白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

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12 告げられた秘密

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 あれからすぐにヘンリックは早急に会いたいと王妃への面会の申込みをした。王妃はヘンリックの結婚と共に執務を全てローゼリアに渡してしまい、実質的には引退をしたようなものなので時間はあるはずなのだが、返事には五日後のお茶の時間を指定されたのだった。

「で、私に何の用か?」

 王妃は国王よりも十ほど歳が下だと聞いているので国王よりはいくらか若いが、それでもローゼリアの母親よりもずっと年上で、ヘンリックにとっては祖母と呼んでもおかしくはない年代だった。王妃と同世代の貴族家の当主たちは既に子供に爵位を譲って引退している者が多く、彼女がつい先ごろまで王妃の執務をしていたのは執務を任せられる者がいなかったからだった。

「実はローゼリアの事でお聞きしたいことがありお時間を頂きたいと思いました」

 ローゼリアの名前を出した途端、王妃の眉間に皺が寄る。王妃は白粉を厚く塗っていたが、それでも歳と共に増えていくシワを隠す事は難しかった。

 王妃は宝飾品を多く身に着けている。今まで国に尽くしてきた長さを考えると、持っていてもおかしくはない品々ではあったが、彼女が身に着けているダイヤモンドの輝きは彼女の老いた肌をより強く目立たせていた。

 これまでヘンリックはそういった事も気にならなかったのだが、今日は王妃の香水の香りも厚く塗り込められた肌も、身に纏っている煌びやかな宝飾品も王妃としての品位を下げているように感じてしまうのだった。

「あのような娘ために、この私に時間を作らせたのか?」

「申し訳ありません、しかし私にとっては重要な事なのです。……私は王妃殿下と早急にお会いしたかったのですが、お忙しかったのでしょうか?」

 王妃はこれでも国王や高位貴族の前では敬語も使うのだが、ヘンリックしかいない時の王妃は敬語を使うような事は一切なく、その場の支配者であるかのような態度や口調になるのだった。

 生まれてすぐに生母を亡くし、母の情というものを知らないヘンリックは、王妃を母と思いたかった為に、自分と話す時は言葉遣いを崩している王妃が自分に対して近い距離で話してくれているのだと信じていたのだが、他の貴族子息と母親との会話を見聞きしていくうちに、自分と王妃と自分との関係は親子ではなく、主従関係に近いものだといつしか気付いてしまったのだった。

 王妃の背後では侍女が大きな団扇で王妃を扇ぐので、ヘンリックには王妃の甘ったるい香水の匂いがいつも以上に強く感じられた。

「ああ、忙しいな。四日前には観劇に出掛けて、次の日は体を労わるために休んでいた。その次の日は商人と約束があり、さらにその次の日には実家と同じ派閥の夫人との予定が入っていたからな。お前の私的な用事に付き合うほど私は暇ではない」

「……申し訳ありません、王妃様」

 ヘンリックは椅子に座りながらも再び頭を下げた。

「して用件は? 早く言え」

「過去に侍女長がフォレスター家へ訪れて婚約前の妻にご指導をされたとお聞きしたのですが、それは事実なのでしょうか?」

 王妃は少し考えるような素振りをする。そしてお茶をひと口飲んでから口を開いた。

「ああ、私の指示で当時の侍女長をあの家に遣わせた。あの家の女主人はエルランド人だからランゲルでの常識は私が教えないといけないからな」

「ではローゼリアがこれまで王妃様のご指示であのような化粧をしていたのでしょうか?」

「あの娘はエルランドの王妹にそっくりだったからな。幼くあってもあの女と同じように陛下を惑わすかもしれぬから、そうならぬように私がしたのだ」

 そう言って王妃はローゼリアの姿を思い出しているのか、嘲るように笑う。

 それは人として醜悪で、気持ちの悪い笑みだった。

「今のエルランド国王に妹君はいらっしゃらなかったかと思うのですが……」

「たわけ、先のエルランド国王の妹だ。我が国の先の国王陛下はあの王女をランゲル王家に嫁がせようとされていらした。陛下は当時婚約していた令嬢と婚約解消をしてまであの王妹を望まれたが、結局王妹はエルランド国内の貴族家に嫁いでしまったがな。それから陛下は私が王家に嫁ぐまでの長い間、妃を娶ろうとはしなかったのだ。もしかしたら歳の離れた私が嫁げるまで待って下さっていたのかもしれないが。しかし先の陛下のお考えで今度はあの王妹の娘を名門フォレスターに嫁がせてしまい、名門フォレスターに穢れた血を入れてしまったのだ。ローゼリアはあの王妹にそっくりではないか。あのような顔、我が王家にはいらぬ」

 ローゼリアの母親は隣国エルランドから嫁いできた。彼女の白金色の髪と青い瞳はその母親から受け継いだものだった。これまでヘンリックはローゼリアの母親はエルランドの公爵家出身としか知らず、祖父母の代の事までは知らなかった。公爵家ならば王妹が降嫁してもおかしくない家で、彼女の母方の祖母は先のエルランド国王の妹という事になる。

 その事を知ったヘンリックは、こんなに重要な事をこれまで知らなかった自分自身に対して落胆してしまった。

 これまでヘンリックに教師として付いてくれた者たちは皆優しかった。最初に教師として付いた者は厳しかったが、幼いヘンリックが教師の事を怖いと言ったらすぐに変わったので、これでいいのだとずっと思い込んでいた。

 王妃は紅茶を飲みながら遠くを見てため息をついた。

「お前ももう少し使える者に育つかと思っていたが、期待外れだったな。こうなるのならフォレスターの小倅を手懐けておけば良かった。異国の血は入っているしあの女に似てはいるが騎士団を率いていたあれの祖父は、陛下の従弟だからな」

 ヘンリックは王妃の言葉の意味が理解できなかった。王妃の言う小倅とはエーヴェルトの事を指しているのだろう。

 ヘンリックの様子など気にせずに王妃は言葉を続ける。

「今思えば私もお前の母親のようにするべきだった。陛下の御子にこだわるあまり、気付いたら時間が経ち過ぎ、私も歳を取ってしまった」

「……我が母のように、ですか?」

「まさか知らぬのか? いや、考えた事もないのだろう。お前の母は側妃でありながら陛下を裏切り、違う男の子どもを身籠り産まれたのがお前だ」

 そう言って王妃はヘンリックを持っていた扇で指し示す。

 ヘンリックは言われた言葉が信じられず、王妃の言葉を何度も頭の中で反芻してから小さな声で呟いた。

「そんな、馬鹿な……」

「よく考えてみるがいい、陛下には私の他に三人も妃がいたのだ。その中で子供を身籠ったのは三の側妃のみで、他の側妃たちは懐妊すらしなかったのだぞ。それなのに私たちは陰で石女だと言われておるのだ。せめてお前が少しでも陛下に似ていれば良かったのだが、お前はどこの馬の骨とも分からぬ父親に似たのだろうな」

 これまでの王妃のヘンリックへの態度が下々の者に対するようだったのは、王妃がヘンリックを王族と認めていなかったからで、敬意を表す相手とは考えていなかったからだった。

「三の側妃も死に、今ではもう調べようもないが、証拠を集めようとするといつも邪魔が入ったので私も諦めるしかなかったが、お前はせいぜい王家の血を持っているフォレスターの娘を大切にするのだな」

 そう言い捨ててから王妃は立ち上がり、ヘンリックに挨拶も無く立ち去ってしまった。

 王妃に付いていた侍女たちも一緒に去ってしまったので、ヘンリックだけがひとりでテラスに残された。

 ヘンリックの頭の中で様々な事が思い出されていた。

 祖父のような年齢ではあっても、父と思っていた国王は自分には優しかった。しかし一部の使用人や貴族たちの中にはヘンリックに冷ややかな態度を取る者がいたし、無愛想な対応をする者も確かにいた。そういった態度を取るのは年長者に多かった。

 来年ヘンリックは戴冠式を予定している。貴族も民も自分をどんな目で見るのだろうか? 間違った者が国王になるような事はあってはならない。

 ひとり残されたヘンリックは、自分の前に置かれたティーカップがカタカタと揺れている事に気が付いた。どうしてカップが揺れているのだろうと、こんな時であるにも関わらず頭の中で小さな疑問が気になってしまったのだが、揺れているのはカップではなく自分自身の身体だった。

 ヘンリックの身体は目の前に置かれた紅茶が波打つほどに、小刻みにガタガタと震えていた。
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