2 / 51
第2話 馬車の旅は終わる
しおりを挟む
「短い期間でしたが、ありがとうございました」
「短い期間ですかぁ? 王女様の侍女になってからだと、半年ぐらいになりますから、結構長かったですよぉ。それに加えてこの長旅だもん。本当に疲れちゃったぁ!」
サンティルノ王国の目的地までの到着が間近であることを知らされ、私が侍女のパウラに礼を述べると、彼女は言葉尻を間延びさせた返答をした。半年前、新たに私の専属侍女に就いたばかりの若い侍女。彼女の本当の年齢は知らないし、もう知る意味もない。
「そうですね。長らく付き合わせてしまってごめんなさい」
「王女様にお仕えするのも今日で最後ですし、別にいいですよ」
彼女とは本日別れる手筈となっている。サンティルノ王国は、元敵国である我がグランテーレ国の人間を信用していないらしい。護衛騎士はもちろんのこと、専属侍女の一人すら付くことを許さないし、持ち込んだ私物もすべて検められるとのこと。この婚姻も渋々だったと聞いている。私が歓迎されていないのは明らかだ。
「でもね。私はこれからまた同じ日数をかけてグランテーレ王国に戻らなきゃいけないんですよぉ。たぁいへん。だから――ね?」
媚というよりも嘲笑さえ含んだ笑みを向ける彼女に私は頷いた。
「ええ。わたくしの部屋の物の処分は全面的にあなたに任せます」
「はぁい。ありがとうございまぁす」
侍女が一人しか付かない私に、彼女はたびたび特別手当を要求してきた。それは何も彼女に限ったことではない。引き継ぎ事項としてあるのかと思うほど、歴代の専属侍女もずっと同じことをしてきた。お金を持ち合わせていない私は私物を渡してきたわけだけれど、今回が最後の特別手当となるだろう。
「ですが、この旅の往復にかかる期間に片付けられている可能性も否定できません」
「大丈夫ですよぉ。だってこれまで王女様のお部屋に入った人なんて、専属侍女以外いないじゃないですかぁ。私以外誰も入りませんって」
彼女は可笑しそうに含み笑いをした。
「そうですね。では後のことはよろしくお願いいたします」
「はぁい。お任せください。――あ。いよいよ目的地が近付いてきたみたいですよ」
約束を取り付けた彼女は機嫌良さそうに窓のカーテンを少し開けて覗きこんだ。
「あれぇ? それなりに立派で綺麗だけど、意外に大したことないんですねぇ。大国、サンティルノ王国ともあろうものが、こんな程度のものだなんて。何だかがっかりしちゃった。何でこんな国に降参しちゃったのかしら」
そうだろうか。グランテーレ国を出発した時、王都と言われる辺りは馬車の揺れをあまり感じなかったが、そこから離れると馬車の揺れが大きくなった。
一方、サンティルノ王国に入ったと告げられてからは、馬車の揺れが小さくなった気がする。この婚姻はほぼ急遽決まったようだし、歓迎していない私のために整備されたとも思えないので、王都から離れた町でも普段からきちんと整地に力を注ぐ堅実な国だと思う。もちろん少ない情報で決めつけるのは早計過ぎるとも思うけれど。
「あ、王女様も見ます?」
「いいえ」
どうせ馬車から降りれば目に入る光景だ。今、わざわざ視界を遮るために付けられた重いカーテンを開けてまで見ることはない。
「そうですかぁ?」
彼女はカーテンをまたきっちりと閉め、私に向き直ると眉をひそめた。
「あ、そうだ。ねえ、王女様。ご存じです? このたびの戦でも先頭に立って率いた騎士団長、レイヴァン・シュトラウスは、好んで戦いに身を置くそれはもう残忍極まりない方なんですって。青い冷たい瞳で見下ろし、一片の慈悲もなく殺戮した人間の返り血で全身を染めたその姿は、邪神のごとく恐ろしいものだったとか。怖いぃぃ。私だったら、そんな団長が軍の統率を取る蛮族に嫁ぐぐらいなら死んだ方がましです!」
邪神?
邪神ということは、その姿は悪に染まっていたとしても、神々しかったということなのだろうか。
私が何も答えないで考えていると、彼女は唇に可愛く両手の指を当てる。
「あ。全然そんなつもりはなかったんですけど、不安な気持ちを抱かせてしまったみたいでごめんなさぁい。でも、私。王女様が手荒に扱われないか、すごく心配で。せめてサンティルノ王国の王太子様は優しいお方だといいですね!」
「お気遣いいただいてありがとうございます」
私が嫁ぐのは王太子殿下ではなく、その騎士団長だと聞いているけれど、彼女に告げる必要はない。彼女を喜ばせる材料を与えるだけだから。
――ああ、なるほど。
先ほど彼女はサンティルノ王宮だと勘違いして見下すような言葉を口にしたのか。実際私たちが向かっているのは、私が嫁ぐことになっているレイヴァン・シュトラウス様のお屋敷。公爵というお話だったけれど、一個人の屋敷なのだから王宮に比べればそれは小さいだろうと思う。
「いいえぇ。でも当然ですけど、王太子妃として迎えられるわけではないんでしょう? 愛妾という地位は頂いても実際は愛されているわけでもないですし、その見込みもないでしょうから、きっと飼い殺しされるだけなんでしょうね。王女様、お可哀想……。さぞかし肩身が狭い思いをするでしょうけども、頑張ってくださいね。生きていればきっと良いことの一つぐらいありますって! ……ああ。でもまあ、今とそう変わりないかな」
彼女はまるで胸を痛めたように眉を落としたかと思うと、すぐに思い直したようでふふんと鼻を鳴らして笑う。
返す言葉も返したい言葉もなく黙っていると、馬車が静かに止まるのに気付いた。どうやら到着したらしい。私は濃紺のベールを下ろして準備をする。
「王女殿下、ご準備はよろしいでしょうか」
外から声をかけられた私は了承の言葉を返すと、失礼いたしますと重々しく扉が開かれた。
「短い期間ですかぁ? 王女様の侍女になってからだと、半年ぐらいになりますから、結構長かったですよぉ。それに加えてこの長旅だもん。本当に疲れちゃったぁ!」
サンティルノ王国の目的地までの到着が間近であることを知らされ、私が侍女のパウラに礼を述べると、彼女は言葉尻を間延びさせた返答をした。半年前、新たに私の専属侍女に就いたばかりの若い侍女。彼女の本当の年齢は知らないし、もう知る意味もない。
「そうですね。長らく付き合わせてしまってごめんなさい」
「王女様にお仕えするのも今日で最後ですし、別にいいですよ」
彼女とは本日別れる手筈となっている。サンティルノ王国は、元敵国である我がグランテーレ国の人間を信用していないらしい。護衛騎士はもちろんのこと、専属侍女の一人すら付くことを許さないし、持ち込んだ私物もすべて検められるとのこと。この婚姻も渋々だったと聞いている。私が歓迎されていないのは明らかだ。
「でもね。私はこれからまた同じ日数をかけてグランテーレ王国に戻らなきゃいけないんですよぉ。たぁいへん。だから――ね?」
媚というよりも嘲笑さえ含んだ笑みを向ける彼女に私は頷いた。
「ええ。わたくしの部屋の物の処分は全面的にあなたに任せます」
「はぁい。ありがとうございまぁす」
侍女が一人しか付かない私に、彼女はたびたび特別手当を要求してきた。それは何も彼女に限ったことではない。引き継ぎ事項としてあるのかと思うほど、歴代の専属侍女もずっと同じことをしてきた。お金を持ち合わせていない私は私物を渡してきたわけだけれど、今回が最後の特別手当となるだろう。
「ですが、この旅の往復にかかる期間に片付けられている可能性も否定できません」
「大丈夫ですよぉ。だってこれまで王女様のお部屋に入った人なんて、専属侍女以外いないじゃないですかぁ。私以外誰も入りませんって」
彼女は可笑しそうに含み笑いをした。
「そうですね。では後のことはよろしくお願いいたします」
「はぁい。お任せください。――あ。いよいよ目的地が近付いてきたみたいですよ」
約束を取り付けた彼女は機嫌良さそうに窓のカーテンを少し開けて覗きこんだ。
「あれぇ? それなりに立派で綺麗だけど、意外に大したことないんですねぇ。大国、サンティルノ王国ともあろうものが、こんな程度のものだなんて。何だかがっかりしちゃった。何でこんな国に降参しちゃったのかしら」
そうだろうか。グランテーレ国を出発した時、王都と言われる辺りは馬車の揺れをあまり感じなかったが、そこから離れると馬車の揺れが大きくなった。
一方、サンティルノ王国に入ったと告げられてからは、馬車の揺れが小さくなった気がする。この婚姻はほぼ急遽決まったようだし、歓迎していない私のために整備されたとも思えないので、王都から離れた町でも普段からきちんと整地に力を注ぐ堅実な国だと思う。もちろん少ない情報で決めつけるのは早計過ぎるとも思うけれど。
「あ、王女様も見ます?」
「いいえ」
どうせ馬車から降りれば目に入る光景だ。今、わざわざ視界を遮るために付けられた重いカーテンを開けてまで見ることはない。
「そうですかぁ?」
彼女はカーテンをまたきっちりと閉め、私に向き直ると眉をひそめた。
「あ、そうだ。ねえ、王女様。ご存じです? このたびの戦でも先頭に立って率いた騎士団長、レイヴァン・シュトラウスは、好んで戦いに身を置くそれはもう残忍極まりない方なんですって。青い冷たい瞳で見下ろし、一片の慈悲もなく殺戮した人間の返り血で全身を染めたその姿は、邪神のごとく恐ろしいものだったとか。怖いぃぃ。私だったら、そんな団長が軍の統率を取る蛮族に嫁ぐぐらいなら死んだ方がましです!」
邪神?
邪神ということは、その姿は悪に染まっていたとしても、神々しかったということなのだろうか。
私が何も答えないで考えていると、彼女は唇に可愛く両手の指を当てる。
「あ。全然そんなつもりはなかったんですけど、不安な気持ちを抱かせてしまったみたいでごめんなさぁい。でも、私。王女様が手荒に扱われないか、すごく心配で。せめてサンティルノ王国の王太子様は優しいお方だといいですね!」
「お気遣いいただいてありがとうございます」
私が嫁ぐのは王太子殿下ではなく、その騎士団長だと聞いているけれど、彼女に告げる必要はない。彼女を喜ばせる材料を与えるだけだから。
――ああ、なるほど。
先ほど彼女はサンティルノ王宮だと勘違いして見下すような言葉を口にしたのか。実際私たちが向かっているのは、私が嫁ぐことになっているレイヴァン・シュトラウス様のお屋敷。公爵というお話だったけれど、一個人の屋敷なのだから王宮に比べればそれは小さいだろうと思う。
「いいえぇ。でも当然ですけど、王太子妃として迎えられるわけではないんでしょう? 愛妾という地位は頂いても実際は愛されているわけでもないですし、その見込みもないでしょうから、きっと飼い殺しされるだけなんでしょうね。王女様、お可哀想……。さぞかし肩身が狭い思いをするでしょうけども、頑張ってくださいね。生きていればきっと良いことの一つぐらいありますって! ……ああ。でもまあ、今とそう変わりないかな」
彼女はまるで胸を痛めたように眉を落としたかと思うと、すぐに思い直したようでふふんと鼻を鳴らして笑う。
返す言葉も返したい言葉もなく黙っていると、馬車が静かに止まるのに気付いた。どうやら到着したらしい。私は濃紺のベールを下ろして準備をする。
「王女殿下、ご準備はよろしいでしょうか」
外から声をかけられた私は了承の言葉を返すと、失礼いたしますと重々しく扉が開かれた。
23
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
能ある令嬢は馬脚を隠す
カギカッコ「」
恋愛
父親の再婚で継家族から酷い目に遭っていたアンジェリカは、前世魔法使いだった記憶、能力が覚醒する。その能力を使って密かに不遇から脱出して自由な人生をと画策するアンジェリカだが、王太子レイモンドに魔法能力がバレた。彼はアンジェリカの能力を買って妃にと言ってきて断れず婚約はしたが、王太子妃などとんでもない。そんなわけで自由になるためにアンジェリカ最大の企みが隠された結婚式当日、企みは計画通り行った……はずだった。王太子レイモンドの予想外の反応さえなければ。アンジェリカへの愛情を見せたレイモンドのために、結果として彼女の人生選択が変わった、そんな話。
因みにキャラの基本的な容姿のカラー設定はしておりません。黒髪でも金髪でも好きなイメージをお付け下さい。全六話。長さ的には中編です。
【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました
廻り
恋愛
幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。
王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。
恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。
「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」
幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。
ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。
幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる