転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE13-04

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 ――ハルトの言葉を聞いた瞬間、私の足は勝手に走り出していた。

「えっ!? ちょっと、聖女さんどうしたの!?」

「おおい!? アンジェラちゃん、どこ行くの!?」

 手にはしっかりとハルトの腕を掴み、彼を引っ張るように部屋から出て行く。
 背後から仲間たちの呼び声が聞こえたけれど、それにも止まったりしない。

(……どういうこと? どういうこと、どういうことよ!?)

 もちろん、ここは全く知らないお屋敷の中だ。無意識に駆け続ける足は、行き先をさ迷ってさ迷って……

「と、止まってアンジェラ! さすがに危ないよ!!」

 幼馴染の怒声とたくましい腕の制止によって、ようやく私の暴走は止まった。

「――…………なんでジュードがいるの?」

「ひどい! 手を繋いできたのはアンジェラのほうだろ!?」

「……あ、そっか。そうだったわ。連れてきちゃってごめん」

 ……そういえばハルトとの会話中、ジュードが暴走しないように手を掴んだのは私だったか。
 話が衝撃的すぎて、すっかり頭から抜けていたわ。繋いでいたのがジュードでよかった。魔術師組だったら、危うく引き摺って怪我をさせるところだった。

「えっと……ここ、どこかしら」

 屋敷内を知らないせいか、私は無意識に外を目指していたらしい。
 やはり貴族らしい華やかさには欠けるものの、きっちりと葉を整えた木がちょうどよい影を作って並んでいる。
 どちらかというと整頓された街路樹のようだけど……もしかして、屋敷を飛び出しちゃったりはしてないわよね?

「ここは屋敷の庭の外れだよ。……はあ、びっくりした……ちょっと休憩させて」

 少し焦ったけど、一応屋敷の敷地からは出ていなかったみたいだ。
 ほっと一息ついてみれば、ハルトのほうはすっかりバテてしまい、息も絶え絶えになっている。
 そういえば、彼も後衛キャラだったわね。うっかりジュードと同じノリで動かして、無理をさせてしまったわ。

「……ごめんなさい。あんまりにもショックだったから、加減するのを忘れてしまいました」

「い、いや大丈夫……むしろ、聖女さん体力あるんだね……いかにも後方支援って感じなのに、僕が引っ張られるとは思わなかったよ」

「私は必要に応じて、身体強化の魔法を使ってますので」

 それも、無詠唱どころか無意識で使っちゃうからなあ。普通は使わないところで発動しちゃう辺り、脳筋で申し訳ない。
 ……いや、私のことはとりあえず置いといて。屋敷から逃げてきたのは、もちろんただ暴走したわけじゃない。
 さっきの話は、しっかりとハルトに問いたださなければならない。

「ハルトさん、失礼を承知でお願いします。ディアナ様に傷があるという話、詳しく聞かせていただけませんか」

 姿勢を正してハルトに頼めば、彼もまた乱れた襟元を整えて真剣な表情へと変わった。

「さっきもディアナのことを様付けで呼んでいたけれど、君はディアナと何かあったのかい? 見たところ、性別以外には共通点が見当たらないのだけど」

「……いえ、残念ながら中身がそっくりですよ、この二人。敵を見つけたら、とりあえず真っ先に殴りに行くところとか」

「それはジュードも同じじゃない」

「あー……なんだ、君も血の気が多い性質たちか。そっちの彼はともかく、人は見かけによらないね」

 ジュードのフォローになっていない解説に呆れつつも、ハルトはそっと左の頬を髪ごと撫でた。
 ……そう。彼にこの深い傷を残し、ディアナ様の体にも痕を残しているという話。そんなものは、ゲームの時にはなかったはずなのだ。
 確かに、私が知っている情報と比べて、仲間たちには皆少しずつ差異がある。でも、『外見』には今まで大きな差はなかった。
 少なくとも、パッと見で驚くような変更はない。一番変わっているジュードですら、装備が違うだけで彼本人を構成するものは同じだ。

 ……しかし、ディアナ様だけは皆と決定的に違っている。
 普通に『女性』だとわかる程度の姿だった彼女が、今は男性をはるかに凌ぐ驚異的な進化を遂げている。
 これは多分、骨格とかの『根本的な何か』が変わっていないと無理だろう。どう頑張って鍛錬をしても、さすがにここまでは育たない。……まあ、私からすれば大変喜ばしい変化なのだけど。

 今回ここで“外的要因に姿を歪められた”ハルトに遭遇して、それが本当に喜ばしい変化なのかわからなくなってしまった。
 少なくとも、体に深い傷を残すような経験が『良いこと』とは思えない。

 ――こちらでも、何かが起こっていたのだ。『アンジェラ』が『私』に変わったように。
 私はこの物語を導く主人公として、これを正しく知っておかなければならない。
 たとえここが、もうゲームの世界とは別物だとわかっていても。

「……ディアナが話していないことを、僕が話していいのかな」

「貴方は先ほど、ディアナ様に傷があるとおっしゃいましたよね? そんな超気になるネタバレをされて、解説をしないままは困ります!」

「ね、ねたばれって何? よくわからないけど……君はディアナを大切に思っている、ということ?」

 やや引き気味のハルトに強く肯定する。「むしろ崇めている」と答えれば、ハルトは困ったように眉を下げながらも小さく頷いた。

「……楽しい話じゃないから、簡単にだけね。この領が魔物の発生の多いところであるのは、通ってきた君たちなら知っているよね?」

 ハルトの色素の薄い柔らかな髪が、ふわふわと風に踊る。
 それは何故か、献花のような寂しそうな雰囲気を感じさせた。



 代々騎士として王家に仕えるトールマン伯爵家では、一人娘のディアナ様も幼少からしっかりと訓練を受けて育ったらしい。
 当時はごく普通の女の子の姿をしていたけれど、剣の才能はなかなかのもので、その頃から子どもとは思えないほどの実力を持っていたそうだ。
 もちろん、本人の努力の成果でもある。日々厳しい稽古をこなすディアナ様を、ハルトはずっと隣で見守ってきた。

 ハルトはトールマン伯爵家と仲の良い商家生まれだ。剣の才能は全くないが、代わりに魔術師の素質があったため、そちらの道をいくことに決めていた。ディアナ様と良いコンビになるためにも、それは最良の選択といえる。
 二人の子どもは毎日厳しい訓練をこなしながらも、仲睦まじく育ってきた。ここまではとても甘酸っぱい、幼馴染の記憶なのだけど……

 ハルトはまぶたと唇を同時にきゅっと閉じてしまった。
 それが、何かを我慢している動作であることは、端から見ている私にもわかった。

「あの、すみません。無理に話していただかなくても」

「……いや、大丈夫。あんまり楽しい記憶じゃなくて。ごめんね」

 数秒の間をあけて、ハルトが再び目を開いた。優しい紫色の中に、戸惑う私の顔が映っている。

「……ある時ね、かなり大規模な魔物の襲撃があったんだ。大人たちが連日街の外へ出向いて戦ったけど、どうにも倒し切れなくてね。少しだけ残っていた護衛役も全員街を出て、一気に殲滅する作戦を立てたんだ。……この時、街に残った人々を守る役目は、僕とディアナに託された」

「…………あ」

 わかりたくはないけど、その後のことに予想がついてしまった。
 血の気をなくした私と、同じような反応をしたジュードを見て、ハルトはゆっくりと頷いた。

「君たちが考えた通りのことが起こったよ。大人たちが全員街を離れている間に、別の魔物の群れが街を襲ってきたんだ。当時は今ほど外壁もちゃんとしてなくてね。僕とディアナを中心に、皆で必死で戦ったけど……何人も死んでしまった。僕らの友達だった子どもも二人。僕は魔力切れを起こしている時に、この顔の傷を負ってそのまま気絶。目を覚ました時に見たものは、ボロボロになった街と大人たちが泣いている姿だった」

 口調こそ淡々としているけれど、ハルトの手はずっと拳を握ったまま震えていた。
 守られるべき年の子どもが体験するようなことではないのに、彼に残っているのは『悔しさ』なのか。

「……僕が寝ている間もね、ディアナはずっと戦っていたらしいんだ。大人たちが戻った時、ディアナは酷い傷を負ったまま、たった一人で武器を構えて立っていたんだって。女の子がたった一人で、だよ? ……それなのに、彼女はずっと悔いている。自分が弱かったから、友を死なせてしまったのだと。……責められるべきは、彼女の隣に立ち続けられなかった僕なのに」

「っ! それは違います! ディアナ様も貴方も、責められる必要なんて……」

「アンジェラ」

 慌てて否定しようとした私の肩を、ジュードの手が握った。
 彼は妙に真剣な顔で私のほうを覗き込んで、小さく首を横にふる。

「……アンジェラを守れなかったら、僕だってそう思う。これは男の矜持だよ」

「そんなこと……」

 反論しようとして、私も言葉を失ってしまった。
 私たちは上手く勝ってここまできたから良かったけど、もし私が気絶している間に、ジュードが一人で戦っていたら……そのせいで、体に傷が残るようなことになったら。

(……責めるわ。私が弱かったからだって)

 考えるだけで、胸が苦しくなった。ハルトはこんな辛いことを、実際に体験したのか。
 ……そして、ディアナ様もまた。

「僕にとって顔の傷は、あの時の後悔を忘れないために必要なものなんだ。だから、君の気持ちは嬉しいけど、消すつもりはないよ。でもほら、ディアナは女性だからさ。一人娘だから、いつか婿をとらなきゃいけないだろうし……できれば消してあげて欲しい」

「ですが、先ほどの話から考えるなら、ディアナ様も多分同じことを……」

「だろうね。だから、こう伝えて。『弱かった罪は、僕が全て背負うから』と」

 穏やかに微笑むハルトの髪が、白い上着の裾が、ひらひらと風に舞う。
 本来なら、祝福するような色なのに――――それはやはり死者への献花のように、寂しく、儚く揺れていた。
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