虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね

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第3話 別れと出会い

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 開かれた扉の先にはこの長旅を先導してくれていた騎士の姿があった。彼は我が国の騎士団長で、今回もこの隊列の隊長を買って出てくれたらしい。

「王女殿下、大変お疲れ様でございました。到着いたしました。ご体調はいかがでしょうか」
「ありがとうございます。問題ありません。こちらこそ長い道のりを同行、護衛いただきまして誠にありがとうございました」
「はっ。光栄至極にございます」

 一度恭しく礼を取った騎士団長は顔を上げると私に手を差し伸べた。

「それでは殿下。恐れながら、お手を」
「ありがとうございます」

 礼を述べたのち、彼の手をお借りして私は地に降り立った。
 グランテーレ国より南に位置するこの国は温暖な気候だと聞いていたけれど、季節の関係なのか、これからここに一人残される心細さからか、太陽は真上にある時間帯なのに出発した祖国よりも肌寒さを感じる。
 それでもどこか優しい香りが漂ってくると少し気持ちが落ち着く。祖国の香りとはどんなものだっただろう。思いを馳せてみたけれど、もう記憶は薄れて消えてしまっていた。
 残念に思っていると、続いてパウラが降りようとして騎士団長が止める様子が目に入った。

「パウラ殿はここでお待ちください」
「えぇ? 同じ姿勢ばかりだったから、体を伸ばしたいんですけどぉ?」

 馬車の中でパウラは腕を伸ばしてみせる。

「シュトラウス殿はグランテーレ国の人間が地を踏むことを望んでいません。彼らの目に入る者を最低人数にしたいのです。ご理解を」
「え!? シュトラウスって、もしかしてあの騎士団長レイヴァン・シュトラウスですかぁ!? ここにいるの!?」
「お静かに。ここはもうグランテーレ国ではないのですよ」

 興味津々で詰め寄ろうとするパウラを彼は眉をひそめてたしなめた。

「とにかくパウラ殿はここでお待ちを。サンティルノ国を出ましたら宿を取りますので」
「はぁい。分かりましたぁ」

 唇を突き出して不満げにしていたが、渋々彼女は頷く。

「では王女殿下。参りましょう」

 馬車は屋敷の目の前に止めているのではなく、敷地内の少し離れた所に止めてあった。荷物もここで下ろされ、検めたのちに運び入れられるらしい。隊列には他の騎士もいるので、この距離感がお互いにとって良いのかもしれない。

「ええ。パウラ、これまでありがとうございました」
「はーい。王女様、では私はここで失礼しまーす。ごきげんよう。お元気で!」

 軽い口調でにこにこと送り出すパウラを見て騎士団長は渋い顔をするが、私は咎めることもなく返事をした。

「ええ。ごきげんよう」

 私は彼女に背を向けると、先導されるまま彼の後を歩き出す。
 馬車から遠く離れ、屋敷の玄関先に出迎えの人が立っているのが目視できるようになってきた。

「王女殿下」
「はい」

 騎士団長がただ前を向いて歩きながら私に呼びかける。

「あなた様にとって、グランテーレ国での暮らしは心豊かなものではなかったことでしょう」
「え?」

 思わずベール越しに彼の背中を凝視するが、彼が振り返ることはない。

「サンティルノ国でお幸せになれる保証を私がお約束することはできませんが、私はあなた様が、クリスタル王女殿下がいつか笑顔で心豊かに過ごせる日々が来ることを切にお祈りしております」
「……あり、がとうございます」

 久しぶりに自分の名を呼ばれたことに胸が熱くなったのか、社交辞令だとしても私の幸せを祈るという言葉が胸に詰まったのか分からないけれど、私はかすれた声で礼を述べた。
 やがて彼は足を止めた。しかし玄関まではまだもう少し先だ。つまりここから先は私一人でということなのだろう。
 私は呼吸を整えると彼と横並びになり、そして追い越して五、六歩前に出たところで振り返った。

「フェルノ騎士団長。わたくしはここからグランテーレ国の繁栄を、グランテーレ国の皆様の幸せを心より祈念しております」
「はっ。ありがたきお言葉にございます」

 丁重な礼を取ったまま顔を上げない彼を見て私は踵を返す。もう振り返らず、そのまま足を前に進めると迎える人々の前まで到着した。
 ベール越しでも伝わる長身で一際威厳を放つ人物が当主、レイヴァン・シュトラウス様なのだろう。
 私は震える手でベールを上げた後、スカートを広げて礼を取った。


「パウラ殿、出てください」
「え? あ。休憩ですかぁ?」

 パウラは、寝ぼけまなこの目をこすって騎士団長の返答に応じた。
 グランテーレ国に帰って王女の私物を頂戴した後の夢ある生活を妄想している内に、いつの間にか眠っていたらしい。

「ええ。宿泊せずに折り返しているのです。お疲れでしょう。サンティルノ国を出ましたからここで休息を取ります」
「やったあ! ベッドで眠りたかったし、湯浴みもしたかったのよね」

 嬉しそうに声を上げたパウラはうきうき気分で馬車から降り立った。しかしそこは宿がある町ではなく、深く暗い森の中だった。

「こちらです」
「こんな所に宿があるんですか? ……ねえ」

 パウラの質問に返答せず、さらに奥深く進む騎士団長に彼女が不審に思ったその時だった。

「一体どこに行こう――っ!?」

 パウラには剣を振り下ろす騎士団長の姿を認識できただろうか。彼女は一声もなく、あやつり人形の糸が切れたように地へとあっけなく崩れ落ちる。木の葉降り積もる大地が彼女を優しく受け止めたことは、彼女の人生最大の救いだったかもしれない。
 騎士団長は彼女を無表情に見下ろすと剣をひと振りした。

「これまでご苦労だった。心ゆくまで休んでくれ」

 彼女に労いの言葉をかけた彼は、背後から近づいてきた部下に振り返ると事務的に連絡事項を告げる。

「彼女は帰国途中、不慮の事故で亡くなった。ご家族にこれまでの彼女の給金と特別報奨金を。ご遺体は王都の共同墓地へ埋葬した旨を伝えるように」
「彼女を王都まで連れ帰るのですか?」

 部下は足元のパウラを一瞥した後、指示を仰ぐために騎士団長に視線を戻した。すると騎士団長は視線を右に流す。その先にあるのは崖だ。
 指令を受けた部下は承知いたしましたと静かに頷いた。
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