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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
黒い三連星 1
しおりを挟む瞬殺──
今この瞬間のために瞬殺という言葉が作られたのではないかと思うほどの、清々しい瞬殺。
まずノヒンを追撃しようと店の外へ飛び出したリザードマンのマスターが、裏拳で撃沈。
そこへルイスを狙っているという黒い三人組(おそらく全員ゴーレムの半魔)が縦一列に並び、「オルテ! マッシ! この糞筋肉にジェットストリームア……」と言っている途中で殴られ、まとめて吹き飛んだ。
「ちっ、半魔っつぅからどんなもんかと思ったが……。てんでダメじゃねぇか。そんなんで俺に敵意向けてんじゃねぇよ」
ノヒンはそう言い放ったが、この四人が弱いわけではない。
ノヒンが強すぎるのだ。
ノヒンは数多の死線を越え、ヴァンの因子が強く揺さぶられていた。これまでは左目の痣の損傷により、ヴァンが使用していたとされる無詠唱特殊魔術を制限されていたのだが……
ヴァンガルムが狂戦士を発動させようとしたことで更にヴァンの因子が刺激され、他の魔術も全て発動可能となっていた──
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【常時展開】
・超速再生/身体の損傷部を魔素を使用し、凄まじい速度で再生する。造血や解毒なども出来、脳の記憶領域にある損傷前データを使用して再生する。
・損傷強化/身体が損傷することで、身体能力超強化。
・敵対強化/敵意、悪意、憎悪、嫌悪、敵対行動(敵意の有無に関わらず)を向けられることで、身体能力超強化。
・超強化/魔素がある限り、身体能力超強化。
・絶対領域/敵対強化の対象者の位置情報を補足。
・先導者/戦闘中、ヴァンの声を聞いた味方の戦意高揚、身体能力強化。
【任意展開】
・狂戦士/魔素が自動で攻撃を防御し、ダメージ軽減。
・事象崩壊魔術/発動者が攻撃行動時、触れたと認識したもの全てを崩壊させることが出来る。
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──特に超強化については左目の痣の損傷により効果が半減していたのだが、今は完全な状態で使用している。もちろん痣は損傷したままなので、ノヒンの精神状態や乱発のし過ぎで使用不可になることもあるが……
間違いなく今ノヒンは、神話時代の英雄ヴァンに並び立つ程の実力を発揮していた。
「つ、強すぎる……。これじゃあルイスちゃんが惚れんのも仕方ねぇな……」
黒い三人組の先頭にいた男がむくりと起き上がる。岩のようになった体の前面にはヒビが入り、黒い魔石が覗いていた。
「(ルイスちゃん……?) ……大丈夫か? いちおう死なねぇように加減はしたんだけどよ、なんかいつもより力が上がってんだ」
「こ、これで手加減しただと……?」
「ここは戦場じゃねぇ。無駄に死ぬこたぁねぇよ。まあ……おめぇが悪党だってんなら話は別だけどよ。いちおう話は聞かねぇとだろ?」
「……す、素晴らしい! いきなり襲いかかったにも関わらず、相手を思いやるその優しさ! そのうえ我々の連携を一撃で粉砕する強さ! ……兄貴! 兄貴と呼ばせて下さい!」
「兄貴だぁ? 頭でもおかしくなったか?」
「い、いや! その強さと優しさに惚れました! 弟子にして下さい! 俺の名前はガイです! そっちで伸びてるのがオルテとマッシ! どうかよろしくお願いします!!」
「ちっ、俺は弟子なんてとんねぇよ」
「そ、そこをなんとか! 俺は……俺たちゃ強くなりてぇんだ! 頼む兄貴! 俺たちは……」
ガイが倒れた二人を見て、悲しそうな表情を見せる。
「ちっ……んな顔されてもよぉ……」
ノヒンが頭をガシガシと掻く。
「……まあ俺の名前はノヒンだ。まずはその兄貴ってのやめろ」
「……ノ、ノヒン!? まさか貴方様は殲滅鬼ノヒン様!?」
「まあそう呼ばれることもあるな。つーかさっきルイスが俺の名前叫んでたじゃねぇか。聞いてなかったのか?」
「あ、あの時はルイスちゃんと兄貴がいちゃいちゃしてるのを見て、頭に血が上ってたもんで……。そ、それより本当に殲滅鬼様で?」
「ちっ、勝手に周りがそう呼んでるだけだ。俺が殲滅鬼だってんならなんか文句でもあんのか?」
「ち! 違います違います! エロラフとイルネルベリで貿易が始まってから、殲滅鬼様の噂はこちらまで流れて来ていまして……。なんでも一人で十八万ものイルネルベリ軍を相手取ったとか……その上陥落したイルネルベリの女性達を全て手篭めにしたとかなんとか……。そう……そうだ! 英雄好色の殲滅鬼! ノヒンの兄貴は我々男の憧れなんです!」
「はぁ? めちゃくちゃ尾ひれがついてんじゃねぇかよ。十八万っても全軍いたわけじゃねぇ。それになんだぁ? 俺がイルネルベリの女を全部抱いただぁ?」
「はい! 殲滅鬼様は大層絶倫でいらっしゃると! まとめて十人ほどならば朝飯前だと!」
「ちっ……んなわけねぇだろ」
「またまたご謙遜……うぐぅっ!!」
面倒になったノヒンがガイの鳩尾を軽く殴る。
「俺はそんな大層な人間じゃねぇよ。なんにも守れなかったクソ野郎さ」
「兄貴……?」
「まあここで会ったのも何かの縁だ。俺のこと変に持ち上げねぇんなら酒くらい付き合うぜ? ルイスも酔って寝ちまったしな。ディテッラーネウスを越えてぇんだが……目的地も曖昧でルイスが起きねぇとどうも出来ねぇんだ」
「ええ!? 兄貴はディテッラーネウスを越えるつもりで!?」
「まあちょっと野暮用でな。とりあえず酒場に戻るか?」
「了解しました兄貴! ただちょっと待って貰ってもいいですか?」
「あん?」
「オルテとマッシをそのままにはしておけないので……」
そう言ってガイが倒れた二人に触れると、二人は黒い魔石と砂の粒子となってガイに吸収された。
「なんだぁ? 合体出来んのか?」
「いえ……そもそも俺は一人なんです。オルテとマッシは死んだ弟達でして……俺はある程度の魔石の修復や、魔石情報から分身を生み出せるんです」
「ちっ……」
人がまるで虫けらのように死んでいく世界。この世界で命を保証されている存在などいないのだと、改めて実感する。
「おめぇも訳ありか。このクソみてぇな世界が嫌んなるな。とりあえず酒場戻んぞ?」
「は、はい兄貴!」
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──鍛冶場町エロラフ酒場「シュクラン」
「……んで? おめぇはディテッラーネウスのトズールってとこが出身なのか?」
「は、はいそうです!」
「なんでそんな緊張してやがんだよ」
「い、いえ……兄貴の隣で酔い潰れてるルイスちゃんが可愛くて……」
酒場へと戻ってきたのだが、相変わらずルイスは酔い潰れて寝ていた。突っ伏したテーブルに涎を垂らし、何かむにゃむにゃと言っている。
「ああまあ……ルイスは可愛いな。ってもちょっかい出すんじゃねぇぞ?」
「わ、分かってます!」
「んで? ディテッラーネウスは険しい山だろ? 魔獣も強力だろうし、人なんか住めんのか?」
「トズールの南にジェリド湖っていう塩湖があるんですが、ディテッラーネウスが形成された時、その周辺だけ地面が隆起しなかったようです。なのでトズールとジェリド湖はディテッラーネウスの穴と呼ばれ、周りを五百~千メートル程の断崖に囲まれています」
「はぁ? そんなん飛べる半魔じゃねぇと出れねぇし入れねぇじゃねぇか。しかも日当たりも悪そうだしよぉ。じめじめしてんのは嫌いなんだよ。おいマスター! ウォッカおかわりだ!」
「は、はい喜んで!!」
酒場に戻る際、気絶したマスターに水をぶっかけて連れてきた。目を覚ましたマスターはノヒンに怯えているのか従順だ。
「んで? どうやってお前らはトズールから出てきたんだ?」
言いながらノヒンがウォッカを飲み干す。
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