転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE15-05

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「……これは、意外とすごいわね」

 室内でも戦えるダレンを先頭に、慎重に遺跡へ足を踏み入れた私たち一行は、広がった景色に思わず声をこぼした。
 入口こそただの穴だったけれど、続く内部の構造は吹き抜けになっており、三階建てほどの高くて広々とした空間が待ち構えていたのだ。
 はるか頭上には、ぐるりと柵に取り囲まれたギャラリーのような席が見える。いつの時代のものかは知らないけど、建築技術はなかなか高いらしい。

「……もしやここは、祭祀さいし場だったのか?」

「確かに、なんだか儀式的なものを感じるね」

 ノアが魔術で作った光の玉をポイッと投げれば、壁や天井には彫り込まれた細やかな模様が浮かび上がる。言われてみれば、ただの施設というよりは、宗教色が濃いようだ。
 王子様が興味深そうに眺めているけれど、文字らしきものをなぞっては首をかしげている。
 もちろん私もさっぱり理解できないわよ。転生モノでよくある『古代言語=日本語』なんて特典は、この世界にはないからね。

「ねえ、外見詐欺師。もしかして、貴方は読めたりする?」

「一応読めるが、面倒だから解説はしねえぞ。大したことも書いてない」

 どうやら長寿種エルフ族のノアよりも、カールのほうが古い知識は上なようだ。
 不思議そうに壁や天井を見上げる私たちに対して、彼は一人だけ疲れたように首を横にふっている。……彼が悲しい顔をした理由に、知識的なものは関係ないらしい。

「書かれているのは神をたたえる詩とかそういうものだ。わかったところで上に用はねえよ、、、、、、、。……違うか?」

「え?」

 チラと動いた金眼が見たのは、私ではない。……いつの間にやら、私たちから離れていたダレンだった。

「殿下、上へあがる階段は、粗方潰されていました。それも、“黒い泥を残した状態”で」

「……うわあ」

 どうやらダレンは、また一人で先に探索を済ませてくれたらしい。
 けれど、彼が苦々しい表情で告げた内容は、決して朗報とは言い難いものだ。

「縄を張るなり魔術を使ってもらうなりすれば、上へ行くことは可能でしょうが。アンジェラちゃんを呼び出した輩は、そちらにはいないでしょうね」

「だろうね。ああもう、すでに遺跡を壊された後だと覚悟をしたほうがよさそうか。文化財になんてことをするのだか。やはり、きちんと保護の申請を出すべきかな」

 続いた言葉に、王子様はあからさまに表情を歪めて嘆息する。
 今は魔物の危険がある立ち入り禁止区域だけど、ヘルツォーク遺跡は一応旧時代の文明遺産だ。
 ノアも壊したくないと言っていたけど、残念ながらすでに手をつけられた後らしい。全く、あの泥女は余計なことしかしないわね!

「……いや、ちょっと待って。ダレンさん、上へ行けないのなら、あの泥女はどこにいるんですか?」

 ノアの魔術を光源にして見える景色の中には、パッと見上の階しか見当たらない。
 同じフロアにいるのなら、さすがにすぐにわかるだろうし。

「ごめん、軽く探しただけじゃわからなかった。多分、どこかに別の……」

「アンジェラ、こっちだよ」

「……え?」

 困った様子のダレンを遮って、質問に答えたのは少し離れた場所にいるジュードだった。
 二人でそろってそちらを見れば、明かりも届かない端っこで、彼が足元を指さしている。

「……うわ。これ、前にも見たわよね」

「うん。墓守りの村、だっけ? 造りはあそこと似ていると思うよ」

「また地下墓地カタコンベ?」

 ジュードの足元を照らしてもらうと、斜めに取り付けられた下り階段が浮かび上がった。それも、外装のヒビの入った日干し煉瓦ではなく、もっと硬そうな石で作られたものだ。
 私の声に反応した仲間たちも集まって来て、皆階段を見るなり眉間に深い皺を刻んだ。

「ただでさえ壊れやすい建物の中だと言うのに、地下だと? アンジェラを呼び出した輩の狙いは、俺たちの生き埋めか?」

「かもしれないわね。と言うか、ノアは前回も一緒に行ったのだし、雰囲気はわかるんじゃない?」

「あの墓と同じならな。だが、その場合はそっちの脳筋騎士にはますます厳しい戦場だぞ」

 明かりを反射しながら眼鏡がふり返れば、背後で苦い顔をしているのはディアナ様だ。
 ……そっか。キュスターの地下墓地では、通路が狭すぎてディアナ様では通れなかったものね。

(何が起こるかわからない以上、最大戦力のディアナ様は外せない。だけど、そもそも通れないほど狭かったら、無理を強いることはできないわ。どうすれば……)

 額に嫌な汗が浮かぶのを感じる。少なくとも、この入口部分は広いのだ。
 もし泥女が地下の狭い部屋にいるのだとしたら、なんとかここまで引っ張ってこられないだろうか。
 あの女の狙いは私なのだし、いざとなったら私が一人で地下へ降りて、なんとか……

 つらつらとない知恵を絞っていると、ふいにポンと頭を撫でられた。

「……ジュード?」

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。広くはないけど、ここの地下通路はディアナさんでも通れる広さだ。ただ、戦うのは難しいだろうから、急いで抜けることをおすすめするけどね」

「…………貴方、知っているの? この“立ち入り禁止区域の中を?”」

 思わず声が固くなってしまった私に、ジュードは困ったように微笑む。
 いつも通りの、鋭い顔立ちには合わない優しい笑い方。けれど、さすがにサラッと流せるような内容ではない。
 さりげなく武器に手をかけ始める仲間たちを見て、ジュードはスッと両手を挙げた。

「黙っていてすみません。ここには一度だけ、来たことがあるんです」

「観光業が中止されたのは、君が産まれる前のことだよ、ジュード殿」

「はい、わかっています。立ち入り禁止になってから、入りました。……ちょうど、今のように」

 黒眼がゆっくりと伏せられる。まるで、思い出を懐かしむかのように。
 ――しかし、次に開いた瞳は、形通りの鋭さと冷たさをたたえていた。

「僕の命は、いつだってアンジェラのためにある。貴方がたもそれは知っているはずです。何があろうとも、僕はアンジェラを裏切ることは絶対にしません」

「……確かに、そうだ。お前は、アンジェラだけは、、、裏切らないだろうな」

 黒色に反抗したのは、ノアの銀の瞳だ。うす暗い景色の中で真逆の鋭い視線が交錯する。
 ――ちょっとちょっと。ここにきて、まさかの仲間割れ!? 泥女はラスボスかもしれないのに、そんなことをやってる場合じゃないわよ!?

「ちょっと二人とも、落ち着いて……」

 なんとか宥めるべく、二人に手を伸ばそうとして――それよりも早く、私の前を黒いローブが走り抜けた。

「お、お二人とも、落ち着いて下さい! 今は争っている場合じゃないです!!」

 ……なんと、諫めに走ってきてくれたのはウィリアムだ。
 いつもは猫背な長身をピンと伸ばして、目つきの悪い二人の間にしっかりと立っている。
 意外な人物の意外な行動に、皆はポカンと呆けて動きを止めた。

「ジュードさんは、こんなところで嘘をつく方ではないです。だって、ぼくたちが危険になったら、アンジェラさんが悲しみますから」

「……そうね、とても悲しいわ。私は仲間が大切だもの。もし何かあったら、ジュードと離れて彼らのほうにつくわよ」

「そうなったら、僕だってもちろん皆といるよ。君が治療をするような事態になったら、守りがいるだろう?」

 必死に話すウィリアムを見て、ジュードの顔はまたふわっとしたいつもの表情に戻っている。
 私がよく知る幼馴染の彼だ。――よかった、大丈夫みたいだわ。

「禁止区域に入っているのは、今の私たちも同罪です。エルドレッド殿下、罪を問うのであれば私たちもですよ」

「……君は、彼を信じるのだね?」

「もちろん」

 しっかりと深く頷けば、彼も少しだけ笑って、レイピアの柄から手を離した。
 ……あの町からほとんど出たことのないジュードが、いつ『ここに来たことがある』のかはもちろん気になる。
 だけど、それを問い詰めるのは今じゃないわ。

(全部終わってから。あの泥女をどうにかしてからでも、間に合うはずよ)

 皆も武器から手を離していき、最後に詰め寄っていたノアも、疲れたようにため息を吐いた。

「……道を知っているのなら、お前が先頭を行け」

「了解です」

 そうして、光の玉をポンと一つジュードの前に放り投げてくれる。
 これで火をおこさなくても、先に進んで行けるわね。

「ジュード」

 隣に並べば、穏やかな笑みを浮かべた彼がスッと手を差し出してきた。
 手が塞がっても大丈夫ということは、これから降りる階段は安全ということなのだろう。

「通路の広さは大丈夫だと思うけど、強度の保障はできないんだ。暴れないでね、アンジェラ」

「わかってるわよ」

 握った手は大きくて温かい。いつも通りの幼馴染の彼の手だ。

 ――だけど、かすかに震えていたことは、気付かなかったふりをしてあげる。
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