愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊

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13.危機

 ジョゼフィーヌは馬車に揺られながら窓の外をぼんやりと眺めていた。
 ついに言ってしまった。でも言わなければ伝わらない。アルバンは傷ついたと思う。でもジョゼフィーヌも傷ついていた。

「ふう……」

 アルバンは追ってこなかったし、同じ馬車に乗り込まなかった。エステルのお見舞いに行くのだろう。まあ、茫然としていたから、頭が真っ白になっていたのかもしれないが。

「言いすぎたわよね……」

 思えば私たちは婚約してから、一度もお互いの胸の内を話し合ったことがなかった。ジョゼフィーヌは最初の顔合わせのアルバンの態度が不満だった。だからそれ以降、ジョゼフィーヌからはほとんど公務の話しかしなかった。

 アルバンがジョゼフィーヌに趣味の話題を振っても笑顔で流していた。自分は十分に義務を果たしているからと歩み寄ろうとしなかった気がする。無意識に関係を構築していくことから逃げていたのだ。
 ジョゼフィーヌはふと思った。側室の申し入れをしてきたとき、アルバンは「好かれていなくても私はジョゼフィーヌに感謝している」と言っていた。異性として好かれていないと気付いていた。
 思い返してみればアルバンがジョゼフィーヌを好いているかどうか気にかけたことがなかったし、考えたこともなかった。

(嫌われていないとは思っていたけど。私もアルバン殿下に関心を持たなかった)

 アルバンはジョゼフィーヌの頑なな態度をどう思っていたのだろう。
 もっと早くアルバンと腹を割って話すべきだった。立場や駆け引きが頭の中にあり、事なかれ主義で過ごしてきた。貴族的な考えや打算が身に付いている証拠だと思うと悲しくなる。もちろん今回はアルバンに非がある(と信じている)し、今日も花を抱えてエステルに会いに行っていると思うと腹も立つ。

(アルバン殿下がすごく嫌な奴なら、仮面夫婦に徹するか、どんな手段を使っても婚約解消したんだけどな~。優しいところとか真面目なところとかを知っていると突き放せなくなっちゃうのよね。ずっと頼りない弟として見ていたみたい。ここまできたら改めてアルバン殿下と話し合おう。私たちの婚約は王命だけど、私の事情をアルバン殿下は誤解したままだし)

 ジョゼフィーヌの中で貴族の義務は果たしべきものと考えていたので、王命に逆らってはいけないと思っていた。
 とにかくこのままアルバンと結婚するのなら、よりよい関係を目指すべきだ。アルバンがエステルをどうしても側室にしたいと望むのなら、いよいよお父様に泣きついて全面対決に持ち込むまで。

(よし! 覚悟ができたわ)

 つらつらと考えているうちにどうにか気持ちの整理ができた。

「シャレット公爵令嬢様。到着しました」
「わかったわ」

 従者の声に応じると馬車の扉が開いた。彼の手を借りて馬車を下りると、視察先の担当者たちがずらりと並んでいていっせいに頭を下げた。

「お越しくださりありがとうございます。あの……殿下はいらっしゃらないのでしょうか?」

 責任者の中年の男性がジョゼフィーヌに挨拶をすると問いかけた。彼は土木担当になって十年のベテランらしい。
 馬車から降りてきたのがジョゼフィーヌ一人だけだったせいか、明らかに落胆が顔に浮かんでいる。手には分厚い資料を持っているので、工事を急ぐ重要性をアルバンに訴えるために準備したのだろう。
 ジョゼフィーヌは安心させるように笑みを浮かべた。

「アルバン殿下は急用ができてしまい遅れます。ですが必ず来ますのでご安心を。先に私が現場を見ますね」
「そうですか。ではご案内いたします」

 男性はホッとすると顔を明るくし、ジョゼフィーヌを先導しながら説明を始めた。

「今は補修を繰り返して維持していますが、雨季が来る前に本格的な改修工事をお願いしたいのです」

 橋の袂まで来ると橋を観察してみる。大きな川なので当然橋も長い。さらに幅も広く馬車がすれ違える大きさだ。人だけでなく大きな荷を積んだ馬車が何台も橋を渡っている。

「荷馬車が多いですね」
「はい。地元の人間もですが、橋の向こうに大きな商家がいくつもあるので荷馬車が多く通ります。橋への負荷が大きいので耐久性を考えると一刻も早く着手したいのです。もしも事故でも起きたらと心配しています」

 不安げにするのも当然だ。荷馬車が通ると激しい振動とともに大きく軋む音がする。
 荷馬車の列が通り過ぎ人の往来も途切れたので、間近で観察しようと橋の上に移動した。歩くたびにギシギシと異音がする。普通の木の軋みではなく、嫌な感じの音。

 橋を見れば補修している形跡がたくさんあった。しかも部分的に木が腐っていそうなところもある。この様子だと修繕費の予算すら削られている可能性もありそうだ。ジョゼフィーヌは恐る恐る川底を見下ろした。かなりの高さがある。

「いつもこんなに水位があるのかしら?」
「いいえ。先日大雨が降ったせいで水位が上がりました。これでもだいぶ減ったほうなのです」
「そう」

 雨のせいと聞き、納得した。川は少し濁っているし、水の流れも速い。落ちたら大変だ。
 アルバンなら改修を急がせるように指示すると思うが、陛下や王妃様、というかジッド侯爵が妨害するかもしれない。先日の王妃様の口ぶりだとドレスの費用についてジッド侯爵が関わっていそうだった。予算の変更は本当にドレス代だけなのか、どうにもお金の流れが怪しく感じる。

 これはもうお父様に力添えを頼むべきか。ジョゼフィーヌのお父様はシャレット公爵当主なので大きな権力を持っている。政治に意見することができる立場だが、ジョゼフィーヌがアルバンの婚約者になってしまったのであえて口を出さないようにしていた。
 でもこれ以上改修を遅らせることは見過ごせない。人々の暮らしと安全を守るのが優先だ。やはりお父様に力になってもらおう。

「お嬢様。危ないのでそろそろ馬車にお戻りください。詳しい話は別の場所に移動してからにしてください」
「そうね」

 シャレット公爵家の護衛騎士が心配げに促した。ジョゼフィーヌは橋を戻ろうと歩き出した。するとさっきより大きなギシギシという音が耳に入った。ジョゼフィーヌの足元の木の板がたわんだ瞬間、バリバリと音がしてジョゼフィーヌの体がのけ反る。

「え? え?」

 体が浮遊感を感じるや否や、バシャンと水音がして……ジョゼフィーヌは川の中にいた。足元が崩れ橋の上から川に落ちたのだ。

 水の流れにもまれて運よく体が浮いたもののすぐに流されていく。手を使ってもがくが抵抗になっていない。水を吸ったドレスは重く、せっかく顔が水面に出ていたのにどんどん沈んでいく。まるで川底から誰かが手を伸ばしジョゼフィーヌを引っ張っているように思えた。

「ゴボッッ! ゴブッ!」

 苦しい! 息ができない。濁った水なんか飲みたくなのに、勝手に口の中に入ってくる。しかも体が痛い。何かにぶつかったのだ。

(誰か助けて……お父様、お母様、リック……)

 どうすることもできないまま意識が朦朧としてきた。人生最大の危機! 神様は意地悪すぎる――。
 ジョゼフィーヌの意識はここで終わった。




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