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16.新事実発覚
ジョゼフィーヌに匂わせた心当たりはない。それならリックの勘が鋭かっただけではないのか。
「えっと、たとえば、どんな風に?」
「ジョゼのデビュタントの一年前に、ジョゼが私にどんな懐中時計が好きかとカタログを見せて来ただろう。そのとき私が注意したのを覚えているかい? 私の国では未婚の女性が男性に懐中時計を贈るのはプロポーズになる。だから軽い気持ちで贈っては誤解されるから駄目だと教えたら、『知っているもん! だから聞いたの!』とむきになって返事をしていた。私が誰に贈るつもりだい? と聞いたら『内緒よ』と言いながらもまっすぐに私を見つめて目を潤ませるから、もしかして私のことを想ってくれているのかもと気付いたんだ」
ぎゃーー! そういえば言った! 確かに。改めて聞くと意味ありげだった。
我が国では女性から男性にプロポーズをすることははしたないとされるけれど、リックの国では逆プロポーズが流行っていると聞いてあのときは大喜びをしたのだった。
女性は「あなたの時間(人生)を一緒に歩みたい」という意味を込めて懐中時計を贈る。贈る時計は一生愛用してほしいので、リックの好みのものにしたくてさりげなく聞いた……つもりだったけど、さりげなくなかった。
しかも私がリック以外の男性に贈ると誤解されていると思って全力で否定しちゃったのだ。迂闊すぎる。
リックはそれ以上追及しなかったから大丈夫だと思っていたけど、バレていたらしい。あのあとリックの好みの懐中時計と似たデザインの物を購入したけど渡すことはできなかった。アルバンとの婚約が決まってクローゼットの奥の奥に泣きながらしまったのだ。ああ、悲しい記憶が蘇る。
リックは優しく目を細めると懐かしそうな表情になる。
「それをきっかけに昔のことを思い出して、あれもそうだったのかと思うことがいくつかあった。ジョゼが小さい頃に『しゅくじょになるおべんきょう、むずかしいから、リックがおうじさまやめてきて』って泣きべそをかいて頼んできたことがあったのだが、当時はその意味がまったく理解できなかった。勉強が大変なのはわかるが、私が王子であることとどう関係あるのか首を傾げたよ。私たちが会えるのは多くて一年に一回だったろう? 好かれているとは感じていたけどそこまでとは思わなかった」
「……私、そんなこと言っていた?」
リックが口をあけて笑いながら頷いた。覚えていないけど、でも淑女教育が厳しくて嫌で嫌でしょうがない時期があった。リックが王子様じゃなければこんなに辛い思いをしなくていいのにと八つ当たり気味に思っていたかも。結局リックのお嫁さんになりたくて頑張って乗り越えたのよね。
「あとは……十歳のジョゼは帝王学の本を熱心に読んでいたよね。公爵令嬢が帝王学書を読み込むのだからてっきりアルバン王子の婚約者を目指しているのかと思って聞いたら、『違うの!』って大泣きした。あのときは宥めるのに苦労したのだったな」
「……申し訳ない。……それも覚えていないわ」
「なぜ帝王学を学んでいたのか不思議だったよ」
「万全の準備をしていたのよ」
淑女教育が順調にこなせるようになったから、帝王学も頭に入れとこうと思って読んでいた。我ながらものすごく勤勉だった。
(それにしても自分の都合の悪い記憶、忘れすぎじゃない? いやいや、まだ子供だったから仕方ないわよね? そうよね?)
「それでも兄のような存在として好いてくれている可能性もあると半信半疑ではあった」
「むっ! 私はリックを一度も兄なんて思ったことないわ。リックこそ私を妹だと思っていたでしょう?」
「まあ、そうかな。六歳も年下の女の子を最初から恋愛対象には思えなかったよ」
やっぱり。リックの「ジョゼは可愛い」と言うときの雰囲気が小動物を愛でるものに似ている気がしていたのは、当たりだったようだ。
「でも……今は違う?」
「ああ、会うたびに綺麗になっていくジョゼに目が離せなくなっていった。だけど容姿に惹かれたというよりも、私を見つめる真っすぐな、挑むような目に引き付けられたよ」
社交界デビューするまでは告白しても子ども扱いされちゃうから、それまでは目力で思いを伝えようとリックをじっと見つめていた。お兄様には「肉食獣の目をリックに向けるな」と揶揄われたけど、無駄じゃなかった。嬉しい。
「それなのにまさかアルバン殿下にジョゼを奪われるとは思っていなくて油断したな」
その口ぶりだとリックはジョゼフィーヌの想いに応える気持ちがあったみたいだ。でもそのときはまだリックは婚約解消していなかった。それどころかジョゼフィーヌに婚約者がいることを内緒にしていた。
「待って! リックはどうして婚約者がいることを教えてくれなかったの?」
「えっ、知らなかったのか?」
「知らなかったわ!」
リックが目を見開いて驚いている。その様子から意図的に隠していたわけじゃないと察せられたのは救いだが、それでも叫ばずにはいられない。真実を知ったときの衝撃と絶望、そして悲しみ。
どんなに好きでも、どんなに努力しても、婚約者がいるのなら叶わない恋でしかない。好きが大好きになって深まる前に、好きになってはいけない人だと教えてほしかった。そうすれば諦める心の準備ができたはずなのに。傷心の最中、意に沿わない婚約が決まるし、ジョゼフィーヌは踏んだり蹴ったりだった。
「そうか……そうなのか。私はジョゼが私の事情を知った上で、婚約解消するのを待っていてくれているのだと思っていた。本当にマルセルはジョゼに伝えていなかったのか?」
マルセルとはジョゼフィーヌのお父様のことだ。リックは元王子様でお父様より身分が高かったので、お父様のことを名前で呼んでいた。
「お父様にリックにプロポーズをしたいと相談したら、そのときになってリックに婚約者がいると教えてくれたのよ」
リックは頭に手を置くと天を仰いだ。
「マルセル……それは……いくら何でもそれは酷い……。ああ、でも私の婚約はもっと早く解消できると思っていたから言わなかったのかもしれない」
リックの婚約には事情があったようだが、その事情をお父様はジョゼフィーヌに黙っていたのだ。という新事実が発覚した!
(お父様! 帰ったらこのこと、追及してやるんだから)
「リックは最初から婚約を解消するつもりだったの? 一体どうして?」
「それは――――」
「えっと、たとえば、どんな風に?」
「ジョゼのデビュタントの一年前に、ジョゼが私にどんな懐中時計が好きかとカタログを見せて来ただろう。そのとき私が注意したのを覚えているかい? 私の国では未婚の女性が男性に懐中時計を贈るのはプロポーズになる。だから軽い気持ちで贈っては誤解されるから駄目だと教えたら、『知っているもん! だから聞いたの!』とむきになって返事をしていた。私が誰に贈るつもりだい? と聞いたら『内緒よ』と言いながらもまっすぐに私を見つめて目を潤ませるから、もしかして私のことを想ってくれているのかもと気付いたんだ」
ぎゃーー! そういえば言った! 確かに。改めて聞くと意味ありげだった。
我が国では女性から男性にプロポーズをすることははしたないとされるけれど、リックの国では逆プロポーズが流行っていると聞いてあのときは大喜びをしたのだった。
女性は「あなたの時間(人生)を一緒に歩みたい」という意味を込めて懐中時計を贈る。贈る時計は一生愛用してほしいので、リックの好みのものにしたくてさりげなく聞いた……つもりだったけど、さりげなくなかった。
しかも私がリック以外の男性に贈ると誤解されていると思って全力で否定しちゃったのだ。迂闊すぎる。
リックはそれ以上追及しなかったから大丈夫だと思っていたけど、バレていたらしい。あのあとリックの好みの懐中時計と似たデザインの物を購入したけど渡すことはできなかった。アルバンとの婚約が決まってクローゼットの奥の奥に泣きながらしまったのだ。ああ、悲しい記憶が蘇る。
リックは優しく目を細めると懐かしそうな表情になる。
「それをきっかけに昔のことを思い出して、あれもそうだったのかと思うことがいくつかあった。ジョゼが小さい頃に『しゅくじょになるおべんきょう、むずかしいから、リックがおうじさまやめてきて』って泣きべそをかいて頼んできたことがあったのだが、当時はその意味がまったく理解できなかった。勉強が大変なのはわかるが、私が王子であることとどう関係あるのか首を傾げたよ。私たちが会えるのは多くて一年に一回だったろう? 好かれているとは感じていたけどそこまでとは思わなかった」
「……私、そんなこと言っていた?」
リックが口をあけて笑いながら頷いた。覚えていないけど、でも淑女教育が厳しくて嫌で嫌でしょうがない時期があった。リックが王子様じゃなければこんなに辛い思いをしなくていいのにと八つ当たり気味に思っていたかも。結局リックのお嫁さんになりたくて頑張って乗り越えたのよね。
「あとは……十歳のジョゼは帝王学の本を熱心に読んでいたよね。公爵令嬢が帝王学書を読み込むのだからてっきりアルバン王子の婚約者を目指しているのかと思って聞いたら、『違うの!』って大泣きした。あのときは宥めるのに苦労したのだったな」
「……申し訳ない。……それも覚えていないわ」
「なぜ帝王学を学んでいたのか不思議だったよ」
「万全の準備をしていたのよ」
淑女教育が順調にこなせるようになったから、帝王学も頭に入れとこうと思って読んでいた。我ながらものすごく勤勉だった。
(それにしても自分の都合の悪い記憶、忘れすぎじゃない? いやいや、まだ子供だったから仕方ないわよね? そうよね?)
「それでも兄のような存在として好いてくれている可能性もあると半信半疑ではあった」
「むっ! 私はリックを一度も兄なんて思ったことないわ。リックこそ私を妹だと思っていたでしょう?」
「まあ、そうかな。六歳も年下の女の子を最初から恋愛対象には思えなかったよ」
やっぱり。リックの「ジョゼは可愛い」と言うときの雰囲気が小動物を愛でるものに似ている気がしていたのは、当たりだったようだ。
「でも……今は違う?」
「ああ、会うたびに綺麗になっていくジョゼに目が離せなくなっていった。だけど容姿に惹かれたというよりも、私を見つめる真っすぐな、挑むような目に引き付けられたよ」
社交界デビューするまでは告白しても子ども扱いされちゃうから、それまでは目力で思いを伝えようとリックをじっと見つめていた。お兄様には「肉食獣の目をリックに向けるな」と揶揄われたけど、無駄じゃなかった。嬉しい。
「それなのにまさかアルバン殿下にジョゼを奪われるとは思っていなくて油断したな」
その口ぶりだとリックはジョゼフィーヌの想いに応える気持ちがあったみたいだ。でもそのときはまだリックは婚約解消していなかった。それどころかジョゼフィーヌに婚約者がいることを内緒にしていた。
「待って! リックはどうして婚約者がいることを教えてくれなかったの?」
「えっ、知らなかったのか?」
「知らなかったわ!」
リックが目を見開いて驚いている。その様子から意図的に隠していたわけじゃないと察せられたのは救いだが、それでも叫ばずにはいられない。真実を知ったときの衝撃と絶望、そして悲しみ。
どんなに好きでも、どんなに努力しても、婚約者がいるのなら叶わない恋でしかない。好きが大好きになって深まる前に、好きになってはいけない人だと教えてほしかった。そうすれば諦める心の準備ができたはずなのに。傷心の最中、意に沿わない婚約が決まるし、ジョゼフィーヌは踏んだり蹴ったりだった。
「そうか……そうなのか。私はジョゼが私の事情を知った上で、婚約解消するのを待っていてくれているのだと思っていた。本当にマルセルはジョゼに伝えていなかったのか?」
マルセルとはジョゼフィーヌのお父様のことだ。リックは元王子様でお父様より身分が高かったので、お父様のことを名前で呼んでいた。
「お父様にリックにプロポーズをしたいと相談したら、そのときになってリックに婚約者がいると教えてくれたのよ」
リックは頭に手を置くと天を仰いだ。
「マルセル……それは……いくら何でもそれは酷い……。ああ、でも私の婚約はもっと早く解消できると思っていたから言わなかったのかもしれない」
リックの婚約には事情があったようだが、その事情をお父様はジョゼフィーヌに黙っていたのだ。という新事実が発覚した!
(お父様! 帰ったらこのこと、追及してやるんだから)
「リックは最初から婚約を解消するつもりだったの? 一体どうして?」
「それは――――」
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