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連載
STAGE13-07
しおりを挟む――かつて私が戦った【寄生種】は、一番弱いトレントの【小枝の悪精】を宿主にしていた個体だった。
『小枝』なんて名前の通り大して強くもないその“器”は、ただの火によってあっと言う間に燃え尽き、その役目を終えた。
私が【寄生種】を倒せたのも、ヤツが器から逃げ出した瞬間を狙えたからだ。
……だが、今ここにわんさか集っている【寄生種】たちは、第二進化体の【大木の悪精】を宿主としている。
進化後も弱点が火なのは変わらないが、小枝よりも断然図体が大きいし、その全てを燃やすには相当の火力がいる。
小枝の時のように、大急ぎで逃げ出す必要はない――いや、考えたくはないけど、はっきりさせてしまおう。
もしも寄生してから時間が経っているとしたら、あの魔物は大木の幹の中にがっつりと“根”を張り巡らせている可能性が極めて高い。
ようは人間と同じだ。良い住処を見つけたなら、当然すぐに引っ越しなんてしたくないし、住処を守るための対策をする。たとえば鍵をつけたり、柵や塀で周囲をおおったり。
【寄生種】にとってのその対策は、『燃えにくい素材の根を張り巡らせて、器の体を壊されないこと』だ。
予想が当たっているなら、元のトレント魔物と比べて格段に硬くなっているし、火の魔術も通りにくくなっているだろう。……ゲームで戦った時にも、ずいぶんと辛酸を舐めさせられた強敵だ。
……そこまで思い出して、ふと、芋づる式に嫌なことにまで気付いてしまった。
ハルトの傷を見た時に感じた異様さ。それはかつて、初めての戦いで私が傷を癒した街の人のものとどこか重なる。
刃物で切ったにしては、やや歪な傷口。そして今回は、火傷の痕もあったように思える。
「……ハルトさん、ものすっごく確認したくないんですけど、一つ聞いてもいいですか」
ゆっくりと壁の下へ視線を向ければ、門番たちと話をしていた彼が小走りで近づいてきてくれる。
「どうしたの? 状況がそんなにまずい?」
「それもあるんですが、できれば当たっていて欲しくない予想の確認です。……かつて大量発生した魔物の群れというのは、【大木の悪精】……木の形をした魔物ではありませんでしたか?」
恐る恐る言葉を繋いだ私に対し、ハルトは片方だけの目を見開いて……悔しそうにこくりと頷いた。
……あああああああ、やっぱりか。すっごく嫌な予想が的中してしまったわ。
「君の言う通り、木の形をした魔物だったよ。大して強くない種類だからと、大人たちも高をくくっていたんだ。一気に殲滅する作戦も、弱い魔物だからこそ立てたのだと思う」
「そうして大人たちが街を出た後に、別の魔物……いいえ、“木の魔物の亜種”が貴方たちを襲ったのではありませんか」
「――……すごいな。聖女様ってそんなことまでわかるのかい?」
驚いたような困惑したような、何とも言えない表情でハルトはまた頷く。
――おかしいと思ったのだ。魔物たちに考える脳みそは入っていない。なのに、大人たちが出て行ったタイミングを見計らって街を襲うなんて、できすぎていると。
だが、こと【寄生種】が相手ならば話は別だ。
こいつは魔物の中でも何故か別枠扱いされていて、他の魔物たちからひどく避けられている。
かつて故郷の森でトレントたちが街の人を襲ったのも、単に群れに紛れた【寄生種】から逃げようとしていただけだ。
人間を害そうとしたわけではない。たまたま逃げた先に、私たちの街があっただけ。
そして恐らく、今回もそれと全く同じなのだろう。
この地域で元々群生していたトレントの元に、どこからか【寄生種】が入ってきた。
トレントがエリーゴ方面へ逃げて、それを街の大人たちが“大量発生”と捉えて対処する。
彼らが戦っている間に、トレントを追ってきた【寄生種】が、ハルトやディアナ様たちを襲う……。
そう、狙ってそうしたのではなく、多くの不運が重なった結果として。
(火傷があったってことは、ハルトを襲ったのは寄生されたトレントの中でも、火をつけられた個体だったのね。大人たちが、ただのトレントだと思って火をつけてしまった。……もしかしたら、戦場から街へ逃げてきたのかもしれない)
第二進化体は、そう簡単には燃え尽きない。火がついたままでもある程度は活動できてしまうのだ。
そのせいでハルトの傷はより酷くなってしまったのだろう。恐らく、ディアナ様が負った傷も。
――守ろうとした大人たちの行動が、余計に傷を深くしてしまったなんて。皮肉なものね。
「……何にしても、最悪の事態がほぼ確定してしまったわ」
「ねえアンジェラ、僕らにも説明してくれない?」
予想の正解にがくりとうな垂れれば、外を確認していたジュードから訝しげな声がかかる。先に待っていた破壊師弟も、答えを急かすように私に注目している。
「……外のあれ、木に見えるけど木じゃないわ。さっきも言ったけど、【寄生種】っていう他の魔物に取りつく種類よ。多分、昔ハルトさんたちを襲った魔物の残りね。寄生されてからかなり時間が経っているから、内部の補強が予想される。ようは超硬くて、斬るのも殴るのも一苦労。本来の弱点の火もあまり効かない。それが今見えてるアレ全部。オーケー?」
「……聞くんじゃなかった」
ややヤケ気味に語ってみれば、ジュードからもうんざりしたような声が聞こえた。
そりゃそうだ。何せ、ぐるりと見回す百八十度の風景のほとんどを埋め尽くしている魔物が、全部強敵だと言ったのだから。戦闘が嫌いじゃない私だって見たくないもの。
「そんな……木の魔物の弱点が効かないのなら、ど、どんな魔術で攻撃すれば……?」
気弱な性格の割りに攻撃特化のウィリアムも、顔色を青くしてオロオロしている。恐らく、木の魔物を見つけた時から燃やす気満々だったのだろう。
先走ってなくて本当に良かったわ。燃えながら攻撃してくる魔物とか、前衛組としては絶対に戦いたくないもの。
「……おい、偽聖女」
「はいはい。強いて言うなら、氷かしらね。水じゃなくて凍らせるほうよ? 動きを止めてくれたら、私たちが直接攻撃しに行くわ」
好戦的なカールすらも腰が引けているようなので、対策がないわけではないことを伝えておく。
器のほうが倒しにくいのなら、【寄生種】本体を直接叩きに行くしかない。
と言っても、大きな木の体に対して、ヤツらの本体は拳程度の肉の塊だ。直接攻撃をしに行くなら、相当接近しなければならないだろう。
しかも、ヤツらがくっついている場所はまちまち。かつて私が倒したものなど、背面にくっついていたからね。
鞭のようにしなる枝の攻撃を避けながら、本体を捜して叩く。……考えるだけでも面倒くさいのに、それが山盛り出現と来た。正直、見なかったことにして帰りたいぐらいだわ。
(……でも多分、ヤツらが動き出した理由は私なのよねぇ)
以前のように器にするためのトレントを追って来たならまだしも、今の寄生種たちはすでに良い住処を手に入れている。その状態で街へ向かって来る理由はないはずだ。
にも関わらずここに集まっているということは――魔物ホイホイな私を襲ってきた可能性がとても高い。
……あとは、あの青い目の泥魔物が背後についている可能性ね。
(どっちにしても、原因が私なのよね。その私が逃げるとか絶対にできないし、ましてやここはディアナ様の故郷よ。迷惑をかけるわけにはいかないわ)
再びチラッと視線を向ければ、うぞうぞと蠢く森のような風景。その上に浮かぶ赤い敵ネームの量は、もう視界への暴力だ。数えたくもない。
「一体でも面倒なのに……どうしようかしら、これ」
「とりあえず、皆にも相談してみようか」
始まる前から敗色濃厚な私たち四人に、苦笑を浮かべたハルトが手招く。
どうやら門番も含めた一般市民の避難は完了したらしく、部隊の皆が外壁の足元に集まっている。
(いくら強い仲間たちでも、たった九人か……)
思わずこぼれそうな愚痴を口の中に押し込めて、緊張した面持ちの仲間たちの元へ下りて行く。
さて、この絶望的な状況。どうしたものかしらね……。
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