転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE15-06

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 先頭にジュード、殿しんがりにディアナ様を据えて、私たちの一行は急ぎ足で階段を駆け下りる。
 彼の言った通り、地下へと続く薄暗い階段は思ったよりも広くて、二メートルを超える長身のディアナ様でも難なく通ることができた。

 ――いやむしろ、上の階の祭祀場と比べて、ずいぶんしっかりした造りのようだ。材質も日干し煉瓦ではなく、密度の高そうな硬い石に変わっている。

(……作られた時期が違うのかしら?)

 ともかく、心配していた崩落などが起こることもなく、私たちは無事に地下へとたどり着いたのだけど、

「……なに、ここ」

 次に広がった光景に、皆言葉をなくしてしまっていた。
 地下だということを忘れてしまいそうなほど、高い天井。ぐるりと広がるそこは、ドームのような円形だ。
 壁こそ岩肌が見えているものの、立ち並ぶ頑丈そうな柱が天井を支え、床も舞台のような白い石で固められている。

「これは、魔術の実験場か何かか?」

「惜しいが違う。ここは闘技場だな。腐った連中の娯楽の跡地だ」

 困惑気味に見回すノアにカールが答えた。その声には嫌悪感がにじんでおり、彼の視線の先には観客席らしきものも見える。
 ……恐らく、正規の娯楽として戦いを公開するのではなく、“戦うしかない者”の命をもてあそんでいた場所、ということなんだろう。

「祭祀場の地下に闘技場があるなんて、いかにも汚い社会の縮図って感じね」

「今の神聖教会だって、別にきれいじゃないだろう。お前が育った場所のほうが稀なんだよ」

「どちらかというと、稀なのはアンジェラのほうだと思いますけどね」

 面倒くさそうに話すカールに、今度はジュードが笑いながら付け足す。何よそれ、どういうことかしら。

「ジュード、私は褒められてるの? 貶されてるの?」

「もちろん褒めてるよ。貴族のご令嬢から質素な教会暮らしに生活水準を落とされたのに、君はいつだってまっすぐに、皆のために頑張っていたから。清く、正しく、たくましく生きる君を前にして、悪いことなんてできないよ」

「あらそう? 体が貧弱な分、生き方がたくましいなら何よりだわ」

「たくましくていいの!? そこ、普通の女の子ならツッコむとこだからね、アンジェラちゃん!」

 穏やかな私たちの会話に、すかさずダレンからツッコミが入った。うん、いつも通りのノリのおかげで、暗い空気も少し軽くなった気がするわね。
 まあ、別に良い子を演じていたわけでもないんだけど、それが周囲にも良い影響になっていたなら何よりだわ。……あの田舎の町の教会じゃ、悪いことをするにしても程度が知れるだろうけど。

 ――しかし、闘技場かあ。

「……私たちの故郷を褒めてもらえたのは良しとして。『泥女』が私を招いた場所がここだとしたら、いい予感はしないわよね」

「そうだね」

 和んだはずの空気が、再びキンと張り詰めていく。
 繋いだままのジュードの手はもう震えていないけれど、きゅっと強く、私の手を握り返してきた。

 戦うための場所へ招かれたのなら、用件もそういうことだろう。
 様子を窺えば、魔術師組は光源を確保しつつ、詠唱の準備を始めている。私たち以外の前衛組も、武器の柄に手をそえたままだ。

「賢者殿、ここならばそこまで加減は必要ないな?」

 最後尾にいたはずのディアナ様も、スッと私の前に出てきてくれる。
 その手はもちろん背負った斧の柄を握っており、いつでもふり抜ける状態だ。

「……予想よりは頑丈そうだが。いや、もういいか。崩落は俺がなんとかする。ウィリアム以外は好きにやれ」

「えっ!? ぼ、ぼくはダメなんですか……」

「遺跡に埋まりたいなら好きにしろ。俺は助けないからな」

 シリアスな雰囲気と見せかけて、予想外の人からの飛び火に、ウィリアムがしゅんとうな垂れた。
 うん、破壊師弟はここだと諸刃もろはの剣だからね。この件が無事に片付いたら、どこかで暴れさせてあげましょうか。

 くだけたやりとりにくすっとしつつも、皆の目はそれぞれの方角を睨んでいる。
 円形は安全な方角がない以上、背を互いに守り合いながら立たなければならない。私もジュードの手を離して、静かにメイスの柄を掴む。
 ……今のところ、敵ネームの表示は見当たらないけど。

「……まだ暗いな」

 気を利かせてくれたのか、カールが天井に向かって追加の光の玉を投げた。
 燃料のいらない光のおかげで、視界はさらに明るく、昼間のようにハッキリしたけど……依然周囲は静かなまま。何かが起こる気配はない。

「アンジェラ」

「敵性反応はまだないわよ」

「他の生物の気配も全くないね。ここにいるのはオレたちだけだ」

 少しずつ広がりながら周囲を探ってみるものの、やっぱり何も見つからない。泥女はもちろん、虫一匹出て来ない静かさだ。
 ……もしかして、招かれた場所はここではないの?

「ジュード殿、地下の施設はここだけかい?」

「僕が知る限りでは。あちらが招いたのですし、上階にいるのなら階段を壊したりはしないと思います……多分」

「効率を求めるなら、私を生き埋めにするのが一番だろうけどね。……アレは、そんなことはしないと思うわ」

 『ただ殺したいだけ』なら、のこのこ地下に入った私を遺跡ごと壊して埋めてしまえばいい。
 だけど、泥女はドネロンの町で、わざわざサリィさんを操ってクロヴィスに嫌がらせをしていた。彼よりもさらに嫌っているはずの私を、埋めて終わりなんてつまらない方法はとらないだろう。

 きっと、私が苦しむ顔を見たがるはずだ。そもそも、気絶させることができた私を、ここまで来させる必要もないしね。

(どこかに隠れて、機会を窺っているはずよ。でも、どこに……)

 カールが言った通り、闘技場は戦いを見せものとする場所。当然、舞台の上に遮蔽しゃへい物などはない。
 その上、魔術のおかげで地下とは思えないほどに明るくなっている。暗闇に紛れるのは今は無理だ。

(とすれば、隠れる場所は物陰ぐらいだけど――あ)

「物陰――“影”か!」

「あっ!」

 ハッと気付いた私の声に、皆も反応していく。泥女は『泥』と『影』の魔物を操る相手だ。
 そして、明かりを強くしてもらったので、暗くなる場所には限りがある。一番濃い影ができるのは、天井を支える大きな柱だ。

「隠れるとしたら、柱の『影』が一番危ないわ。皆、気を付けて!」

 私のかけ声に、皆の視線が柱の影に集中する。
 すると、まるで『正解』だと応えるように、一本の柱の根本にポンと赤い字が浮かび上がった。

「きた、敵性反応!!」

 背中のメイスを引き抜いて、柱に向かってまっすぐに構える。
 浮かんでいる敵ネームはノイズが酷くて、まだ名前を読むことができない――が、正体を明かすようにズルズルと低い音が響き始めている。

「なんの音だ……?」

 何か、大きなものを引き摺るような鈍い音だ。低く、重く、静かだった地下空間に響いていく。
 だんだんと大きくなっていく音に、皆が柄をきつく握り始めれば、乱れていた赤い日本語が、ようやくハッキリとその名を表示させた。

 敵ネームは――【混沌の大蛇】だって?

(嘘でしょう!? また知らない名前じゃないっ!!)

 未知の名前に私が戦慄したのも束の間、地響きのような巨大な音とともに、影に潜んでいたものが顕現する。
 ――蛇だ。名前の通り、頭だけでも三メートル近くある、とてつもなく大きな蛇だ。

「……うそだろ」

 誰かのかすれた声とともに、息を飲む音があちこちから聞こえる。
 体は全体的に赤く、お腹の部分だけがうっすらと白い。裂けた巨大な口からは、蛇特有の四本牙が毒の唾液をしたたらせながら獲物を待ち構えている。

 『恐怖』を形にしたら、きっとこういう姿をしているに違いない。
 大蛇は圧倒的な威圧感をもって、柱の影からゆっくりと這い出てくる。

 そのおぞましい姿を見て……恐怖よりも先に、私だけは違和感を覚えてしまった。
 ――知っていたのだ。名前こそ初めて見たけれど、この蛇の魔物とは『かつてのゲーム』で戦っている。
 戦った場所はここではなかったけど、この姿はちゃんと覚えていた。

(こいつ、【闇の支配者アペプ】じゃない!! なんで名前が違うの!?)

 元ネタは古代エジプト神話の同名の邪神らしい、巨大な赤い蛇の魔物。
 当然ながらゲームではボスクラスであり……それも、ラスボス【無垢なる王】の一歩手前で登場する超強敵。いわゆる“番人役”だった。
 こんな場所では、出るはずがない魔物なのに!

「……どうなってるの? なんで、こいつがこんなところで」

「アンジェラ殿、困惑する気持ちはわかるが構えてくれ。我が一人で抑えるには、少々分が悪そうだ」

「ッ!? はい、ディアナ様!!」

 ぐるぐると混乱する私を止めるように、ディアナ様の低い声が呼びかけてくれる。
 慌ててメイスを魔物に向ければ、ヤツもいつ襲い掛かってきてもおかしくはない臨戦態勢だ。

(わけがわからない。だけど、こいつはもうすでに出てきてしまっている。――戦うしかない!!)

 金属の揺れる音に少しだけ視線を向ければ、他の皆も体をしっかりとこちらへ向けて構えてくれている。
 前衛が五人、後衛が三人。悪くはない布陣だ。

「もう何だかわからないけど……とにかく、勝つわよ皆!!」

「おう!!」

 皆の勇ましい返事に応えるように、巨大な蛇の咆哮が闘技場に響き渡った。
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