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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─

ジェシカ 1

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「それで……考えてくれたかな?」

 しばらくの沈黙の後、ラグナスに唐突に問われた。

「何をだ?」
「私と共に行こうという話だ」
「あぁ……それか。それなんだが……悪ぃ。ちょっと時間を貰ってもいいか?」
「何かやり残したことでもあるのか?」
「いや、こう見えて実は村の責任者なんだ。ヨーコのことぉ……伝えなきゃならねぇ奴もいる」

 そう、ランドとアルには伝えなければならない。ノヒンの中で折り合いなどついてはいないが、あの二人には伝えなければならない。気付けばアルの花は紛失していて、伝えるためにも一度ニャールへ戻らなければと思うが──

 ヨーコに起きたことを知った二人を想像し、ノヒンは胸が張り裂けそうになる。

「……ということは、共に歩んでくれる気はあるんだな?」
「ああ、お前は『弱き者』のために動いてんだろ? 俺も弱ぇ奴らを踏みにじる糞どもが許せねぇ。全員ぶっ殺してやりてぇ。だが一人じゃあ無理だ。それは分かってる。だから……俺の方からも頼む。手伝っちゃあくれねぇか?」

 まだ詳細は聞いていないのだが、ノヒンはラグナスと共に行きたいと思っていた。言葉では言い表せないが、ラグナスから漂う不思議な雰囲気に強く惹かれてしまっている。ラグナスは──

 まるでこの世の者とは思えない、どこか神秘的な気配を帯び……

 美しい顔の可憐な唇から紡がれる言霊には、どこか神話的なものを語っているのではないか──という錯覚に陥る力がある。

 だがそれ以上にノヒンは、どこか自分と似たものをラグナスに感じていた。魂が近いとでも言えばいいのだろうか……

 とにかくノヒンはラグナスに対して、心地の良さを感じていた。

「もちろんだ。二人で『弱き者』が誇り高く生きられる世界へと戻そう」
「戻そう? 変な言い方するじゃねぇか」
「そうか? 私はそれが本来の世界の正しい形だと思っているのでな」
「変わってんな、お前」
「いやいや。君にだけは言われたくないな」
「違ぇねぇや」

 そう言って二人でしばらく笑い合う。ちゃんと笑えているかは分からないが、少しだけノヒンの心は落ち着いた。

「それで? すぐ発つのか?」
「そうするつもりだが……そういやここはどこだ? 気絶してる間にどっかに移動したのか?」
「いや、ここはザザン一家の砦だ。夜営の準備はしてあったのでテントを張った。私の団の者たちはジェシカ含め、数人残して帰したがな」
「あれか? 俺が一緒に行くって言うか分かんねぇから留まったのか?」
「まあそれもあるが……一番は、ここはヨーコの最後の場所だ。勝手に君をこの場から離れさせるのは違うと思ってな」
「ラグナスおめぇ……いい奴だな」
「そうだろうか? 私は単に弱き者の味方なだけだ」
「そうかいそうかい。んじゃあ俺も早ぇとこ強くなんねぇとな。正直おめぇ……相当強ぇだろ? 何となく覚えちゃいるが、俺の攻撃を素手でいなしてたよな?」
「あれは君が満身創痍だったからだな。それとこれはアドバイスだが、君は剣を使った方がいい。確かに君の筋力で振るわれる大戦斧は脅威だが、どうしても攻撃が単調で見切りやすい。君のそのありえない筋力で剣を振るえば、どんな姿勢、どんな角度でも致死の一閃を放てるだろう。まあつまり、君が剣を使っていたら分からなかったぞ?」
「俺も剣の方がしっくりくるんだがな。ヨーコが『大戦斧担いだノヒンの背中がかっこいい』って言うからよぉ……単純だろ?」
「単純だな。まあもし剣を使いたいなら、団で鍛冶師を雇っている。話を通すぞ?」
「そうだな。村に戻ったらこの大戦斧は……ヨーコの墓標にでもするか」
「では話を通しておこう。腕のいい鍛冶師だ。合流したらあれこれ注文をつけてみるといい」
「色々とすまねぇな。そうだ、出発前に聞いてもいいか? その……団とか色々とよ」
「了解した」

 団とはラグナスが率いるレイナス団のことである。ラグナスは聖王都ソールの王族であり、色々とややこしい問題から王位継承権もなく、トマンズに拠点を構えているらしい。なので本来であればレイナス団は騎士団のはずなのだが、今のところはただの私設団扱いのようだ。団長のラグナスに副団長のジェシカ。これからもっと団を大きくするためにも、どうしてもノヒンの戦力が欲しいと。

 驚いたことにレイナス団に所属しているのは、全て孤児や奴隷。ラグナスが山賊や傭兵団、悪徳貴族に悪徳商人と──弱者を食い物にする集団を潰して周り、そこで解放した孤児や奴隷を団に誘っているようだ。もちろん本人の意思は確認し、団に入らない場合もトマンズで面倒を見ている。

「……つくづくおめぇは凄ぇな。弱ぇ立場の孤児や奴隷たちからしたら、神様みてぇなもんだろうな。だけどよ、戦力になんのか?」
「そうか? 彼らは強いぞ。私なんかよりもよっぽどな」

 一瞬だが、ラグナスの顔が険しい表情になった気がした。

「まあ、戦力に関しては私の導術がある」
「そりゃラグナスがいりゃあ大丈夫なんだろうけどよ、全部一人でってんなら団の意味がねぇだろ?」
「ジェシカもかなりのものだぞ? それに導術は他者の身体能力を上げることも出来る。使用する者によって効果にも差があるんだ。自分で言うのもなんだが、私の導術は王族で一番だろうな。導術について少しは?」
「悪ぃが全然知らねぇ」
「まあ王族だけの力だから知らないのも当然か。導術とは……」

 導術とは、聖王国ソール直系の王族だけが使える魔素をコントロールする力。本来は魔素を導くすべなので『導術どうじゅつ』というが、現在は民を導くすべという意味で捉えられている。

 なぜ聖王国ソール直系の王族でないと使えないのか──

 それは遥か昔に行われたと云われる神話大戦で活躍した戦神いくさがみ、オーディンの血筋だからということだ。

「神話大戦は知っているか?」
「いや全然。神話ってぇくらいだから想像の話なんじゃねぇのか?」
「いや、神話大戦は実際に行われ、オーディンもいた……と考えねば、理屈に合わないことは多々ある」
「へぇー」
「全然興味が無さそうだな。まあ興味が湧いたら誰かに聞くといい。神話であれば知っている者も多いだろうからな」
「んで? そのオーディンの力を王族が引いてると?」
「そういうことだ。オーディンは特殊な魔石をその身に宿していて──つまり魔人ということになるのだが、その力を以て魔素を操っていた。伏せられてはいるが、つまりソールの王族も魔の者ということになる。その名残が導術だ」
「名残ってこたぁ、完全じゃねぇのか?」
「そうだな。代を重ねる毎に力は弱くなったようだ。それこそオーディンは魔素を炎や氷に変え、絶大な力を誇ったらしい。だが今の導術は、せいぜい自身の強化や他者の強化が出来るくらいだ。原理で言えば……」

 ラグナスが語った導術の原理とは、簡単に言えば脳内でイメージした『結果』を、『アクセプト』と唱えることで現出させるというものだ。

 王族の体内にある特殊な魔石から発生する魔素や、周囲の魔素の形態を変化させて結果を現出させているらしく、その際脳内でイメージした結果が目の前に白い文字として現れる。

 他者を強化する場合はまた少し違う。まず王族の魔石から発する魔素を、予め他者の体内に入れておかなければならない。これを王族は『契約』と呼ぶ。

 一般的に『契約』については王族の加護と呼ばれ、魔素を体内に入れられていることを知る者はいない。

「……難しくて頭痛がするぜ。まあでも……強化が出来るからこそ誰でも戦力に出来ちまうのか」
「まあそんなことが出来るのは私くらいだぞ? 普通は強化と言っても多少身体能力が上がるくらいだ。私の場合は劇的に身体能力が上がる。まあ訳あってそこまで強力な導術だということは隠しているがな。だから内緒だぞ?」
「内緒なら話すんじゃねぇよ。んで? なんでおめぇだけ強力な導術が使えんだ?」
「まあ偶然なんだろうな。オーディンの因子が濃く現れたのだろうさ。その証拠に、文献に残るオーディンの姿と私の姿が酷似しているようでな」
「あの導術もお前だけなのか? ヨーコを送った……」
「そうだな。他の王族も死者に対して導術を使うが、まったくの別物だ。自身の魔素を死者の体内に入れ、腐敗を遅くする程度のものだな。まあ葬儀中の腐敗がないので、葬儀期間の長い地位の高い者の葬儀は王族が行うことが多い」
「そうだよな。王族が全員あんなこと出来たらヤバいだろ? 魔素を入れられたら体を灰にされちまうんだからな。おめぇには逆らわねぇようにしねぇといけねぇ」
「あれは死者にしか使えないから安心しろ。というよりあれはオーディンの導術とは別だ。本物のオーディンでも他者を灰にすることは出来ない」
「ちっ、また難しい話か?」
「いや、簡単な話だ。神話にはオーディン以外にも軍神が出てくるんだが、その軍神の導術を使った。と言っても私は本家ではないのでな、死者にしか発動しない。本家であれば、全てを灰に変えたらしいぞ?」
「そりゃおっかねぇな」
「他に聞きたいことはあるか?」
「いや、これ以上聞いても頭が痛くなるだけだろうさ」
「まあ合流してからでも聞きたいことがあればなんでも聞いて欲しい。とりあえず私達はトマンズへ戻り、しばらく動く予定はない。用事が済んだら来てくれ」

 そう言ってラグナスが立ち上がり、テントから立ち去ろうとする。

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