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15.隠せていなかったらしい
客間を出るとまずは階段を上がり廊下を奥に進んだ。
リックが扉を開けるとその部屋は広く、中央に大きな執務机が置かれていた。壁側には本棚があり、ぎっしりと本が詰まっている。
「ここは私の執務室だよ」
(無駄なものがないって感じね)
地味なカーテンのせいで部屋が薄暗く感じるものの、綺麗な花が生けられている花瓶が雰囲気を明るくしてくれている。きっとジョアンヌの気遣いだろう。机の上に書類が散らばっているので、仕事を中断してジョゼフィーヌの様子を見に来てくれたのかもしれない。
「シンプルね」
「よくいえば、だろ? 公爵家にしては地味すぎるという自覚はあるよ」
「確かに地味だけど家具は素晴らしい物だわ」
「ああ、古いけれど代々大切に使われてきた物をそのまま使っているんだ。上の階は図書室になっている。ジョゼは本が好きだったからあとで行ってごらん。それじゃあ、一階に行こうか」
「はい」
図書室と聞いてうずうずした。どんな本が置いてあるのだろう。このあと見に行こうかな。
「他の部屋は?」
「掃除はさせているけど使っていないよ」
「そうなのね」
勿体ない。あ、でも執務室の近くの部屋はきっと主であるリックの私室で、その隣は伴侶のための部屋になるはずだ。リックは妻帯していないから空室……よね? 聞くに聞けないまま、二人は一階に移動した。
「ここが食堂だ。今日の夕食は一緒に摂ろう」
「やった! 一人で食べるのは寂しかったのよ」
食堂には大きく立派なダイニングテーブルがあるが、こちらも年代を感じさせる物だった。でもジョゼフィーヌはこのテーブルの雰囲気が好きだった。流行に左右されない落ち着いたデザインは格式高く感じる。
「さて案内は以上だ。私は仕事に戻るからジョゼはゆっくりしていて」
「もう、終わり?」
「見せられるほど使っていないんだよ」
こんなに大きなお屋敷なのに案内が少なすぎる。もっと見どころはたくさんあると思う。探検したら半日は楽しめそうなのに。でもリックには仕事があるのだから我儘は言えない。
「じゃあ、一人で探検してもいい?」
「まだ病み上がりだから駄目だと言いたいけれど、退屈で仕方がないって顔だな。見ても面白いものはないけどいっておいで」
「わーい。行ってきます!」
ジョゼフィーヌは意気揚々と歩き、扉を一つずつ開けて行った。
その結果――。
「本当に公爵家のお屋敷なの?」
大きな屋敷、たくさんの部屋、そこはまさに公爵家という感じ。いくつもの客間もあるし家具も相応しいものが置かれているけど、最低限を維持しているという印象だった。庭も木々は手入れされているが花壇には花がなく、土が整備されているだけだった。王弟が継いだ公爵家としてはあまりに質素で、これはどういうことなのかと首を傾げた。
きっと事情があるので詮索するのはよくないと思うものの、どうしても気になるのでジョゼフィーヌは夕食後のお茶のときにリックに訊いてみた。
「リック。お屋敷にお客様を招いたりしていないの?」
リックの美貌や立場を思えば彼と懇意になりたいと思う貴族は多いはず。パーティーをしたり、商談のお客様を泊めたりしそうなものだ。
それなのにジョゼフィーヌが使っている部屋以外の客間を使った形跡がないし、お客様をもてなすにはあまりにも屋敷の中が地味なのだ。それに使用人も少ない。ギリギリの人数で屋敷内を切り盛りしている。ジョゼフィーヌは居候の身なので、適度に放置されていて気が楽だけど、普通高位貴族の屋敷に行けば使用人が傍に控えているはずだ。
「ここに来たがる貴族はいないよ。それよりもジョゼは屋敷の中がみすぼらしくてがっかりした?」
あっけらかんと言い放つが、リックと親しくなりたい貴族がいないはずがない。そんな馬鹿なと思いながら首を横に振る。
「いいえ。がっかりなんてしないわ。どこも掃除は行き届いているし。ただ勿体なくて。この屋敷にある家具は華やかさはないけれどシックで私は好きよ。でもカーテンや絨毯を変えたり、ちょっとしたインテリアを置いたり……たとえば絵画とか飾ったら家具と調和が取れてもっと素敵になるのになあ」
ジョゼフィーヌは屋敷を探検しながら、この部屋の家具なら青系のカーテンにしてシンプルな花瓶を置きたいとか、この部屋には風景画が似合いそうなどと想像していた。それを伝えるとリックは口元を綻ばせた。
「じゃあ、商人を呼ぶからジョゼにインテリアを任せようかな」
「いいの?」
その提案に思わず胸が高鳴る。これってまるでこの屋敷の女主人みたいじゃない。リックの妻としての仕事を任せられるようで嬉しい。ちょっとくらい夢を見てもいいよね?
「もちろん。助かるよ」
「本当に私の好きにしていいの? あとで、その、困ることにならない?」
でも待って! 屋敷のインテリアは本来ならリックが仕切るか、リックの妻となる人がするべきことだ。ジョゼフィーヌの趣味で整えてしまったら、リックが結婚したときに妻となる女性が不愉快にならないと心配になった。
ところがリックは問題ないとニコリと頷いた。
「困らないよ。今のところ私に結婚の予定はないからね。それに本当なら四年前に私はジョゼからのプロポーズを受けて結婚していたはずだったろう? 予定が狂ってしまったけど今からでも修正すればいいと思わないかい?」
リックがとんでもない爆弾発言をした。
(修正ってなにを修正するの? できるの? ああ、それよりも私がプロポーズをしようとしていたことをなぜ知っているの? リックへの恋心は秘密にしてきたのに)
「ええーー! どうして私がプロポーズをしようとしていたこと、知っているの?」
「それはジョゼが昔からそれっぽいことを匂わせていたじゃないか」
リックが「そうだろう?」首を傾けた。するとシルバーグレイの髪がさらりと揺れる。ドキッとしたが、それどころではない。心当たりが浮かばず困惑していると、ジョゼフィーヌを見つめるリックの瞳が茶目っ気を滲ませてウインクをした。
(えっと、匂わせていないし、むしろ隠せていたと思っていたのだけど……)
リックが扉を開けるとその部屋は広く、中央に大きな執務机が置かれていた。壁側には本棚があり、ぎっしりと本が詰まっている。
「ここは私の執務室だよ」
(無駄なものがないって感じね)
地味なカーテンのせいで部屋が薄暗く感じるものの、綺麗な花が生けられている花瓶が雰囲気を明るくしてくれている。きっとジョアンヌの気遣いだろう。机の上に書類が散らばっているので、仕事を中断してジョゼフィーヌの様子を見に来てくれたのかもしれない。
「シンプルね」
「よくいえば、だろ? 公爵家にしては地味すぎるという自覚はあるよ」
「確かに地味だけど家具は素晴らしい物だわ」
「ああ、古いけれど代々大切に使われてきた物をそのまま使っているんだ。上の階は図書室になっている。ジョゼは本が好きだったからあとで行ってごらん。それじゃあ、一階に行こうか」
「はい」
図書室と聞いてうずうずした。どんな本が置いてあるのだろう。このあと見に行こうかな。
「他の部屋は?」
「掃除はさせているけど使っていないよ」
「そうなのね」
勿体ない。あ、でも執務室の近くの部屋はきっと主であるリックの私室で、その隣は伴侶のための部屋になるはずだ。リックは妻帯していないから空室……よね? 聞くに聞けないまま、二人は一階に移動した。
「ここが食堂だ。今日の夕食は一緒に摂ろう」
「やった! 一人で食べるのは寂しかったのよ」
食堂には大きく立派なダイニングテーブルがあるが、こちらも年代を感じさせる物だった。でもジョゼフィーヌはこのテーブルの雰囲気が好きだった。流行に左右されない落ち着いたデザインは格式高く感じる。
「さて案内は以上だ。私は仕事に戻るからジョゼはゆっくりしていて」
「もう、終わり?」
「見せられるほど使っていないんだよ」
こんなに大きなお屋敷なのに案内が少なすぎる。もっと見どころはたくさんあると思う。探検したら半日は楽しめそうなのに。でもリックには仕事があるのだから我儘は言えない。
「じゃあ、一人で探検してもいい?」
「まだ病み上がりだから駄目だと言いたいけれど、退屈で仕方がないって顔だな。見ても面白いものはないけどいっておいで」
「わーい。行ってきます!」
ジョゼフィーヌは意気揚々と歩き、扉を一つずつ開けて行った。
その結果――。
「本当に公爵家のお屋敷なの?」
大きな屋敷、たくさんの部屋、そこはまさに公爵家という感じ。いくつもの客間もあるし家具も相応しいものが置かれているけど、最低限を維持しているという印象だった。庭も木々は手入れされているが花壇には花がなく、土が整備されているだけだった。王弟が継いだ公爵家としてはあまりに質素で、これはどういうことなのかと首を傾げた。
きっと事情があるので詮索するのはよくないと思うものの、どうしても気になるのでジョゼフィーヌは夕食後のお茶のときにリックに訊いてみた。
「リック。お屋敷にお客様を招いたりしていないの?」
リックの美貌や立場を思えば彼と懇意になりたいと思う貴族は多いはず。パーティーをしたり、商談のお客様を泊めたりしそうなものだ。
それなのにジョゼフィーヌが使っている部屋以外の客間を使った形跡がないし、お客様をもてなすにはあまりにも屋敷の中が地味なのだ。それに使用人も少ない。ギリギリの人数で屋敷内を切り盛りしている。ジョゼフィーヌは居候の身なので、適度に放置されていて気が楽だけど、普通高位貴族の屋敷に行けば使用人が傍に控えているはずだ。
「ここに来たがる貴族はいないよ。それよりもジョゼは屋敷の中がみすぼらしくてがっかりした?」
あっけらかんと言い放つが、リックと親しくなりたい貴族がいないはずがない。そんな馬鹿なと思いながら首を横に振る。
「いいえ。がっかりなんてしないわ。どこも掃除は行き届いているし。ただ勿体なくて。この屋敷にある家具は華やかさはないけれどシックで私は好きよ。でもカーテンや絨毯を変えたり、ちょっとしたインテリアを置いたり……たとえば絵画とか飾ったら家具と調和が取れてもっと素敵になるのになあ」
ジョゼフィーヌは屋敷を探検しながら、この部屋の家具なら青系のカーテンにしてシンプルな花瓶を置きたいとか、この部屋には風景画が似合いそうなどと想像していた。それを伝えるとリックは口元を綻ばせた。
「じゃあ、商人を呼ぶからジョゼにインテリアを任せようかな」
「いいの?」
その提案に思わず胸が高鳴る。これってまるでこの屋敷の女主人みたいじゃない。リックの妻としての仕事を任せられるようで嬉しい。ちょっとくらい夢を見てもいいよね?
「もちろん。助かるよ」
「本当に私の好きにしていいの? あとで、その、困ることにならない?」
でも待って! 屋敷のインテリアは本来ならリックが仕切るか、リックの妻となる人がするべきことだ。ジョゼフィーヌの趣味で整えてしまったら、リックが結婚したときに妻となる女性が不愉快にならないと心配になった。
ところがリックは問題ないとニコリと頷いた。
「困らないよ。今のところ私に結婚の予定はないからね。それに本当なら四年前に私はジョゼからのプロポーズを受けて結婚していたはずだったろう? 予定が狂ってしまったけど今からでも修正すればいいと思わないかい?」
リックがとんでもない爆弾発言をした。
(修正ってなにを修正するの? できるの? ああ、それよりも私がプロポーズをしようとしていたことをなぜ知っているの? リックへの恋心は秘密にしてきたのに)
「ええーー! どうして私がプロポーズをしようとしていたこと、知っているの?」
「それはジョゼが昔からそれっぽいことを匂わせていたじゃないか」
リックが「そうだろう?」首を傾けた。するとシルバーグレイの髪がさらりと揺れる。ドキッとしたが、それどころではない。心当たりが浮かばず困惑していると、ジョゼフィーヌを見つめるリックの瞳が茶目っ気を滲ませてウインクをした。
(えっと、匂わせていないし、むしろ隠せていたと思っていたのだけど……)
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