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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
ディテッラーネウスを目指して 2
しおりを挟む「……これか? これは羊肉のハーブソルト焼きだな。レシピを聞いた訳じゃないのではっきりは分からないが……おそらく骨付きの羊肉に塩、胡椒とローズマリー、ローリエ、タイムなどのハーブで味付けしたものだ」
「食っただけで何使ってんのか分かんのか?」
「……まあ料理はそれなりに得意なのでな」
「へぇ、ルイスが料理ねぇ」
「……何か文句でも?」
「いや、料理してる姿想像したらめちゃくちゃ可愛いなって思ってよ」
「だからそういうところだぞノヒン? まあ……いずれ料理なら作ってやる。それよりこの羊肉は食べるか?」
「いいのか? んじゃあ……」
ノヒンが口を開けて待ち構える。
「なにをしているんだお前は?」
「なにって……食わしてくれねぇのか?」
「……さっきも言ったが、普通の関係に戻ると言っただろう?」
「いやいや逆に意識し過ぎじゃねぇか? 一口食うだけなんだから手ぇ伸ばしてくれりゃあいいだけだろ?」
「それはよくない。よくないぞノヒン。お前はちょっと距離感がアレだな」
「なんでだ? やってるわけじゃねぇからいいんじゃねぇのか? まあ……お前とはやっちまったけどよ」
「ば! 馬鹿ノヒン! 声が大きいぞ! 私とお前がやったなんて大きい声で言うな!」
焦ったルイスが大きな声で叫んでしまい、それを聞いた酒場内の客達がにやにやとした視線を送ってくる。中には殺意の視線を送ってくる者がいて、ノヒンの敵対強化が反応した。
「……なんか背後から殺意を感じんなぁ? つーかおめぇの方が声がでけぇじゃねぇかよ。やったのは事実なんだから別にいいだろ? あれか? 恥ずかしいのか? 好き同士はするもんなんだし普通だろ? それともやっぱ俺としたのは間違いかなんかだったのか? 俺に関して言やぁ、ジェシカがいんのに最低だったとは思う。だけどよ。俺はおめぇとしてる時、めちゃくちゃ幸せだったぜ?」
「な、何回も言うな! 間違いなわけないだろ!? 私はお前に抱かれたくて抱かれたんだ! 普通の関係に戻ると言ったが……出来ればまた抱かれたいさ!!」
ガタンッとルイスが立ち上がり、酒場内に響き渡る声で叫ぶ。そう──
ルイスはかなり酒に酔っていた。
酒場内がざわつき、ノヒンに対する殺意の視線が強まる。
実はルイスだが、ここエロラフでかなりモテていた。交際を申し込まれたことも数え切れないほどある。もちろん女性としてだが。
「お、おいおいルイス……酔ってんのか?」
「酔ってなどいない!! ノヒン! 愛しているぞ!」
ルイスがノヒンに唇を重ね、どこからともなく舌打ちが聞こえた。
「……ぷはっ! 酔ってんじゃねぇかよ!」
「嫌か……? 私じゃ嫌か……?」
「おいおい……泣いてんのかぁ?」
「嫌かと聞いているんだノヒン!」
「嫌なわけねぇだろ? 好きだぜ?」
「じゃあ抱いてくれ! さっきみたいに私を激しく抱いてくれ!」
「マ、マジで落ち着けってルイス。ここは酒場だぜ? な?」
「誰のせいだと思ってるんだ! 人の初めてを奪っておいて! 一度抱いたらもういいのか!? お前はそんなやつだったのか!?」
「い、いや……そんなつもりはねぇけどよ。ここではよくねぇって」
「ひどい……。遊びだったんだ……私とのことは遊びだったんだ……。うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ルイスがカウンターのテーブルに顔を突っ伏して号泣する。
「ちっ……酒癖悪ぃじゃねぇかよ……。どうしたもんかね、これは。大丈夫だぜルイス? 遊びなんかじゃねぇ。本気で好きだ」
「本当……? 遊びじゃない……?」
「ああ本当だ。だから……な? 泣いたお前も可愛いけどよ、笑ってくれねぇかな?」
ノヒンがルイスの背中を優しくさすっていると、泣き疲れたのかそのままカウンターに突っ伏して眠った。そこへ酒場のマスターが声をかける。
「す、すみません。ルイスさんに渡したお酒……リラリラではなく、最近イルネルベリから仕入れたシア・ツァーリ産のウォッカだったみたいでして……」
「ちっ、だからこんなに酔ってやがんのか。騒いで悪ぃなマスター」
「いえいえ。こちらの手違いですので、謝るのはこちらの方です。それより気を付けて下さいね? ルイスさんはかなりおモテになられる。入口近くのテーブルに座っている黒い服装の三人組は見えますか? あの三人は普段からルイスさんにしつこく言い寄っていまして……さっきからものすごい目であなたの事を睨んでいますよ? しかも彼らは半魔ですので……」
「そういやフリッカー大陸は魔女か半魔しかいねぇって聞いたな」
「エロラフに関しては魔女や半魔が多いだけですね。ディテッラーネウスを越えた先のフリッカー大陸であれば、魔女や半魔しかいないらしいですが……なにぶんディテッラーネウスを越えること自体が命懸けでして。我々にとっても未知の大陸なんです」
「そんなにやべぇとこなのか。つーことはセティーナはそんなやべぇとこ越えて来たってことなんだな」
「え? セティーナ様ですか!?」
「なんでぇ? セティーナのこと知ってんのか?」
「ええ! 知っていますとも! セティーナ様は十数年前にエロラフに少しの間ですが滞在していたんです! 今はイルネルベリの領主様になられたようですが、出来ればまた一目でもいいのでお会いしたい!」
「セティーナのファンなのか?」
「はい! あれほど優しく美しいお方には会ったことがありません!」
「……まあ確かにセティーナは綺麗だしな」
「エロラフにはセティーナ様のファンがたくさんいますよ! 私だってセティーナ様の姿が描かれた絵を家に飾っています! あの方は女神様です!」
「興奮しすぎだろ……(こいつはセティーナが馬鹿だってこと知らねぇんだろうな……)」
「なんだぁノヒィン……セ……セティーナぁ?」
ルイスがむくりと起き上がるが呂律が回っておらず、まだ相当に酔っているようだ。
「お? 起きたのかルイス?」
「セティーナがぁ……来たのかぁ?」
「いや、このマスターがセティーナのファンなんだってよ」
「セティーナのファンだとぉ? はは! 残念だったなマスター!? セティーナはノヒンのものだぁ! 前にノヒンが子作りしたとジェシカから聞いたぞぉ? 本当ノヒンは最低だなぁ?」
そこまで言うとルイスは再びカウンターに突っ伏し、眠りに落ちた。
「ちっ……ルイスに強ぇ酒は厳禁だな」
「今の話は本当ですか……?」
「あん?」
ノヒンが聞き返すと、マスターが鋭い視線でノヒンを睨む。
「ルイスさんだけでは飽き足らず……私達の女神も穢したんですか……?」
「穢しただぁ? あれは無理やりセティーナが……」
「許……せない……表ぇ……出ろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「つうっ!!」
突然酒場のマスターが蜥蜴の魔獣、リザードマンへと変化。ノヒンを酒場の外へと殴り飛ばす。それに続けと入口にいた三人組も魔獣の姿となり、ノヒンを追って表に出た。
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