俺は善人にはなれない

気衒い

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第10章 セントラル魔法学院

第199話 霧原咲夜

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「ん?」

それはフリーダムへ向けて、帰還している最中でのことだった。生徒達を車に乗せ、希望者による運転で何のトラブルもなく進んでいると気配察知に何かが引っかかったのだ。数分して、ティア達も同じように気付き始め、生徒達のレベルでは察知できない距離ではあったがどこか気になる反応だった為、一旦車を止めるよう指示した。

「どうしたんですか?」

今、まさに運転をしていたクリスは不思議そうに俺を見てきた。それに対して、軽く笑いながら、俺はこう言った。

「ここからは俺が運転する。ちょっとスピード出すから、覚悟しとけ。それから生徒達は気配察知を常にしておけ」





――――――――――――――――――






「も、もう無理…………」

私は体力の限界と極度の緊張から身体が思うように動かなくなり、地面に膝をついてしまった。国外での訓練から逃げ出して闇雲に走ること約30分。ここまで来るのに一度も追い付かれることがなかった為、どうやら上手く撒けたようだ。

「……………これから、どうしよう」

しかし、辛い現実から一時的に逃げ出せたはいいものの、この先に待っているのもまた地獄なのは変わりがない。首輪がいつ爆発するかも分からない恐怖、それと1人の知り合いもいない新天地。当然、行くアテなどある訳もない。もしかしたら、国王の嫌がらせで別の土地で自分がお尋ね者になっているかもしれない。結局、今こうしている現状には何の意味もない。そもそも逆らおうとするのが間違いだったのだ。素直にあのまま従っていれば…………………でも……………

「何でこうなっちゃったんだろう…………」

私は今更ながら、元いた世界での退屈な暮らしがどれだけ有難いものだったのかを認識した。戦う術も危険性も何も持たず知らなかった小娘がいきなりこんな危険な世界へと召喚されて……………果たして、今の私は生きていると胸を張って言えるのだろうか。心の底から笑えて、充実した毎日を送り、好きだと思える人と過ごす。そんな暮らしがもしもできたなら。こんな状況でこんなことを考えるとは……………やはり、私は相当、参っているらしい。ないものねだりにも程があるし、そんな夢のような話が転がっているはずがない。結局、実力で明るい未来をもぎ取っていくしかないのだ。

「ははっ、そんなの今更……………な、何っ!?」

とその時だった。近くから声と足音が聞こえたのは。そして、それはゆっくりとこちらへ近付いてくる。はっきりと聞こえるようになって分かったがそれは私を探している兵士のものだった。

「に、逃げなきゃ」

どこかで期待している自分がいた。もし、こんな窮地に助けてくれる人がいたのならと。淡い幻想を抱いていた。だが、これは漫画やアニメの世界ではない。そうそう都合よくそんな展開があるはずがない。

「………きゃっ!」

「いたぞ!」

「こっちだ!」

慌てて立ちあがろうとしたのが悪手だった。回復しきっていない身体はその疲れから、思うように動かずに足をもつれさせて、私はうつ伏せに倒れてしまった。直後、その音を聞きつけて兵士達が真っ直ぐこちらへと向かってくるのが分かった。

「早く逃げないと……………」

匍匐前進の要領で少しずつ進んでいく。少し先に隠れられそうな木陰があるのが見えた。そこまでは何としてでも辿り着きたい。私は見つからないよう、神に祈りながら進んだ。

「見つけた!」

「手こずらせやがって!」

結論。神などいなかった。私は慌ててやってきた兵士達にあっという間に取り囲まれてしまった。と、ここで首輪が強く反応した。

「うっ!」

「ふんっ!俺達に逆らうから、こうなるんだ」

「それはもうじき爆発する。そうなるとお前はタダでは済まないだろう」

「そうなりたくなければ、大人しく俺達と一緒に来るんだ」

嘲笑いながら兵士達が言ってくる。それに対して私は……………

「い、嫌っ!死にたくないし、あなた達と一緒に行きたくもない!」

みっともなく泣きながら叫んだ。かつて、ここまで恐怖と嫌悪感を感じたことはない。これは最初で最後のチャンスなのだ。ここで逃げられなければ、明るい未来は今後一切ない。可能性は限りなく低いが私は屈する気がなかった。

「ふんっ!そこまで言うんなら、実力で…………」

「お取り込み中、悪いんだが」

その時、とてつもない強風が吹いた。私も兵士も思わず目を閉じ、腕で顔を覆った。再び目を開けると少し離れたところに異質な格好の集団がいるのが分かった。黒衣にそれぞれ様々な武器を携帯している。どこかで見たことがあるような気がする。

「な、何者だ!」

「お前らみたいなゴミに名乗る名など持ち合わせてはいない」

「な、なんだと!」

「おい、そこの黒髪の女」

「わ、私!?…………ですか?」

急に呼びかけられて、思わず敬語を使ってしまった。見たところ、私と同じ歳くらいの綺麗な黒髪のかっこいい青年だ。一体、何を言われるのだろうか。

「お前、こんな奴らと一緒に国に帰りたいのか?それとも国を出て別の暮らしがしたいのか、どっちだ?」

「そ、それは」

そんなことをはっきりと言える訳がない。逆らったと判断されたら、こっちの身が危ないのだ。とりあえず、ここは無難に…………

「嘘はつくな。正直に答えろ」

背筋を寒いものが駆け抜けた。それだけで青年の実力の一端を感じた気がした。この青年は試しているのだ。私がどう答えるのか。そして、それ次第で私の運命が間違いなく、決まる。

「………………」

となると正解は1つしかない。つまり、こういうことなのだ。こんな土壇場においても自分の意志を貫けなかった者にこの世界を生きていく資格などありはしない。ここで改めて自分の気持ちを第三者にも表せないようではこの先、潰れてしまうだけだろう。だから、私は大きな声でこう叫んだ。

「私は……………帰りたくない!こんな人達と一緒にいたくない!」

「…………そうか。助けて欲しいか?」

「お願いします!助けてくれたら、何でもします!」

「交渉成立だな」

「おい、お前何勝手なことを!」

「ふざけるな!お前ら、やるぞ」

「くらえっ!」

その時の光景を生涯忘れることはないだろう。武器を抜いて襲いかかっていった兵士達を刀の一振りで以って塵にしたのだ。それから……………

「これでお前はもう自由だ。 霧原咲夜……………いや、サクヤ・キリハラ」

パキンという音が自分の首の辺りで聞こえ、見てみるとそこには完全に真っ二つになった首輪が残っていたのだった。
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