白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

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11 エーヴェルトが話す真実

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【エーヴェルトside】

 真偽を確かめるようにエーヴェルトはヘンリックをじっと見つめる。飼い主に怒られている犬のようにヘンリックは言いにくそうにしていたが、エーヴェルトの無言の圧に負けたのか、少し時間を置いてからようやく口を開いたのだった。

「……当時、侍女長をしていた者だ」

「ああ、やはりあの者でしたか」

 あの頃侍女長をしていたのは、過去に王妃専属の侍女を務めていた者だった。

「ローゼリアが殿下と婚約をしたばかりの頃、ローゼリアが初めて殿下にお会いするという時に王家から人が遣わされました。その者はローゼリアに殿下の婚約者としてふさわしくあるようにと王妃様より言いつかってきたと申していました。そう言ってかの者はローゼリアにランゲル女性たるものは肌の白くあるべきだと言い、幼いローゼリアの肌に突然白粉を厚く塗り始めたのです。母が止めようとしたのですが、王妃さまからの命だと強く言われてしまえば私たちにはどうする事も出来ませんでした。ちょうど父は王宮へ出掛けて不在にしていましたので、その時を狙ったかのようにいらっしゃいましたね。そしてクセのある髪はみっともないと言いコテで伸ばされ、その後は髪にツヤが無いと言って油をたくさん塗り始めました。当時のローゼリアは長く伸ばしていた前髪を結い上げていつも額を出していたのですが、ロゼの瞳が目立ち過ぎると言って鋏を用意させると、目を隠すくらいの長さまで前髪を切られたのです。その時にはもう、幼かったロゼは侍女長に怯えていて小さく震えていましたし、あまりのやりように母は泣いていましたよ。私は子どもだった自分の無力さをとても悔しく思っていました。こうして殿下がよくご存知のローゼリア・フォレスターが誕生したのです」

 エーヴェルトの話にヘンリックは表情が強張っていた。元侍女長がローゼリアにした事はこれだけではないが、今の彼にはこれで充分だろう。

「……王妃様は私にローゼリアは公爵家の力を使い私の婚約者となったと言っていた。彼女が我儘な性格だと知られてしまうと良くないから表向きは政略とする、と」

 ヘンリックの声は小さかった。少し前の彼であったなら疑う事もなく王妃の言葉は正しいのだと信じて、王妃や当時侍女長だった者を庇ったのだろうが、少しずつローゼリアを見るようになってきたことで、あの時言われた言葉を信じる事ができなくなっていた。

 王妃とヘンリックは親子関係ではあるが、実際にヘンリックを産み落としたのは第三側妃で、王妃とヘンリックの間には血縁関係はない。第三側妃はヘンリックを産んですぐに儚くなってしまったので、彼は王妃を実の母のように思っており、彼は王妃や王妃の周りの者の言葉を盲目的に信じていた。

 ヘンリックの言葉にエーヴェルトは乾いた笑いを浮かべる。

「幼い頃はともかく現在はもう成人されたのですから、誰かの言葉を鵜呑みにされるのではなく、ご自分でお調べになられた方がいい。あなたとロゼの婚約は前国王陛下が望まれた事です。この国の将来を左右する王太子殿下との婚約をたかが幼い子供の感情ひとつで押し進めるような愚かな家ではありませんよ、フォレスターは」

 エーヴェルトは言葉には出さなかったが、ヘンリックには自分の恋愛感情ひとつで婚約者をローゼリアからマリーナへとすげ替えようとした自分を責めているように聞こえた。

「それにヴィルタ家のような三代前に公爵家となった新興貴族とは違い、フォレスター家は過去に何度も王女の降嫁先や王子の婿入り先に選ばれてきた家で、フォレスター家からも王妃を何人も輩出しているのです。この国でフォレスターほど王家と縁の深い家門はありません。我々も王家との繋がりのために今さらロゼをあなたに嫁がせようなんて思ってはいませんでしたよ」

 エーヴェルトが話す事は筋が通っている。ヘンリックは言い返せなかった。

「王妃様にどのような意図があったのか今となってはわかりませんが、これまであなたが見ていたロゼは王家が作り上げたもので、それはロゼ自身が望んだものではなく、本当のロゼは違うという点だけはご理解いただきたいですね」

「私が、………愚かだったのか」

 ヘンリックはそう呟いた。言った後でこの言葉を前にもいつかどこかで言ったような気がしたが、ヘンリックは思い出す事ができなかった。

 エーヴェルトはこれまで会話をしながらも注意深くヘンリックの反応を見ていた。

(馬鹿ではあるが、手遅れというほどでもないといったところか……)

 エーヴェルトは小さく溜息を吐く。

 この王子は良く言えば素直なのだが、悪く言うと何も考えていない馬鹿なのだ。

 国を背負う立場にあるというのに傀儡にしやすいところは大きな欠点だ。

 外堀さえ埋めてしまえば、彼からその座を取り上げる事は簡単そうだと思えてしまう。

 そして彼の代わりに玉座に座れる者はいる。しかし、白い結婚であってもローゼリアが王太子妃として嫁いでしまった以上、エーヴェルトはそのカードを切りたくはなかった。

 彼自身には改善の余地は大いにあるが、話してみて彼が変わる可能性も見出すことができた。そして小さくても可能性があるのなら、ここで彼を見捨ててしまうにはまだ早いとエーヴェルトは判断したのだった。

 彼を罠に嵌める事はさほど難しい事ではないと周りの者や貴族たちに気付かせない工夫を自分たちはしなければいけない。

(ヘンリックの王政を支えるにはローゼリアの協力は不可欠だな)

 エーヴェルトや文官たちは実務を担うが表には出る事は少ない。後ろ盾のしっかりした優秀な王妃が寄り添っているといないのとでは対外的にも大きく違ってくる。

 ローゼリアは一見すると大人しそうに思われがちだが胆力はある。前に出る事は少なくても、後ろを守らせたら確実かつ堅実に守り切るだろう。それにローゼリアならば、ヘンリックがミスをしてもフォローを任せられる。

 そしてローゼリアにもエルランド王家の血が流れているので、ヘンリックの王政はエルランドとの関係も友好的なものとなっていくはずだから外交問題もクリアしている。

 自分たちの世代では彼女ほど王妃にふさわしい女性はいないというのに、気を抜くと内部から崩れてしまいそうな危うさがあるのは、結婚から戴冠までの時間が短か過ぎる事と、現国王とヘンリックとの歳の差が大きいのに、その間を繋ぐべき王を持たなかった事にある。

 ヘンリックも彼を支える自分たちも若過ぎるのだ。せめて王と王妃は一枚岩でないと、誰かに足元を掬われてしまうかもしれない。

(二人が不仲だと周りに思われるのはかなり不利になるか。上辺だけでもいいから仲良く見せるには、ローゼリアの披露目も兼ねた今度の夜会で失敗するわけにはいかない。その辺りはロゼは良く分かっているだろうけれど、まずはヘンリックの意識を変えるのが先か……)

 もうすぐ新シーズンが始まる。毎年新しいシーズンの最初の夜会は王家主催の夜会からとこの国では決まっている。

 今年の夜会は王家にとっては特に重要な夜会で、王太子妃となったローゼリアのお披露目も兼ねた夜会なのだ。

 エーヴェルトはこの夜会で、ローゼリアが王太子妃にふさわしい淑女であると王国全ての貴族たちに思わせたかった。

 婚約者時代からローゼリアは王妃に命じられて、王家主催の夜会を何度か取り仕切ってきた。もちろん全て王妃の名前で行われた事とされたので、ローゼリアがしてきた事だと知っているのはごく一部の者たちしかいない。

 王妃の実家での当主交代にはフォレスターも一枚噛んでいるし、王妃に指示をされていたローゼリアの見た目を勝手に変えて本来の姿に戻した事で、王妃とは完全に敵対関係となってしまった。

 文官に仕事を投げるタイプの王妃だったので、文官さえいればローゼリアが執務の上で困る事はそれほど無さそうだと判断したからした事だったが、このままあの王妃が大人しくしているとも思えなかった。

 ヘンリックとは血の繋がりは無いが、彼は祖母ほども歳が離れた義理の母親でもある王妃を慕っている一面も持っている。それを利用されてあちらに取り込まれてしまったらめんどうな事になる。

 エーヴェルトには彼を破滅させるだけのカードを持っているから、彼が王妃側について敵対しても充分に退けられる自信はあるが、エーヴェルトの個人的な気持ちとして余計な争いは望んではいない。

(やはり一度彼にはどちらに付くのかを選んでもらわないといけないな。幼い頃から慕っていた王妃と妻であるローゼリア、ヘンリックはどちらを選ぶ?)

「あなたはむやみやたらと人を信じてしまうきらいがあります。私の話もすぐに信じるのではなくご自分でお調べになってから判断を下すべきです」

 エーヴェルトはヘンリックを見つめながらそう話した。エーヴェルトにじっと見つめられるとどちらの立場が上なのかわからなくなる時がヘンリックにはあり、彼の言葉には従った方が良いと何故か思えてしまうのだった。

「わかった」

 ヘンリックは項垂れたまま自分の机に戻ると、置かれてある書類に目を通し始めるのだった。
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