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Chapter_1:旅の心得

Note_5

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 レジスタンスには予算と人員が少なく、過去の工場や建造物を根城とすることが多い。EDSキャンプはその中でも最高クラスに運がいいといえる場所に位置する。

 莫大な広さを持つ作業場、豊富な機械資源、そして“タイタン号”の存在、まさしく開拓者御用達の科学工場である。難点としては、最前線から最も離れているキャンプであるということぐらいだ。

 レジスタンスとしては、この場所は昔から存在しており旧時代的と言われ、政府が注目していないことから、巣食うにはもってこいの場所と言える。

 レオは自身の仕事を終えたところだった。


「お疲れ様!はい。」


 サドがドリンクを持ってきた。レオは受け取り早速ボトルを開ける。


「さんきゅ。……ふー。」


 一回で半分近く飲み干した。ひと呼吸置いてからサドに言う。


「……そういや、グロリアさんにタイタン号の場所を教えるように言われてた。まあここからあのでかい入口を通れば足の入口から乗れる。乗る場所はリーダーから聞いてくれ。」

「分かった。」


 サドは素直に答える。その姿をレオは呆れつつも羨ましく感じた。レオは言う。


「タイタン号は下からだけじゃなく、複数の非常口からでも安全に入れるようになってるらしい。でも見づらいから一応確認した方がいいぞ。

ついてこい。」


 作業場を歩く。長く暗い廊下。ガラスの先を見ると作業場全体が一望できる。今では固定された工具以外ほぼ空き家に近い状態となっている。

 ライトが3つ飛ばしで点灯している。そこに見えたのは、かつて世界を作った文献の“巨人”の姿そのものだった。


「……このでかぶつにこれから乗るんだぜ。乗れる場所はまだまだ上だな。」

「たしか、約300mメートルだっけ?50機体同時に載せることができたはずだけど。」

「そうだな。それに合わせて大体30機ぐらい積んでいるんだけど、5機ほど脱出用の3mの機体が入ってる。」

「レジスタンス機を30機か…多分向こうで強いロボと取り替えると思う。本部の方が資源と技術地盤が豊富だし。もっと強い機体を載せるかもしれない。

そうすると、都市部を簡単に滅ぼせる力をレジスタンスは持つことになる。」

「……世界を作ったロボットが、世界を壊すために使われるのか…皮肉だな。」

「まあ、それが争いだし。

可愛そうならAIつけてみたら?人間と同じ心がそこにあるなら、普通なら簡単には戦争に使えなくなると思うよ…。」

「……政府なら容赦なく使った。政府の新技術としてP-botって名前を公表して爆弾で周囲を更地にしやがった。レジスタンスはどうかって話だな。」

「……そうだね…。」


_____


…一体どこまで登ってきたのだろうか。途方もない話を続けていると、レオは息切れを起こしてしまった。


「……すごい苦しそうにしてるけど、帰る?」

「はぁ…はぁ…、そぉ…だな…はぁ…その前にさぁ…はぁ…少し…休憩しねぇか?…はぁ…」

「下の方が近いから…下りられる?」

「…はぁ…ああ…。ちょっと…フラフラするな…」


 サドの手を借りてなんとか下に降りる。丁度、下の踊り場の方で二人して休む。


「……助かる。」

「どういたしまして。でもそんなに疲れているなんて珍しい。一緒にいたときは元気だったのに。」

「…言うほど元気だったか?」

「うん。言いつけ破って下町の女の子と一緒にいたし、何かあったらカプリコ博士に暴力してたし、面白半分でコーラロケット作って迷惑してたし。」

(十分元気だったな…。今じゃ考えられねぇ)


 レオは仕方なく、真実を正直に話す。


「……スパイにやられかけた。」

「スパイに?怪我とか負わなかった?」

「幸い、相手が一人になったところを切り抜けたからな…奴が本当にろくでなしなら、顔をメリケンでへこまされてた。更にゲス野郎だったおかげで一矢報いることができた。」

「そんな…」

「ちなみにその後お前が来て更に困惑したんだけどな。」

「本当にごめんなさい。許してください。」


 サドは即座に詫び、許しを請う。


「まぁいいんだけどさ。本当に今日は色々起きたんだよ。今日がなんの日かは…」

「レオの誕生日。」

「……グロリアから聞いたんだな。」

「……誕生日おめでとう、レオ。プレゼントは…」

「突然のことなんだ。用意できてねぇんだろ。微妙なもん渡されてもあれだから気持ちだけ受け取っておくよ。」

「…ごめん。」


 サドは黙ってしまった。LED灯が彼らを照らす中、レオはある一つの疑問をサドに問いかけた。


「……今思ったんだけどさ…あんたは脚、平気なのか?あそこまで階段歩いてさ、普通ガタつくと思うだけど。」


 対して、サドは立ち上がり、上のガラスに顔を向けた。


「……これからのことは僕たちだけの秘密にしてほしいけど…いい?」

「内容による。」


 既に彼女からしてみれば、スパイにやられた身であるのだ。あの事故が夢なら…それを現実として貶すならば、彼女は絶対に許すことはなかった。


「……疲れはするけど、痛みはもう感じない。」


 もし彼がサドでなく政府のスパイなら、絶対に始末するつもりでいた。するつもりでいたが…


「……は…?何だよ…お前…サド…だよな…?」


 突然、サドの周りをハニカムが上から綺麗に双四角錐状に構成して囲う。同時に上からハニカムが崩れていく。そこにあったのは、白をベースとした白黒ロボットの姿だった。


『……初めまして。私は、P-bot_mk.Ⅲと申します。第2人工惑星の故人情報から【サド・キャンソン】を選出した人工知能です。

私はサド君とともに、この身体を共有している…と考えても間違いありません。

同じ故人を2回も選択することはできません。同じ存在はもう2つとありません。彼は唯一です。』


 レオは一瞬呆然としたがある名前を聞いて、すぐに突っ込みを入れる。


「P-bot…ってことは、お前…

亡くなった人のデータを取ってきて今更、精神攻撃か?人をどこまでおもちゃにするつもりなんだ?私をどこまで馬鹿にすれば気がすむんだよ…。

……今度は政府の兵器が、私一人に何を企んでるつもりなのか!?そこまで私みたいなちっぽけな存在に兵力とカネぶち込みやがって!何が目的なんだ!!私は一体お前らの何なんだよ!!?殺したいなら一気に来やがれ卑怯者!!!」


 怒りに震え、悲しみと恐怖が混濁する。我慢していた涙がとうとう出てきた。今まで姉貴風していた彼女が、弟まで利用され自身を貶される。

 P-botはまるで犬のように俯いてしまった。もう一人の声が聞こえる。


(…もう、いい。後は僕に。)


 先程と同じように、ハニカムの壁がP-botからサド・キャンソンに戻す。


「政府の意志は関係ない。あるなら前線で今頃敵として戦っていると思う。

僕も最初は思ったよ。P-botが政府のロボット兵器で憎むべき存在だった。画面越しから…本当に…無惨だった。誰にも止められない…絶望そのものだった。

死んだあとに起きた場所が、マークⅢの仮想空間の中…。」

「…勝手に夢語んなよ。仮想空間なんてそんな簡単に」

「この星の中で死んだ人たちは、人工惑星のデータベースに保管されて、データとして生きた証を記される。僕はその一人になった。

星から作られたロボット、P-botは簡単に仮想空間一つ作れるほどの技術を持っている。」

「…いや、そんな…」

「みんなは生きているって言ってる。



…本当は半年前の事故で僕は既に死んでいた。



宇宙船が空で爆発して、残骸も残らなかった。

星の意志で機械という形で蘇った…結局僕はもう、あの【サド・キャンソン】じゃない。」


 レオは現実を…本人から突きつけられた。想定として、彼女を騙したあのロボットが、すべて嘘と曲芸師のように笑い狂うことと考えていた。

…実際は本人から出されたまっすぐな、事実の告発であった。

 拳を震わせて、サドに怒鳴り出した。


「…ふざけんじゃねぇよ!!お前が死んだらもうお前じゃねぇとか、勝手なこと言えるわけねぇだろ!!

…その姿のまま会場に入ってきたときの奴らの反応ちゃんと見たのか?完璧に【サド・キャンソン】そのものとして見られていたんだぞ!

それに比べて、私なんか本物なのに名前も存在も基礎もすべてすべて!全部!お前がいてもいなくてもみんな否定しやがるんだ!

お前だけずるいんだよ!!生まれたときから完全体で、頭が良くて、努力できて、クソジジイにも認められて、向こうでも活躍できて!!

おまけに今度はP-botのAIにまでなって兵器並みのパワーどころか変身能力まで持ちやがって!!!見せびらかすんじゃねぇよ!!!

お前の全部が昔から今まで本当に本当に大ッ嫌いなんだよ!!!!!」


 姉貴風吹かせて抑えていたここ半年間の感情を、一気に弟に爆発させてぶつけた。

 思えば、今まで自分がここまでしていたことも弟が原因だった。

 他の友人と一緒にいたのも奴が憎いから、博士を蹴ったのも比較ばかりで自分を認めてくれないから、コーラロケットは弟が好きで極めて自分が嫌いになってしまった“ロボットが当然の世界”から離れたかったからだ。

 生まれたときから障がいもなく四肢もあり、元々左腕が無く義手を強要された自分からしてみれば、羨ましかった。難しい設計図も読み解いて実現したのに対して、自分はそこらへんの銃を固定して取り付けるだけしかできなかった。

…レオは問う。涙を拭いながら。


「……サド、お前は敵か?P-botが星から産まれた兵器なら、今の星を牛耳っている政府の味方として、生きていくのか?

もしそれなら、どうしてお前は、私にだけ…」


 レオは落ち着くことができなかった。目の前の凶悪なロボットに殺される未来と、夢のままにしたかった現実が戻ってくる過去に恐れていたのだ。

 サドはレオの方に顔を向けて言う。何か決心付いたかのような顔つきであった。


「僕は、レジスタンスのP-botになる。

これはもう一度ここに来てからの僕の意志。たとえ自分が政府の機械になってしまったとしても、僕はみんなを消していく彼らを許せない。

ずっとみんなの味方でいたい。機械の肉体で認められないなら、実体でやり通してみせる。追い出されても、みんなの味方でいる。

……レオのことをグロリアさんから聞いて、ずっとこのことを話したかった。」


 レオは問う。


「……いいのか?このままリーダーにバラすかもしれねぇんだぞ。追い出されるかもしれない。

それに私も【レオ・キャンソン】じゃないかもしれない…政府の人間が化けてる可能性もある。そう考えないのか?」


 サドは答える。


「……レオに嫌われてもいい。認められなくてもいい。どちらにせよ、このことを打ち明けられる相手はレオだけだから。

僕はこの力で戦う。

それに、もうあなたが本物の【レオ・キャンソン】だって信じている。信じられる。」

「人を簡単に信じやすいところ…サドの悪い癖だ。敵を敵と見ないから…お前は殺された…。」

「身も蓋もないことを言えば、物証がなくてもロボットになっちゃっているからデータで分かる。でもデータはいくらでも壊せるし、騙すことだってできる。

…敵を信用することは、そんなデータを相手にする前提で話し合うこと。科学者だとしてもすぐには信じきれなかった。僕自身を実験しようとした張本人たちだったし、何年もかけて戦いから逃げつつ決めていた…。

……やっぱり、あなたがレオだって確信できる。この街から博士と離れようとしたときから、すごく憧れでかっこよくて、その時までの過去の嫌なこと全部吹き飛んだもん。一人ぼっちだったこと、遊べなかったこと、博士に毎日殴られたり蹴られたりしたこと。

今も憧れのままだし、かっこいいし、すごく強くなってる。誇りに思う。そしてまた会えてすごく嬉しい。」


 サドの答えに、レオは清聴していた。目の中の光が、彩りが、蘇る。サドが一つ頼み事をする。


「あの時、言ってくれたように、必要なときは僕を頼ってほしい。

人が星を作るとき、その星は人のために尽くすように役目を与える。失敗するかもしれないけど、その人の願いが必ず宿っているんだ…。

もし僕がそんな星から生まれるロボットに、生まれ変わったのなら、レオのためにたくさん頑張りたい。色んなことをしてきたわりに、レオのことは何もしてこなかったから。

だから…一緒にまたやり直したい。あの時に戻してもいいかな…?僕も強くなって、一緒に困難を乗り切ってみせるから…。」


 決心と覚悟で自分を諫めた。しかし何もできなかった虚しさとあの時と同じような困難を乗り越えられるかどうかの心配が、サドの表情と声を責め立てる。

 レオはフォローするように言う。白い手をサドの左肩に置く。


「“私が必要だと思うときは、あんたを頼りにして呼ぶからな。”」

「…“うん。”」

「あんたは【サド・キャンソン】に間違いない。さっきも言ってたけどあそこまでみんなこぞって言われたらもう…ね…。」

「レオはレオで、【レオ・キャンソン】だから。自分が一番誇れる唯一の姉貴だから。今のキャンプを見ていると分かる。みんなが内心認めている。僕にとっても超一番さ。」


 再び始まる。互いで互いを認め合う。静かな場所でも淋しくない。悪夢さえ乗り越えた、皆に誇れる最高の姉弟が隣にいるから。


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