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Chapter_2:コーズ&エフェクト
Note_22
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それぞれの夜が始まる。場所によっては昼かもしれない。しかし、時間など気にせずとも室内は常に同じ時間のようなものだ。
某所にて、椅子が長テーブルに左右に8つ、扉から正面に向かい合うように1つある。特に正面の1つはまるで王が座るかのような柄の玉座であった。
この閉塞的な空間にて退屈する2人の先客がいた。そう、エンダー家の邸宅であった。そしてここは、7姉妹とその母が集い、食を嗜む場として使われる。
「……セイレーン、現在の時刻はお分かり?」
一人は厳かな性格で礼節を重んじる冷徹な淑女、エンダー家7姉妹“次女”【ロキ・エンダー】。
「あ~……わかんない♪」
もう一人は変わり者でムードメーカーなおてんば娘、エンダー家7姉妹“三女”【セイレーン・エンダー】。
ロキはセイレーンに対して忠告した。
「分からない……ですって!?エンダー家の淑女たるものが、どうして今の時刻すら把握しないというの!?」
「は~い、怒らない怒らない。そーゆー姉様は分かってるって言うの?」
「午後2時半!常識中の常識よ!女中にかまけていないで、少しは貴様の頭で考えることとかできないのか!?」
「ティータイム前なのに、酷くイライラしてんなぁ。あれかい?昨夜に女の子を無理やり連れて、顔引っぱたかれたって感じ?」
「……貴様ァッ!!」
ロキは昨夜の出来事を知られ、この上ない恥辱を味合わされ、怒りを露わにする。
2人を仲介するように、あるお方が閉ざされた白き空間に扉を開いておいでになられた。気品があり、静かで、優しくも豪胆な風格が感じられた。エンダー家“大議員”【アルゴ・エンダー】が来られた。
「おやおや、2人とも先にいらしていたのかい……流石は私の愛娘達、教養以上の成果ですね。」
「!?」
「あ、お母様じゃん。先座ってるよ~。」
アルゴ大議員と存ざれるお方が席においでになり、ご着席なされた。
「いつもすまないねぇ……忙しいときに来てくれて本当に、私も娘達の顔が見られてすごく安心するわ。」
「母上の便りならば私、ロキはいつでもどこからでも、この信念に誓い即座に参ります。」
「私もまあ暇だったし来てやったよ。」
「セイレーン!少しは弁えろ!」
「別に内輪のことよロキ。そう堅くなる必要はないわ。」
アルゴ大議員は空席をご覧になり、出欠を確められた。
「……六女と七女は例によって旅行中。四女は未だ行方不明。長女も欠席……。
さて、ロキよ。リリアの調子は?」
ロキは首を横に振り、呆れた表情でアルゴに報告した。
「リリアは任務を立て続けに失敗しました。実力不足かと存じます。これ以上、私に義理はありませんし、味方につけない方が賢明でしょう!」
「あれっ…リリアちゃん、まぁた失敗しちゃったの?……しょうがねぇなぁ。」
アルゴ大議員は笑みを浮かべて2人をなだめるために理由を仰る。
「……確かにあの娘は、とても明るくて私達家族を大切にする存在。しかしながら、少々失態も重ねられていますね。」
「そうでしょう、母上!なら彼女は牢屋で反省してもらうべきです!」
「勘違いしないでちょうだい。」
扉が叩かれる音がする。アルゴ大議員は微笑み仰した。
「……入りなさい。」
扉が開かれた。
「お 久 し ゅ う ご ざ い ま す わ ぁ ! ア ル ゴ お 母 様 ぁ ! ! !」
五女の【リリア・エンダー】が無事、五体満足で帰還してきた。
「何ィッ!?貴様ァ……」
「はぁ…///お母様、今日の医療技術の素晴らしさに私、感動の喜びが収まりませんわ!お母様やお姉様に自慢いたしたいことこの上ありませんわ~~!!///」
「あれ……生きてる?つい事故っちゃったかと思ったんだけどなぁ。」
「あなたほど死んでほしいと思うお方は他におりませんわ。」
「おやめなさい!リリア…座りなさい。」
「はい。」
リリアは満面の笑みで着席した。アルゴ大議員が事情をご説明なされた。
「……リリアは私の手で釈放させました。燃やされた皮膚を手術で完全に回復させ、切られた髪も元に戻し、おかげで任務前の状態にまで回復を成しました。
2人からしてみれば仕事仲間……しかしそれ以前に、真の王の血統を謳歌する“家族”そのもの。
失態は反省すべきことですが、失敗は誰しも行ってしまうこと。一度や二度の失敗でとやかく言う必要などありません。」
「しかし、母上……」
「別にいいじゃありませんの、ロキ姉様。私達は優秀な一族の血を共に有する姉妹でありまして?……これからもよろしくお願いしますわ。」
リリアは何もなかったかのようにロキに話しかけてきた。
「リリア……貴様、恥を知れ!恥を!【ダストサンド】の失敗を棚に上げて、ただでは済まされないことだぞ!!」
アルゴ大議員はあるお方に連絡された。
「みんな!お静かに。」
部屋が静まり、通話が始まった。
「ポーラァ!!私の愛する長姉よ!今どこにいる?これからお茶の時間にしたいところなの。あなたも一緒に来てくれないかしら?」
『……二度と電話かけてくんなや……このクソババアが。
……【ジルファ】!通話切ってワインを持ってこい!おまかせだ!』
…即、切られた。
「いつもの。」
「全くですわ。」
「……母上に対して無礼な妄言と態度……姉様とは言え、決して許されることではない!!」
アルゴ大議員は不敵な笑みを浮かべつつ、怒りを内に秘めて茶を静かに嗜む。
_____
【ポートシティ】、リゾートエリアに位置する高級リゾートホテル。海面付近に位置するスイートルームに、長女の【ポーラ・エンダー】がラタン調の椅子に座って一人、くつろいでいる。
「……入れ。」
「失礼いたします。」
小さき従者がワインを一瓶持ってきた。一礼して近づき、持ってきたものを紹介する。
「……本日のワインは、ポートシティ完全原産の厳選された海底熟成ワイン、“ムーンポート・ノア”になります。
まろやかな味わいですが、人工惑星特有のプラズマを活用し、喉を通したときに一瞬間、鋭い味わいを楽しめるブドウ酒となります。
今回は連合諸法基準でも最高ランクである“ノア”をご用意いたしました。とても飲みやすく、刺激を求め、リピーターも多い一品です。」
少年の従者、【ジルファ】は静かにワインを注ぐ。注がれたワインをポーラが嗜む。
「……少し、私から話でもするか。アルゴのババアの口直しついでにな。さっきの電話主をブロックしといてくれ。」
「かしこまりました、ポーラ様。」
ポーラは上品にワインを少量飲む。舌が回るようで、内輪のことについて従者に愚痴を吐いた。
「……さっきの電話の主は【アルゴ・エンダー】、言わずも知れた“大議員”様だ。元々は何十年間も“王”として君臨してたんだ。
政策は私が生まれる前から一律して同じ。表向きは変えても、裏は1つだけ……それは中央集権的な“楽園”を作ることにある。
有力な人材を都市に集中させ、嫌な奴を外に出す。ま、有力な人材すら都市の下で見えないところで働かせるんだけどな。」
「……ならば、アルゴ様が申しておりました“楽園”とは一体どのようなものなのでしょうか?」
「“楽園”……これがミソなんだ。エンダー家の末裔である7姉妹……全員女性だ。
だが私は今の時点で告白するが、まだ30なんだぞ。対してアルゴは317歳。私の生まれる前の約300年もの間、一人も子供を産んでこなかったって言うのか……?」
「………。」
従者は緊迫した状況で聞いている。ポーラは星に輝くワイングラスを見つめつつ、柔らかい物腰で話し始める。
「……いるんだよ。エンダー家の【上級機密事項】だが、5年前に私の指揮で機密レベルを下げたから、ここで気兼ねなく言える。大議員の座を譲らない老害への嫌がらせみたいなもんだ。
あのババアは……自分の息子を捨てた。
お眼鏡に叶わない子供はどんどん捨てた。男は言わずもがな。心が男でも無論ダメ。嗜好さえも男性好きであってはならない。
そうして捨てられた子供は、一律して【エンドラ】と呼ばれる名前をつけられ、忌み名として都市から追放させたんだ。……ふぅ、効くな。」
ポーラはワイングラスを置く。彼女自身は酒に強く、3杯飲むのは普通だ。従者はワインを注ぎ、少し離れて考える。
「……機密レベルを下げたということは、噂も民衆に流布されてしまうこと……5年前は新王の指名……あの時の!」
「そうさ。アルゴを王から引き摺り落としたのは、私がその機密レベルを下げたからさ。当時のババアは政策に集中していたから、他の大議員と通じて成し遂げたことだ。
あの時は本当に爽快だったな。お前も見たことあったろう?あのシワシワの作り笑いを!」
ポーラは笑う。しかし、それもつかの間であった。
「……ところが、その後に大議員とのコネクションを全部向こうに奪われて、おまけに宇宙艇に関してババアが踏み込んできちまったんだ。本当は私達だけでやるつもりだったんだよ。アルゴから大議員の立場を振りかざされて指揮権を独占された。そして失敗をレジスタンスに擦り付けることにした。
【エンドラ】は下民の名だ。そしてレジスタンスはその下民を優しく受け容れる。その存在がある限り、アルゴは潰しにかかる。
……この件で私達は理解した。アルゴが本当に滅ぼしたいのは【エンドラ】のすべて。逆に集めたい人材は“美女”。それで“楽園”と言う名の、自分だけの風俗地帯を形成するのが奴の本性ってことさ。」
従者は息を呑み、ポーラは酒を飲む。
「……まあこんなの民衆に言いたくもないだろうから、表向きは“移住政策の促進”ということにしてる。それは性別関係ないものだ。
そのために他の貴族をダシにあらゆる地域から勧誘を行っている。強い機体を造るのに人材が必要なのには変わりないからな……。」
ポーラはアルゴが気に食わないのだ。大議員の座を数百年も占有するおこがましさに、苛立ちを感じている。
小さき従者は恐れた。
「ポーラ様………。」
「アルゴは高いものを高いまま略奪するタイプだ。興味ない交渉はすべて死罪。流行りも知らねぇ上に、他人の成長をあざ笑う。
到底、上に立つ人間とは思えん気性だ。今の奴が気に入っている肉体を見れば分かる。
あんな頭2つ分足りねぇクソガキ受肉ババアが再び“女王”にでもなってみろ。……本格的にこの星が終わるぞ。」
ポーラは従者に訊く。
「……ジルファ。お前はどう思う?
アルゴは中央集権型にして力を蓄える体制を整えるつもりだ。
対して私は、惑星外との航路を開いてより自由な貿易を考えている。外された惑星のネットワークを繋ぎ直して、情報を活用する。この星の中でも私は随一の稼ぎ頭だから、出し抜く自信はある。
……お前はどっち側だ?」
ジルファは即答する。
「私はポーラ様にお仕えいたします。貿易を通じて惑星外の技術を取り入れ、我々の力に還元することも可能と存じます。
……そして何より、私はもとよりポーラ様に仕えるために存在しております。」
ポーラはニヤけた。
「今のは不敬罪……死罪に当たるな。何せ、アルゴ大議員様の側に付かなかったからな。」
「アルゴ様に仕え死ぬことと、ポーラ様に仕え死ぬこと……同じ死でも私にとっては、意味が異なります。
私はポーラ様に授けられた御恩に対して、すべて奉公により応えなければならない身分になります。どうぞ、何なりと仰せ付けくださいませ。」
ポーラは笑う。
「……いいだろう。私達は【惑星連合】と徒党を組み、宇宙艇の件に始末をつける。そのために今日遭遇した【サド・キャンソン】を生け捕りにする。
更に用が済んだら引き続き……彼を【完全体】の実験に充てる。彼にはこの星の、科学の礎になってもらおうか……!」
ポーラの不気味な笑いがとうとう露わになった。ケタケタとその笑いは海にかき消され、この部屋より外に漏れることは無かった。
_____
タイタン号は支援団体の協力もあって、夜明け前に修理が完了した。左腕は健常で以前より丈夫になった気がする。エンジニアの勘だ。
(……素材は以前より丈夫なものだった。実際に触れてみて分かる。……でもラグは直らねぇんだよな。)
レオは自信を持ってグローブを外し、タイタン号を自動操縦にする。左腕が直っている。手伝ってくれた人達が見送ってくれている。
サドは司令室にて、機械霊から取れたものを管理していた。売れるものと、使えるものと、捨てるものに分ける。
その中でも、一際珍しいものをサドは目にした。黒光りするハニカムの板状核であった。サドにはこの形について、思い当たる節がある。
(……P-botと同じ気配がある。それもレオが乗っていたあの不気味な機体を彷彿させる感じのものだ。)
星から生まれた機械霊。その謎に包まれた存在は、行動からは計り知れない。
(……自分自身もあの化け物のようになるのだろうか。人類に仇なす自然物として、政府の兵器のように……
……まさかね。考えすぎだ。)
サドはあまり考えないことにした。さっさとこんなものを売って、今考えたことを無かったことにしようとする。
サドには、生前からそのような“逃げ癖”がついていた。それは死後も一緒のようだ。
某所にて、椅子が長テーブルに左右に8つ、扉から正面に向かい合うように1つある。特に正面の1つはまるで王が座るかのような柄の玉座であった。
この閉塞的な空間にて退屈する2人の先客がいた。そう、エンダー家の邸宅であった。そしてここは、7姉妹とその母が集い、食を嗜む場として使われる。
「……セイレーン、現在の時刻はお分かり?」
一人は厳かな性格で礼節を重んじる冷徹な淑女、エンダー家7姉妹“次女”【ロキ・エンダー】。
「あ~……わかんない♪」
もう一人は変わり者でムードメーカーなおてんば娘、エンダー家7姉妹“三女”【セイレーン・エンダー】。
ロキはセイレーンに対して忠告した。
「分からない……ですって!?エンダー家の淑女たるものが、どうして今の時刻すら把握しないというの!?」
「は~い、怒らない怒らない。そーゆー姉様は分かってるって言うの?」
「午後2時半!常識中の常識よ!女中にかまけていないで、少しは貴様の頭で考えることとかできないのか!?」
「ティータイム前なのに、酷くイライラしてんなぁ。あれかい?昨夜に女の子を無理やり連れて、顔引っぱたかれたって感じ?」
「……貴様ァッ!!」
ロキは昨夜の出来事を知られ、この上ない恥辱を味合わされ、怒りを露わにする。
2人を仲介するように、あるお方が閉ざされた白き空間に扉を開いておいでになられた。気品があり、静かで、優しくも豪胆な風格が感じられた。エンダー家“大議員”【アルゴ・エンダー】が来られた。
「おやおや、2人とも先にいらしていたのかい……流石は私の愛娘達、教養以上の成果ですね。」
「!?」
「あ、お母様じゃん。先座ってるよ~。」
アルゴ大議員と存ざれるお方が席においでになり、ご着席なされた。
「いつもすまないねぇ……忙しいときに来てくれて本当に、私も娘達の顔が見られてすごく安心するわ。」
「母上の便りならば私、ロキはいつでもどこからでも、この信念に誓い即座に参ります。」
「私もまあ暇だったし来てやったよ。」
「セイレーン!少しは弁えろ!」
「別に内輪のことよロキ。そう堅くなる必要はないわ。」
アルゴ大議員は空席をご覧になり、出欠を確められた。
「……六女と七女は例によって旅行中。四女は未だ行方不明。長女も欠席……。
さて、ロキよ。リリアの調子は?」
ロキは首を横に振り、呆れた表情でアルゴに報告した。
「リリアは任務を立て続けに失敗しました。実力不足かと存じます。これ以上、私に義理はありませんし、味方につけない方が賢明でしょう!」
「あれっ…リリアちゃん、まぁた失敗しちゃったの?……しょうがねぇなぁ。」
アルゴ大議員は笑みを浮かべて2人をなだめるために理由を仰る。
「……確かにあの娘は、とても明るくて私達家族を大切にする存在。しかしながら、少々失態も重ねられていますね。」
「そうでしょう、母上!なら彼女は牢屋で反省してもらうべきです!」
「勘違いしないでちょうだい。」
扉が叩かれる音がする。アルゴ大議員は微笑み仰した。
「……入りなさい。」
扉が開かれた。
「お 久 し ゅ う ご ざ い ま す わ ぁ ! ア ル ゴ お 母 様 ぁ ! ! !」
五女の【リリア・エンダー】が無事、五体満足で帰還してきた。
「何ィッ!?貴様ァ……」
「はぁ…///お母様、今日の医療技術の素晴らしさに私、感動の喜びが収まりませんわ!お母様やお姉様に自慢いたしたいことこの上ありませんわ~~!!///」
「あれ……生きてる?つい事故っちゃったかと思ったんだけどなぁ。」
「あなたほど死んでほしいと思うお方は他におりませんわ。」
「おやめなさい!リリア…座りなさい。」
「はい。」
リリアは満面の笑みで着席した。アルゴ大議員が事情をご説明なされた。
「……リリアは私の手で釈放させました。燃やされた皮膚を手術で完全に回復させ、切られた髪も元に戻し、おかげで任務前の状態にまで回復を成しました。
2人からしてみれば仕事仲間……しかしそれ以前に、真の王の血統を謳歌する“家族”そのもの。
失態は反省すべきことですが、失敗は誰しも行ってしまうこと。一度や二度の失敗でとやかく言う必要などありません。」
「しかし、母上……」
「別にいいじゃありませんの、ロキ姉様。私達は優秀な一族の血を共に有する姉妹でありまして?……これからもよろしくお願いしますわ。」
リリアは何もなかったかのようにロキに話しかけてきた。
「リリア……貴様、恥を知れ!恥を!【ダストサンド】の失敗を棚に上げて、ただでは済まされないことだぞ!!」
アルゴ大議員はあるお方に連絡された。
「みんな!お静かに。」
部屋が静まり、通話が始まった。
「ポーラァ!!私の愛する長姉よ!今どこにいる?これからお茶の時間にしたいところなの。あなたも一緒に来てくれないかしら?」
『……二度と電話かけてくんなや……このクソババアが。
……【ジルファ】!通話切ってワインを持ってこい!おまかせだ!』
…即、切られた。
「いつもの。」
「全くですわ。」
「……母上に対して無礼な妄言と態度……姉様とは言え、決して許されることではない!!」
アルゴ大議員は不敵な笑みを浮かべつつ、怒りを内に秘めて茶を静かに嗜む。
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【ポートシティ】、リゾートエリアに位置する高級リゾートホテル。海面付近に位置するスイートルームに、長女の【ポーラ・エンダー】がラタン調の椅子に座って一人、くつろいでいる。
「……入れ。」
「失礼いたします。」
小さき従者がワインを一瓶持ってきた。一礼して近づき、持ってきたものを紹介する。
「……本日のワインは、ポートシティ完全原産の厳選された海底熟成ワイン、“ムーンポート・ノア”になります。
まろやかな味わいですが、人工惑星特有のプラズマを活用し、喉を通したときに一瞬間、鋭い味わいを楽しめるブドウ酒となります。
今回は連合諸法基準でも最高ランクである“ノア”をご用意いたしました。とても飲みやすく、刺激を求め、リピーターも多い一品です。」
少年の従者、【ジルファ】は静かにワインを注ぐ。注がれたワインをポーラが嗜む。
「……少し、私から話でもするか。アルゴのババアの口直しついでにな。さっきの電話主をブロックしといてくれ。」
「かしこまりました、ポーラ様。」
ポーラは上品にワインを少量飲む。舌が回るようで、内輪のことについて従者に愚痴を吐いた。
「……さっきの電話の主は【アルゴ・エンダー】、言わずも知れた“大議員”様だ。元々は何十年間も“王”として君臨してたんだ。
政策は私が生まれる前から一律して同じ。表向きは変えても、裏は1つだけ……それは中央集権的な“楽園”を作ることにある。
有力な人材を都市に集中させ、嫌な奴を外に出す。ま、有力な人材すら都市の下で見えないところで働かせるんだけどな。」
「……ならば、アルゴ様が申しておりました“楽園”とは一体どのようなものなのでしょうか?」
「“楽園”……これがミソなんだ。エンダー家の末裔である7姉妹……全員女性だ。
だが私は今の時点で告白するが、まだ30なんだぞ。対してアルゴは317歳。私の生まれる前の約300年もの間、一人も子供を産んでこなかったって言うのか……?」
「………。」
従者は緊迫した状況で聞いている。ポーラは星に輝くワイングラスを見つめつつ、柔らかい物腰で話し始める。
「……いるんだよ。エンダー家の【上級機密事項】だが、5年前に私の指揮で機密レベルを下げたから、ここで気兼ねなく言える。大議員の座を譲らない老害への嫌がらせみたいなもんだ。
あのババアは……自分の息子を捨てた。
お眼鏡に叶わない子供はどんどん捨てた。男は言わずもがな。心が男でも無論ダメ。嗜好さえも男性好きであってはならない。
そうして捨てられた子供は、一律して【エンドラ】と呼ばれる名前をつけられ、忌み名として都市から追放させたんだ。……ふぅ、効くな。」
ポーラはワイングラスを置く。彼女自身は酒に強く、3杯飲むのは普通だ。従者はワインを注ぎ、少し離れて考える。
「……機密レベルを下げたということは、噂も民衆に流布されてしまうこと……5年前は新王の指名……あの時の!」
「そうさ。アルゴを王から引き摺り落としたのは、私がその機密レベルを下げたからさ。当時のババアは政策に集中していたから、他の大議員と通じて成し遂げたことだ。
あの時は本当に爽快だったな。お前も見たことあったろう?あのシワシワの作り笑いを!」
ポーラは笑う。しかし、それもつかの間であった。
「……ところが、その後に大議員とのコネクションを全部向こうに奪われて、おまけに宇宙艇に関してババアが踏み込んできちまったんだ。本当は私達だけでやるつもりだったんだよ。アルゴから大議員の立場を振りかざされて指揮権を独占された。そして失敗をレジスタンスに擦り付けることにした。
【エンドラ】は下民の名だ。そしてレジスタンスはその下民を優しく受け容れる。その存在がある限り、アルゴは潰しにかかる。
……この件で私達は理解した。アルゴが本当に滅ぼしたいのは【エンドラ】のすべて。逆に集めたい人材は“美女”。それで“楽園”と言う名の、自分だけの風俗地帯を形成するのが奴の本性ってことさ。」
従者は息を呑み、ポーラは酒を飲む。
「……まあこんなの民衆に言いたくもないだろうから、表向きは“移住政策の促進”ということにしてる。それは性別関係ないものだ。
そのために他の貴族をダシにあらゆる地域から勧誘を行っている。強い機体を造るのに人材が必要なのには変わりないからな……。」
ポーラはアルゴが気に食わないのだ。大議員の座を数百年も占有するおこがましさに、苛立ちを感じている。
小さき従者は恐れた。
「ポーラ様………。」
「アルゴは高いものを高いまま略奪するタイプだ。興味ない交渉はすべて死罪。流行りも知らねぇ上に、他人の成長をあざ笑う。
到底、上に立つ人間とは思えん気性だ。今の奴が気に入っている肉体を見れば分かる。
あんな頭2つ分足りねぇクソガキ受肉ババアが再び“女王”にでもなってみろ。……本格的にこの星が終わるぞ。」
ポーラは従者に訊く。
「……ジルファ。お前はどう思う?
アルゴは中央集権型にして力を蓄える体制を整えるつもりだ。
対して私は、惑星外との航路を開いてより自由な貿易を考えている。外された惑星のネットワークを繋ぎ直して、情報を活用する。この星の中でも私は随一の稼ぎ頭だから、出し抜く自信はある。
……お前はどっち側だ?」
ジルファは即答する。
「私はポーラ様にお仕えいたします。貿易を通じて惑星外の技術を取り入れ、我々の力に還元することも可能と存じます。
……そして何より、私はもとよりポーラ様に仕えるために存在しております。」
ポーラはニヤけた。
「今のは不敬罪……死罪に当たるな。何せ、アルゴ大議員様の側に付かなかったからな。」
「アルゴ様に仕え死ぬことと、ポーラ様に仕え死ぬこと……同じ死でも私にとっては、意味が異なります。
私はポーラ様に授けられた御恩に対して、すべて奉公により応えなければならない身分になります。どうぞ、何なりと仰せ付けくださいませ。」
ポーラは笑う。
「……いいだろう。私達は【惑星連合】と徒党を組み、宇宙艇の件に始末をつける。そのために今日遭遇した【サド・キャンソン】を生け捕りにする。
更に用が済んだら引き続き……彼を【完全体】の実験に充てる。彼にはこの星の、科学の礎になってもらおうか……!」
ポーラの不気味な笑いがとうとう露わになった。ケタケタとその笑いは海にかき消され、この部屋より外に漏れることは無かった。
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タイタン号は支援団体の協力もあって、夜明け前に修理が完了した。左腕は健常で以前より丈夫になった気がする。エンジニアの勘だ。
(……素材は以前より丈夫なものだった。実際に触れてみて分かる。……でもラグは直らねぇんだよな。)
レオは自信を持ってグローブを外し、タイタン号を自動操縦にする。左腕が直っている。手伝ってくれた人達が見送ってくれている。
サドは司令室にて、機械霊から取れたものを管理していた。売れるものと、使えるものと、捨てるものに分ける。
その中でも、一際珍しいものをサドは目にした。黒光りするハニカムの板状核であった。サドにはこの形について、思い当たる節がある。
(……P-botと同じ気配がある。それもレオが乗っていたあの不気味な機体を彷彿させる感じのものだ。)
星から生まれた機械霊。その謎に包まれた存在は、行動からは計り知れない。
(……自分自身もあの化け物のようになるのだろうか。人類に仇なす自然物として、政府の兵器のように……
……まさかね。考えすぎだ。)
サドはあまり考えないことにした。さっさとこんなものを売って、今考えたことを無かったことにしようとする。
サドには、生前からそのような“逃げ癖”がついていた。それは死後も一緒のようだ。
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