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14.敵が来ても味方がいます

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 雲一つない青空が広がる日にヒルデカルトと顔を合わせた。隣にはエーレルト王国からの客人イルメラ・ビュルス公爵令嬢が立っている。こんな日はジークと二人でピクニックにでも行きたかった。

「初めまして。アンネリーゼさん。私はヒルデカルトよ。もうじきジークハルトとの結婚式ね。何事もなければ」

「初めまして。ヒルデカルト様。アンネリーゼと申します。ええ、ですが何事も起こるはずがありません。私はジークと必ず結婚しますから」

 アンネリーゼは今回に限り全く嘘がつけなかった。「お会いしたかった」「お会いできて嬉しいです」声にしたら口が裂けるかもしれない。「よろしくお願いします」はあり得ない。よろしくしたくない。初っ端からヒルデカルトも失礼だ。まるでジークハルトとアンネリーゼが破談になるとでも言いたげだ。二人の視線の間にはバチバチと何かがぶつかり合う。

 ヒルデカルトを見て感じたのはただ年齢を重ねただけという印象だ。モニカのおばあ様アガーテのように積み重ねた気品を感じない。領地で軟禁といっても至って元気そうだ。この人が幼いジークハルトから喜びや笑顔などの心を奪った。睨みそうになるのを何とか誤魔化す。アンネリーゼの頭の中はすでに臨戦態勢だ。(私ってこんなに好戦的だったかしら?)

「初めまして。ビュルス公爵令嬢。アンネリーゼと申します。よろしくお願いします」

「ジークハルト様。よろしくお願いします。私のことはイルメラとお呼びくださいませ」

 イルメラはアンネリーゼを無視した。最初からジークハルトしか見ていないのでこうなる予感はしていた。これくらいで動揺はしない。それにしても失礼な人だ。

「ビュルス公爵令嬢。お疲れでしょう? どうぞお寛ぎ下さい」

 ジークハルトは無表情のままだ。気易い仲ではないのだから名前を呼ばないという意思表示にイルメラはムッと口を歪ませた。きっと屈辱を感じているのだろう。ふん!

 それでも気を取り直したようにジークハルトに向かってスッと手を差し出す。ジークハルトにエスコートを求めたのだ。それを見て彼女の腕をへし折りたいと思いながらアンネリーゼはニコリと微笑むと後ろを向き合図を送る。すると綺麗な顔の男性が前に出て来た。中性的だが男性の色気を漂わせた美しい顔の男。柔和な笑みを浮かべ恭しくイルメラの前に出る。

「初めましてイルメラ嬢。私はジークハルトの親友、ヘルモント侯爵家嫡男ローレンツと申します。どうか私に美しい女神のエスコートをする栄誉を頂けませんか?」

「まあ、女神なんて……。いいわ。エスコートを許します」

 イルメラはまんざらでもないようで満足そうに頷きローレンツに手を預ける。
 その様子にヒルデカルトは顔を歪めたがすぐに表情を消し部屋に向かう。ローレンツはジークハルトとアンネリーゼにウインクをするとイルメラを客室に送っていった。

 アンネリーゼはジークハルトの手を握り彼の顔を覗いた。珍しく緊張していたようでどこか表情が硬い。安心させたくて「大丈夫」と勇気づけるようにつないだ手を握りしめる。その手をジークハルトは口元に持ち上げ触れるか触れないかの位置で囁いた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 そのままジークハルトの部屋に向かう。二人は屋敷に着いたばかりなので晩餐までゆっくりしてもらう。ヒルデカルトの部屋には見張りの騎士が付いている。イルメラの相手はローレンツに頼んであるので大丈夫だろう。

「リーゼはいつの間にローレンツとそんなに仲良くなったんだい?」

 ジークハルトの声は低く棘がある。アンネリーゼは肩を竦めた。

「仲がいいというか、ジークを守るために手を貸して欲しいと言ったら嬉々として来てくれたのよ。だから仲がいいのはジークの方よ。変な誤解はしないでね」

 ローレンツは第二王子殿下の側近でありジークハルトの友人だ。親友といってもいい。
 ジークハルトは自分以外の男性と仲良くなって欲しくないといってなかなか友人を紹介してくれなかった。話には聞いていたが正式に挨拶をしたのは昨年の、結婚式の日取りが正式に決まったときだ。ローレンツの社交界での噂はあまりよろしくない。その綺麗な顔から女性に人気なのだが軽い感じでいろいろな女性とデートをしている目撃談がある。ありていに言えば「軽薄で女好き。来るもの拒まず。それなのに意外とトラブルは起こさない。でも社交界きっての信用できない男」だ。

 アンネリーゼはジークハルトから信頼できる友人だと聞かされていたので会うことをとても楽しみにしていた。噂は予備知識に過ぎずどんな人なのかは自分の目で確かめる。ジークハルトの親友ならいい人だろう。
 とうとうジークハルトが夜会で正式に紹介してくれた。そして近いうちに三人でお茶でもという話をしていたが、お茶会に招待する前に突然ディンケル侯爵家の屋敷にアンネリーゼを訪ねて来た。もちろん約束などしていないが、ジークハルトの親友を追い返せない。もしかしたら何かジークハルトに係る話があるのかもしれないと不安を抱え応接室に行く。

「ローレンツ様。本日はどのようなご用件でしょう?」

 ローレンツは色気を漂わせ意味あり気な表情を向けた。確かにこの人の顔は美しい。中性的で女装したら絶世の美女、傾国の美姫になるだろう。ジークハルトとは種類の違う美しさだ。でもアンネリーゼの心には響かない。この世で一番素敵なのはジークハルトだから。

「麗しいアンネリーゼ様。ジークは堅物で物足りなくないですか? 表情だって変わらない。きっと女性は退屈するはずだ。だから、よかったらときどき私と遊びましょう?」

 アンネリーゼはスンと表情を失くす。そして淑女であることを忘れた。

「一昨日来やがれですわ!」

「はっ?」

 ローレンツはアンネリーゼの反応が想像したものと違ったようで口を開けてポカンとしている。

「ジークを裏切るようなことを言う男とは二度と会いたくないと言ったのです!」

 アンネリーゼは本気で怒っていた。ジークハルトはローレンツを本当に信頼している。それなのに婚約者に粉をかけて来た。許せない。これでローレンツが怒っても構わない。ところが怒るどころか彼は大声で笑い出した。

「あっはっはっはっ――」

 アンネリーゼは片方の眉をピクリと上げたが、ローレンツが笑い終わるまで静観した。涙が出るほど笑ったローレンツは居住まいを正すと、軽薄な表情を引っ込め真面目な顔になり深く頭を下げた。

「アンネリーゼ様。失礼なことを言って申し訳なかった。許して欲しい。そしてどうかジークを頼む」

「ええ?!」

 ローレンツはアンネリーゼを試したのだ。ジークハルトを簡単に裏切る女かそうでないのかを。そして合格したようだった。なんて不器用なことをするのだろう。下手をすればジークハルトの信頼を失うのに。

「それでも、私はこの方法でしか確かめられないんだ。過去に友人の婚約者の方から声をかけられたこともある。秘密の遊び相手になろうと。私の顔はどうやら女性受けするようでね。……私はジークに幸せになって欲しいのだよ」

 今思えば、彼は幼少期から第二王子殿下の友人としてジークハルトとも過ごしている。当時からアンネリーゼが知らなかったヒルデカルトのことも知っていた可能性がある。

「ジークからは君がどれほど素敵な女性か聞かされていたが、恋は人を盲目にするからね。君がジークに相応しいのか自分の目で確かめたかった。失礼した。でも女性に誘われることは多いが一昨日きやがれと言われたのは初めてだ。これでもモテるんだが自信がなくなるな。でも、ジークの伴侶となる人が君でよかった」

「合格をもらえて光栄ですわ」

 アンネリーゼはツンと返す。怒っている訳ではないがなんとなく悔しい。

「もし、ジークとのことで何か困ったことがあったらいつでも相談してくれ。いくらでも力になる」

「あら、本当ですね? 約束ですわ!」

 悔しかったのでその言葉は有難く頂戴した。そして今回相談してイルメラからジークハルトを守るために手を貸して欲しいと頼んだ。ローレンツは楽しそうに二つ返事で引き受けてくれた。彼もヒルデカルトに思うところがあるのだろう。どんな形でも意趣返しをしたいと思っているようだ。

 実は他にも協力を仰いだ人がいる。イルメラの情報はヘルミーナから聞いていたが、他からも話が聞けないかとモニカとカタリーナに手紙を出した。モニカからは力になれずに申し訳ないと返事が来た。カタリーナは手紙を受け取るなりすっとんで……訪ねて来た。

「イルメラ様はとても美しく色気のある女性らしい体が魅力的でとても男性に人気があると聞いています。これは表評判ですね。ですからアンネリーゼ様はゆるふわで対抗しましょう!」

「ゆるふわ?」何だそれは? カタリーナの気合の入った表情に若干引き気味になる。

「カタリーナ様はイルメラ様のことをご存じなの?」

「もちろん会ったことはありません。ですが私の同級生にエーレルト王国からの交換留学生の伯爵令嬢がいるのです。彼女からエーレルト王国のお話を聞いていますので多少は知っています」

 エーレルト王国は友好国で学園は定期的に交換留学を行っている。アンネリーゼの学年では交換留学が行われなかったのであの国について詳しいことを知る機会はなかった。勉強不足だったと反省する。

「イルメラ様の自国での評判はどうなのかしら?」

 ゴシップネタでもなんでも敵の情報は多い方がいい。

「ありがちな高位貴族の高慢な我儘さんだそうです。いつも取り巻きを従え自分を誉めさせる。自分が一番じゃないと気が済まないみたいです。エーレルト王国の現国王陛下の姪なので王家からも可愛がられていい気になっているみたいで、その伯爵令嬢は苦手だと言っていました。なんでも無類の宝石好きだそうですよ」
 
 もう、それは愚痴なのでは。留学生の伯爵令嬢はたぶん自国じゃないから口が軽くなったのだろう。それほど不満を抱えているのかもしれない。自分が一番じゃないと嫌って……面倒な令嬢であることはほぼ確定のようだ。噂だけで判断したくないが今回は会って本人を確かめてからでは後手に回る。ジークハルトが嫌な思いをする前に手を打たなければいけないので、噂前提で対策を決めることにした。もし、本当はいい人なら杞憂に終わるから問題ない。

「婚約者はまだいないのよね? 公爵家なら縁談も多そうなのに」

「それが、何でも毎月宝石の購入を約束してくれる男性でなければ嫌だという条件があるそうです。それ以外にも、旅行やドレス、身分や容姿などの要望も多いそうです。よほどの資産家かビュルス公爵家以上の財力がなければ破産してしまいますし、外見の好みは相当うるさくて該当する人がいないみたいです。多少条件を妥協しても、男性が自分をお姫様扱いしないと怒って、父親に言いつけて縁談を断ってしまう。王家と血が近いせいか自分も王族だと思っているような振る舞いらしいです。このままだと行き遅れになりそうだからこの国に来たのかもしれませんね。ジークハルト様なら麗しく身分も高い。まさに理想通り……。あっ、でもアンネリーゼ様以外にはお姫様扱いとか絶対しなさそうなので、イルメラ様はきっと癇癪を起して無理でしょう」

「いろいろ教えてくれてありがとう。助かったわ」

 カタリーナはクッキーを食べながら嬉しそうにお茶に手を伸ばす。

「はい。アンネリーゼ様のお役に立つことが出来て嬉しいです。あとはゆるふわですね!」

「ところでゆるふわって何かしら?」

 そこはスルーしようと思ったが無理そうだ。諦めて聞き返すとカタリーナがごそごそと袋から大きな本を取り出した。

「これは?」

「最近流行のヘアカタログ集です」

 カタリーナはどうだ! とばかりに胸を張る。そういえば先日、モニカの髪型の相談をしていた。最新の情報を得たらまた話をしましょうと言っていたが、このカタログのことのようだ。

「見てもいいかしら?」

「どうぞ」

 この中にゆるふわとやらがあるのか。ページを捲りアンネリーゼは絶句した。

「これは……」

「素敵でしょう?」

 カタリーナはニコニコとそこに載っている髪型を勧めて来た。




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