転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE12-08

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 魔物を退治した直後、まるでタイミングを見計らったかのように崩れ始めた空模様に、私たちは慌ててクロヴィス宅へ避難させてもらうことになった。
 一応確認も兼ねて覗いた家の中は、外で散々戦っていたとは思えないほど整ったまま。招かれた時とほぼ変わらない様相だったのだけど――とある一部屋。奥さんと赤ちゃんに会った一番奥の部屋だけが、先ほどの戦いが嘘ではなかったと語っていた。

「うわあ、これは酷いわね」

 皆で手分けして他の部屋も見たのだけど、変わっていたのは一か所だけ。この一室だけが、泥まみれになっていたのだ。

「アンジェラ殿」

「大丈夫です。敵性反応はありません」

 惨状に眉をひそめた王子様に否定を返せば、ホッと安堵のため息が聞こえる。部屋を汚しているのは残骸であって、敵ネームは見当たらない。
 ただ、もしまた魔物が現れたら、ここでは戦いづらいだろう。

 あっという間に勢いを増した雨は、バケツをひっくり返したように激しく窓を打ち付けている。
 こんな天気では外への避難も難しいだろうし、今は敵が見当たらなくても、警戒は怠らないようにしないとね。

「これは……」

 家主であるクロヴィスも部屋の状態を確認したようだ。改めて、無事に帰ってきた妻子をぎゅうぎゅう抱き締めている。
 家族仲が良いのは結構だけど、彼のがっしりした体では、赤ちゃんをつぶしそうで怖いところね。

「さて、と」

 一通りの確認を終えて、汚れていない応接間に集まった私たちは、青い顔で俯くシエンナさんと向かい合う。
 気味の悪い魔物に捕まっていたのだし、本当はすぐにでも横にならせてあげたいところだけど、

「疲れているところごめんなさい。貴女の妹さんについて、わかる範囲で教えてもらえないかしら?」

「……私に、話せることでしたら」

 この街の魔物被害の黒幕は、彼女の血縁なのだ。それも、結構な量の泥魔物をけしかけてきた以上、少しでも情報を得ておきたい。
 ……もっとも、私がほんの一瞬見ただけでも嫉妬に気付けたのだから、原因はわかりきっているけどね。


 クロヴィスとシエンナさんのなれそめは、ダレンが飽きるほど聞いた話の通り、今から三年前のことだそうだ。
 ……まあ、お約束というか何というか。魔物に襲われていたこの街に、クロヴィスが所属していた部隊が立ち寄り、彼が姉妹を助けたのがきっかけらしい。
 サリィとシエンナさんが違ったのは、その際に怪我をしてしまったクロヴィスを懸命に世話をしたほうとそうでないほう、といったところか。
 やがて愛を育んだ二人は夫婦となり、今ここにいる家族となったと。

「……聞く限り、全くおかしいところはないわね」

「そうだね。言い方は悪いけど、この国なら『よくある話』だ。だったら、何故妹さんがあの魔物を使うようなことになったのだろう」

 話を聞いて、共に疑問符を浮かべた私とジュードに、少し離れた位置からため息が聞こえた。

「あの魔物は欲望を強めて心を狂わせる性質がある。偽聖女、お前が言っただろう。パッと見でも嫉妬がわかったと」

「……ああ、そういえばそうね」

 そうだ、あの魔物は精神攻撃をしてくるのだったわ。確かに、初対面で『嫉妬された』ってわかるなんて、ちょっとおかしな話よね。
 私の性別は女だけど、クロヴィスとは何の関わり合いもないのだから。

「あの子が変になったのは、多分私がこの子を産んだからだと思います」

 情報を整理している私たちに、シエンナさんが弱々しく呟く。
 ……そういえば彼女は体が弱くて、それを心配したからこそ、クロヴィスは部隊に参加せずにこの街へ帰ったのだったか。

「私は元々、あまり長くは生きられないとまで言われていたんです。結婚はもちろん、出産など命に関わるから諦めろ、と。ですが彼と出会って、もっと生きたいと思いました。彼の子を産みたいと思いました。皆の協力もあり、おかげ様でその願いを叶えられたのですが……サリィにとっては、それらが『想定外』だったのかもしれません」

「失礼なことを質問しますが、妹さんとは元々仲が良くなかったのですか?」

「いいえ。特別良かったとも思いませんが、普通の家族だったと思います。何かあれば、互いに心配しあえる関係でした」

 そこまで話したところで天使がぐずり始めたので、クロヴィス夫妻は赤ちゃんをなだめに退室していった。
 ……普通、か。そう思っていたのは、シエンナさんだけだったのかもしれないわね。

(体の弱いお姉さん。優しくしてあげなければいけない存在。もしかしたら、サリィは優越感を抱いていたのかもしれない)

 その彼女と同じ人を好きになって、なのに選ばれたのが病弱なシエンナさんのほうで。こうして、ごく普通の家庭を築いていることが気に入らなかったのか。

「……性格悪いなって思っちゃうわよねえ」

「それは普通の感想だと思うよ。彼女のどこまでが、あの泥に増幅された部分なのかはわからないけど」

 うっかりこぼれた感想に、すぐ隣から同意が聞こえる。ぽんぽんと頭を撫でてくれる感触とともに。
 私にとって『そういう対象』であろうジュードは、今日も隣にいてくれる。いつもと変わらずにずっと、ずっと。

(泥の被害者だった彼女が加害者になる気持ちは、私にはきっとわからないわね)

 うっかり口にしたら刺されそうな話だ。それでも、ジュードと一緒にいられる私には、サリィの気持ちは全くわからない。
 もしかしたら、いつか私にも狂ってしまうほどの嫉妬がわかる日がくるのかもしれないけど。その時は、きっと……


「きゃああああああっ!!」

「なっ何!?」

 ほの暗い想像は、突然響いた悲鳴によってかき消された。応接間の外から女性の悲鳴となれば、声の主は一人しかいない。
 慌ててメイスをひっつかんで部屋を出れば、廊下を挟んで反対側の部屋で、妻子を抱き締めて対峙するクロヴィスの姿が見えた。

 そして、その眼前の床には――ゴボコボと音を立てる泥の水たまりが。

「貴女……ッ!!」

 びちゃっという耳障りな音とともに、そこから女性が這い出てくる。
 どう見ても普通ではない泥を全身にまとい、涙の代わりに真っ黒な液体を流す年若い女性の姿。
 私はほんの少しだけしか見てはいないけど、多分間違いないだろう。

「……くろ、ヴィス……」

 声か音か判別できないそれを上げた彼女――【混沌の下僕】のサリィを見て、私は“魔物と区別のつかない人間は、どうやって倒すべきなのか”を考えていた。
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