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Chapter_3:機械工の性

Note_72

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 小さなプロペラ機が浮上して、折り曲げられた羽と穴にはめる。巨大機体の中にそのまま入り、そのまま機体のコクピットとして扱う。駐機後、蕾のようにパイロットを包む。

 椅子の固定を外して奥にしまい、動ける空間を確保する。機体と繋がっているグローブを装着して、左右にあるハンドルを引っ張り、そのまま機体を起動させた。

 カメラが外の様子を読み取り、モニターが青一色の天空を映し出した。大地は砂漠が一面に広がり、多くの機体や人が粒のように見える。まるで神のような実感が湧いてくる。

 パイロットの【ウルサ】は正面にある障害物を睨む。邪神の如く、一神を脅かす大いなる存在。同様の巨大機体【タイタン号】を討ち滅ぼさんと気構えていた。

…彼女の準備は、既に整えていた。


_____


 一方、レオ達は【タイタン号】の右腕付近にある非常口で状況を整理した。レオが先に問う。


「機体から降りて何やってたんだ?」

「向こうから一対一の決闘を持ちかけられた。退く気も無かったし、ズルをするつもりも無かったから信用した……その結果、ライラさんを危険に晒した。」


 サドは猛省する。容赦なく殲滅していれば、レオの手を煩わせることなく収拾がついていた。そのはずが思慮の浅い、甘えた行動を執ったために、危険な目に遭ってしまった。


「……ダストサンドで一斉に裏切られたこと、憶えているか?」

「……うん。」


 レオが静かに諭し、サドは重く頷く。


「機体から人を降ろしてしまえば、結局は白兵戦。武装の性能で勝っても、人数で圧し負ける可能性がある。

だから言った。“人を簡単に信じやすいところ……サドの悪い癖だ”って。」

「………。」

「相手は盗賊。どんな悪い事だってやってくるはずさ。決闘なんか卑怯な手を使い放題だろ。

……奴らの土俵に、危険を冒してまで立つ必要はない。特に仲間がいるときは、慎重に動くんだ。今は2人だけじゃないからな。」


 サドはレオの発言を受けて、ライラの顔を見つめた。彼女はその動きに気づき、笑顔を見せて返事をする。


「私は……大丈夫!傷つくなんて、連れて行ってくれたときから知ってたし。みんなの為に、今度は守れるように強くなるから!」

「……本当にごめんなさい。あの時は……」

「そろそろ私も、みんなの“仲間”だって自覚を持たなきゃね。悩みを埋められるぐらいの人になって、みんなで困難を乗り越えたい!

もう、虚しい思いはさせないからね。」


 ライラは姉弟を見て、自分の立場を見出す。彼女の発言に、レオは笑みを浮かべて非常口を開けた。

 レオはサドに尋ねる。


「決闘には勝ったか?」

「さっきの人とは決着はついていない。それを除けば全勝さ!」

「なら……チームで勝つ!バトンタッチだ。

ライラの件もある。奴を倒して、全勝と行こうぜ!」

「頑張って!あんな人達の物なんかになりたくない。サド君もマークⅢも見捨てたくない!絶対に勝って!」

「……必ず勝てる。レオは超一番のパイロットだから!」


 サドはレオに近づく。右手でハイタッチし合い、てのひらを握り締めて互いを激励した。

 姉弟の眼差しは、まっすぐで陰り一つなく綺麗だった。

 レオは機体に入って非常口を閉ざした。サドとライラは至急、タイタン号から離れてそれぞれの機体に戻った。指定の位置に寄せて、観戦を行う。



 非常通路は、腕によって角度が変わるエスカレーター方式となっている。コンベアを駆け抜けて、扉の中に入る。廊下を走った先に、コクピットの入口を見つけ、パイロットとして搭乗する。

 グローブを手にはめて、両側のハンドルを手に持ち、タイタン号を再び動かす。立ち上がり、敵に一撃をぶち込まんと気構えていた。

…彼女の準備も、ようやく終えたところだ。



 ウルサの仲間達は、サドとライラの近くで共に観戦を行う。ギャラリーは途轍もなく五月蝿かった。


「とっとと始めろ!」
「ワクワクするわ~!楽しみ楽しみ!」
「すっごーい!!」

「300mメートル機体が2つ、こうも並ぶと圧巻だな……。」


 タニアはなかば怯みつつも、その豪快な雰囲気に高揚感が湧き上がる。パイロットの血が騒ぐ。

 対して、サドは彼らの戦いについて、タイタン号が背負っているダメージを心配していた。巨大機体同士の戦闘は【ポートシティ】でも発生し、その損害は無事に生き残っても、中規模の修理が必須だ。



 その懸念は、レオの脳裏にもぎる。彼女もまた思い残すことはあるが、瞬く間に目の色を変えて迷いを断つ。



 両者、準備が整った。立ち上がった【タイタン号】を、継ぎ接ぎの巨大機体から冷ややかな目を向ける。ウルサは若き少女を相手に、期待を膨らませていた。


『あなた、名前は?』

『レオだ。そっちは?』

『サドと違って、話が早くて助かるわ……。私は【ウルサ】。やっぱり女の子っていいわね。しっかりしてるもの。

そういう所、私は好きよ。』


 ウルサからは、レオを若く可愛い乙女心を持つ少女として見ており、早速さっそく懐柔を図る。…それを真に受けるほど、レオが目移りすることは無かった。


『……私は嫌いだよ。特に、お前のようなクズ男気取りの自称姫はな。』

『その内、刺激を求めて好きになるはずよ。』


 レオは少し苛立った。癪に障るウルサの発言にいい加減、耳障りになっていた。拳を握り締めて説法を聞く。


『真実の愛を知らないなんて、かわいそ。でも教えがいのあるね。勝った後にたっぷりと可愛がってあげる。

欲やエゴの介さない本当の性を越えた感情を……ね。』

『欲とエゴの塊がほざくな。』


 軽々と受け流す。この発言をきっかけに、静寂が生まれた。

 ギャラリーも待ちわびていた。サドとライラも緊張に押し潰されていた。ライラが心もとなく彼に目を向けると、静かに両手を握り合わせ、姉の武運を祈る様子が見られた。彼もまた2人の決闘を、じっと見守るつもりだ。

 陽の光が、光沢で輝く装甲を平等に照らす。



 先にウルサが動く。細い腕が素早くしなり、先手を取ってレオの機体に拳を入れる。胸部に的中し、外殻を越えて体に衝撃が走る。

 負けじと、一撃叩き込もうと左腕を伸ばす。鈍重な剛腕に怯むことなく、スウェイして避ける。軽快な身のこなしを見せつけ圧倒する。


『遅いわね。勝負にもならないわ。』

『……少し黙ってろ。』


 しつこく話しかけてくる。おまけに調子に乗られて、ペースを相手に譲ってしまう。

 ウルサの機体が素早く動けるのは、胴体や腕、脚を細くして軽くしたからだろう。だが軽くした程度でここまで速くなるわけがない。


(……感覚として、こっちは大体5秒ぐらい操作の遅延がある。それなのに向こうはまるで、巨人が着包みに入ってるかのようにスムーズだ。こっちの動きにすぐ追いつく。

奴の機体はどこかが変だ。軽くなった分、身軽になった分だけ、しわ寄せが来てる部分があるはず。もしくは、高性能の補正機が搭載されているか……それは無いだろうな。できたら、タイタン号にもあるだろうし。

もし必要な部品が一部だけ欠けているなら、パイロットにはリスクにしかならねぇ。おまけに、密度から見て完全に戦闘向きだ。内側まできっちりと構築されてる。)


 分析している合間にも、ウルサは素早く前進して殴りかかる。憂さ晴らしに何度も、胴の部分をへこまそうと叩く叩く。

 それを掴もうとしても、まるで霧の様に消えて、また別の幻が目の前に現れる。頭部を狙われ、カメラ映像にノイズが走った。

 タイタン号は頑丈であった。どれだけ軽くしたとはいえ、巨大機体のパワーで何度も殴られてなお原型を留めて、装甲が外れること無くへこむことも無かった。


『タフで弱いの、尺の無駄よ!』


 終わるまで殴り続ける。タイタン号を貫く力は無いが、手を出させるほどの隙も出していない。一方的に叩き、その時が来るまで一箇所を殴った。

 武装は無い。300m級の機体でそのまま、重みを力に変える。巨大機体そのものが、武装となり、脅威となるのだ。



…条件は、レオも同じである。



(ッ!戦意喪失したんじゃ……)


 レオは左腕で敵機の右腕を掴んだ。太い剛腕から生まれる握力は、決して獲物を手放すことはない。

 軽量化された右腕は、その握撃により物理的に収縮されていく。スクラップにするという敵の望みを、自分にできず敵機が成し遂げた。希望をこうも簡単に打ち消されるとは思いにもよらなかった。


『殴りゃいいって考えてんだろ。』

『離して!』

『お前には無駄に感じたろうが……そうは思わねえ。少なくとも、馬鹿1人を叩き直すには十分必要な瞬間だ!』


 敵機を掴んだまま、右の一撃をぶち込んだ。タイタン号に積まれた超重量・高密度の機械の巨塊きょかいを正面から与える。

 渾身の右が、粗末な素材を押し潰していく。装甲を越えて衝撃がウルサに届いた。後方に背中から激突し、尻もちをついてしまった。鼻血も出た。


「……グゥ……くあっ!」

 ハンドルも手放してしまい、継ぎ接ぎの機体が手と膝を地に着けた。

 下からも振動が全身に響いてきた。


(………うあ……あう……。)


 目の前が眩んで顔がふらつく。彼女の機体からも、立っていられないぐらい致命的な一撃と見受けられる。


『1ダウンだ。』


 レオは完全に理解した。


(……【対G緩衝材】。反作用を受け止める素材を省いたか。いや、未熟なせいで用意できなかったか。普通は交渉ひとつで得られる素材を、たった一人で造らなきゃいけない。それが自分の権力となるからな。他には任せられない。

もしくは、グローブとの反応が鈍くなったせいで省いた可能性もある。緩衝材は間に挟めるもの。その分、必要な油線も長くなってラグが生じる。……あいつの性に合わない。その為だけに切り捨てられた。)

『エゴの具現化、動く豪勢な棺桶を自分から造ってくれたか。随分と体を張った自己紹介だな。』


 返答も来ない。決定打だろう。レオは敵機の右腕を解放してあげた。右腕は更に細くなって、素材が次々と取れていく。



 ギャラリーは不穏な空気に包まれた。


「リーダー!」
「敵だって相当のダメージは受けてるはず!ここからだ、ここから!」
「嫌だ!立って!負けないで!」

「ウルサ!起きろよ!ウルサ!」


 タニアは呼びかけた。そんな声など届かないと知っていた。それでも叫ぶ。ウルサの覚醒を望んでいた。

 対して、サド達は肝を冷やしていた。同時にレオの覚醒を内心喜んでいた。


「やっぱり気のせいじゃなかったのね。」

「……あの時のレオと一緒。大技の扱いなら、誰にも負けない。僕が保証するよ。」


 共に戦った経験のあるサドが言った。レオの実力を再確認した。

 それでも、心配であった。サドは恐れていた。


(タイタン号はここまで……)

『相手の機体、緩衝材がありません。パイロットに大きなダメージが返ってきます。今頃、中身は血塗れでしょう。

武装もありませんが、ジェット機構によるブーストは可能な状態にあるようです。緩衝材が無いため諸刃もろはの剣ですけど。』

「えっ!?」

『勝負はすぐ終わります。一撃を当てた今、相手の意識が朦朧としてることでしょう。すぐにドクターストップをかけたいです。』


 マークⅢは素早く、分析を行った。

…ギャラリーがざわめく。


「うおい!掌から、光が!」
「アイツ、止めを刺す気か!?誰か止めろ!」
「リーダー!もう、もう大丈夫だよ?早くしないと、あなたの命が……」

「あんなの……嘘だ……ッ!」


 タニアが2人の所に走ってきた。副長のサドを揺すって懇願する。


「おい!あいつを止めろ!このままじゃ、ウルサが!」

「レオちゃん……そんな!」

「勿論、あの距離はレオにとっても危険です。」


 サドは端末を用いてすぐに連絡を取る。


「レオ!その距離で光線は危険だよ!タイタン号も……」

『今は決闘中だ。安心して任せてくれ。』

「でも……」

『アイツが降参するまで、私はやる。んじゃ。』


 すぐに切られた。彼女に策と言えるような策があるとは、到底思えなかった。


「どうだ?」

「……条件は、相手側の降参。」


 タニアはサドの胸ぐらを掴んだ。


「お前ら揃いも揃って卑怯だぞ!拳で戦えよ!」

「寝込みを襲ってくる人達に言われても。」
「ちょっと、やめてよ!」


 ライラがタニアを仲介し、サドを庇った。



 レオは話す。


『これ以上は、お前の身が持たない。尻尾巻いて仲間連れて消えろ。』


 奥の手を脅しに使う。ウルサの仲間も、彼女の無事を願っている。

 しかし、彼女には譲れないものがある。


『やってみなさい。』

『何?』

『一度でも負けたなら、私達の生活そのものだって脅かされる。弱い集団は賊に付け狙われるし、機械霊にだって襲われる。

プライド捨てて逃げるなんて、“奴ら”に絶対に勝てないって言ってるようなものよ。野郎に屈するほど、簡単な女じゃない。』


 ウルサは決して諦めなかった。敗走より死を選ぶ。その心は戦士の一人に等しい。


『あっそ。』


 戦士として、レオはウルサを認める。タイタン号の光線を一発撃った。





 着弾点から爆風が生まれる。砂が吹き飛び、大地が震え、大穴が開きそうな勢いであった。2人の間に乗り越えられない壁が隔たるほどに、機体の性能差は歴然であった。

 直接、ウルサの機体に撃つことは無かった。何も無い方向に撃ったため、全員無事だ。あまりの威力に、ギャラリーも黙った。

 ウルサは戦士の目を保つ。


『クッ……どこまでも……』

『お前が屈するのは、野郎じゃなくて私だ。』

『私は勝つ。ここで勝って、奴らを倒して、みんなを“楽園”に連れて行く。【エンダー家】の助けはもう待てない。みんなを救えるから!』


 復活するように、ウルサの機体が立ち上がる。軽快なコンビネーションで、タイタン号に殴りかかってきた。胴体に何発も撃ち込む。今度は軽快なステップも入れて翻弄させる。

 ディレイもかけて、多様な連撃を撃ち込む。


(絶対に許せない。こんな娘達を放っておくなんて、エンダー家だけが彼女達を助けられる。私達こそ真実の愛を知っている!最後に勝つのはその本当の愛だって分かっているの!

性欲で動くアンタ達とは違う!私達の道を邪魔する最低な化け物達を押しのけて、平和な世界を目指す。

私達なら世界を救える。アンタなんかにできるわけない!アンタは違う。)


 連撃を見舞わせる。へこみが見えてきた。装甲が折れ曲がり始める。亀裂が入り始めた。


「レオ!」


 サドが気づいた。タイタン号のダメージが、徐々に表面化してきている。

 頑丈とは言え、内部にも巨大機体の一撃は届く。緩衝材を隔てても体に響く。レオの意識も朦朧としてきた。

 ウルサは何度もめげずに殴る。


『あの男を捨てれば勝たせてやってもいいわ!私こそが世界をす グゥッ 』


 胴に右をぶち込まれた。そこで意識が一瞬だけ途切れた。気づいたときには、目の前に左拳が迫ってきていた。





 衝突した瞬間、継ぎ接ぎの装甲が、特に背面側の外殻が吹き飛んだ。細小な部品が雨粒のように降ってくる。

 重厚な一撃はウルサにまで響く。殴られてないのに、まるで鼻ごと顔面全部を潰されるぐらいの重撃を真正面から受けた。

 レオはその左を…地に向けて、大胆にぶっ倒した。敵機の胴体が大きくバウンドする。渾身の一撃が、機体を大きくへこませ、地面にめり込ませた。





『お呼びじゃねぇよ……勝てるから。』





 敵機を地に堕とした。青空から敵を見下ろして、ようやく一息ついた。少しだけ脇見をすると、ライラが口を押さえていた傍ら、サドがこちらを見ていた。彼女の勝利を…唯一、最初から最後まで信じていた。

 ハンドルを元に戻し、スイッチを変えて、グローブによる動作を止める。サドの顔をカメラ越しに見て、端末で連絡を取る。


「よお、完全勝利だ。文句ねぇだろ。」

『信じてた。勝てるって……』

「ライラとサドの分、代わりにぶち込んだから……許してやれ。」

『タイタン号を直すから、今そっちに向かう!』

『待って!』


 2人は機体に乗り込み、タイタン号へと向かう。

 一方でタニア達は呆然としていた。理不尽なまでの格差に、絶望から絶望へと突き落とされた。巨大機体はまだ原型を留めている。


「生きてるのか?」
「そんな……」
「私達、どうなっちまうんだ?」

「まだ動く。骨組みは折れてねぇ。それより救助だ!

ウルサ!待ってろ!」


 総出で機体に乗り込み、ウルサを助けようとした。



(……ここは?)


 強い衝撃で前方の機械が一斉に壊れている。暗闇の中、現実にいる実感が湧かない。例の“楽園”でもない。

 大の字に寝ながら、鼻血を出し吐血する。目が完全に開いて、自身の走馬灯が見えてきた。そこにいたのは、真っ黒で誰か分からなかった。


(姉様……?それとも……)


_____


「……痺れないか?もう少し休んだ方がいい。俺はしがない闇医者だ。気にすんな。

脊髄空洞症。連合が指定した【前途先天性欠損症指定】の1つだ。今日の人類が背負うだろう、精神障害を除く先天的な外的症状だ。

【完全体】かどうか、専用の機器で検査してから、然るべき施術を執った。4年か、それ以上放置されたんだろう。一足遅かったら……

……誰が運んでくれたか?お前は自分の為に生きることだけ考えろ。他人に頼って報われなかったんだ。自分を高めて、他人に頼らないで生きられるよう磨くしかねえだろうが。

分かったなら、他の人に安全な場所まで送る。そこで腕前を上げて自立するんだ。」



…コロニーから出て自分の店を設立したとき、その運輸で爆風に襲われる。正直経営も上手く行かなくなって、借金に追われて諦めていた。



「……アンタ、馬車馬のように働くな。偉いやつだ。

アタシは【タニア】。弱い立場の人達を守る正義の味方。エンダー家の配下になれるように、何度も戦闘を重ねてんだ。勝ち負けは……大体負け越しぐらいだけど。

……襲って悪かった。アンタの悩みを晴らしたい。そんな深刻な表情を美女にされたら、助けるしかないだろ?

野郎の上司にクビにされた?許せねぇなあ!そう言う奴らなんか忘れて、一緒に逃げようぜ!男に関わったところで、碌な事しねぇからなあ。付いてきて!」


_____


 ウルサの恩人は、姉貴分に当たるタニアともう一人、闇医者の男性である。その記憶は、前までタニアの声で再生されていた。

 しかし、殴られて記憶が一部だけ戻る。最初起き上がった時の過酷の記憶は、やけに口の悪い男の声がしていた。


(私を病気から助けてくれたのは、タニア姉様。孤独から救ってくれたのも、姉様。そう思っていた。でも、前者は違う。明らかに男の声。一体誰が……

……とにかく、仲間を守らなきゃ。)


 体が起き上がる。コクピットごと傾き、上手く立ち上がれない。腕を押さえながらハンドルで膝を動かし、ゆっくりと立ち上がる。ふらついて立ち向かう力はもう無い。

 レオは再び立ち上がる彼女を睨んだ。


『まだ殴られ足りないか?』


 無論、ウルサにその気力は無かった。


『いや……降参よ。』

『そうか。』


 静寂が2人を包み込む。互いの未来を懸けた決闘が、ここで幕を閉じた。レオから話しかけてきた。


『いくつか聞きたいことが……』

『機械霊、接近中。パイロットは速やかに武装を用いて、機体を保護せよ。』

((!?))


 レオはすぐにレーダーを確認する。方向としては丁、サド達が観戦していた場所から来ているようだ。レオとウルサは、その方向にカメラを合わせる。

…奥から影が見えてくる。周囲に飛翔体が集まっており、針状の装甲が敵機の表面と繋がっている。【針鼠ハリネズミ型】の機械霊がこちらに向かって来ていた。

 ウルサは大声で、仲間に呼びかけた。


『みんなぁ!早くここから逃げて!【大空洞】に戻って!』


 タニア達は機体を止めて、周囲を見渡す。端末を持って他の味方と連携を取ろうとした。タニアが真っ先に見つけた。

…その光景を見て、タニアは脱力して端末を手元から落とした。他の人達も絶望から脱力する。

 もう、手遅れなのだ。


「これが……“終わり”か。」


 見覚えがあった。沢山の悲鳴、機体を貫いた禍々しい棘、飛翔体の兵器に蝕まれた者達、取り込まれた中型機の集団、そして皆の繋がりを断ったジャミング。

 彼らの襲来で、全て目の当たりにした。それがトラウマのように蘇った。体が震え、視界が振れる。思うように動かなかった。

 奴らの姿を見て逃げ出す。しかし、一部の者達が彼女達を守ろうと躍起になっていた。


「タニア!アイツの分け前、私らで分けてもいいよな!?」

「やめろ!逃げるぞ!アイツは……アイツは!」

「リーダーに負けてられねぇんだ。奴らに消された仲間の分、ギッタギタにしてやる!」

「おい!」


 小型機はほとんど逃げる。残ったのは中型機と、小型機8機ほどであった。中型機1機が小型機5機を率いて、立ち向かった。

 敵の大型機が小型機を刃物で粉砕する。

 飛翔体の兵器が命中し、仲間の肌に黄色い痣が浮き出て、悶絶していたところを中型機の銃撃に見舞われ、跡形も無く消される。

 機械霊が包まり、あの準備が始まる。


「逃げろ!私の声が届くうちに、遠くに逃げろ!!こいつらに勝てない!とにかく逃げろ!!!」


 タニアは叫んだ。機械霊はそのままレオ達の方向に転がる。通った場所に棘が突き刺され、小型機3機が踏み潰され貫かれた。

 残るは中型機1つ。


「返事をしろ!お前ら!おい!誰か!タニア……!」


 彼女の声が誰にも届かぬまま、大型機の一撃をもって砕け散った。

 残った仲間が、絶望を目の当たりにして逃げ出した。タニアは逃げられなかった。怯えていた。


(……みんな、終わるんだ。あの“災害”に……また負けるのか。勝てないのか……。)


 自分には何もできない。小さな存在と思い知らされ小さな涙を一滴垂らす。

 その時、彼女の機体を影が包み込む。上を見上げると、タイタン号が奴らに立ち向かう。その後ろを2つの機体が付いていく。

 小型機が彼らの脇を潜り抜けて、逃げていく。今ここにいるのはタニアと、ウルサと、あの3人であった。

 その3人が先頭に立つ。レオは仲間に連絡を取った。


『ライラ、戦えるか?』

『うん!大丈夫。遠くからだけどサポートするわ!』

『サドは?怪我は無いよな?』

『準備万端!いつでも行けるよ!レオは連戦だから、気をつけて!』

『ウォームアップはできている……』


 3人は既に挑戦の意を表明する。決闘改め、人類の未来をかけた戦争が、幕を開ける。


「狩り方を教えてやる……こっからが本業だ!」


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