死神の誤算と策略、私の運命はもう変わらない

陵月夜白(りょうづきやしろ)

文字の大きさ
25 / 26

第二十四章 死神たちの観測

しおりを挟む
第二十四章一話 死神たちの観測

 川原に、遠ざかるサイレンの音が響いていた。
赤色灯がいくつも明滅し、救急隊員たちが少年たちと、そして意識の戻らぬままの二人の若者――陸翔と奏を次々に担架へ乗せていく。
 野次馬も、近隣の通行人も、ざわめきの渦の中にいた。
騒然としたその光景を、少し離れた小高い土手の上から見つめる二つの影があった。

 一人は漆黒のスーツ姿、冷たい目をした死神・烏牙(うが)。
 もう一人は、銀色の髪を後ろで束ねた鋭い眼光の男――死神・那刃(なじん)である。
 「……こうなることを、お前は知っていたのか?」
 沈黙を破った那刃が、視線を下の騒動へ向けたまま尋ねた。
「いや」烏牙は静かに答えた。 
「可能性は五分五分だと思っていたよ」
 「へえ、思ったより弱気だな」
「運命が変わるかどうか――それは“人が本当に変われるか”にかかってる」
 「人間が変わる……?」
「そうだ。遥が生き延びたのは、碧人が変われたからだ。心の底から。だから、彼女に“新たな影響”が生まれた」
 烏牙の瞳が、かすかに微笑んだように見えた。
「今回も同じだ。あの陸翔という少年が、己の業と真正面から向き合って、変わった。だから彼の“変化”が、奏に作用したんだ。碧人が遥に与えたのと同じように」
 那刃はふっと鼻で笑った。
 「そんなことで変わるのかね、運命ってのは」

「“そんなこと”が、一番難しいことなんだよ。人間にとって」

 川辺では救急車が発進し、パトカーが交通を誘導していた。遥は救急隊員に付き添い、奏の手を握ったままだ。
 「……お前、また関与したな」
 那刃が皮肉混じりに呟く。
 「死神クビになるな、きっと」
「それはお互い様だろ。今回はお前も関与した」
 「なんだよそれ」
「陸翔に飛び込む勇気を与えたのは誰だと思ってる。あの“静かな観測者”を背中押したのは……お前だよ」
 那刃は口を開きかけたが、言葉に詰まり、やがて苦笑いした。
 「……そうか。お前にしては、うまい手を打ったな」
 二人は目を合わせた。
そして同時に、小さく笑った。
 「で――」那刃が尋ねる。
 「さっき言ってた“もっと大事なアレ”って何だ?」
 烏牙はその質問に、にやりと意味深な笑みで答えた。
「……今に分かるさ。俺が仕掛けた“策略”だよ」
 那刃は眉を上げる。
 「まだ何かあるってのか?」
「あるとも。観測は、これからが本番だ」
 そう言うと、烏牙の姿が、薄く空気に溶けていくように霞んだ。
那刃もそれに続くように、ぼそりと呟いた。
 「やれやれ……死神ってのも、楽じゃないな」
 そして――
二人の死神は、川原から姿を消した。
 運命の最終観測地へと向かって。


第二十四章二話 夢の中の男

 黒田は最近、眠るのが怖くなっていた。
目を閉じると――“あの夢”がやってくるからだ。
 何度も何度も、まったく同じ光景。
薄暗い部屋、動かない仲間たちの姿。そして、自分の腹を踏みつける誰かの黒い靴。
 声は聞こえない。だが“何かを伝えようとしている”ことだけは分かる。
そのたびに黒田は汗びっしょりになって目覚めるのだった。

 ――夢だけじゃない。
昼間でも、気配を感じるようになった。
背後に、誰かが立っている気がする。
振り向いても、誰もいない。 
 けれどある日――
ほんの一瞬だが、“男”がいた。
真っ黒なスーツに、冷たい目。
表情はないのに、なぜか黒田の心を凍らせた。
 何かを言ったような気がする。
いや――確かに、言った。
 > 「君の行き先は、もう決まっている」
その言葉だけが、脳内で何度もリピートされていた。
 黒田は自分が“何かを選ばされている”ことに気づき始めた。
怯えながらも、何かを決めなくてはならない、という強迫観念に襲われる。


第二十四章三話 選ばされた男

 黒田はここ数日、まともに眠れていなかった。
まぶたを閉じるたび、浮かぶのは三枝組の名前と、血まみれの自分だった。
 やっていない、未遂に終わった。
でも――連中はそう簡単に信じる相手じゃない。
噂じゃ、あの組は“疑ったら殺す”ってやつだ。
 (なんで俺、あんな計画に関わっちまったんだ……)
 黒田の額を冷や汗が伝う。
昼間も、背後に視線を感じる。誰かに尾けられてる気がする。
実際には誰もいないのに、それが逆に怖い。
 そして、あの夢。
 黒いスーツの男。
まったく見知らぬ顔――だが、なぜか“人間じゃない”と直感させる存在。

 > 「君の恐怖は、始まりにすぎない」
 > 「選べ。正しい道を」

毎晩、同じ言葉。
黒田はとうとう、自分が“何かを選ばされている”と信じ始めていた。

 深夜。限界の精神状態で鳴るスマホ
部屋の明かりを消しても眠れず、ただ布団の中で天井を見つめていたときだった。
 スマホの振動音が静寂を裂いた。
 (……なんだよ)
恐る恐る画面を開く。
そこには、見知らぬアカウントからのメッセージ。添付ファイルがひとつと、短い文章。

 > 「これを送れば、助かる」
 > 「送信先:MGC_FrontSec@saegusa-group.jp」

 ファイルを開くと、そこには田沼が語る映像。
「例の店な。あれが終わったら、マジでボロ儲けだぞ」と笑いながら計画を話している。
 さらに、計画書のPDF、現場の写真、仲間とのLINEスクショもあった。
 (……これ、三枝のフロント企業のアドレスだ……)
黒田の指が震える。
 (こんなもん送ったら、終わる。……いや、逆か。送れば、俺は“仲間を売ったやつ”じゃなく、“真実を告げたやつ”になる……)

 「これを送れば、助かる」

 再びその言葉が脳裏で響いた。
誰の声だったかはわからない。
ただ、“選べ”と告げていたあの男が、今もどこかで見ている気がした。

送信――その瞬間、静寂
 黒田は迷わなかった。
ただ、怖かった。
スマホの送信ボタンをタップ。
ファイルは、確かに送信された。
その瞬間、全身の緊張が抜けていく。

 (……これで、助かる)

黒田はそのまま、深く眠った。
その夢の中には、もう“黒いスーツの男”はいなかった。


第二十四章四話 ニュース速報

 大阪 ミナミ。
ホテルの薄暗い部屋に、テレビの音声が響いていた。

 >「――暴力団の抗争が都内で発生しました。関係者によると、白浜会傘下・三枝組と、山際組系列とされる詐欺グループの衝突が発端で、これにより双方に死者が出ている模様です」

 画面には、血の跡が残るビジネスビル前の映像。
警察車両、救急隊、報道陣の騒ぎ――。

 >「死亡が確認されたのは、詐欺グループの中心人物とされる田沼和真(41)、加藤裕二(38)、黒田賢司(31)、中野雅彦(34)の4人と、三枝組の構成員1名。
 現在、警視庁は抗争の原因とみられる強盗未遂事件との関連性を捜査中です」

 「……あいつら、全員……死んだ……?」
テレビを呆然と見つめていた陸翔は、椅子にもたれていた背中をわずかに起こした。
 目の奥がじんわり熱い。

 「嘘……だろ……」 
口から漏れた言葉は震えていた。

「あいつら、死んだ? マジで?」
 (ほんとに……終わったのか?
これで、逃げ回らなくてよくなったのか?)
 ポケットのスマホを取り出し、表示された履歴の中から、一番上の名前を押す。
すぐに着信音が鳴った。1コール、2コール――

 「……あ、かあちゃん? 今日、そっち行ってもいい?」

 スマホを持つ手が、微かに震えていた。


第二十四章五話 正しい選択

 空が群青色に染まりゆく夕刻。
1か月前、あの奏と陸翔の運命が変わった川原に、誰にも見えぬ二つの影が立っていた。
 ひとりは漆黒の服に黒髪の男。
もうひとりは、白銀の長い髪を持つ、静かな死神。
 「おまえ……権限、はみ出しすぎてないか」
 那刃が、わざとらしく息をつく。
 「対象者以外の前に姿現すなんて、ご法度中のご法度だぞ。観測者の掟、全部無視かよ」
 烏牙は肩をすくめて、笑った。
「実際には“姿”は出してないさ。精神をちょっと撫でてやっただけ。……ああいうビビりには、それが一番効く」

 「それで結局……二人救って、五人殺したってことか。
 どう見ても釣り合わないぞ」
「いや、救ったのは三人だ。遥も入れてな」

「……そうだったな」
 那刃は一拍置き、表情を消したまま問う。
 「で、それは――正しいことだったのか?」
 風が川面をなでる。誰の声もない静寂が数秒、夜に沈んだ。
 烏牙は、低く、しかし迷いなく答えた。

「――ああ。これが俺の“正しい選択”だよ」
 遠く、救急車のサイレンが聞こえて遠ざかっていく。
そして空には、どこまでも高く、星のひとつが瞬いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...