転生しました、脳筋聖女です

香月航

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17章-07

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 今後の予定について話したくもあったのだけど、結局作戦会議はすぐ解散になってしまった。
 まあ、今日はもう夜になってしまったし、明日以降に備えて体を休めなきゃいけないしね。
 ツィーラーの街の人には申し訳ないけど、一人一室とれる宿の閑散ぶりは、今回はありがたいわ。……おかげで、じっくり考える時間がとれるもの。

「……なんだけどね、ジュード」

「うん?」

 そんなこんなですぐに部屋へ戻された私は、何故か一人になることなくジュードに寝かしつけられている。
 心配してくれたのだろうけど、見てくれに反して私の中身は超元気だ。何せ、地下闘技場からさっきまでずっと寝ていたからね。体は全く疲れていないので、寝たくない。
 精神的に疲れていることは否定しないけど、それは皆も同じだろうし。

「あ、お腹が空いた? 僕もまだ食べてないし、すぐに夕ご飯を買ってくるよ。アンジェラは寝てて」

「違う違う。さっきも言ったけど元気なのよ私。むしろ、寝すぎて腰が痛いから起きたい」

「ダメ。君の場合、〝君の意思じゃないところ〟で気絶させられる可能性もあるんだから、大人しくしていて」

「むう」

 確かに、神様が私の魂を繋げてくれている以上、そういう事態がないとも言えないけど。

「さっきだいたいの理由は聞いたもの。本物のアンジェラが攻めてこない限りは、私が気絶させられることはないわよ。多分」

「可能性が一つでもあるなら聞けないよ。それと、本物とかそういう言葉は使わないで。僕にとっては、君がアンジェラなんだからね」

「ジュード……」

 半ば強引にかけ布団をかぶせた彼は、私の髪を軽く撫でるとさっさと部屋を出ていってしまった。この宿は一階に食堂が備わっていたし、多分夕ご飯を取りに行ってくれたんだろう。
 ご飯と聞くと、それまで忘れていた食欲が途端にわいてくるから不思議よね。

「せっかく集まっていたのだから、あのまま皆で一緒にご飯食べればよかったのにね」

 ディアナ様のご実家でそろってとった食事が、なんだかもう懐かしい。今の私たちは、かつての皆とは違い、仲良しな部隊だと思うんだけど。

(ジュードはともかく、記憶があるディアナ様やカールは、私の顔を見るのが辛いのかしら)

 表情に差異はあるだろうけど、私とアンジェラはもちろん同じ顔だ。かつて捨てた女と同席するのは、やっぱりいたたまれないのかもしれない。
 ……だけど、元々カールは全ての記憶を持っていたから今更だし、過去を覚えていない皆には関係ないわよね?

(だとしたら……皆は私を見て、〝思い出す〟のが嫌なのかしらね)

 仲違いによって別れたという過去。原因は自分一人ではなくても、結果として死なせたのだから後悔もあるだろう。
 今が理想的な仲間であるほど、かつての失敗なんて思い出したくないのかもしれない。

(まあ、全部私の勝手な妄想ね。ただゆっくりしたいだけかもしれない)

 聖女に会う前に戦った【混沌の大蛇】だって、決して弱い魔物ではなかったもの。特にウィリアムは人間を卒業するような魔術をぶちこんでくれたし、走り回っていた前衛組も疲れているだろう。
 そう考えれば、すぐに解散したのは私のためだけじゃなかったのかもしれない。うん、そう思ったほうが私の気分的にも楽ね。

「お待たせアンジェラ。あったかそうな料理を適当に選んできたけど、これでいい?」

「あら、おかえりなさい」

 心のもやもやの答えが出たところで、夕ご飯調達にいっていたジュードが早くも帰ってきたらしい。手に持った大きなお盆には、サラダとパン、メインにほかほかのポトフっぽいものが載っていた。

「ずいぶん早かったわね。美味しそうだけど……また沢山買ってきたわね」

 私が体を起こしている間に、彼はベッドの横に椅子とテーブルを持ってきてくれる。
 改めて見たら、ポトフが入っている器は皿ではなく鍋だ。明らかに二人前の量ではないけど……鍋とジュードを何度か見比べれば、彼の黒い目がそっと横へと逸れた。

「……お腹が空いてたのは貴方だったのね、ジュード」

「……ごめん」

 うんまあ、貧弱な私と違ってジュードは体も大きいし男の子だものね。戦った後はお腹が空くわよね。

「な、なに、アンジェラ。その生暖かい目」

「ううん、年不相応にしっかりしてるように見えて、ジュードも普通に男の子なんだなあと思って」

「別に僕は大食いじゃないからね? これぐらいは、細い賢者さんとかも普通に食べるからね?」

 そういえば、ノアはディアナ様のお宅でスープを流し込んで食べてたものね。ただ、さすがに彼は鍋では食べないと思うわよ。

「貶してないわよ。いっぱい食べる子は可愛いなあって思っただけ」

「……可愛いって言われてもなあ」

 そう言いつつも、ジュードの手は大量の夕ご飯を続々とお腹に収めていく。
 何にしても、ご飯をちゃんと食べられるのは良いことだ。悩みごとで食事が喉を通らない、なんてこともあるだろうけど、戦う私たちは体が資本。心のせいで体まで弱ってしまったら、それこそ命にかかわるからね。

 私の部屋からの匂いに影響されたのか、廊下からは仲間たちが部屋を出る音がちらほらと聞こえてくる。
 うちの部隊は男ばかりだし、女性のディアナ様も立派なお体をお持ちだものね。しっかり食べて、元気でいてもらわなくちゃ。皆ーポトフ美味しいわよー!

「……ふふっ」

「なーに、アンジェラ。僕の食事風景がそんなに面白い?」

「そうじゃないわよ。キツめの美形の貴方が、鍋を抱えてご飯食べてる姿も面白いけど」

「……大皿によそってもらえばよかった」

 恥ずかしそうにしながらも、特盛りは前提なところがまた可愛いぞ、幼馴染よ。

「ただね、貴方が普通っぽくてよかったなーと思って」

「普通っぽい?」

「多少は避けられたりするかと思ってたから。ジュードが普通にご飯を食べてくれて、それにつられた皆も、いつも通りに動いてくれて。なんか、よかったなって」

 何気なく口にしたつもりだったけど、少しが出てしまったかもしれない。
 ジュードはせわしなく動かしていたスプーンを止めて、じっと私の目を見つめている。

「あ、ごめん。食べて食べて」

「アンジェラ」

「……多少はね、私も考えるところがあるから」

 私のフォークで刺したお肉を差し出せば、彼は当たり前のようにパクッと食いついた。
 けど、それは以前に王都でやったような甘いやりとりではなく、真剣な表情で私を見ている。言いかけた言葉の続きを促すように。

「アンジェラは、僕のことが信じられない?」

「信じてる。でも私、戦う以外は自信がないのよね」

 とりあえず食べて、と目で訴えれば、彼は作業のようにカカッと鍋の中身を平らげ始めた。
 いや、話を聞いてくれるのは嬉しいけど! それ絶対に胃によくないやつだから止めて!?

「そんなに急がなくていいから! ちゃんと話すから、ゆっくり食べて」

「アンジェラの話を食事のついでになんて聞きたくないよ」

 制止も空しく、ぺろりとポトフを平らげた彼は、何事もなかったかのように鍋をテーブルの端へと移動させている。
 待ってジュード、私がまだ食べ終わってない。

「ああ、ごめん。君を急かすつもりじゃなかったんだけど、つい」

「いいけど……後でお腹が痛くなっても知らないわよ?」

「そんなにヤワじゃないって。そうだ、今の内に離しておこうか」

 いそいそとご飯を口に運び始める私を後目に、ジュードはスッと立ち上がる。そのまま足を扉へ向けると、何故か音を立てるようにして開けた。

『うわっ!? な、なんだ』

 続けて聞こえてきたのは、ややくぐもった高い声……多分カールの声だ。

「やっぱりいましたか、導師。これからアンジェラと二人で話したいので、ソレをどこかへやって下さい」

 淡々と話すジュードは、カールが扉の外にいたことを確信していたらしい。ソレと呼んでいるので、もしかして廊下にいたのはおばけちゃんだったのかしら。

『だ、だがお前……』

「何事かと思ったら、お前たちか。そういうことなら、力を貸してやる。導師は俺が食堂へ引っ張っていくから安心しろ」

『は!? ちょっと待て月の賢者、俺は別に腹は減ってな……』

 次に廊下から聞こえてきたのは、ノアの声だ。続けて、キンという高い音とともに、私の部屋の中に半透明の立方体が出現する。

「わっ!? びっくりした、ノアの魔術!?」

 これはあれだ。以前キュスターの廃教会で使ってくれた、防音の結界の魔術ね。
 見た感じ、私の部屋の中を丸々覆ってくれてある。これなら大声を出しても、廊下に音が漏れることはなさそうだ。
 廊下からはノアとカールが少しだけ言い合う声がして、すぐに静かになった。ノアの台詞を信じるなら、多分食堂へ引っ張っていってくれたのだろう。
 満足げに頷いたジュードが、扉を閉めてテーブルに戻ってくる。

「はい、お待たせ。これで二人きりでゆっくり話せるよ」

「べ、別にそこまで重要な話じゃないんだけど」

「……あんまり見くびらないでくれるかな、アンジェラ」

 まさか本当に隔離されるとは思わず言葉を濁せば、するりと彼の指が頬を滑った。

「何年一緒にいると思ってるの? 君が強がっている時ぐらい、見ればわかるよ?」

「……っ!?」

 まさかの発言に、彼の手をどけてから頬を押さえる。だけど、別にひきつっていたりはしなかった。じゃあ眉か? それとも目かしら? 私のどこに、そんな感情が出ていたんだろう。

「触ってもわからないと思うよ。ううん、きっと君本人じゃ、見てもわからないんじゃないかな?」

 ぺたぺたと顔を確かめる私に、彼の黒眼がとろりと微笑む。優しくて穏やかな、いつもの彼の笑い方だ。

「……ごめんなさい。気を遣わせたかったわけじゃないのよ」

「いや、むしろ嬉しいよ。こういう君の機微に気付けるぐらいに、傍にいられたってことだから」

「……今回は、ね」

 それは、かつての失敗があってのことだと言外に告げれば、彼は少しだけ眉を下げた。
 わかってる。私の幼馴染がずっと傍にいてくれたのは、『お嬢様』との失敗を繰り返さないためだ。
 おかげで、私のジュードは成長した。最初から二度目の彼と育ってきた私は、美味しいところだけをもらっている。
 ――他の人のことは割り切れても、ジュードのことだけはどうしても軽く考えられない。

(だって彼は、私を好きだと言ってくれる)

 愛されずに殺された『私』に、愛を教えてくれるかもしれない人。
 だけど、私に向けたその想いは、本当に私宛てのものなのか。
 本当に私は、『お嬢様の代わり』じゃないのか。

「……ねえジュード、本当のことを教えて。私でいいの? お嬢様を取り戻して、やり直さなくていいの?」

 ぽつりとこぼれた呟きは、自分の声とは思えないほど弱々しかった。
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