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17.リックの事情
ジョゼフィーヌはリックとの話が終わると客間に戻った。
湯浴みを済ますとベッドの中で天井を見上げていた。別に天井を眺めているわけではない。思考の海に潜り込んでいるので目線はぼんやりとしている。さっきリックから聞いた話を頭の中で整理していた。
「どこも王家は色々あるのね……」
リックの婚約は恋愛から結ばれたものではなく、政治的な理由で決まったものだった。
リックの国では大きな力を持つ二大公爵家があり、その一つの公爵家の娘が当時王太子だったリックのお兄様と婚約した。権力のバランスを取るためにもう一つの公爵家の娘はリックと婚約した。
隣国では第二王子までは臣籍に下らず、王族のまま王を支えるのが慣例となっている。王に何かあったときに王妃だけでは対応しきれないことがあるのでそのサポートを担う存在なのだ。当然第二王子であるリックの伴侶は王族になる。リックの婚約者だった女性は王族になりたがっていた。
「私のことは王族になるための道具としか思っていない人だった。彼女は兄の婚約者になりたかったが、叶わなかった。仕方ないから私で我慢すると言われたよ。彼女が本当に欲しかったのは王妃の椅子だった」
そう話すリックの表情に既視感を覚えた。あれはアルバンがエステルを側室にしたいと言い出したときの表情とよく似ていた。
『ジョゼフィーヌは王子の婚約者になりたかったのだろう? 私を好きだからではなく、王子と結婚することが望みだった。それは叶うのだから問題ないはずだ』
アルバンの見せた暗く淀んだような瞳とリックの瞳が重なって見えたのだ。
ジョゼフィーヌは自分に置き換えて考えてみた。確かにすごく嫌。公爵令嬢だから婚約したい。身分が大切でジョゼフィーヌ自体に興味はないと言われたら悲しい。
リックもきっと傷ついたはずだ。婚約者だった女性が許せない。そう腹を立てたが、アルバンにとってはジョゼフィーヌがそういう存在になっていたのだと気付いて落ち込んだ。完全に誤解なのだが。
まあ、それはひとまず置いておこう。
リックの婚約した女性の父親がかなりの野心家で、機会があればリックを王位につけたいと企んでいたらしい。諦めさせるために早い段階からリックは慣例を破り臣籍に下る用意をしていた。
バシュラール公爵家はもともと何代か前の王弟が興した家で、リックが入るに相応しい家柄だ。そのバシュラール公爵家に後継ぎがいないので、養子縁組をすることを内々に進めていた。その後、リックのお兄様に男児が生まれたのでそのタイミングでお兄様が王に即位した。次代の王太子になる男児が誕生したことにより、正式にバシュラール公爵と養子縁組をした。
バシュラール公爵領は広大でのどかな土地だが、王都から遠く貴族にとっては辺鄙な田舎扱いをされている。
王族になりたがっていた婚約者は、リックが王族でなくなれば絶対に婚約解消を望むと確信していたそうだ。実際に婚約解消を迫ったらしい。
(信じられない。リックのどこが不満なの? 王族じゃなくても魅力満載なのに!)
お父様もお母様もジョゼフィーヌがリックを好きなのをわかっていたから、リックが無事に婚約を解消したら正式に縁談を調えようとしていたらしい。
だけど婚約者の女性はリックの責任で婚約を解消したかったらしく、臣籍に下ると悪い評判を流した。『オードリック様は王子でなくなった途端に、羽目を外して領地で女性を囲い散財をして領民からは重税を搾り取っている』と。
リックは自分の名誉のために事実無根の噂を訂正しなければならない。その話し合いが長引いて婚約解消に時間がかかったそうだ。揉めたが最終的に双方合意の慰謝料なしで手打ちになった。だが一度流れてしまったリックの悪評は残ったままで、払拭できていない。わが国にも流れてしまっているのだ。すごく悔しい……。
ちなみにその公爵令嬢は王都に近い領地を持つ侯爵子息と結婚したそうだ。
(どうぞ、お幸せに! そして二度とリックにかかわらないでほしい!)
噂についてリックは「虫よけになるからありがたい」と笑っていて気にしていなかった。ジョゼフィーヌとしてはリックが誤解されたままなのは嫌なのだが、虫よけになっているのなら許してもいいのかも? いやいや、夜会でのモテている姿を思い出すと虫よけになっているのか疑問だ。
まあ、そういう事情を教えてもらった上で、ジョゼフィーヌは屋敷の改装を引き受けた。
そして領内のこと、リックのことを自分の目で見て、それでもリックを好きでいられるのか見極めてほしいと言われた。
(私、正式にリックに告白していないけど、している前提で話が進んでいるような……)
「その上でジョゼが私を選んでくれるのなら、ジョゼをもらうよ」
リックはにやりと口角を上げた。いつもの爽やかな笑みではなく、ちょっと黒い笑み……。
「でも私アルバン殿下と婚約しているのよ?」
「そこは、まあ、どうにかする。それにジョゼはアルバン殿下が側室を入れることを受け入れられるの?」
「それは絶対に無理だけど……」
「私はあの夜会で賓客がいるにもかかわらず、ジョゼに恥をかかせるような行動をしたアルバン殿下を許せないんだよ」
ジョゼフィーヌはリックが怒っているのを初めて見た。目が笑っていないのに微笑んでいる。その表情は大声で怒られるよりも怖い。
アルバンと婚約中だと思うとここにいることが浮気をしているみたいで後ろめたい気がするのに、インテリアを考えるのが楽しみでもあって、困ってしまうのだった。
湯浴みを済ますとベッドの中で天井を見上げていた。別に天井を眺めているわけではない。思考の海に潜り込んでいるので目線はぼんやりとしている。さっきリックから聞いた話を頭の中で整理していた。
「どこも王家は色々あるのね……」
リックの婚約は恋愛から結ばれたものではなく、政治的な理由で決まったものだった。
リックの国では大きな力を持つ二大公爵家があり、その一つの公爵家の娘が当時王太子だったリックのお兄様と婚約した。権力のバランスを取るためにもう一つの公爵家の娘はリックと婚約した。
隣国では第二王子までは臣籍に下らず、王族のまま王を支えるのが慣例となっている。王に何かあったときに王妃だけでは対応しきれないことがあるのでそのサポートを担う存在なのだ。当然第二王子であるリックの伴侶は王族になる。リックの婚約者だった女性は王族になりたがっていた。
「私のことは王族になるための道具としか思っていない人だった。彼女は兄の婚約者になりたかったが、叶わなかった。仕方ないから私で我慢すると言われたよ。彼女が本当に欲しかったのは王妃の椅子だった」
そう話すリックの表情に既視感を覚えた。あれはアルバンがエステルを側室にしたいと言い出したときの表情とよく似ていた。
『ジョゼフィーヌは王子の婚約者になりたかったのだろう? 私を好きだからではなく、王子と結婚することが望みだった。それは叶うのだから問題ないはずだ』
アルバンの見せた暗く淀んだような瞳とリックの瞳が重なって見えたのだ。
ジョゼフィーヌは自分に置き換えて考えてみた。確かにすごく嫌。公爵令嬢だから婚約したい。身分が大切でジョゼフィーヌ自体に興味はないと言われたら悲しい。
リックもきっと傷ついたはずだ。婚約者だった女性が許せない。そう腹を立てたが、アルバンにとってはジョゼフィーヌがそういう存在になっていたのだと気付いて落ち込んだ。完全に誤解なのだが。
まあ、それはひとまず置いておこう。
リックの婚約した女性の父親がかなりの野心家で、機会があればリックを王位につけたいと企んでいたらしい。諦めさせるために早い段階からリックは慣例を破り臣籍に下る用意をしていた。
バシュラール公爵家はもともと何代か前の王弟が興した家で、リックが入るに相応しい家柄だ。そのバシュラール公爵家に後継ぎがいないので、養子縁組をすることを内々に進めていた。その後、リックのお兄様に男児が生まれたのでそのタイミングでお兄様が王に即位した。次代の王太子になる男児が誕生したことにより、正式にバシュラール公爵と養子縁組をした。
バシュラール公爵領は広大でのどかな土地だが、王都から遠く貴族にとっては辺鄙な田舎扱いをされている。
王族になりたがっていた婚約者は、リックが王族でなくなれば絶対に婚約解消を望むと確信していたそうだ。実際に婚約解消を迫ったらしい。
(信じられない。リックのどこが不満なの? 王族じゃなくても魅力満載なのに!)
お父様もお母様もジョゼフィーヌがリックを好きなのをわかっていたから、リックが無事に婚約を解消したら正式に縁談を調えようとしていたらしい。
だけど婚約者の女性はリックの責任で婚約を解消したかったらしく、臣籍に下ると悪い評判を流した。『オードリック様は王子でなくなった途端に、羽目を外して領地で女性を囲い散財をして領民からは重税を搾り取っている』と。
リックは自分の名誉のために事実無根の噂を訂正しなければならない。その話し合いが長引いて婚約解消に時間がかかったそうだ。揉めたが最終的に双方合意の慰謝料なしで手打ちになった。だが一度流れてしまったリックの悪評は残ったままで、払拭できていない。わが国にも流れてしまっているのだ。すごく悔しい……。
ちなみにその公爵令嬢は王都に近い領地を持つ侯爵子息と結婚したそうだ。
(どうぞ、お幸せに! そして二度とリックにかかわらないでほしい!)
噂についてリックは「虫よけになるからありがたい」と笑っていて気にしていなかった。ジョゼフィーヌとしてはリックが誤解されたままなのは嫌なのだが、虫よけになっているのなら許してもいいのかも? いやいや、夜会でのモテている姿を思い出すと虫よけになっているのか疑問だ。
まあ、そういう事情を教えてもらった上で、ジョゼフィーヌは屋敷の改装を引き受けた。
そして領内のこと、リックのことを自分の目で見て、それでもリックを好きでいられるのか見極めてほしいと言われた。
(私、正式にリックに告白していないけど、している前提で話が進んでいるような……)
「その上でジョゼが私を選んでくれるのなら、ジョゼをもらうよ」
リックはにやりと口角を上げた。いつもの爽やかな笑みではなく、ちょっと黒い笑み……。
「でも私アルバン殿下と婚約しているのよ?」
「そこは、まあ、どうにかする。それにジョゼはアルバン殿下が側室を入れることを受け入れられるの?」
「それは絶対に無理だけど……」
「私はあの夜会で賓客がいるにもかかわらず、ジョゼに恥をかかせるような行動をしたアルバン殿下を許せないんだよ」
ジョゼフィーヌはリックが怒っているのを初めて見た。目が笑っていないのに微笑んでいる。その表情は大声で怒られるよりも怖い。
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