転生しました、脳筋聖女です

香月航

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連載

STAGE12・脳筋と使命をなくした騎士

 晴れ渡る青い空の下、規則正しいひづめと車輪の音が長閑のどかな街道に響いていく。

「この辺りは平和ねえ」

「うん、いいことだね」

 広くも狭くもない御者席でぐっと腕を上へ伸ばせば、隣からは手綱を握るジュードの穏やかな笑い声。
 馬車の中も、周囲を守る二頭の馬も、ゆったりのんびりすごしている。
 これがその辺の粗雑な馬車なら、お尻の痛みと戦うことになったのだろうけど。私たちが使っているのは、クッションのしっかりした王族仕様の特製馬車だからね。道の状態もなんのその。
 昼の心地よい日差しに、なんだか眠くなってきたわ。

 ――とまあ、なごやかに話しているけれど、世界の危機はまだ何も解決しておりません。
 自称脳筋聖女アンジェラと、愉快な戦闘屋たちの魔物討伐部隊、今回は少しばかり長い旅に出てきております。

 きっかけは、数日前に皆に聞いてもらった話し合いの時まで遡る。
 ラスボスこと【無垢なる王】の対処について、王子様が色々と相談をしてくれたのだけど、まさか“魔物の創造主”なんて大物が出てくるとは誰も思っていなかったらしい。
 国王陛下も含む国の重鎮たちの会議でも、具体的な打開策は何も浮かばず。
 ならば、せっかく国内に出現地点があるらしいし、様子を見るだけでも行ってみようかということに決まり、こうして私たちが先遣せんけん隊として調査に向かうことになったわけだ。

 ただ馬を走らせるだけでも、おおよそ一月を要する旅路。もちろん、魔物と戦いながらの進行なので、倍の二月ぐらいを想定してラスボスの元へ辿りつく予定になっている。
 私やジュードのように、こっちの仕事でお金をもらっている人間は良いけど、問題は別の仕事がある人――特に、立場的に大変なのが隊長でもある王子様だ。さすがに二月も城を離れるのは問題視されたのだけど、

「おい、お前たち。遊びじゃないんだ。あまり気を抜きすぎるなよ」

 馬車の中から、声変わり前の子どもの声がする。
 そう、今回の旅にはなんとカールがついて来てくれたのだ。
 いざとなったら強制帰還が可能。かつ、最終的にも片道だけの日数でどうにかできるようになったのはとても大きい。
 おかげで王子様も旅に加わることになり、皆でラスボスを目指せることになった。
 ……まさか本当に協力してくれるとは思わなかったので、私も驚いたわ。

(まあ、今回の旅は他にも驚くところがあるんだけど)

 ちらと視線を動かせば、風にそよぐディアナ様の赤い髪が見える。その雰囲気は、なんだか楽しそうだ。馬車の反対側を守ってくれているダレンからも、同じ様子が感じられる。
 二人の共通点は騎士。そして、今走らせている街道の先に、その答えがある。

「クロヴィス元気かなあ」

「それは元気だろう。何せ、待望の子を授かったばかりだからな。今が一番あやつが働くべき時だ」

「はは、確かに!」

 ちょうど二人の会話の中に出てきた人名“クロヴィス” ――そう、実はこれ、今回こちらに参加しなかった攻略対象の名前なのだ。
 私が顔合わせの時にディアナ様と間違えてしまった、赤をイメージカラーとした騎士のキャラクター。奥さんが出産するからという理由で故郷へ帰った、あの彼だ。
 なんと今回の旅路、彼の故郷が通り道になっているのである。それも、この早い段階で。

(今更こっちに来いなんて言うつもりはないけど、やっぱり会えるのなら会ってみたいわよね)

 なんてったって攻略対象。もちろん、妻帯者を攻略する気は微塵もないけど、元プレイヤーとしてはぜひ会っておきたい。
 あと、普通に赤ちゃんを見たい! 私たちの生活、殺伐としすぎているんだもの。攻略対象の子なら、絶対可愛いに決まっているし。

「なんだか、アンジェラも楽しそうだね」

「だって仲間になるはずだった人よ? もちろん気になるわ。赤ちゃんも見たいし、会えるのが楽しみね」

「ああ、そうか……君は弟君とすぐに離れてしまったから……」

 のんびりと話していたジュードの声に、わずかに憐れむような色が混じる。
 ……そういえば、私はシナリオよりも早く教会に預けられたから、ゲームのアンジェラよりも弟とすごせた時間が少ないのか。
 弟は我が家の血筋だけあって、それはもう天使のように可愛い赤ちゃんだったのだけど……そっか、もう見られないのか。

「自分で決めたことだから後悔はないけど、ちょっともったいなかったわね。一番可愛い時期の弟を見逃してしまったなんて」

「まあ、おかげで僕は君を独り占めできたんだけどね」

「あら、独り占めっていうほどでもなくない? 教会預かりの最初の頃なんて、貴方もずっと叔父さんにしごかれていたじゃない」

「あはは……でも、伯爵様も知らないその時期のアンジェラを知っているのは僕だけだから。やっぱり役得だと思っておくよ」

 大きな手が伸ばされて、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる。……もしかして、慰めてくれているのだろうか。

「別に気にしてないけど……そうね。だったら貴方が、私に可愛い赤ちゃんを産ませてくれてもいいのよ?」

『げほっ!!』

 同情されることでもないし、ちょっと冗談をふってみたら、隣以外の場所からも盛大にむせる声が聞こえた。
 この声はダレンと、馬車の中からは師弟コンビカールとウィリアムだろうか。

「……アンジェラ殿。私事に口を挟むつもりはないけど、そういう活動はせめてこの旅が終わってからにしてくれるかい?」

「いや、ただの冗談ですから。私だってこの歳で母親になるつもりはありませんよ」

 王子様からも割とガチトーンのツッコミをいただいてしまった。
 いや、なんで信じるのよ、この人たち。普通に冗談だってわかるでしょう。……まさか、そういう女だと思われているのかしら。

「よ、よかった、冗談だよね。赤ちゃんは可愛いと思うけど、やっぱり結婚して二年ぐらいは二人の時間を楽しみたいと思ってるから……」

「待って、なんで貴方も将来設計語ってるの」

 ジュードはジュードで、よくわからない理由で恥ずかしがっているし。というか、貴方は私と結婚するつもりがあったのか。当たり前のように話しているけど、私たちはまず恋人ですらないぞ。

「あ、魔物」

 妙な空気になったことに困惑していれば、ふと前方に赤い色の文字が見えた。
 どれもよく見る弱い魔物の名前……うん、現在警戒中の泥の魔物はいなさそうだ。

「四……いえ五体ね。ジュード、速度を落として。すぐに片付けてくるから」

「いや、そこは未来の父親が働いておくところだろう。妻と腹の子に格好良いところを見せたらどうだ?」

「任せてアンジェラ!」

 普通に対処しようとしたのに、ノアの揶揄やゆする声に反応したジュードのほうが、ぐっと強く手綱を引いた。
 待って。私は妻でもないし、このたいらなお腹には何も宿ってないから! 内臓しか入ってないから!!

「手伝いはいるか?」

「大丈夫です。すぐに戻ります」

 おふざけをしている間に馬車は速度を落とし、そのままジュードは愛剣を持って駆けていってしまった。
 一応ディアナ様が声をかけて下さったけど、顔つきが本気になったジュードには無用のようだ。

「……私のお腹、まだ何も入ってないんだけど」

「まだ、な。ただでさえお前は強い女なんだ。たまには格好つけさせてやれ」

「はあ……」

 馬車の中の皆は動くつもりはないらしく、のんびりとジュードが魔物を倒しきるのを待っている。心配するような敵もいないからいいけど……変な冗談なんて言わなきゃよかったかしらね。

(とりあえず今は、これから会える攻略対象とそのご家族を楽しみに待っておこう)

 あっさりと全て倒し切ったジュードが嬉しそうに手をふってくる様子に、未来の夫よりもしっぽをふる犬の幻影が見えてしまったことは、本人には黙っておこう。
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