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18.張り切る
翌日にはリックが手配してくれた商人が入れ代わり立ち代わりやってきた。
まずは必要な物のカタログを用意してもらいそれをもとに吟味する。
ジョゼフィーヌは侍女のジョアンナと一緒にカタログを抱え、一部屋ずつカーテンや絨毯、そして必要な調度品を決めていった。
「客室は男性用と女性用にわけて――」
「応接室はどうしますか?」
「明るい色にしたいわね」
「書斎も――」
「絵画や花瓶、置物もあったほうがいいから美術商も呼んで――」
ジョゼフィーヌは取りかかってから、ちょっと安易に考えていたと反省した。手をつけ始めるとあれもこれもとやりたいことが増えていく。もっと素敵にしたいと思ってしまうのだ。想像していたよりも大事になり大変だった。
しかも部屋の数が多い。さすがに全部の部屋を整えることは無理なので、最低限必要そうな部屋に限定した。
「ねえ、ジョアンナ。リックがシャレット公爵を継いでからだいぶ経つわ。それなのに屋敷を自分好みに変えなかったのはどうしてなのかしら?」
ジョアンナは休憩をしましょうとジョゼフィーヌにお茶を淹れてくれている。ジョゼフィーヌとしては休憩はなしで取り組みたいのだが止められてしまった。
「一番は忙しかったからですね。あと変えなくても不便がなかったからだと思います。オードリック様は大雑把なところがおありです。先代の公爵様から引き継いで、修繕以外は手を入れなかったのです」
「なるほど~」
ジョゼフィーヌはジョアンナの淹れてくれたお茶を飲みながら、リックと過ごした日々を思い出していた。
リックは常に隙がなく模範的な王子様として振舞っていた。それは当然のことだが、でもジョゼフィーヌを遊んでいるときは違った。
ジョゼフィーヌの飛ばされた帽子を取るために木に登ったときに、ズボンをひっかけて破いても「あはは」と笑ってそのままにして穴の開いたまますごしていた。普通の王子様ならすぐに着替えると思う。
あとはこっちのほうが近道だからと窓から部屋に出入りしていたこともあった。ジョゼフィーヌは驚いて目を丸くしたものだった。
「先代の公爵様は華美を好む方ではなかったのね」
豊かさを誇示するために数年おきに流行の家具に総取り換えする貴族もいるが、ジョゼフィーヌは物を大切に使い続ける方が好きだ。だからここにある家具を残して部屋を整えていきたい。
「先代の公爵様は早くに奥様を亡くされたのですが、再婚をなさらなかったので屋敷のことは執事が体裁を維持できる範囲で管理していたそうです。王都の貴族はここを田舎扱いしますから、訪ねてくる人も少なくて困らなかったのでしょう」
だからちょっと武骨な雰囲気なのかもしれない。
ジョゼフィーヌは夕食のときにリックに進捗を報告がてら、彼の好みを訊ねた。リックはグレイの瞳を眇めながら思案するも返事はあっさりとしていた。
「特にないなあ? ジョゼの好きにしていいよ」
「どうしてもこの色は嫌とかないの?」
「どんな色でも大丈夫だよ。死ぬわけじゃないし」
「そうだけど……」
あまりにも要望がなさすぎて、ちょっと呆れた。
ジョゼフィーヌのお兄様はこだわり派で、机の上の物の位置まで決めている。本棚の本の並び順が一冊でも違うとすぐに気づいて直すほど。羽ペンを借りて、戻す位置を間違えたら怒られたことがある。あれは正直神経質すぎてげんなりするが、リックは気にしなさすぎるように感じた。
ジョゼフィーヌの惑い顔にリックは苦笑いをした。
「私の父はこだわりが強い人でね。たとえばこの食事にこの皿では味が不味くなると下げさせる。皿を変えるだけでは許さず食事を作り直させるんだ。私はその父の行動が嫌いだった。まあ、そういったことが多くて、なまじ王だから我慢しないし、窘めることもできなくて母や側近は苦労していたよ。それでも王としての仕事は真面目にしていたからいいけれど、あれでは周囲の人間は休まらない。だから兄と私は細かいことにこだわらなくなったかな」
「それは……大変そうね」
権力者がこだわりの強い人だと、確かに困る。リックのいい意味での適当なところは反面教師からくるものらしい。もしもどちらがいいかと問われれば、ジョゼフィーヌは間違いなくこだわらない人がいい。
「ジョゼはどんな風にしてくれるのかな。楽しみだ」
「プレッシャーをかけないで。でもオーダーメイドができないのは残念だわ」
期待を込めた顔を向けられると、むくむくとやる気が湧いてくる。喜ばせてみせるわよ!
本来ならカーテンなどはオーダーメイドで用意するが、今回は時間がないので既製品で対応するとリックに伝えてある。たぶんバシュラール公爵の依頼だからと強く要望すれば注文することは可能だ。でもリックはそうすることを望まないと思ったのだ。
ジョゼフィーヌは昨日リックにここでの滞在期間を相談した。
いつまでも現実から目を背けて逃げているわけにもいかない。必ずいるべき場所に戻る日が来る。ジョゼフィーヌは自分の望まない現実を受け入れる覚悟はできている。
アルバンの側室の話は絶対に嫌だけれど、ジッド侯爵がエステルの後見を引き受けた上で、王命を出されればお父様が反対しても断ることはできない。ジョゼフィーヌはシャレット公爵家の娘であり、また王国の忠実な臣下として受け入れるしかない。そのときにここで過ごした日々が、きっとジョゼフィーヌの心を慰めてくれるだろう。
ただ滞在期間が曖昧なままだと、ジョゼフィーヌの心がブレてしまう。だから相談したのだがリックは悩むことなくあっさりと「じゃあ、一か月間にしよう」と言った。
その答えにジョゼフィーヌはすぐに悟った。リックとお父様との間で最初から話はついているのだ。
(お父様が私に帰国を促さないのには、きっと理由がある)
そう、普通ならありえない。ジョゼフィーヌの体調が回復していなくてもシャレット公爵邸で療養すればいいだけだ。
それなのにジョゼフィーヌをリックに預けた。お父様はきっと思惑があってジョゼフィーヌを隠している。詳しい説明がまったくないのは不満だが、ジョゼフィーヌを心配させない親心と解釈することにした。
(それにしても父親公認とはいえ、独身男性の屋敷に長期滞在していることが公になったら間違いなく醜聞になるわね)
でも、まあ、そのときは……リックに責任を取ってもらおう。
まずは必要な物のカタログを用意してもらいそれをもとに吟味する。
ジョゼフィーヌは侍女のジョアンナと一緒にカタログを抱え、一部屋ずつカーテンや絨毯、そして必要な調度品を決めていった。
「客室は男性用と女性用にわけて――」
「応接室はどうしますか?」
「明るい色にしたいわね」
「書斎も――」
「絵画や花瓶、置物もあったほうがいいから美術商も呼んで――」
ジョゼフィーヌは取りかかってから、ちょっと安易に考えていたと反省した。手をつけ始めるとあれもこれもとやりたいことが増えていく。もっと素敵にしたいと思ってしまうのだ。想像していたよりも大事になり大変だった。
しかも部屋の数が多い。さすがに全部の部屋を整えることは無理なので、最低限必要そうな部屋に限定した。
「ねえ、ジョアンナ。リックがシャレット公爵を継いでからだいぶ経つわ。それなのに屋敷を自分好みに変えなかったのはどうしてなのかしら?」
ジョアンナは休憩をしましょうとジョゼフィーヌにお茶を淹れてくれている。ジョゼフィーヌとしては休憩はなしで取り組みたいのだが止められてしまった。
「一番は忙しかったからですね。あと変えなくても不便がなかったからだと思います。オードリック様は大雑把なところがおありです。先代の公爵様から引き継いで、修繕以外は手を入れなかったのです」
「なるほど~」
ジョゼフィーヌはジョアンナの淹れてくれたお茶を飲みながら、リックと過ごした日々を思い出していた。
リックは常に隙がなく模範的な王子様として振舞っていた。それは当然のことだが、でもジョゼフィーヌを遊んでいるときは違った。
ジョゼフィーヌの飛ばされた帽子を取るために木に登ったときに、ズボンをひっかけて破いても「あはは」と笑ってそのままにして穴の開いたまますごしていた。普通の王子様ならすぐに着替えると思う。
あとはこっちのほうが近道だからと窓から部屋に出入りしていたこともあった。ジョゼフィーヌは驚いて目を丸くしたものだった。
「先代の公爵様は華美を好む方ではなかったのね」
豊かさを誇示するために数年おきに流行の家具に総取り換えする貴族もいるが、ジョゼフィーヌは物を大切に使い続ける方が好きだ。だからここにある家具を残して部屋を整えていきたい。
「先代の公爵様は早くに奥様を亡くされたのですが、再婚をなさらなかったので屋敷のことは執事が体裁を維持できる範囲で管理していたそうです。王都の貴族はここを田舎扱いしますから、訪ねてくる人も少なくて困らなかったのでしょう」
だからちょっと武骨な雰囲気なのかもしれない。
ジョゼフィーヌは夕食のときにリックに進捗を報告がてら、彼の好みを訊ねた。リックはグレイの瞳を眇めながら思案するも返事はあっさりとしていた。
「特にないなあ? ジョゼの好きにしていいよ」
「どうしてもこの色は嫌とかないの?」
「どんな色でも大丈夫だよ。死ぬわけじゃないし」
「そうだけど……」
あまりにも要望がなさすぎて、ちょっと呆れた。
ジョゼフィーヌのお兄様はこだわり派で、机の上の物の位置まで決めている。本棚の本の並び順が一冊でも違うとすぐに気づいて直すほど。羽ペンを借りて、戻す位置を間違えたら怒られたことがある。あれは正直神経質すぎてげんなりするが、リックは気にしなさすぎるように感じた。
ジョゼフィーヌの惑い顔にリックは苦笑いをした。
「私の父はこだわりが強い人でね。たとえばこの食事にこの皿では味が不味くなると下げさせる。皿を変えるだけでは許さず食事を作り直させるんだ。私はその父の行動が嫌いだった。まあ、そういったことが多くて、なまじ王だから我慢しないし、窘めることもできなくて母や側近は苦労していたよ。それでも王としての仕事は真面目にしていたからいいけれど、あれでは周囲の人間は休まらない。だから兄と私は細かいことにこだわらなくなったかな」
「それは……大変そうね」
権力者がこだわりの強い人だと、確かに困る。リックのいい意味での適当なところは反面教師からくるものらしい。もしもどちらがいいかと問われれば、ジョゼフィーヌは間違いなくこだわらない人がいい。
「ジョゼはどんな風にしてくれるのかな。楽しみだ」
「プレッシャーをかけないで。でもオーダーメイドができないのは残念だわ」
期待を込めた顔を向けられると、むくむくとやる気が湧いてくる。喜ばせてみせるわよ!
本来ならカーテンなどはオーダーメイドで用意するが、今回は時間がないので既製品で対応するとリックに伝えてある。たぶんバシュラール公爵の依頼だからと強く要望すれば注文することは可能だ。でもリックはそうすることを望まないと思ったのだ。
ジョゼフィーヌは昨日リックにここでの滞在期間を相談した。
いつまでも現実から目を背けて逃げているわけにもいかない。必ずいるべき場所に戻る日が来る。ジョゼフィーヌは自分の望まない現実を受け入れる覚悟はできている。
アルバンの側室の話は絶対に嫌だけれど、ジッド侯爵がエステルの後見を引き受けた上で、王命を出されればお父様が反対しても断ることはできない。ジョゼフィーヌはシャレット公爵家の娘であり、また王国の忠実な臣下として受け入れるしかない。そのときにここで過ごした日々が、きっとジョゼフィーヌの心を慰めてくれるだろう。
ただ滞在期間が曖昧なままだと、ジョゼフィーヌの心がブレてしまう。だから相談したのだがリックは悩むことなくあっさりと「じゃあ、一か月間にしよう」と言った。
その答えにジョゼフィーヌはすぐに悟った。リックとお父様との間で最初から話はついているのだ。
(お父様が私に帰国を促さないのには、きっと理由がある)
そう、普通ならありえない。ジョゼフィーヌの体調が回復していなくてもシャレット公爵邸で療養すればいいだけだ。
それなのにジョゼフィーヌをリックに預けた。お父様はきっと思惑があってジョゼフィーヌを隠している。詳しい説明がまったくないのは不満だが、ジョゼフィーヌを心配させない親心と解釈することにした。
(それにしても父親公認とはいえ、独身男性の屋敷に長期滞在していることが公になったら間違いなく醜聞になるわね)
でも、まあ、そのときは……リックに責任を取ってもらおう。
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