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12.我慢も限界
ジョゼフィーヌに楽観的な気持ちはない。側室の話は阻止できるだろうが、アルバンとの婚約はなくせないと思っている。徐々に諦めの境地に向かっている。そもそも婚約解消できると勝手に期待したのが悪かった。
自分はシャレット公爵家の娘、相手がアルバンであってもなくても政略結婚は受け入れなくてはならない。
(でも両親も兄夫婦も相思相愛で幸せな姿を目の当たりにしてきた身としては、自分もそうなりたいと思うのは当然でしょう?)
一度はアルバンとの結婚生活を受け入れていたのに、側室発言で嫌悪感が芽生えてしまった。再び受け入れる気持ちになれるかどうか。仕事と割り切るのも厳しい。微妙にアルバンを憎め切れないのも、心のもやもやの行き場がなくて辛い。
今日は橋の視察の予定だった。アルバンと顔を合わせるのも久しぶりだ。
朝早くから城に向かう。到着するとアルバンの執務室に案内された。いつもは応接室でアルバンの支度を待って出発するのに珍しい。
「おはよう。ジョゼフィーヌ」
「おはようございます。アルバン殿下」
アルバンに促されソファに座る。アルバンは向かいに座ると真剣な表情をしたまま書類を広げた。
「これは?」
「私が以前、視察を取り止めた場所についてまとめたものだ。ジョゼフィーヌが宿題を出しただろう?」
ジョゼフィーヌは首を傾げながら記憶を探った。あっ! そうだった。アルバンが視察をすっぽかしたからお説教をしたんだった。
『アルバン殿下。すべての公務に意味があります。しかも嘆願による視察を軽んじるのは民を蔑ろにするも同然です。一か月後に私と一緒に地方の視察に行くことになっていますよね。それまでにアルバン殿下が取り止めた視察の必要性を再考してください』と言ったのを思い出した。
(家庭教師みたいな言い方をするなと怒っていたくせに、ちゃんと覚えていて調べて真面目なのよね。こういうところを見ると憎めなくなっちゃう)
「視察先は王都だったり地方だったりとばらつきはあるが、道や橋などの修復工事が延期になっている場所だった。しかも年単位で。二次被害が報告されて危険度が高いのになぜだ? 応急的な処置は何度も行っているのに根本的な工事がされていない。これでは民が安心して暮らせないじゃないか」
「さようです。だからこそ民は早い工事が行われるように現場を見てほしいと嘆願書を出したのです」
書類には地図や工事内容が書かれている。緊急度合も分析されている。アルバンはちゃんと調べて考えていた。今日視察する場所についての資料も揃っていた。
「官吏は何をしているのだ。嘆願が来るほど遅らせるなど怠慢ではないか」
アルバンは眉間を寄せ不機嫌そうに言った。
「官吏は仕事を忠実に行っています。ただどうにもできない事情が発生し工事が延期されています。だから嘆願なのです。延期の理由までは調べなかったのですか?」
「書類には予算が取れなかったと記載されていた。でもそれはおかしい。年単位で延期されているのだから予算はあらかじめわかっているはずで確保できるはずだ」
暗に官吏を責めている口調にジョゼフィーヌはここまでかと少し落胆した。誰も詳しい事情をアルバンに伝えていないのだ。どうやらそれはジョゼフィーヌの役割らしい。損な役割だと思う。
「ええ、予算は確保されます。ですが工事開始前に別のところでお金が必要になり、横取りされているのです」
「そんな馬鹿なことがあるのか? それは工事より大切なことなのか?」
「王妃様にとってはそうなのでしょう」
「母上? 母上に関係があるのか?」
「王妃様がご自分の予算以上のドレスを作られています。不足した分は工事などの予算で補填されているのです」
「う、うそだ……」
アルバンは信じられない、いや信じたくないのだろう。愕然としている。アルバンは自分の欲しいものを得るために、誰かのお金を奪うことを嫌がる。それは普通のことなのだけど、実は王族に普通を求めることは難しい。王族の生活そのものが一般庶民から見たら普通ではないからだ。
それでもアルバンの人柄は誠実だと言っていい。
デビュタントたちに贈った花も、ジョゼフィーヌが予定を変えて王宮で開いたお茶会も、その費用はすべてアルバンの予算から支払われている。浮気をしていてもこの心遣いができるのなら、側室も撤回してくれたらいいのに。なずか側室に関しては配慮がない。ジョゼフィーヌを正妃にすることだけが正しいと信じているので、後ろめたいとも思っていない。
「どうされますか?」
「どう……とは?」
「民はこのことを知っています。だからアルバン殿下に嘆願が来ているのです。あなたに王妃様を諫めてほしいのでしょうね」
「私に……」
アルバンは顔を青ざめさせたまま、ぎゅっと目を閉じると考え込んだ。まずは知ることから始めてくれればいい。このあとアルバンがどう行動するのかは見守るしかない。これ以上、ジョゼフィーヌがアルバンをけしかけるつもりはなかった。誰かに言われたからじゃなく、王太子として自分で決めて行動してほしい。ジョゼフィーヌはアルバンの誠実さを信じているのだ。
「そろそろ時間です。視察に行きましょう」
「ああ、そうだ。行く途中に寄りたいところがあるのだがいいだろうか?」
「? どちらに寄るのですか?」
「エステルが熱を出したそうだ。見舞いに花を渡したい」
「………………………」
前言撤回。婚約者に向かって、好きな人のお見舞いに行くとか宣言するのは全然誠実じゃない!
今回の視察は三年も延期になった橋の補修工事の状況確認だ。公私混同を挟むべきではない。せめて視察の帰りだったら許せたけれど、行きにいくのでは到着時間が変わり視察先に迷惑をかけてしまう。そこまでどうして考えないのだろう。
ジョゼフィーヌは立ち上がると冷やかな眼差しをアルバンに向けた。
「それでしたら私は別の馬車で先に参ります。殿下はお見舞いが終わってからゆっくりいらしてください」
「ジョゼフィーヌ、何を怒っているのだ?」
(私が怒っていることは理解する癖に、何に怒っているかはわからないのね。いい加減、殿下にはがっかりしたわ)
「アルバン殿下。愛する女性がいてその人を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してください。私は王妃になりたくないですし、アルバン殿下をお慕いしてもいないのです。私は一度もあなたとの婚約を望んだことはありません。でもこの婚約は王命で私は逆らうことができないものでした。私だって好きな人と結婚して幸せになりたい夢がありました。私は諦めたのにあなたは手に入れるのですね」
(もう、蔑ろにされるのは嫌! 我慢も限界)
ジョゼフィーヌはいつになく怒りを抑えられなかった。自分にだってプライドがある。アルバンに寛容でい続けるのは限界だった。だから今まで我慢していたことをぶちまけた。それでアルバンが怒ってもいい。
アルバンの狼狽えている気配を感じながらも、投げやりな気持ちになりジョゼフィーヌはアルバンを見ないまま、部屋を出て馬車止めに向かった。
自分はシャレット公爵家の娘、相手がアルバンであってもなくても政略結婚は受け入れなくてはならない。
(でも両親も兄夫婦も相思相愛で幸せな姿を目の当たりにしてきた身としては、自分もそうなりたいと思うのは当然でしょう?)
一度はアルバンとの結婚生活を受け入れていたのに、側室発言で嫌悪感が芽生えてしまった。再び受け入れる気持ちになれるかどうか。仕事と割り切るのも厳しい。微妙にアルバンを憎め切れないのも、心のもやもやの行き場がなくて辛い。
今日は橋の視察の予定だった。アルバンと顔を合わせるのも久しぶりだ。
朝早くから城に向かう。到着するとアルバンの執務室に案内された。いつもは応接室でアルバンの支度を待って出発するのに珍しい。
「おはよう。ジョゼフィーヌ」
「おはようございます。アルバン殿下」
アルバンに促されソファに座る。アルバンは向かいに座ると真剣な表情をしたまま書類を広げた。
「これは?」
「私が以前、視察を取り止めた場所についてまとめたものだ。ジョゼフィーヌが宿題を出しただろう?」
ジョゼフィーヌは首を傾げながら記憶を探った。あっ! そうだった。アルバンが視察をすっぽかしたからお説教をしたんだった。
『アルバン殿下。すべての公務に意味があります。しかも嘆願による視察を軽んじるのは民を蔑ろにするも同然です。一か月後に私と一緒に地方の視察に行くことになっていますよね。それまでにアルバン殿下が取り止めた視察の必要性を再考してください』と言ったのを思い出した。
(家庭教師みたいな言い方をするなと怒っていたくせに、ちゃんと覚えていて調べて真面目なのよね。こういうところを見ると憎めなくなっちゃう)
「視察先は王都だったり地方だったりとばらつきはあるが、道や橋などの修復工事が延期になっている場所だった。しかも年単位で。二次被害が報告されて危険度が高いのになぜだ? 応急的な処置は何度も行っているのに根本的な工事がされていない。これでは民が安心して暮らせないじゃないか」
「さようです。だからこそ民は早い工事が行われるように現場を見てほしいと嘆願書を出したのです」
書類には地図や工事内容が書かれている。緊急度合も分析されている。アルバンはちゃんと調べて考えていた。今日視察する場所についての資料も揃っていた。
「官吏は何をしているのだ。嘆願が来るほど遅らせるなど怠慢ではないか」
アルバンは眉間を寄せ不機嫌そうに言った。
「官吏は仕事を忠実に行っています。ただどうにもできない事情が発生し工事が延期されています。だから嘆願なのです。延期の理由までは調べなかったのですか?」
「書類には予算が取れなかったと記載されていた。でもそれはおかしい。年単位で延期されているのだから予算はあらかじめわかっているはずで確保できるはずだ」
暗に官吏を責めている口調にジョゼフィーヌはここまでかと少し落胆した。誰も詳しい事情をアルバンに伝えていないのだ。どうやらそれはジョゼフィーヌの役割らしい。損な役割だと思う。
「ええ、予算は確保されます。ですが工事開始前に別のところでお金が必要になり、横取りされているのです」
「そんな馬鹿なことがあるのか? それは工事より大切なことなのか?」
「王妃様にとってはそうなのでしょう」
「母上? 母上に関係があるのか?」
「王妃様がご自分の予算以上のドレスを作られています。不足した分は工事などの予算で補填されているのです」
「う、うそだ……」
アルバンは信じられない、いや信じたくないのだろう。愕然としている。アルバンは自分の欲しいものを得るために、誰かのお金を奪うことを嫌がる。それは普通のことなのだけど、実は王族に普通を求めることは難しい。王族の生活そのものが一般庶民から見たら普通ではないからだ。
それでもアルバンの人柄は誠実だと言っていい。
デビュタントたちに贈った花も、ジョゼフィーヌが予定を変えて王宮で開いたお茶会も、その費用はすべてアルバンの予算から支払われている。浮気をしていてもこの心遣いができるのなら、側室も撤回してくれたらいいのに。なずか側室に関しては配慮がない。ジョゼフィーヌを正妃にすることだけが正しいと信じているので、後ろめたいとも思っていない。
「どうされますか?」
「どう……とは?」
「民はこのことを知っています。だからアルバン殿下に嘆願が来ているのです。あなたに王妃様を諫めてほしいのでしょうね」
「私に……」
アルバンは顔を青ざめさせたまま、ぎゅっと目を閉じると考え込んだ。まずは知ることから始めてくれればいい。このあとアルバンがどう行動するのかは見守るしかない。これ以上、ジョゼフィーヌがアルバンをけしかけるつもりはなかった。誰かに言われたからじゃなく、王太子として自分で決めて行動してほしい。ジョゼフィーヌはアルバンの誠実さを信じているのだ。
「そろそろ時間です。視察に行きましょう」
「ああ、そうだ。行く途中に寄りたいところがあるのだがいいだろうか?」
「? どちらに寄るのですか?」
「エステルが熱を出したそうだ。見舞いに花を渡したい」
「………………………」
前言撤回。婚約者に向かって、好きな人のお見舞いに行くとか宣言するのは全然誠実じゃない!
今回の視察は三年も延期になった橋の補修工事の状況確認だ。公私混同を挟むべきではない。せめて視察の帰りだったら許せたけれど、行きにいくのでは到着時間が変わり視察先に迷惑をかけてしまう。そこまでどうして考えないのだろう。
ジョゼフィーヌは立ち上がると冷やかな眼差しをアルバンに向けた。
「それでしたら私は別の馬車で先に参ります。殿下はお見舞いが終わってからゆっくりいらしてください」
「ジョゼフィーヌ、何を怒っているのだ?」
(私が怒っていることは理解する癖に、何に怒っているかはわからないのね。いい加減、殿下にはがっかりしたわ)
「アルバン殿下。愛する女性がいてその人を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してください。私は王妃になりたくないですし、アルバン殿下をお慕いしてもいないのです。私は一度もあなたとの婚約を望んだことはありません。でもこの婚約は王命で私は逆らうことができないものでした。私だって好きな人と結婚して幸せになりたい夢がありました。私は諦めたのにあなたは手に入れるのですね」
(もう、蔑ろにされるのは嫌! 我慢も限界)
ジョゼフィーヌはいつになく怒りを抑えられなかった。自分にだってプライドがある。アルバンに寛容でい続けるのは限界だった。だから今まで我慢していたことをぶちまけた。それでアルバンが怒ってもいい。
アルバンの狼狽えている気配を感じながらも、投げやりな気持ちになりジョゼフィーヌはアルバンを見ないまま、部屋を出て馬車止めに向かった。
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