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21.リックの気持ち
リックは笑い止むと真面目な顔になった。
「怒っていないよ。ジョゼならそう言うと思っていたし」
「え?」
「ジョゼが私のいい加減な提案に乗るはずないだろう? 私たちは権力を持っている。でもそれは勝手な我を通すために与えられたものではないからね」
「もしかして私を試したの?」
ジョゼフィーヌは口を尖らせた。
「そうじゃない。確かめたんだ」
否定されても素直に頷けない。だって同じことよね?
「もう、いいわ」
ジョゼフィーヌはリックに恋をしてきたけれど、リックのことを何も知らないままだった。告白して結婚してハッピーエンドを夢見ていた。でも現実は無常で当時のリックには婚約者がいたし、バシュラール公爵領でどんなふうに暮らしているのかも知らなかった。
自領で過ごすリックは元王族とは思えないほど気さくに領民に声をかけていた。お店で買い物をするたびに「領主様。おまけしとくね!」と物をもらっていた。領民から慕われているのがわかる。その姿に改めて惹かれた。結局ジョゼフィーヌはリックのことを知っても知らなくても好きなのだ。
リックは頬杖をつくと目を優しく細めた。
「ジョゼ。ありがとう」
「それはお部屋のこと?」
「違う。昔、私に『しゅくじょになるおべんきょう、むずかしいから、リックがおうじさまやめてきて』と言ってくれたことだ。嬉しかったんだよ。王子じゃない私を必要だと言ってもらえているようで」
その発言については覚えていないのでお礼を言われると申し訳なくなる。リックは王子様であることが苦しかったのかもしれない。
「ジョゼが川に落ちて流された日、本当は攫ってしまおうかと思っていたよ。屈託なく笑う女の子だったジョゼが、夜会で憂鬱そうに何度も溜息を吐いているのを見ていられなかった」
自分ではそこまで深刻になっているつもりはなかったけれどリックにはそう見えてしまったようだ。イライラしていた自覚はあるが公爵令嬢が感情のままに振舞ってしまったのは大いに反省せねば。
「あの夜会の日だけよ。いつもは私ちゃんとしているのよ。それにリックが思うほど辛くないわ」
本当は辛かった。だけどジョゼフィーヌがアルバンの婚約者を辞めるときは、逃げ出してではなく堂々と婚約解消を勝ち取ったときだ。
国に帰るにあたってアルバンの側室を受け入れる覚悟はしたけれど、婚約解消の説得を完全に諦めたわけじゃない。アルバンと話をして納得してくれたら、お父様や宰相の力を借りて成し遂げられるかもしれない。もしダメでもリックと過ごした一か月が、ジョゼフィーヌの心を守ってくれるから大丈夫だと思える。
「そうか。ジョゼは強いな」
「そうよ。知らなかったの?」
ジョゼフィーヌが胸を張るとリックは少しだけ寂しそうに笑った。窓から差し込む月明りがリックのシルバーグレイの髪に反射して淡く発光している。ジョゼフィーヌはリックの姿を心に焼き付けた。
♢♢♢
翌朝、ジョゼフィーヌは日が昇る前から起きて支度をし、バシュラール公爵邸を出発した。
移動のための馬車は小さな物で家紋もなく、お忍びようだと察せられた。馬車の中にはふかふかのクッションとブランケットとお菓子とお茶の入った水筒が用意されている。まるでピクニックに行くみたいだ。リックは馬に乗って馬車の護衛をしてくれている。
一緒に乗ろうと誘ったが、婚約者のいる令嬢と密室で二人きりになるわけにはいかないと断られた。今さらですが、とは心の声。ジョゼフィーヌは話し相手もいないし、朝が早かったこともあって馬車の振動に身を委ねて目を閉じた――。
「ジョゼ、着いたよ」
「……はっ! 私ったら眠っちゃったのね」
バシュラール公爵邸から国境までは馬車で一日かかると聞いていた。時々休憩地点となる小さな屋敷に寄って食事をした。さらに馬車の中でおやつを食べてお茶を飲んだ。いわゆる食べて寝てのぐーたらを繰り返していたら、いつの間にか到着していたらしい。
リックの手を借りて馬車を降りると外は暗く月明りがあるだけだった。目の前には月明りに照らされた小さな屋敷が建っていた。
「怒っていないよ。ジョゼならそう言うと思っていたし」
「え?」
「ジョゼが私のいい加減な提案に乗るはずないだろう? 私たちは権力を持っている。でもそれは勝手な我を通すために与えられたものではないからね」
「もしかして私を試したの?」
ジョゼフィーヌは口を尖らせた。
「そうじゃない。確かめたんだ」
否定されても素直に頷けない。だって同じことよね?
「もう、いいわ」
ジョゼフィーヌはリックに恋をしてきたけれど、リックのことを何も知らないままだった。告白して結婚してハッピーエンドを夢見ていた。でも現実は無常で当時のリックには婚約者がいたし、バシュラール公爵領でどんなふうに暮らしているのかも知らなかった。
自領で過ごすリックは元王族とは思えないほど気さくに領民に声をかけていた。お店で買い物をするたびに「領主様。おまけしとくね!」と物をもらっていた。領民から慕われているのがわかる。その姿に改めて惹かれた。結局ジョゼフィーヌはリックのことを知っても知らなくても好きなのだ。
リックは頬杖をつくと目を優しく細めた。
「ジョゼ。ありがとう」
「それはお部屋のこと?」
「違う。昔、私に『しゅくじょになるおべんきょう、むずかしいから、リックがおうじさまやめてきて』と言ってくれたことだ。嬉しかったんだよ。王子じゃない私を必要だと言ってもらえているようで」
その発言については覚えていないのでお礼を言われると申し訳なくなる。リックは王子様であることが苦しかったのかもしれない。
「ジョゼが川に落ちて流された日、本当は攫ってしまおうかと思っていたよ。屈託なく笑う女の子だったジョゼが、夜会で憂鬱そうに何度も溜息を吐いているのを見ていられなかった」
自分ではそこまで深刻になっているつもりはなかったけれどリックにはそう見えてしまったようだ。イライラしていた自覚はあるが公爵令嬢が感情のままに振舞ってしまったのは大いに反省せねば。
「あの夜会の日だけよ。いつもは私ちゃんとしているのよ。それにリックが思うほど辛くないわ」
本当は辛かった。だけどジョゼフィーヌがアルバンの婚約者を辞めるときは、逃げ出してではなく堂々と婚約解消を勝ち取ったときだ。
国に帰るにあたってアルバンの側室を受け入れる覚悟はしたけれど、婚約解消の説得を完全に諦めたわけじゃない。アルバンと話をして納得してくれたら、お父様や宰相の力を借りて成し遂げられるかもしれない。もしダメでもリックと過ごした一か月が、ジョゼフィーヌの心を守ってくれるから大丈夫だと思える。
「そうか。ジョゼは強いな」
「そうよ。知らなかったの?」
ジョゼフィーヌが胸を張るとリックは少しだけ寂しそうに笑った。窓から差し込む月明りがリックのシルバーグレイの髪に反射して淡く発光している。ジョゼフィーヌはリックの姿を心に焼き付けた。
♢♢♢
翌朝、ジョゼフィーヌは日が昇る前から起きて支度をし、バシュラール公爵邸を出発した。
移動のための馬車は小さな物で家紋もなく、お忍びようだと察せられた。馬車の中にはふかふかのクッションとブランケットとお菓子とお茶の入った水筒が用意されている。まるでピクニックに行くみたいだ。リックは馬に乗って馬車の護衛をしてくれている。
一緒に乗ろうと誘ったが、婚約者のいる令嬢と密室で二人きりになるわけにはいかないと断られた。今さらですが、とは心の声。ジョゼフィーヌは話し相手もいないし、朝が早かったこともあって馬車の振動に身を委ねて目を閉じた――。
「ジョゼ、着いたよ」
「……はっ! 私ったら眠っちゃったのね」
バシュラール公爵邸から国境までは馬車で一日かかると聞いていた。時々休憩地点となる小さな屋敷に寄って食事をした。さらに馬車の中でおやつを食べてお茶を飲んだ。いわゆる食べて寝てのぐーたらを繰り返していたら、いつの間にか到着していたらしい。
リックの手を借りて馬車を降りると外は暗く月明りがあるだけだった。目の前には月明りに照らされた小さな屋敷が建っていた。
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