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STAGE15-08
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「こいつ殴りにくいっ!?」
ディアナ様とタイミングを合わせてふり下ろしたメイスは、鈍い音を立てて【混沌の大蛇】の体の上でバウンドした。
前に戦った【アラクネ】や強化版【大樹の悪精】のように硬すぎるというわけではなく、ゴムのように弾んだのだ。恐らく、さほどダメージも入っていないだろう。
「これはまた、今までの魔物とは違った戦いにくさだな」
ディアナ様の斧の刃も表面を滑ってしまったらしい。きっとザラザラした表皮の下は、しなやかな筋肉が詰まっているのだろう。
魔物のくせに、こういう感触は本物の蛇っぽくて、なんとも戦いづらいわね。
(おまけに、なんて太さなのコイツの体!!)
私たちの間を滑って避けていった大蛇の体は、私が両手を広げたよりも直径が長そうだ。肉の層も相当分厚いだろう。悔しいけど、メイスではかなり相性が悪い。
もう攻城用のバリスタでも持ってきたい相手だわ。そんなものもちろんないけどね!
「少しでも弱らせたいけど、これじゃあ……」
ズルズルと滑っていく体はかなり長く、まだ私の目には尾の先が見えていない。太さだけでも厄介なのに、一体何十メートルあるのだか!
さすがは元ラスボス手前の魔物。戦いにくくて難儀するとは思わなかったわ。
「ふむ……いや、こうか!」
「えっ!?」
私が悩んでる間、斧の角度を調整していたディアナ様が、突然斜め方向から刃を叩きつけた。
直後、うまく刺さった刃先が動きに合わせて皮を抉りとっていく。
ギャリギャリという耳障りな音と同時に、はるか遠くの頭のほうから魔物の悲鳴が上がった。
「ディアナ様すごいです! ど、どうやって?」
「何、鱗の流れを読んだのだ。コツがいるが、刃が通らぬわけではないぞ!」
「動いてる蛇の鱗なんて見えるんですか!?」
我が女神様は、筋力だけではなく動体視力も良かったのか!?
この方はどこまで強さを極めていらっしゃるのだ。この旅が無事に終わったら、本当に宗教を開きたいぐらいの素晴らしさね!
(鱗の流れなんて、生え方は予想できるけど、動いてるソレに合わせるのは無理でしょう。一体どんな技術なのかしら!?)
少なくとも、私の目にはただの模様にしか見えない。
しかし、ディアナ様が刃を立てた部分は、浅くとも肉を抉られて傷になっている。できる人にはできるってことね。
「メイスでこのまま戦うのは難しいだろう。アンジェラ殿は我のつけた傷に追い討ちを! それならば、ヤツにも効くはずだ!」
「なるほど、それなら!」
相性の悪いメイスだけど、先に傷をつけてくれればもちろんダメージは入りやすい。
再び刃の角度を調整して狙うディアナ様に、私も彼女のつけた傷を見逃さないよう追いかけていく。
どうやら、頭部付近で牽制していてくれたジュードも、同じように鱗の流れを見極めはじめているようだ。強い部隊だと思っているけど、この二人は前衛メンバーでも群を抜いているわね。
(私も負けないようにしないと!)
刃のきらめきと飛び散った泥のようなしぶきに合わせて、柄を握る手に力を込める。
毒が出るのは口からだけだったと思うけど、念のため体液にも気をつけて――
「――よし、そこッ!!」
やがて、近付いた大蛇の傷に、私のメイスがふり下ろされる。
ぐしゃり、と。弾かれた時とは明らかに違う生々しい感触とともに、再び大きな咆哮が上がった。
「効いてる! アンジェラ、僕も傷を増やすから殴って!!」
「任せて! そっちも頼むわよ!!」
怒ったヤツの顔が私のほうを向いてしまったので、慌ててその場を駆け出す。
ジュードとディアナ様も、またそれぞれ走りながら体を迎え打ち、動きが素早い主従組は、引き続きヤツの視線をかき乱してくれている。
ちょっと面倒だけど、多少はダメージを入れられそうだ。後はウィリアムの魔術の発動を待てばいい。
「これならなんとか……って、あれっ!?」
再度狙いを定めようとしたところで、突然ヤツが違う動きに出た。
今まで攻撃的に私たちを狙っていたのに、突然向きを変えて明後日の方向に移動し始めたのだ。
その先にあるのは――最初に出てきた、天井を支える柱の陰だ。
「あの魔物、まさか……」
誰かの呟きに応えるように、ずるんっと巨大な体が陰の中へ吸い込まれていく。
「明らかに入る幅じゃねえだろ!?」とは、遠くで聞こえたダレンのツッコミだ。
「そうか、だから【混沌の大蛇】なのか……!」
名前に“混沌”とついていたのは、この大蛇と魔物を作る泥の【混沌の下僕】だ。
双方にパッと見共通点はないけど、“混沌”があの泥女を指しているのなら話は変わってくる。
あいつが動かしていると思しき魔物は『泥』と『影』だから。
(影を使える能力を付与されているから、名前が変わっていたのね!)
元のアペプには、そんな能力はなかった。ヤツは非常に凶悪な毒と純粋な攻撃力の高さが売りの魔物だったからね。
(陰……いえ、影に潜ることができるなら、当然出ることもできるわよね!)
「皆、物陰に気を付けて! 多分またそこから出てく」
「殿下後ろです!!」
私が言い切る前に、ジュードの鋭い声が響く。
慌ててそちらを見れば、全く反対方向の柱の陰から大蛇が這い出てきている。こいつ、影さえあれば移動できるのか!?
「ぐっ!?」
とっさに盾で防いだ王子様だけど、大蛇の頭突きを受けて盾ごと吹き飛ばされてしまった。
ダレンが急いでフォローに行く間に、ヤツは再び別の影へと身を沈めていく。
「殿下、回復魔法はいりますか!?」
「大丈夫、まだ必要ないよ。しかし、あの巨体で奇襲されると厄介だな」
幸い、毒唾液も盾が防いでくれたようだ。肩や腰を押さえつつも、大きな傷は負っていない。
だけど、王子様の言う通りこれは厄介だ。体が大きいものはだいたい動きが遅いものだけど、その法則を無視して奇襲ができるなんて。
(柱の陰はあちこちに存在する。全部を警戒するなら、皆で違う方向を見なくちゃ)
私も急いで違う柱へ視線を動かすけど、その間にヤツはまた別の柱の陰から這い出している。
幸い、近くにいたジュードは地面を転がって避けたものの、こちらが攻撃を仕掛ける前に、また物陰の中へドボンだ。
「ああもう! これ、隠れる場所を無くさないとキリがないわ! あの柱、へし折ったらダメかしら!?」
「ここは地下だぞ、脳筋女。天井の支えを失ったら、俺でも長くは支えられん」
「じゃあ明かりを消したら、影もできないわよね?」
「暗闇で戦えるのならな!」
ついイライラしてしまう私の文句に、ノアは律儀に全部答えてくれる。
うん、全くもってその通り! 影を無くすという方法は、ここが地下である以上かなり難しい。
「一瞬なら閃光でどうにかできるが、その間ヤツがどこに隠れているのか謎だな」
「そもそも、その方法は私たちの目が使えなくなるだろう? ノア、アンジェラ殿。素直に戦おう」
「それしかないですよねー! くう、頑張ります!」
影を光で消し飛ばす作戦も、どうやら効かなさそうだ。
となれば、やはり奇襲を仕掛けてきたタイミングでどうにかするしかないか。
「せっかく攻撃が入るようになったのに……!」
それぞれの方向を警戒しながら、前衛組はじりじりと後退していく。
ただ飛び出てくるだけならまだしも、頭部側は毒にも警戒しないといけない。下手したら一撃死もありえる危険な状況だ。
何とかしたいけど焦るわけにもいかず、頬を汗が流れていく。
「――おい、偽聖女。手伝ってくれたら、影に逃げる手は封じてやるぞ」
そんな張り詰めた空気の中、やはりというべきか、解決策を提案してきたのはカールだった。
今回は弟子のウィリアムも頑張ってくれているし、ちょっと格好良いところを見せてくれるというなら大歓迎だわ。
「いくらでも手伝うわよ。何をしたらいい?」
「あの魔物を、一度影から引き摺り出してくれ」
「それ、私よりも足の速い人に頼んだほうがいいと思うけど」
「狙いはお前だろう?」
「……でしょうね」
横目で睨んでやれば、彼も少しだけこちらを見てニヤリと笑った。
ええ、そうよ。ここに招かれたのは私だもの。囮役として、私ほどの適任はいないわよ。
「……私が死ぬ前になんとかしなさいよ?」
「当然だ」
ちょうどいいタイミングで、私から一番離れた柱の陰にヤツの顔がはみ出している。
狙いは別の人のようだけど――ヤツに“私を判別する目”が入っていることを前提でやってみましょうかね!
「私はこっちよ、アペプのまがい物さん!!」
ありったけの大声で叫べば、皆の視線がバッと私に集中する。――大蛇の視線も。
次いで、よく見えるようにメイスをぽいっと放り投げた。
「アンジェラッ!?」
ジュードの焦る声と、魔物の咆哮と、早かったのはどちらだったか。
私をちゃんと捉えた大蛇は、わき目もふらずに私の元へと駆け出した。足のない生き物とは思えないような、とんでもない速度で。
「うっそでしょ!? 速い速い速いッ!!」
私も大慌てで駆け出すものの、巨体の割りには凄まじいスピードだ。
追いつかれないように、かつ距離を長くとれるように。円形の闘技場の周囲を全力で駆ける。……けど、所詮私のスピードでは遅く、魔物の牙はもうすぐそこまで迫ってきている。
いやいや無理だって!? いくら私でも死ぬ時は死ぬわよちくしょー!!
「カールまだ!?」
「もう少しだ、走れ走れ!!」
「死んだら化けて出るわよ、この詐欺師!!」
「おう、いくらでも来い! ――尾が出たッ! 喰らいやがれ!!」
後頭部に吐息を感じ、さすがに死を覚悟した瞬間、バチン! と大きな音が地下空間に響き渡った。
全力疾走していた私も、駆け寄ってきてくれたディアナ様に受け止められて急いで背後をふり返る。
私を凄まじいスピードで追いかけていたはずの大蛇は、すぐ後ろで痙攣したまま止まっていた。
体の周りには、電撃のようなビリビリがまとわりついているようだ。
「ちょ、ちょっと何よ……ただ、足止めしてくれた、だけ?」
「それもやったが、本命はそっちじゃねえよ。すぐにわかる」
上がった息を押さえながら問いかければ、自信に満ちた子どもの声。
やがて、カールに応えるように大蛇がまた柱の物陰へ逃げようとして――再びバチンと大きな音がした。
「……あ!」
なんと、柱の物陰からも同じようなビリビリしたエフェクト?が出ていて、大蛇が中へ逃げ込むことができなくなったようだ。
――いや、柱の影だけじゃない。私たちの足元の影にも、同じようなビリビリが出ているじゃないか。
「これで奇襲は封じたぞ。影を使えるのが、自分だけだと思わないことだ」
『ざまあみろ』とでも言わんばかりのカールに、大蛇の咆哮が上がる。
感情のないはずの魔物が、まるで『悔しい』と叫んでいるかのように。
「さっすが、呪術にも精通している導師サマ! 影まで操れるとか、悪役っぽくて素敵よ!」
「うるせえよ偽聖女。俺はこっちを封じてる間、他の魔術はあまり使えんからな。せいぜい時間を稼げよ」
「わかってるわよ!」
いつも通りの悪態をつきあって、お互いニッと笑っておく。
ああ、でも走りすぎてしんどいわ。歳……ということはないだろうけど、まだまだ体の鍛え方が足りないわね。
いや、昔は階段の上り下りすら満足にできなかったのだから、充分な進歩か。
「はあっ……! すみませんディアナ様、メイスを取ってくる間、お願いします」
「うむ、任された。あまり無茶はしないようにな」
「はは、生きてここを出るまでは、やるだけやりますよ!」
背中を支えてくれる彼女の大きな手が、温かくて心地よい。
一応確認してみれば、スカートの後ろに少し唾液が飛んでいたけど、他は無事だったようだ。
奇襲も封じられたし、あとはもうひと踏ん張り!
「第二ラウンドよ。メインディッシュまではお相手するわ、大蛇さん」
ディアナ様とタイミングを合わせてふり下ろしたメイスは、鈍い音を立てて【混沌の大蛇】の体の上でバウンドした。
前に戦った【アラクネ】や強化版【大樹の悪精】のように硬すぎるというわけではなく、ゴムのように弾んだのだ。恐らく、さほどダメージも入っていないだろう。
「これはまた、今までの魔物とは違った戦いにくさだな」
ディアナ様の斧の刃も表面を滑ってしまったらしい。きっとザラザラした表皮の下は、しなやかな筋肉が詰まっているのだろう。
魔物のくせに、こういう感触は本物の蛇っぽくて、なんとも戦いづらいわね。
(おまけに、なんて太さなのコイツの体!!)
私たちの間を滑って避けていった大蛇の体は、私が両手を広げたよりも直径が長そうだ。肉の層も相当分厚いだろう。悔しいけど、メイスではかなり相性が悪い。
もう攻城用のバリスタでも持ってきたい相手だわ。そんなものもちろんないけどね!
「少しでも弱らせたいけど、これじゃあ……」
ズルズルと滑っていく体はかなり長く、まだ私の目には尾の先が見えていない。太さだけでも厄介なのに、一体何十メートルあるのだか!
さすがは元ラスボス手前の魔物。戦いにくくて難儀するとは思わなかったわ。
「ふむ……いや、こうか!」
「えっ!?」
私が悩んでる間、斧の角度を調整していたディアナ様が、突然斜め方向から刃を叩きつけた。
直後、うまく刺さった刃先が動きに合わせて皮を抉りとっていく。
ギャリギャリという耳障りな音と同時に、はるか遠くの頭のほうから魔物の悲鳴が上がった。
「ディアナ様すごいです! ど、どうやって?」
「何、鱗の流れを読んだのだ。コツがいるが、刃が通らぬわけではないぞ!」
「動いてる蛇の鱗なんて見えるんですか!?」
我が女神様は、筋力だけではなく動体視力も良かったのか!?
この方はどこまで強さを極めていらっしゃるのだ。この旅が無事に終わったら、本当に宗教を開きたいぐらいの素晴らしさね!
(鱗の流れなんて、生え方は予想できるけど、動いてるソレに合わせるのは無理でしょう。一体どんな技術なのかしら!?)
少なくとも、私の目にはただの模様にしか見えない。
しかし、ディアナ様が刃を立てた部分は、浅くとも肉を抉られて傷になっている。できる人にはできるってことね。
「メイスでこのまま戦うのは難しいだろう。アンジェラ殿は我のつけた傷に追い討ちを! それならば、ヤツにも効くはずだ!」
「なるほど、それなら!」
相性の悪いメイスだけど、先に傷をつけてくれればもちろんダメージは入りやすい。
再び刃の角度を調整して狙うディアナ様に、私も彼女のつけた傷を見逃さないよう追いかけていく。
どうやら、頭部付近で牽制していてくれたジュードも、同じように鱗の流れを見極めはじめているようだ。強い部隊だと思っているけど、この二人は前衛メンバーでも群を抜いているわね。
(私も負けないようにしないと!)
刃のきらめきと飛び散った泥のようなしぶきに合わせて、柄を握る手に力を込める。
毒が出るのは口からだけだったと思うけど、念のため体液にも気をつけて――
「――よし、そこッ!!」
やがて、近付いた大蛇の傷に、私のメイスがふり下ろされる。
ぐしゃり、と。弾かれた時とは明らかに違う生々しい感触とともに、再び大きな咆哮が上がった。
「効いてる! アンジェラ、僕も傷を増やすから殴って!!」
「任せて! そっちも頼むわよ!!」
怒ったヤツの顔が私のほうを向いてしまったので、慌ててその場を駆け出す。
ジュードとディアナ様も、またそれぞれ走りながら体を迎え打ち、動きが素早い主従組は、引き続きヤツの視線をかき乱してくれている。
ちょっと面倒だけど、多少はダメージを入れられそうだ。後はウィリアムの魔術の発動を待てばいい。
「これならなんとか……って、あれっ!?」
再度狙いを定めようとしたところで、突然ヤツが違う動きに出た。
今まで攻撃的に私たちを狙っていたのに、突然向きを変えて明後日の方向に移動し始めたのだ。
その先にあるのは――最初に出てきた、天井を支える柱の陰だ。
「あの魔物、まさか……」
誰かの呟きに応えるように、ずるんっと巨大な体が陰の中へ吸い込まれていく。
「明らかに入る幅じゃねえだろ!?」とは、遠くで聞こえたダレンのツッコミだ。
「そうか、だから【混沌の大蛇】なのか……!」
名前に“混沌”とついていたのは、この大蛇と魔物を作る泥の【混沌の下僕】だ。
双方にパッと見共通点はないけど、“混沌”があの泥女を指しているのなら話は変わってくる。
あいつが動かしていると思しき魔物は『泥』と『影』だから。
(影を使える能力を付与されているから、名前が変わっていたのね!)
元のアペプには、そんな能力はなかった。ヤツは非常に凶悪な毒と純粋な攻撃力の高さが売りの魔物だったからね。
(陰……いえ、影に潜ることができるなら、当然出ることもできるわよね!)
「皆、物陰に気を付けて! 多分またそこから出てく」
「殿下後ろです!!」
私が言い切る前に、ジュードの鋭い声が響く。
慌ててそちらを見れば、全く反対方向の柱の陰から大蛇が這い出てきている。こいつ、影さえあれば移動できるのか!?
「ぐっ!?」
とっさに盾で防いだ王子様だけど、大蛇の頭突きを受けて盾ごと吹き飛ばされてしまった。
ダレンが急いでフォローに行く間に、ヤツは再び別の影へと身を沈めていく。
「殿下、回復魔法はいりますか!?」
「大丈夫、まだ必要ないよ。しかし、あの巨体で奇襲されると厄介だな」
幸い、毒唾液も盾が防いでくれたようだ。肩や腰を押さえつつも、大きな傷は負っていない。
だけど、王子様の言う通りこれは厄介だ。体が大きいものはだいたい動きが遅いものだけど、その法則を無視して奇襲ができるなんて。
(柱の陰はあちこちに存在する。全部を警戒するなら、皆で違う方向を見なくちゃ)
私も急いで違う柱へ視線を動かすけど、その間にヤツはまた別の柱の陰から這い出している。
幸い、近くにいたジュードは地面を転がって避けたものの、こちらが攻撃を仕掛ける前に、また物陰の中へドボンだ。
「ああもう! これ、隠れる場所を無くさないとキリがないわ! あの柱、へし折ったらダメかしら!?」
「ここは地下だぞ、脳筋女。天井の支えを失ったら、俺でも長くは支えられん」
「じゃあ明かりを消したら、影もできないわよね?」
「暗闇で戦えるのならな!」
ついイライラしてしまう私の文句に、ノアは律儀に全部答えてくれる。
うん、全くもってその通り! 影を無くすという方法は、ここが地下である以上かなり難しい。
「一瞬なら閃光でどうにかできるが、その間ヤツがどこに隠れているのか謎だな」
「そもそも、その方法は私たちの目が使えなくなるだろう? ノア、アンジェラ殿。素直に戦おう」
「それしかないですよねー! くう、頑張ります!」
影を光で消し飛ばす作戦も、どうやら効かなさそうだ。
となれば、やはり奇襲を仕掛けてきたタイミングでどうにかするしかないか。
「せっかく攻撃が入るようになったのに……!」
それぞれの方向を警戒しながら、前衛組はじりじりと後退していく。
ただ飛び出てくるだけならまだしも、頭部側は毒にも警戒しないといけない。下手したら一撃死もありえる危険な状況だ。
何とかしたいけど焦るわけにもいかず、頬を汗が流れていく。
「――おい、偽聖女。手伝ってくれたら、影に逃げる手は封じてやるぞ」
そんな張り詰めた空気の中、やはりというべきか、解決策を提案してきたのはカールだった。
今回は弟子のウィリアムも頑張ってくれているし、ちょっと格好良いところを見せてくれるというなら大歓迎だわ。
「いくらでも手伝うわよ。何をしたらいい?」
「あの魔物を、一度影から引き摺り出してくれ」
「それ、私よりも足の速い人に頼んだほうがいいと思うけど」
「狙いはお前だろう?」
「……でしょうね」
横目で睨んでやれば、彼も少しだけこちらを見てニヤリと笑った。
ええ、そうよ。ここに招かれたのは私だもの。囮役として、私ほどの適任はいないわよ。
「……私が死ぬ前になんとかしなさいよ?」
「当然だ」
ちょうどいいタイミングで、私から一番離れた柱の陰にヤツの顔がはみ出している。
狙いは別の人のようだけど――ヤツに“私を判別する目”が入っていることを前提でやってみましょうかね!
「私はこっちよ、アペプのまがい物さん!!」
ありったけの大声で叫べば、皆の視線がバッと私に集中する。――大蛇の視線も。
次いで、よく見えるようにメイスをぽいっと放り投げた。
「アンジェラッ!?」
ジュードの焦る声と、魔物の咆哮と、早かったのはどちらだったか。
私をちゃんと捉えた大蛇は、わき目もふらずに私の元へと駆け出した。足のない生き物とは思えないような、とんでもない速度で。
「うっそでしょ!? 速い速い速いッ!!」
私も大慌てで駆け出すものの、巨体の割りには凄まじいスピードだ。
追いつかれないように、かつ距離を長くとれるように。円形の闘技場の周囲を全力で駆ける。……けど、所詮私のスピードでは遅く、魔物の牙はもうすぐそこまで迫ってきている。
いやいや無理だって!? いくら私でも死ぬ時は死ぬわよちくしょー!!
「カールまだ!?」
「もう少しだ、走れ走れ!!」
「死んだら化けて出るわよ、この詐欺師!!」
「おう、いくらでも来い! ――尾が出たッ! 喰らいやがれ!!」
後頭部に吐息を感じ、さすがに死を覚悟した瞬間、バチン! と大きな音が地下空間に響き渡った。
全力疾走していた私も、駆け寄ってきてくれたディアナ様に受け止められて急いで背後をふり返る。
私を凄まじいスピードで追いかけていたはずの大蛇は、すぐ後ろで痙攣したまま止まっていた。
体の周りには、電撃のようなビリビリがまとわりついているようだ。
「ちょ、ちょっと何よ……ただ、足止めしてくれた、だけ?」
「それもやったが、本命はそっちじゃねえよ。すぐにわかる」
上がった息を押さえながら問いかければ、自信に満ちた子どもの声。
やがて、カールに応えるように大蛇がまた柱の物陰へ逃げようとして――再びバチンと大きな音がした。
「……あ!」
なんと、柱の物陰からも同じようなビリビリしたエフェクト?が出ていて、大蛇が中へ逃げ込むことができなくなったようだ。
――いや、柱の影だけじゃない。私たちの足元の影にも、同じようなビリビリが出ているじゃないか。
「これで奇襲は封じたぞ。影を使えるのが、自分だけだと思わないことだ」
『ざまあみろ』とでも言わんばかりのカールに、大蛇の咆哮が上がる。
感情のないはずの魔物が、まるで『悔しい』と叫んでいるかのように。
「さっすが、呪術にも精通している導師サマ! 影まで操れるとか、悪役っぽくて素敵よ!」
「うるせえよ偽聖女。俺はこっちを封じてる間、他の魔術はあまり使えんからな。せいぜい時間を稼げよ」
「わかってるわよ!」
いつも通りの悪態をつきあって、お互いニッと笑っておく。
ああ、でも走りすぎてしんどいわ。歳……ということはないだろうけど、まだまだ体の鍛え方が足りないわね。
いや、昔は階段の上り下りすら満足にできなかったのだから、充分な進歩か。
「はあっ……! すみませんディアナ様、メイスを取ってくる間、お願いします」
「うむ、任された。あまり無茶はしないようにな」
「はは、生きてここを出るまでは、やるだけやりますよ!」
背中を支えてくれる彼女の大きな手が、温かくて心地よい。
一応確認してみれば、スカートの後ろに少し唾液が飛んでいたけど、他は無事だったようだ。
奇襲も封じられたし、あとはもうひと踏ん張り!
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