後日談
【番外編】好きのきっかけ
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「あの、将斗さん……変なこと聞いてもいいですか?」
今日の夕食は七海が作った炊き込みご飯とお吸物、鰤の照り焼きと和風豆富サラダという和食メニュー。
それを『美味しい』と嬉しそうに食べてくれる将斗の姿を見ているうちに、ふと七海の中に小さな疑問が湧き起こる。同時にその疑問を本人に聞いてみたい気持ちも生まれた。
七海の問いかけを聞いた将斗が「ん?」と小さく首をかしげる。
「何? やらしーこと?」
「ちがいます」
いつもの調子でにこにこ笑う将斗の台詞をすかさず否定する。そんなわけないでしょう。
食欲旺盛な将斗が炊き込みご飯のおかわりをもぐもぐ咀嚼しながら「じゃあ何だ?」と訊ねてくるので、七海は食べ終わった茶碗と箸を置くと姿勢を正して前のめりになった。
「将斗さんは、私のどこを好きになったんですか?」
「……ん?」
七海の質問に一瞬の間を置いて将斗の語尾が上がる。予想外だったらしい。
「だって私、別に美人なわけでも可愛いわけでもありません。何か特殊な技能があるわけでも、十か国語話せるから傍にいると便利、とかでもないです。なのに将斗さん、前から私を好きだったと言うので……」
真剣な顔で訊ねると、ごくん、と炊き込みご飯を飲み込んだ将斗の動きが停止する。
そのままじっと見つめられたので同じようにじっと見つめ返してみたが、数秒の沈黙ののちハッと我に返り、やっぱり恥ずかしいことを聞いてしまったと少しだけ後悔した。
「あ……いえ、その……」
七海と将斗は本物の夫婦になった。今では一緒にいることが当たり前の日々を送っている。
将斗が手を差し伸べてくれたことに感謝しているし、彼の気持ちを疑っているわけでもない。
ただ今日のランチタイム中、友人であるほのかと小百合と『異性を恋愛対象として意識するきっかけについて』話題になったときに、ふと気づいたのだ。
将斗は七海を好きだと言ってくれるし、聞けばどこが好きかも丁寧すぎるほど丁寧に教えてくれるが、『最初のきっかけ』は聞いた記憶がないことに。『以前から好きだった』の『以前』がいつなのか、正確には知らないことに。
とはいえ自分を好きという前提で聞くのは、さすがに大胆すぎるかもしれない。急に恥ずかしくなって口ごもっていると、目の前の将斗がふむ、と鼻を鳴らして数度頷いた。
「七海は美人で可愛いと思うけどな、俺は」
「え……。あ……ありがとう、ございます……?」
回答の前に当然のような顔で前置きされたので、照れながらも一応お礼を言う。するとにこりと微笑んだ将斗が「んー……」と考える仕草を見せた。
「どこを好きになったか、か……」
「……はい。えっと……なにかきっかけがあったのかな……と思いまして」
ぽつりと呟いた将斗が茶碗に残っていたご飯と最後の一切れの鰤を口に入れ、丁寧に咀嚼してからいつものように手を合わせる。ごちそうさま、の合図だ。
そのままテーブルに頬杖をついた将斗が、楽しそうな表情のまま七海の顔を眺めてきた。
「きっとあのときだろうな、って瞬間はいくつか思いつく。けど一緒にいることが居心地良くて、いつの間にか好きになってた気もする。だから明確にいつから、どうして、っていうのは絞り切れないな」
「……」
少し時間をかけて将斗が出した答えは丁寧な説明だったが、七海の謎はむしろ深まった気がする。
箱の中に隠されていて見えなかったものを一応取り出してはくれたが、ぼんやりと霞がかっていて結局なんだかよくわからない、というか。
モザイクと同じだ。ちゃんと見えないとなおさら気になってしまう。
「ちなみにそのエピソードって、たとえば……?」
食べ終わった食器を手早く洗い終え、元いた将斗の目の前の席へ戻る。そして食後のお茶を飲んでいる将斗に、先ほどより前のめりで聞いてみる。
七海の中からはすでに、『恥ずかしいことを聞いてしまったかも』という照れの感情は消え失せていた。
真剣な妻の表情がおかしかったのかもしれない。破顔した将斗が「そうだなぁ」と微笑む。
「七海が俺を置いて帰ったときとか」
「……はい?」
将斗が呟いたのは意外な言葉だった。
否、意外どころか意味がわからなかった。
疑問を感じて首を傾げると、将斗がまた楽しそうに笑う。頬杖をついたまま七海の困惑顔を眺める姿は、七海が予想通りの反応を示したことに喜んでいるような印象だ。
「七海が俺の秘書になってすぐの頃か。面倒な案件がたまたまいくつか重なって、珍しく残業しなきゃ間に合わない状況になったんだよな。けど七海に手伝わせたら、どう考えても最終のバスで帰せそうにない。だから俺も帰れと命じたし、最初から七海に仕事をさせるつもりもなかった」
そういえばそんなこともあったような、なかったような。
将斗の秘書になって二年目以降は、仮に通勤で使うバスの最終便に間に合わなくても、将斗の残業に最後まで付き合うようになった。だからすっかりと忘れていた。
だが確かに、最初の頃は『社長命令だ、帰れ』と言われたら素直に指示に従って帰っていた気がする。
「けど『失礼します』って帰っていったとき、実はちょっと『本当に置いて帰るのかよ』って思ってた」
「……」
なんというめんどくさい上司だ。業務命令に従ったら実は内心拗ねていたなんて、わかりにくいにもほどがある。
初期ということは約四年、もうそろそろ五年も前になる出来事の恨み節を今さら聞くことになるとは夢にも思わず、そもそも何の話をしていたのかさえ一瞬見失う。
この話がこのあと『七海を好きになったきっかけ』に着地するとは思えないのだが。
「ほんの少し仮眠するつもりでソファに横になったら、そのまま爆睡してたんだな。我に返って慌てて飛び起きたら、七海が俺のデスクに座って仕事の続きしてたから、心底びっくりした」
「!」
先ほど退場したはずの七海が急に話の中に再登場したので、つい瞬きをしてしまう。自分でもすっかり忘れている七海は『そんなことあったけ……?』と首をかしげるが、当時のことを思い出したらしい将斗はやけにご機嫌だ。
「夜中の二時だぞ? いると思うわけないだろ」
「確かに、思わないですね」
「『なんで戻ってきたんだ?』って聞いたら『お風呂にだけは入りたかったので』って言ったんだ。で、『おにぎり作ってきたので、よければどうぞ』って手作りの握り飯をくれて」
どうやら社会人三年目、将斗の秘書になって一年目の柏木七海は、絶対に最終バスに間に合わないうえに上司にも帰宅を命じられたので、一旦は素直に従って帰宅することにしたらしい。
だが本当は、上司が寝ず飲まず食わずで仕事をしていることを心配していた。だからそのまま翌日の仕事に移行してもいいように自分の身支度を済ませて彼の夜食を用意すると、それを手に会社に戻ったようだ。しかも将斗が寝ていることに気づくと無理には起こさず、代わりに自分ができる仕事を黙々と進めていたらしい。
しかし将斗に説明されても当時のことをよく覚えていない。七海の中ではそれほどインパクトのある出来事ではなかったのだろう。
夜中に再出勤したときってタイムカードどうしたんだろう……と的外れなことを考えていると、将斗がくすくすと笑みを零した。
「あのときも『ああ、七海が好きだな』って思った」
今夜もまた夫の笑顔に見惚れてしまう。
けれどすぐに、違和感に気づく。
「あのとき『も』……?」
「そういうの、いっぱいあんだよ。七海が好きだな、この子じゃなきゃダメだな、って思う瞬間とか。ぐっと惹かれるタイミングとか」
将斗の何気ない説明から、彼が七海を本当に好いてくれて、懸命に愛してくれることを知る。真っ直ぐに七海を想ってくれる強さに、今日もまたときめいてしまう。
「でも好きだと自覚するたびに、七海には恋人がいると気づかされる」
将斗と初めて対面したときから、七海のプライベートには常に別の男性がいた。七海に恋人がいなかったのは、長く付き合っていた元恋人と別れてから佐久慎介と付き合うまでの、わずか一か月足らずのみ。
「結婚報告をされてからの半年は地獄の日々だったな。毎日七海が好きだと気づくのに、毎日現実を突きつけられて、悪夢のカウントダウンだった」
将斗の切ない呟きからまた彼の恋心と深い愛情を知る。彼の表情にまた胸が疼く七海だったが、将斗が次に紡いだのは意外な台詞だった。
「でもなんとなく、違和感もあったんだよな」
「? 違和感……ですか?」
七海が問い返すと、将斗が短い声とともに首肯する。
「結婚を控えてる割に妙に落ち着いてるというか、あんまり嬉しそうな様子を見かけないというか。今思えば『結婚することになった』って報告されたときが七海の笑顔のピークだったかもしれないな」
「なんでもお見通しですね」
「そりゃそうだろ。仕事してるときと寝てるとき以外、ずっとおまえのこと考えて生きてるからな、俺は」
さらりと恥ずかしい台詞を告げられ、つい沈黙してしまう。夫の愛は、今日も溶けるを通り越して焼け焦げるほどに熱くて重い。
「七海は、俺のどこが好きなんだ?」
「えっ?」
しかも将斗は自分の愛情を示すだけではなく、七海からの答えも欲しているらしい。完全に油断していたところでダイニングテーブルの上にずいっと身を乗り出され、思わず声が裏返る。
整った顔との距離がぐっと近づいたせいで変に緊張する。相手は結婚して夫となった人なのに。
「え、えっと……」
恥ずかしい。面と向かって好きなところを述べなければならない状況に、つい照れて視線を逸らしてしまう。いつも堂々と七海に愛を囁いてくる将斗は、どれほど心臓が強いのだろうと思う。
「ど、どこが好きか、と聞かれたら『全部』……です」
「……」
「でも確かに、いつから、と聞かれたら困ってしまうかもしれませんね」
自分でも卑怯な答え方だと思う。もちろん嘘は言っていないし、本心から将斗のすべてを好きだと思っているが、事細かに説明するのが照れくさいのでわかりやすい誤魔化し方で逃げてしまった。
ちゃんと教えろ、と迫られるかと思ったが、ふと視線を上げてみると、将斗が笑顔のまま固まっている。七海の回答が不満だったのかもしれない。
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いちゃいましたね。この話は終わりにしましょう」
あ、これは拗ねるか、怒られるな――と感じた七海は、将斗の好きなところをこれ以上詳しく口にすることから逃げ、また将斗の反応を待つことからも逃亡した。
話題の終わりを告げると、お風呂の準備をしようとダイニングから立ち上がる。が。
「七海」
「わ、わっ……!? え……将斗さ」
「このままソファと、とりあえず我慢して風呂入ってから朝までと、どっちがいい?」
「!?」
「いや、やっぱりどっちもだな」
「どっちも!? 何言ってるんですか、明日も仕事ですが……!?」
どうやら知らぬ間に将斗のどこかのスイッチを押してしまったらしい。逃げようと思ったときには時すでに遅し。後ろからお腹を抱えられて、そのままソファまで引きずられる。
ソファに下ろされ上から身体を押さえつけられて、ふと気づく。
――実はこういう強引なところにも惹かれたのかもしれない……と思うあたり、きっと七海もだいぶ絆されている。
今日の夕食は七海が作った炊き込みご飯とお吸物、鰤の照り焼きと和風豆富サラダという和食メニュー。
それを『美味しい』と嬉しそうに食べてくれる将斗の姿を見ているうちに、ふと七海の中に小さな疑問が湧き起こる。同時にその疑問を本人に聞いてみたい気持ちも生まれた。
七海の問いかけを聞いた将斗が「ん?」と小さく首をかしげる。
「何? やらしーこと?」
「ちがいます」
いつもの調子でにこにこ笑う将斗の台詞をすかさず否定する。そんなわけないでしょう。
食欲旺盛な将斗が炊き込みご飯のおかわりをもぐもぐ咀嚼しながら「じゃあ何だ?」と訊ねてくるので、七海は食べ終わった茶碗と箸を置くと姿勢を正して前のめりになった。
「将斗さんは、私のどこを好きになったんですか?」
「……ん?」
七海の質問に一瞬の間を置いて将斗の語尾が上がる。予想外だったらしい。
「だって私、別に美人なわけでも可愛いわけでもありません。何か特殊な技能があるわけでも、十か国語話せるから傍にいると便利、とかでもないです。なのに将斗さん、前から私を好きだったと言うので……」
真剣な顔で訊ねると、ごくん、と炊き込みご飯を飲み込んだ将斗の動きが停止する。
そのままじっと見つめられたので同じようにじっと見つめ返してみたが、数秒の沈黙ののちハッと我に返り、やっぱり恥ずかしいことを聞いてしまったと少しだけ後悔した。
「あ……いえ、その……」
七海と将斗は本物の夫婦になった。今では一緒にいることが当たり前の日々を送っている。
将斗が手を差し伸べてくれたことに感謝しているし、彼の気持ちを疑っているわけでもない。
ただ今日のランチタイム中、友人であるほのかと小百合と『異性を恋愛対象として意識するきっかけについて』話題になったときに、ふと気づいたのだ。
将斗は七海を好きだと言ってくれるし、聞けばどこが好きかも丁寧すぎるほど丁寧に教えてくれるが、『最初のきっかけ』は聞いた記憶がないことに。『以前から好きだった』の『以前』がいつなのか、正確には知らないことに。
とはいえ自分を好きという前提で聞くのは、さすがに大胆すぎるかもしれない。急に恥ずかしくなって口ごもっていると、目の前の将斗がふむ、と鼻を鳴らして数度頷いた。
「七海は美人で可愛いと思うけどな、俺は」
「え……。あ……ありがとう、ございます……?」
回答の前に当然のような顔で前置きされたので、照れながらも一応お礼を言う。するとにこりと微笑んだ将斗が「んー……」と考える仕草を見せた。
「どこを好きになったか、か……」
「……はい。えっと……なにかきっかけがあったのかな……と思いまして」
ぽつりと呟いた将斗が茶碗に残っていたご飯と最後の一切れの鰤を口に入れ、丁寧に咀嚼してからいつものように手を合わせる。ごちそうさま、の合図だ。
そのままテーブルに頬杖をついた将斗が、楽しそうな表情のまま七海の顔を眺めてきた。
「きっとあのときだろうな、って瞬間はいくつか思いつく。けど一緒にいることが居心地良くて、いつの間にか好きになってた気もする。だから明確にいつから、どうして、っていうのは絞り切れないな」
「……」
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箱の中に隠されていて見えなかったものを一応取り出してはくれたが、ぼんやりと霞がかっていて結局なんだかよくわからない、というか。
モザイクと同じだ。ちゃんと見えないとなおさら気になってしまう。
「ちなみにそのエピソードって、たとえば……?」
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七海の中からはすでに、『恥ずかしいことを聞いてしまったかも』という照れの感情は消え失せていた。
真剣な妻の表情がおかしかったのかもしれない。破顔した将斗が「そうだなぁ」と微笑む。
「七海が俺を置いて帰ったときとか」
「……はい?」
将斗が呟いたのは意外な言葉だった。
否、意外どころか意味がわからなかった。
疑問を感じて首を傾げると、将斗がまた楽しそうに笑う。頬杖をついたまま七海の困惑顔を眺める姿は、七海が予想通りの反応を示したことに喜んでいるような印象だ。
「七海が俺の秘書になってすぐの頃か。面倒な案件がたまたまいくつか重なって、珍しく残業しなきゃ間に合わない状況になったんだよな。けど七海に手伝わせたら、どう考えても最終のバスで帰せそうにない。だから俺も帰れと命じたし、最初から七海に仕事をさせるつもりもなかった」
そういえばそんなこともあったような、なかったような。
将斗の秘書になって二年目以降は、仮に通勤で使うバスの最終便に間に合わなくても、将斗の残業に最後まで付き合うようになった。だからすっかりと忘れていた。
だが確かに、最初の頃は『社長命令だ、帰れ』と言われたら素直に指示に従って帰っていた気がする。
「けど『失礼します』って帰っていったとき、実はちょっと『本当に置いて帰るのかよ』って思ってた」
「……」
なんというめんどくさい上司だ。業務命令に従ったら実は内心拗ねていたなんて、わかりにくいにもほどがある。
初期ということは約四年、もうそろそろ五年も前になる出来事の恨み節を今さら聞くことになるとは夢にも思わず、そもそも何の話をしていたのかさえ一瞬見失う。
この話がこのあと『七海を好きになったきっかけ』に着地するとは思えないのだが。
「ほんの少し仮眠するつもりでソファに横になったら、そのまま爆睡してたんだな。我に返って慌てて飛び起きたら、七海が俺のデスクに座って仕事の続きしてたから、心底びっくりした」
「!」
先ほど退場したはずの七海が急に話の中に再登場したので、つい瞬きをしてしまう。自分でもすっかり忘れている七海は『そんなことあったけ……?』と首をかしげるが、当時のことを思い出したらしい将斗はやけにご機嫌だ。
「夜中の二時だぞ? いると思うわけないだろ」
「確かに、思わないですね」
「『なんで戻ってきたんだ?』って聞いたら『お風呂にだけは入りたかったので』って言ったんだ。で、『おにぎり作ってきたので、よければどうぞ』って手作りの握り飯をくれて」
どうやら社会人三年目、将斗の秘書になって一年目の柏木七海は、絶対に最終バスに間に合わないうえに上司にも帰宅を命じられたので、一旦は素直に従って帰宅することにしたらしい。
だが本当は、上司が寝ず飲まず食わずで仕事をしていることを心配していた。だからそのまま翌日の仕事に移行してもいいように自分の身支度を済ませて彼の夜食を用意すると、それを手に会社に戻ったようだ。しかも将斗が寝ていることに気づくと無理には起こさず、代わりに自分ができる仕事を黙々と進めていたらしい。
しかし将斗に説明されても当時のことをよく覚えていない。七海の中ではそれほどインパクトのある出来事ではなかったのだろう。
夜中に再出勤したときってタイムカードどうしたんだろう……と的外れなことを考えていると、将斗がくすくすと笑みを零した。
「あのときも『ああ、七海が好きだな』って思った」
今夜もまた夫の笑顔に見惚れてしまう。
けれどすぐに、違和感に気づく。
「あのとき『も』……?」
「そういうの、いっぱいあんだよ。七海が好きだな、この子じゃなきゃダメだな、って思う瞬間とか。ぐっと惹かれるタイミングとか」
将斗の何気ない説明から、彼が七海を本当に好いてくれて、懸命に愛してくれることを知る。真っ直ぐに七海を想ってくれる強さに、今日もまたときめいてしまう。
「でも好きだと自覚するたびに、七海には恋人がいると気づかされる」
将斗と初めて対面したときから、七海のプライベートには常に別の男性がいた。七海に恋人がいなかったのは、長く付き合っていた元恋人と別れてから佐久慎介と付き合うまでの、わずか一か月足らずのみ。
「結婚報告をされてからの半年は地獄の日々だったな。毎日七海が好きだと気づくのに、毎日現実を突きつけられて、悪夢のカウントダウンだった」
将斗の切ない呟きからまた彼の恋心と深い愛情を知る。彼の表情にまた胸が疼く七海だったが、将斗が次に紡いだのは意外な台詞だった。
「でもなんとなく、違和感もあったんだよな」
「? 違和感……ですか?」
七海が問い返すと、将斗が短い声とともに首肯する。
「結婚を控えてる割に妙に落ち着いてるというか、あんまり嬉しそうな様子を見かけないというか。今思えば『結婚することになった』って報告されたときが七海の笑顔のピークだったかもしれないな」
「なんでもお見通しですね」
「そりゃそうだろ。仕事してるときと寝てるとき以外、ずっとおまえのこと考えて生きてるからな、俺は」
さらりと恥ずかしい台詞を告げられ、つい沈黙してしまう。夫の愛は、今日も溶けるを通り越して焼け焦げるほどに熱くて重い。
「七海は、俺のどこが好きなんだ?」
「えっ?」
しかも将斗は自分の愛情を示すだけではなく、七海からの答えも欲しているらしい。完全に油断していたところでダイニングテーブルの上にずいっと身を乗り出され、思わず声が裏返る。
整った顔との距離がぐっと近づいたせいで変に緊張する。相手は結婚して夫となった人なのに。
「え、えっと……」
恥ずかしい。面と向かって好きなところを述べなければならない状況に、つい照れて視線を逸らしてしまう。いつも堂々と七海に愛を囁いてくる将斗は、どれほど心臓が強いのだろうと思う。
「ど、どこが好きか、と聞かれたら『全部』……です」
「……」
「でも確かに、いつから、と聞かれたら困ってしまうかもしれませんね」
自分でも卑怯な答え方だと思う。もちろん嘘は言っていないし、本心から将斗のすべてを好きだと思っているが、事細かに説明するのが照れくさいのでわかりやすい誤魔化し方で逃げてしまった。
ちゃんと教えろ、と迫られるかと思ったが、ふと視線を上げてみると、将斗が笑顔のまま固まっている。七海の回答が不満だったのかもしれない。
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いちゃいましたね。この話は終わりにしましょう」
あ、これは拗ねるか、怒られるな――と感じた七海は、将斗の好きなところをこれ以上詳しく口にすることから逃げ、また将斗の反応を待つことからも逃亡した。
話題の終わりを告げると、お風呂の準備をしようとダイニングから立ち上がる。が。
「七海」
「わ、わっ……!? え……将斗さ」
「このままソファと、とりあえず我慢して風呂入ってから朝までと、どっちがいい?」
「!?」
「いや、やっぱりどっちもだな」
「どっちも!? 何言ってるんですか、明日も仕事ですが……!?」
どうやら知らぬ間に将斗のどこかのスイッチを押してしまったらしい。逃げようと思ったときには時すでに遅し。後ろからお腹を抱えられて、そのままソファまで引きずられる。
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