俺は善人にはなれない

気衒い

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第8章 動き出す日常

第106話 酒造

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「お疲れさん。調子はどうだ?」

「お、シンヤか。お疲れ様~……………順調だよ。みんなもだいぶ仕事を覚えてくれたみたいだし」

「そうか。それは何よりだ」

リースがやってきた日の午後。俺は2週間前から本格的に取り組み始めていた酒造りと武器・防具製作の様子を見ようとまずは酒蔵を訪れていた。以前から、ニーベルがクランメンバーに自身が作った酒を振る舞いたいと言っていた為、酒蔵をクランハウスの庭に創造し、試しに酒造りをしてもらったのがつい3週間前。俺達と出会ってから、戦闘力だけでなく固有スキルの"酒造"も恩恵を受けていたニーベルは約3時間程で試飲用の酒を作り、皆に飲ませてみたところ、これが大絶賛の嵐だった。本人的にはもっと時間と手間をかけて、ちゃんとしたものを作りたかったらしく、そこから、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら、さらに1週間かけて作り出した酒がこれまたとんでもないクオリティだった。で、俺がこれを売り物にしてみないかと提案してみたところ、ちょうど飲んでいた皆が同じことを思っていたのか、全員がこれに賛同した。これを受けたニーベルはとても嬉しかったのか、二つ返事で了承し、多くの人々に愛されるような酒を作ろうとやる気に満ち溢れ、橙組と一緒になって、今日まで酒造りに励んできたのである。奥の方では組長であるヒュージが気持ちの良さそうな汗をかきながら、一生懸命、動いている。ちなみにニーベル以外は酒造りを少しもしたことがなかった為、最も大事な工程以外の部分を任せようと一から教育していた。皆、飲み込みが非常に早く、既にニーベルが付きっきりで見ていなくてもある程度のことを1人ないしは2人でこなせるようになっていた。とは言っても"酒造"の固有スキルがなければ、できない工程に差し掛かった時は全てニーベル1人で対応しているのだが……………本人の負担と効率を考えて、"酒造"のスキル持ちを新たに何名かクランに加入させた方がいいかもしれない。

「ん?そちらの少年は?」

「ああ。今日から1ヶ月の間、ここのクランハウスで過ごすことになったリースだ。なんでも色々と見学したいらしく、俺にくっついて回るみたいだ」

「そうなんだ…………こんにちは。僕はニーベル。これから、よろしくね」

「こ、こ、こんにちは!リースです!よ、よろしく!」

「どうした?そんなに緊張して…………以前、ダンジョンで一度会っているはずだろ?」

「だ、だって本物の"十人十色"だもん!しかもこの間、SSランクになったらしいじゃないか!そりゃ緊張もするよ!」

「僕らで緊張してたら、シンヤはどうなるのさ?…………なんか平然と横に立ってるけど」

「だ、だってシンヤはシンヤだもん!」

「いや、答えになってないよ?」

「ま、とにかくニーベルはとてもいい奴だから、すぐに仲良くなるだろ…………と少し見て回りたいんだが、案内頼んでもいいか?リースもどうやら興味津々みたいだからさ」

「いいよ~じゃあ、ついてきて」

――――――――――――――――――――





「ここは?」

「精米部門だね。お酒はお米から作るんだけど、醸造する際に邪魔な部分が出てくるんだ。それを取り除くのが最初にやることなんだ。具体的に言うと玄米から糠・胚芽を取り除き、あわせて胚乳を削る。この時に気を付けることが米が砕けないように慎重に削るということだ。ちなみに精米の速度が速すぎると、米が熱をもって変質したり砕けたりするから細心の注意をもってゆっくり行わなくてはならないんだ」

「なるほど」

「す、凄い…………」

「次にここが空冷部門だ。精米された米はかなりの熱を帯びている。そのままでは次の工程へ進むには米の質が安定していないから、冷ます必要があるんだけど、これにはかなりの時間がかかる。だいたい1ヶ月程だ。売り物として膨大な数を生産する場合はそんなに待っていられない。だから、そこは空間魔法を用いて、その空間の時間だけを一瞬にして1ヶ月後にするんだ。そうすることで次の工程へとすぐに進むことができる」

「魔法の力って凄いな」

「次は洗米部門だ。これは精米の過程で表面に付いた糠・米くずを徹底的に除去することを言うんだけど、これも魔法を使って行う。威力を調整した水魔法で細心の注意を払うんだけど、集中力が途切れてしまわないように組員をローテーションで入れ替わらせている。もちろん、休憩も適宜入れてね」

「うわぁ~お城の中ではこんな光景、見れないよ~」

「で、その後は………………」

そこから先もニーベルの酒造りに関しての説明が続いた。1つ1つの工程を説明される度にリースが目をキラキラとさせ、驚いたり不思議そうにしたり、はたまた感動したり…………表情が目まぐるしく変わるのを見ていて飽きることはなかった。ちなみに酒は米から作るとニーベルは言ったがその製法自体は大昔にこの世界にやって来た勇者から伝えられたものらしい。したがって米自体も元々この世界にあったものではなく、その勇者が生み出し普及させていったみたいだ。しかし、誰でもその製法で酒造が成功する訳ではなく、どうやら本人の才能と熟練度によって出来栄えが変わってくるようだ。その点でいえば、ニーベル達は間違いなくトップクラスに腕があるだろう。何より本人達がとても楽しそうにやっていることが大きいのも確かである。

「リース、満足したか?」

「うん!とても興味深かったよ!」

「そうか……………ニーベル、邪魔したな。ありがとう」

「ありがとうございました!!」

「また来てよ。いつでも案内するから」

俺はまだまだ興奮冷めやらぬリースを伴い、次の目的地へと足を運ぶ為、酒蔵を後にした。
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