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1.迷惑な手紙
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「エレノア様……。また手紙が来ておりますがどうされますか?」
「毎日毎日、こんなにしつこい人だったかしら? 仕方がないわ。一度会って話をした方がよさそうね。3日後に来るように返事を出しておいてもらえるかしら」
「畏まりました」
エレノアは溜息を吐いて手紙をゴミ箱に捨てた。
手紙の相手は3年前に婚約を解消した元婚約者であるチャーリーだ。彼はモーガン侯爵家の次男でエレノアと結婚することでハリス公爵家に婿入りする予定であった。
エレノアとチャーリーの婚約は物心着いたころにはすでに結ばれていた。家の利益……ではなく互いの父親同士が親友で酒の勢いで勝手に婚約を結んでしまったらしい。
エレノアはモーガン侯爵家の人が好きだったしチャーリーとも幼いころから兄妹のように過ごしてきて気心が知れている。なので貴族令嬢として気取って接しなくてもいいというメリットがあり特に好きな人もいなかったので婚約自体に不満はなかった。それはチャーリーも同じようで彼もこの婚約に異議を唱えることはなかった。あの日までは…………。
「ちょっと語学留学してくるわ~」
彼はそんな軽い言葉でエレノアに留学を告げ翌日には出発して行った。
チャーリーはよく言えば即決即断で行動派だ。だが逆に思慮も慎重さも足らない。騙されやすくお調子者である。ちょっとアホな子ではあるが人には好かれ友人も多い。長所と短所が極端に混在している。
留学に関しては婿入り後は公爵家で学ぶことが多くチャーリーだって息が詰まることもあるかも知れない。今は好きにさせておけば? と誰も反対しなかった。残念ながらエレノアは寂しいとかの感傷も湧かずに笑顔で送り出した。「静かになるわあ」が正直な感想である。
チャーリーの留学期間は1年間。ところがその期間を過ぎても一向に帰国しない。何かあったのかと心配して手紙を出したが返事がない。いよいよまずいとチャーリーの父モーガン侯爵が様子を見に行こうとしたときにその国の宰相様から手紙が届いた。
「ご子息が当王立学園に通う特待生に付きまとい行為をしている。注意をしても改めずに大変迷惑している。その生徒は女性でご子息はどうやら恋慕しているようだ。――――――――――」
「はっ?」
エレノアはモーガン侯爵に呼ばれその手紙を見せてもらった。要約すると迷惑だから早く引き取ってくれということらしい。まったく何をやらかしてくれているのだ!
「チャーリー……あなた」
(馬鹿なの)と言いたかったが彼の父親の前なので呑み込んだが、モーガン侯爵はその呑み込んだ言葉をしっかりと察知したようで眉を下げすまないと小声でおっしゃった。
「とにかく直ぐに連れ戻す。エレノアは待っていてほしい」
「いえ、私も一緒に行ってチャーリーの気持ちを確かめたいです。(チャーリーの気持ちはどうでもいいけど観光したい)それにしても付きまとい行為はよろしくありませんわね」
「「はあ~」」
二人頭を抱えながら溜息を吐いた。
そうしてエレノアと侯爵は沈痛な船旅を経てチャーリーの留学先へと向かった。
まずは王宮に着くと宰相様に謝罪をした。その後、学園に行きモーガン侯爵は迷惑をかけた関係各所に謝罪してまわった。高位貴族なのに他国で頭を下げなければならないなんてチャーリーはとんだ親不孝者である。そのあとエレノアはモーガン侯爵に同行してチャーリーと面会した。
「チャーリー! お前は一体どうゆうつもりでこんな馬鹿な真似をしたんだ?」
チャーリーはきょとんとしている。何に対して怒られているのか心当たりがないという顔だ。
「一生懸命に勉強しているのに何で怒ってるの?」
「学園から苦情が来ている。お前が特待生の女性に付きまとっていると!」
チャーリーは頬を染めいや~照れるなと呟く。
えっ? 何で照れているの? 苦情が来ていると言ったのだけど、あなた犯罪者一歩手前の行為をしている自覚なし?
「特待生の子がさあ。平民なのに頭が良くてすごいんだよ。分からないところとか親切に教えてくれて優しいんだ。俺……恋に落ちちゃったかも?」
えへへと笑うチャーリーにエレノアもモーガン侯爵も表情を失くし二の句が継げない。
モーガン侯爵はこめかみを抑えながら平静を保とうと深呼吸をしている。エレノアは無になった……。
「お前はエレノアがいるのに恋に落ちている場合ではない! それにその女生徒からは迷惑だから止めさせるようにと言われている。目を覚ましなさい!」
「えっ?! 迷惑? そんなこと言われてないよ。何かの間違いだろう?」
エレノアは特待生の女性に同情したくなった。好意を持たない男性に言い寄られてさぞ嫌だったろうに。
「チャーリー。特待生の子は平民なのでしょう? 他国の貴族を無下には出来ないわ。正式に学園から苦情が来ているのだからあなたの行為は間違いなく迷惑なのよ?」
チャーリーは目に見えて落ち込んだ。チャーリーは人の感情の動きに鈍く察したりすることは出来ないが、きちんと説明すれば受け止める素直な人間だ。それを人は単純と呼ぶが。まったくもって美点と欠点の振り幅が激しい男である。
「分かった。彼女に嫌な思いをさせたい訳じゃないから今後は適切な距離を取るよ」
? 今後? まだここにいるつもりらしい。
「お前、留学期間は終わったんだから帰国するぞ」
「嫌だ! 生まれて初めて勉強が楽しくなったんだからもう少しここにいる。頼むよ、父さん」
エレノアは遠い目をした。チャーリーはこうと決めたら絶対に譲らない。良く言えば意志が強い、悪く言えば迷惑を考えない頑固者である。果たして目的は勉強なのか特待生の女性なのか……。
「留学期間を伸ばせばエレノアとの結婚の準備が間に合わなくなる。どうするつもりだ?」
「あっ!!!!」
その表情にエレノアは落胆した。どうやら私と婚約していること自体を忘れていたらしい。まだ準備していないから別にいいけど。あれは手間と時間がかかるのよ。もし進めていたら殺意を抱いたかもしれないが。
チャーリーは捨てられた子犬のような目でエレノアをじっと見る。これはチャーリーがエレノアにお願いをする時のいつもの顔だ。
「はあ。おじさま。チャーリーと私の婚約は解消しましょう。どうせ引きずって連れ戻しても勝手にここに戻ってきそうですし、学園と話し合って留学を延長してはどうでしょうか?」
チャーリーは目に見えて顔をぱあっと明るくさせ目を輝かせた。
「さすがエレノア。ありがとう!」
「ふざけるな、チャーリー。エレノア、いくら何でもこのバカ息子の願いを叶える必要はない。何が何でも引きずって帰るから」
「いえ、私は別にどうしてもチャーリーと結婚したい訳ではないのでお気になさらずに」
好きな相手がいる人間と結婚するのは虚しいのでぜひ白紙にしてほしい。
父親同士の酒のつまみで決まった婚約だから解消しても大丈夫だとモーガン侯爵に頷いた。モーガン侯爵は目を硬く閉じエレノアに頭を下げすまないと謝罪した。親の苦悩を理解しないチャーリーは上機嫌でニコニコしている。
モーガン侯爵が学園と話し合っている間にエレノアは王都で観劇や買い物などを楽しみ異国での観光を満喫した。せっかく来たし時間を有効に使わなければ! (エレノアにとっての本当の目的は観光である)実のところ薄情な婚約者同士でお互い様だ。
話し合いの結果チャーリーは特待生の女性と適切な距離を保ち、試験が学年10位以内にいる間は学園に通うことを許された。今のチャーリーの成績なら次のテストの結果で強制送還だろうなとエレノアは思った。ところがその予想を裏切りチャーリーは更に2年間学園で学んだ。卒業テストはなんと主席だと聞かされ驚いた。愛の力って偉大ね。
そんな風に婚約を解消した元婚約者が2年経った今、会いたいと毎日手紙を寄こしてきた。どことなく復縁を望んでいると匂わすような文面もある。
建前では先月無事に卒業式をすまし留学が終わったので帰国したその報告らしいが…………。(この手紙で報告は済んだと思う)会ってもエレノアにとっては迷惑だし今更話すこともない。
現在、エレノアの家族とチャーリーを除いたモーガン侯爵家の人達とは至って良好な関係を継続している。モーガン侯爵家からはチャーリーのことは無視していいと了承をもらっているが面倒なことになる前に会って決着をつけることに決めた。
「毎日毎日、こんなにしつこい人だったかしら? 仕方がないわ。一度会って話をした方がよさそうね。3日後に来るように返事を出しておいてもらえるかしら」
「畏まりました」
エレノアは溜息を吐いて手紙をゴミ箱に捨てた。
手紙の相手は3年前に婚約を解消した元婚約者であるチャーリーだ。彼はモーガン侯爵家の次男でエレノアと結婚することでハリス公爵家に婿入りする予定であった。
エレノアとチャーリーの婚約は物心着いたころにはすでに結ばれていた。家の利益……ではなく互いの父親同士が親友で酒の勢いで勝手に婚約を結んでしまったらしい。
エレノアはモーガン侯爵家の人が好きだったしチャーリーとも幼いころから兄妹のように過ごしてきて気心が知れている。なので貴族令嬢として気取って接しなくてもいいというメリットがあり特に好きな人もいなかったので婚約自体に不満はなかった。それはチャーリーも同じようで彼もこの婚約に異議を唱えることはなかった。あの日までは…………。
「ちょっと語学留学してくるわ~」
彼はそんな軽い言葉でエレノアに留学を告げ翌日には出発して行った。
チャーリーはよく言えば即決即断で行動派だ。だが逆に思慮も慎重さも足らない。騙されやすくお調子者である。ちょっとアホな子ではあるが人には好かれ友人も多い。長所と短所が極端に混在している。
留学に関しては婿入り後は公爵家で学ぶことが多くチャーリーだって息が詰まることもあるかも知れない。今は好きにさせておけば? と誰も反対しなかった。残念ながらエレノアは寂しいとかの感傷も湧かずに笑顔で送り出した。「静かになるわあ」が正直な感想である。
チャーリーの留学期間は1年間。ところがその期間を過ぎても一向に帰国しない。何かあったのかと心配して手紙を出したが返事がない。いよいよまずいとチャーリーの父モーガン侯爵が様子を見に行こうとしたときにその国の宰相様から手紙が届いた。
「ご子息が当王立学園に通う特待生に付きまとい行為をしている。注意をしても改めずに大変迷惑している。その生徒は女性でご子息はどうやら恋慕しているようだ。――――――――――」
「はっ?」
エレノアはモーガン侯爵に呼ばれその手紙を見せてもらった。要約すると迷惑だから早く引き取ってくれということらしい。まったく何をやらかしてくれているのだ!
「チャーリー……あなた」
(馬鹿なの)と言いたかったが彼の父親の前なので呑み込んだが、モーガン侯爵はその呑み込んだ言葉をしっかりと察知したようで眉を下げすまないと小声でおっしゃった。
「とにかく直ぐに連れ戻す。エレノアは待っていてほしい」
「いえ、私も一緒に行ってチャーリーの気持ちを確かめたいです。(チャーリーの気持ちはどうでもいいけど観光したい)それにしても付きまとい行為はよろしくありませんわね」
「「はあ~」」
二人頭を抱えながら溜息を吐いた。
そうしてエレノアと侯爵は沈痛な船旅を経てチャーリーの留学先へと向かった。
まずは王宮に着くと宰相様に謝罪をした。その後、学園に行きモーガン侯爵は迷惑をかけた関係各所に謝罪してまわった。高位貴族なのに他国で頭を下げなければならないなんてチャーリーはとんだ親不孝者である。そのあとエレノアはモーガン侯爵に同行してチャーリーと面会した。
「チャーリー! お前は一体どうゆうつもりでこんな馬鹿な真似をしたんだ?」
チャーリーはきょとんとしている。何に対して怒られているのか心当たりがないという顔だ。
「一生懸命に勉強しているのに何で怒ってるの?」
「学園から苦情が来ている。お前が特待生の女性に付きまとっていると!」
チャーリーは頬を染めいや~照れるなと呟く。
えっ? 何で照れているの? 苦情が来ていると言ったのだけど、あなた犯罪者一歩手前の行為をしている自覚なし?
「特待生の子がさあ。平民なのに頭が良くてすごいんだよ。分からないところとか親切に教えてくれて優しいんだ。俺……恋に落ちちゃったかも?」
えへへと笑うチャーリーにエレノアもモーガン侯爵も表情を失くし二の句が継げない。
モーガン侯爵はこめかみを抑えながら平静を保とうと深呼吸をしている。エレノアは無になった……。
「お前はエレノアがいるのに恋に落ちている場合ではない! それにその女生徒からは迷惑だから止めさせるようにと言われている。目を覚ましなさい!」
「えっ?! 迷惑? そんなこと言われてないよ。何かの間違いだろう?」
エレノアは特待生の女性に同情したくなった。好意を持たない男性に言い寄られてさぞ嫌だったろうに。
「チャーリー。特待生の子は平民なのでしょう? 他国の貴族を無下には出来ないわ。正式に学園から苦情が来ているのだからあなたの行為は間違いなく迷惑なのよ?」
チャーリーは目に見えて落ち込んだ。チャーリーは人の感情の動きに鈍く察したりすることは出来ないが、きちんと説明すれば受け止める素直な人間だ。それを人は単純と呼ぶが。まったくもって美点と欠点の振り幅が激しい男である。
「分かった。彼女に嫌な思いをさせたい訳じゃないから今後は適切な距離を取るよ」
? 今後? まだここにいるつもりらしい。
「お前、留学期間は終わったんだから帰国するぞ」
「嫌だ! 生まれて初めて勉強が楽しくなったんだからもう少しここにいる。頼むよ、父さん」
エレノアは遠い目をした。チャーリーはこうと決めたら絶対に譲らない。良く言えば意志が強い、悪く言えば迷惑を考えない頑固者である。果たして目的は勉強なのか特待生の女性なのか……。
「留学期間を伸ばせばエレノアとの結婚の準備が間に合わなくなる。どうするつもりだ?」
「あっ!!!!」
その表情にエレノアは落胆した。どうやら私と婚約していること自体を忘れていたらしい。まだ準備していないから別にいいけど。あれは手間と時間がかかるのよ。もし進めていたら殺意を抱いたかもしれないが。
チャーリーは捨てられた子犬のような目でエレノアをじっと見る。これはチャーリーがエレノアにお願いをする時のいつもの顔だ。
「はあ。おじさま。チャーリーと私の婚約は解消しましょう。どうせ引きずって連れ戻しても勝手にここに戻ってきそうですし、学園と話し合って留学を延長してはどうでしょうか?」
チャーリーは目に見えて顔をぱあっと明るくさせ目を輝かせた。
「さすがエレノア。ありがとう!」
「ふざけるな、チャーリー。エレノア、いくら何でもこのバカ息子の願いを叶える必要はない。何が何でも引きずって帰るから」
「いえ、私は別にどうしてもチャーリーと結婚したい訳ではないのでお気になさらずに」
好きな相手がいる人間と結婚するのは虚しいのでぜひ白紙にしてほしい。
父親同士の酒のつまみで決まった婚約だから解消しても大丈夫だとモーガン侯爵に頷いた。モーガン侯爵は目を硬く閉じエレノアに頭を下げすまないと謝罪した。親の苦悩を理解しないチャーリーは上機嫌でニコニコしている。
モーガン侯爵が学園と話し合っている間にエレノアは王都で観劇や買い物などを楽しみ異国での観光を満喫した。せっかく来たし時間を有効に使わなければ! (エレノアにとっての本当の目的は観光である)実のところ薄情な婚約者同士でお互い様だ。
話し合いの結果チャーリーは特待生の女性と適切な距離を保ち、試験が学年10位以内にいる間は学園に通うことを許された。今のチャーリーの成績なら次のテストの結果で強制送還だろうなとエレノアは思った。ところがその予想を裏切りチャーリーは更に2年間学園で学んだ。卒業テストはなんと主席だと聞かされ驚いた。愛の力って偉大ね。
そんな風に婚約を解消した元婚約者が2年経った今、会いたいと毎日手紙を寄こしてきた。どことなく復縁を望んでいると匂わすような文面もある。
建前では先月無事に卒業式をすまし留学が終わったので帰国したその報告らしいが…………。(この手紙で報告は済んだと思う)会ってもエレノアにとっては迷惑だし今更話すこともない。
現在、エレノアの家族とチャーリーを除いたモーガン侯爵家の人達とは至って良好な関係を継続している。モーガン侯爵家からはチャーリーのことは無視していいと了承をもらっているが面倒なことになる前に会って決着をつけることに決めた。
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