白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

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【エーヴェルトside】

 ローゼリアから公務で孤児院へ行くので、子どもたちに渡す菓子を当日の朝に王太子妃の執務室まで持ってきて欲しいと手紙を貰ったのは、ローゼリアが孤児院へ行く二日前の事だった。

 屋敷の使用人に届けさせてもよかったのだが、結婚してからの様子が気になっていたので、直接エーヴェルトが届ける事にしたのだった。

「お早うございます妃殿下、ご所望のお品をお持ち致しました」

 そう言ってエーヴェルトが両手でバスケットを持ち折り目正しく渡そうとしたら、ローゼリアに止められた。

「今は誰もいませんし、そのようにされるのはおやめになって。住む場所は王宮へと変わりましたが、私がお兄さまの妹である事は変わりませんのに」

 ローゼリアはそう言って悲しそうな表情を浮かべる、エーヴェルトは持っていたバスケットを応接セットのローテーブルの上に置いてソファに座った。エーヴェルトに合わせるようにローゼリアも正面のソファに座る。

「そうか、では言葉遣いは変えよう。ローゼリア、あの馬……いやあのお方とはどうなっているのだ? お前のその姿を見てアレ、いやあのお方も変わっただろうか?」

「とても驚いているご様子でしたわ。最愛様から白い結婚にするおつもりだとお聞きしておりましたから、私からあの方が言わんとしていた言葉を先に言ってしまいましたわ」

 そう言ってローゼリアは悪戯が成功した子供のように笑った。

 しかしエーヴェルトの表情には険しい色が浮かんでいた。

「その後は、どうなったのだ?」

「ふふふ、あの方ったら顔を真っ赤にされて自室に戻られましたの。なので私は寝室に繋がるドアの鍵を掛けてしまいましたわ」

「……それはあまり良くないな」

「あら、どうしてですの?」

「あの方はとても流され易い。こちらで画策して何とかあの女と引き離したところだが、ここでお前が上手くつかまえておかないと、次の相手が現れるかもしれない」

「私は別にお飾りの妃でいいと思っていますのよ」

「ロゼ、それは甘い考えだよ。僕は権威を持った以上は立場を守るための努力はすべきだと思う。お前の読む小説とは違い、近隣諸国を見る限り実際に冷遇された妃の末路はロクなものではない。あの方がお前を見るようになったのなら、形だけでもいいから受け入れて欲しい」

「兄さま……」

「これまであの方がロゼにしてきた事は僕だって思うところがある。けれどもロゼはあの方の隣に立つ事を選んだ。もう同じ船に乗ってしまっているんだ」

「……私が王家へ嫁いだのは、兄さまのお役に立ちたいと思ったからです。私がいなくても兄さまならお一人でも立ち向かおうとされたでしょう。でも私は、近くで兄さまをお助けしたいと思ったのです」

 エーヴェルトは悲しそうな表情を浮かべる。

「ロゼは僕の事は考えなくてもいいのに……。でもありがとう、これからはロゼの立場上、僕は厳しい事を言わないといけなくなる時がくるかもしれない。正直な気持ちを言うとそれでロゼに嫌われるのは怖い。でも僕にとってロゼが大切な妹であるのは変わらない。だから少しずつでもいいから、あの方に変化の兆しが見えたのならロゼも変わって欲しい。それがロゼの幸せにつながる事だと僕は思うから」

「兄さま……」



 ◆◆◆



 一日のうちでヘンリックが王太子の執務室で過ごす時間は長い。

 予定が入っていない時のヘンリックは真面目に執務をしているので、執務室にいる時間は誰よりも長く、朝から帰るまでに執務室にずっといる、というのはよくある事だった。

 側近は他部署との調整の為に出掛ける事があるし、文官たちは他の部署に書類を持って行ったり、資料を探す事も多いので、むしろヘンリック以外の者たちの方が執務室を離れる事の方が多かった。

 そしてヘンリックは食事の時間は王宮内の大食堂へは行かずに、執務室の続き部屋に作られている、休憩室兼仮眠室で食事をしているので、執務室の中で変わった動きをしてしまうと気付かれてしまう可能性は高かった。

 しかしその日は国王陛下との急な会食の予定が入り、ヘンリックと側近たちが昼食の時間だけ執務室を空けたので、エーヴェルトはそのチャンスを逃さなかった。

 ヘンリックと側近が出て行ってしまえば、執務室に残っているのはエーヴェルトを含めた数人の文官たちで、彼らは皆フォレスター傘下の貴族家の令息ばかりだった。なのでエーヴェルトは、ヘンリックが退室したら迷う事なく、すぐに彼の机の引き出しを開けたのだった。

 突然の行動に文官たちは驚いた表情を浮かべていたのだが、エーヴェルトは気にせずにヘンリックの机の中を探る。

 今朝、彼がこの引き出しの中に何かを隠した事をエーヴェルトはしっかり見ていた。なのでエーヴェルトは、自分の仕事をこなしつつも、ヘンリックの動向を注意深く観察していた。彼が引き出しに入れた何かを移動させた様子が無かったのは知っていたので、アレはまだ引き出しの中にあるはずだった。

 自分だったらこういうものは肌身離さず持っているか、すぐに燃やしてしまうなりして処分するだろう。自分からこれを取り上げる事が出来る者はこの部屋にはいないのだから、家臣に見咎められて何が書いてあるのか聞かれても適当な事を言えばいいのだから。

 王のただ一人の子としてゆるやかに育てられたヘンリックは注意深さが足りない。こういう時はとてもやりやすいのだが、国王として立ってもらうには直してもらわないといけない。

(本当に、まだまだ甘いな)

 ヘンリックの引き出しの中に不自然な形で入れられてあった小さな紙片を広げながらエーヴェルトは素早く内容を検めると、すぐに元あったように仕舞った。

「エーヴェルト様、何かあったのですか?」

 一人の文官が恐る恐るエーヴェルトに声を掛ける。

「殿下が罠を仕掛けられている。門番には特に今日は人の出入りに厳しくするように伝えておかないといけないな。それと本日夕方の中庭には目立たない場所に何人か人を置くか……」

 エーヴェルトは自分の部下でもある文官たちに指示を出していく。彼らは命じられた場所へ向かうために執務室を出て行った。

 ヘンリックが誘いに乗らなければ全て杞憂に終わるのだが、マリーナもその背後にいるヴィルタ公爵も諦めてはくれなさそうだった。
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