俺は善人にはなれない

気衒い

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第14章 獣人族領

第312話 上階の虎、下階の狼

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「き、貴様は……………"黒締"!!」

ウルフは体勢を立て直しながら、ゆっく

りと歩いてくるシンヤを見据えて言っ

た。

「大人しくアジトにいろよ。あまり手間

を取らせんな」

「貴様の予定など知ったことか!何故、

俺達が貴様中心で動かなきゃならん」

「お前達にはもはや普通に生きていく権

利すらない。自分達のやってきたことを

振り返ってみろ」

「ちっ……………既に俺達の過去も調べら

れてるってことか」

「うちには優秀な情報部隊がいるんで

な」

シンヤは刀に付いた雨粒を払い鞘に納め

ると先程から、ずっと感じていた視線の

元を辿った。

「あっ……………シ、シンヤ!」

そこには目が合うと控えめに呼びかけて

くる者がいた。それはいつもとは違い、

弱々しい姿のウィアだった。

「……………大丈夫か?」

「うん…………助けに来てくれて、あり

がとう」

たった数秒の会話。しかし、ウィアはそ

れだけで何故か心が暖かくなり、胸がド

キドキとしていた。彼女の中でこんなこ

とは今までなかった。確かに強者として

シンヤに興味を持ってはいた。ところ

が、今感じているものは冒険者としての  

シンヤというよりはシンヤそのものに対

してだった。自身が囚われの身となり、  

そこに颯爽と駆けつけてくる。まるでお

伽噺のような展開に彼女の頬は自然と熱

くなり、何故かいつにも増して、シンヤ

がかっこよく見えていた。

「あ、あの……………っ!?」

そして、そんなウィアがしどろもどろに

なりながら、何かを伝えようとした直

後、シンヤが刀を抜き、二振りした。す

ると地下にある全ての檻が凄い音を立て

て、半ばから切断され、ウィア達に嵌め

られた手錠も同じように切断されて壊れ

た。

「こ、これはっ!?」

そんなあまりの早技にアムール王は驚

き、少しの間、動くことができなかっ

た。一方、ウィアの方はというと嬉しさ

のあまり、すぐに檻を飛び出してシンヤ

の方へ向かって走った。

「これでお前らは解放された。後は好き

に……………」

「シンヤっ!ありがとう!」

「っと!」

勢いよく抱きついてくるウィアを優しく

抱き止めたシンヤは表情を変えることな

く言った。

「今は戦闘中だ。こういうのは後に」

「分かってる。でも、少しの間だけこう

させてくれ」

ウルフは目の前で繰り広げられているお

そよ戦闘中とは思えない行動に戸惑いを

隠せないでいた。と同時に……………

「あまりにも自然体だ……………隙があり

すぎて、逆に誘っているようにしか見え

ん」

ウルフの五感はシンヤのそれに真の強者

の風格を感じ取っていた。何も知らない

馬鹿は考えなしにシンヤへと突っ込んで

いくが強者であれば、そんなあからさま

なマネはしない。この時点で強者と弱者

の明暗は分かれていた。

「まず間違いなく、格上だな」

しかし、ウルフは冷静にシンヤの強さを

推し量り、自分程度では到底勝ち目がな

いことを悟っていた。そんな中、ウィア

がシンヤから離れたのを見て、ウルフは

いつでも動けるように姿勢を低くした。

「ありがとう……………もう大丈夫だ」

「そうか」

「シンヤ……………ディアには手を出さな

いでくれ。あいつはアタイの部下だ。ア

タイがケジメをつける」

「分かった………………奴は上へ逃げてっ

た。追うなら、早くした方がいい」

「ああ!何から何まで本当にありがと

う!」

ウィアはお礼を言ってその場から駆け出

した。

「逃す訳ねぇだろ!待ちやが……………

っ!?」

すると、それを見たウルフは咄嗟にウィ

アを逃すまいと行動を起こそうとするが

それを敵が許すはずもなかった。

「お前の相手は俺だ。それが分からない

のか?」

真っ直ぐ自分へと向けられた殺気にウル

フはその場を動くことができなかったの

だった。








―――――――――――――――――――――







「ディア!」

「ちっ……………もう追いついてきた

の!?」

城の廊下を走るディアの背中に突如声が

掛かり、彼女が振り返るとそこには息を

切らせながら、ウィアが追いかけてきて

いるところだった。流石にこの後もしつ

こく追い回されたらたまらないと感じた

ディアは一旦立ち止まって、ウィアを迎

え撃つことにした。

「追いついた……………」

「……………」

肩で息をしながら、ウィアは呼吸を整え

た。その間、ディアは特に何をするでも

なく、その様子をただ見ているだけだっ

た。

「ふぅ~………………ディア、何故こんな

ことをした?」

ウィアの一言目はそれだった。彼女の中

で色々と言いたいことはあったのだが、

一番最初に頭に浮かんだ疑問をまずはぶ

つけてみることにしたのだ。

「………………」

「アタイ達は仲間じゃなかったのか?」

「そう思っていたのはあなた達だけよ。

私は違う。むしろ、あなた達のことなん

て大嫌いよ」

想定はしていたものの、いざ拒絶されて

みるとウィアの心に重くのしかかってく

るものがあった。しかし、今はそんなこ

とを気にしている場合ではない。ウィア

は気合いを入れ直すと再び疑問を口にし

た。

「理由を聞いてもいいか?」

「その前に」

ディアは少し間を空けると次の瞬間、ウ

ィアにとって驚愕の事実を告げた。

「私は元々"紫の蝋"に所属している

の。だから、あなた達のところでは主に

スパイ活動をしていたのよ」

「っ!?」

そこまで言ってから、ディアは一つ前置

きをした。

「全てはあの日から始まったのよ」
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