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25 ローゼリアとのダンスは……
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夜会当日、ヘンリックがローゼリアと顔を合わせたのはお互いに準備も整い、会場へ向かおうとした時だった。
婚約者時代のローゼリアは良く言えば伝統的、悪く言えば流行から外れた古いデザインのドレスを着ていた。今どきの令嬢たちは鎖骨や胸元が見えるドレスを好んで着ているというのに、彼女はいつも首元まできっちりボタンで留めていて、色も灰色や紺色等の暗い色が多かったから婚約者時代のヘンリックは、心の中でローゼリアを教師のようだと思っていた。
結婚してからのローゼリアはドレスの色合いを薄いブルーやグリーンのものに変えていたが、首元を隠すデザインは相変わらずだった。だから、今回の夜会でも清楚な雰囲気のドレスを着るものだと思っていた。
今日の彼女は事前に話していた通りブルーのドレスを纏ってはいたが、いつもとは違って首を隠す事もなく鎖骨が見えるくらい襟ぐりの開いたドレスを着ている上に、コルセットを使って腰の細さを強調するデザインで、エルランドでよく見られるドレスによく似ていた。細く絞った腰より下は薄布を何枚も重ねてふんわりとさせている。コルセットを使わないランゲルのドレスとはシルエットが全く違うドレスだった。
普段はゆるくまとめているふわふわの白金色の髪はアップにして、ウエーブのかかった後れ毛は普段の彼女からは感じる事のない色気を感じさせる。化粧を薄めにしている事でキメの細かい肌とぽってりとした小さな唇に大きなサファイアのような瞳が彼女の美しさを強く印象つけた。そして首元には昨日ヘンリックが贈ったネックレスが夜のような闇の中で青く光を放っていた。
「……とても、綺麗だ」
そう言ってヘンリックは表情を輝かせた後に頬を赤らめる。
ヘンリックは自分の妻がここまで美しい事を知らなかった。自分はこれまで幾度となく容姿を褒められてきたが、その自分ですら彼女の隣に立つと引き立て役に見えてしまうだろう。
唯一気になったのは彼女のドレスには自分の色が入っていない事だった。青いドレスの布地に白金色の刺繍は彼女だけの色で、胸元のブラックオパールだけが唯一、彼女が自分の妻だと主張しているように見えるのだった。
(ああ、そういう事なのか)
男性側から女性へドレスを贈るという事は、自分が着せたい服をパートナーに着せる事が出来るという事だということにヘンリックは初めて気が付いたのだった。
ヘンリックはドレスのデザインの善し悪しは分からないから、ドレスを自分が選んで贈る事を考えてはいなかった。買うのは自分でも、選ぶのは着る側が決めればいいと思っていたのだ。
おそらく今ローゼリアが持っているドレスにはヘンリックの色は使われていない。
ヘンリックはこれまでドレスに興味はまったくなかったのだが、自分の色が入ったドレスをローゼリアに着てもらいたい、そう強く思ってしまった。そしてその願いを叶えるのは簡単な事で、ドレスを自分が贈ればいいのだという事にようやく気が付いたのだった。
先日はネックレスを購入したが、彼自身に充てられた予算はまだ充分に残っているので、近いうちに仕立て屋を王宮に呼ぼうとヘンリックは思うのだった。
「ありがとうございます」
そう言ってローゼリアは果実のように瑞々しい唇の端を上げる。王太子妃として完璧な微笑みだった。
「エルランド風のドレスを作ったのだな」
「ええ、これから流行らせたいと思っていますのよ。ランゲルは流行にも遅れているなんて他国で言われたくはありませんから。外交をする上でも恥じない装いをしていないと、こちらが不利になりますもの」
そう言ってローゼリアはほほほと笑う。
ヘンリックは手を差し出して彼女をエスコートする。
「ん? キミはこんなに小さかったか?」
ローゼリアが留学をする前、今から四年ほど前に参加をしていたお茶会の時の自分とローゼリアの身長は同じくらいの高さだった。しかし今はヘンリックの耳の辺りにローゼリアの頭があったのでヘンリックは思ったままの言葉を口にした。
「ふふふ、それはきっと殿下のお背がお伸びになられたからでしょう。私はこの数年は大して身長が伸びませんでしたから」
ローゼリアが留学から戻ってきた前シーズンでは数回ほど夜会でエスコートをしたのだが、あの頃のヘンリックは少しでも早くローゼリアと離れたいと思っていたので、ほとんど彼女を見てはいなかったし、視界には入っていても関心を持っていなかったから、気付く事ができなかった。
結婚してからも何度かエスコートはしていたが、自分たちの身長差に気付いたのはなぜか今この時だった。
「……そうか、もうそんなに経ったのだな」
そう言ってヘンリックは瞳を細めた。
元々ローゼリアは他の女性に比べても小柄な方だ。ヘンリックもあまり身長が高い方ではないので、エスコートをするのにはお互いに丁度良い身長差だった。
自分の隣にローゼリアがいる、それだけで何故かヘンリックはとても幸せな気持ちが胸の内から溢れてくるのを感じていた。そして同時にローゼリアの事がとても愛しく思えてしまうのだった。
「私は、……キミを失わなくて良かった」
ヘンリックは隣にいるローゼリアでさえも聞き取りにくい小さな声でそう呟いた。
「えっ? 今何とおっしゃったの?」
「今キミとこうしているという事がすごく嬉しいんだ」
気付いたらヘンリックの腕が微かに震えていたので、ローゼリアが彼の顔を見たらヘンリックは今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。
「行きましょう、殿下。皆を待たせてしまいますわ」
その場の空気を変えるようにローゼリアはヘンリックに柔らかい口調で声を掛けるのだった。
◆◆◆
夜会の入場は爵位の低い者からなので、王族はいつも最後の入場となる。国王は体調不良を理由に欠席をしているので、国王の妃である王妃と側妃二人と一緒の入場となる。彼女たちのエスコートは近衛騎士たちが勤めていた。
ヘンリックとローゼリアの背後に立つ王妃から憎悪にも似た強い視線を感じる。きっと余程ローゼリアは前ピオシュ公爵夫人に似ているのだろう。
背筋を正す思いで入場ドアの前にヘンリックは立つ。夜会でここまで緊張をしたのは初めてだった。
ドアが開き会場に入った途端、そこにいた全ての貴族たちが王族である自分たちを見る。
ヘンリックは何度もこのような入場をしてきたが、今日はいつもよりもざわめきが多い。
理由は単純で、ヘンリックの隣に立つローゼリアが美しく変わったからだろう。皆が美しくなったローゼリアを見ているのがヘンリックにも感じられた。
そしてこれだけの注目を浴びているというのにローゼリアは臆する事もなく、凛とした姿勢のまま貴族たちの視線を受け止める。それは未来のランゲル王国王妃としての姿でもあった。
王族を代表してヘンリックが慣例となった挨拶を終えると、ゆったりとした曲が流れてダンスの時間となった。
ランゲル王国ではシーズン初めの最初のダンスは王族からと決まっている。
ヘンリックはローゼリアをエスコートしてホールの中央に立つ。
忙しくて一度も二人で練習が出来なかったので、ヘンリックがローゼリアと踊るのはこの場が初めてだった。彼女の踊る姿を見たことがないヘンリックは、ローゼリアがどれくらい踊れるのかをまだ知らなかった。
そして王太子として人気の高いヘンリックは、これまでたくさんの令嬢や夫人たちと踊ってきたから初めて踊る相手を上手くリードする自信はあった。
あった、はずだったのだ。
まず最初のステップでヘンリックはつまずきそうになってしまった。ローゼリアの驚いた顔が視界の隅にちらりと映る。
そしてこれ以上は彼女に無様な姿を見せたくない、そう思うだけでステップを何度も何度も間違う。
ローゼリアのオーバースウェイだけは絶対に失敗してはいけないと思い、そこだけは何とか失敗せずに終えたが、ろくなリードができないまま終わってしまった。ダンスだけは自信があったはずなのに、普段の自分と比べると及第点にも及ばないダンスだった。
(どうして、こんな時に限って……、こんなに失敗ばかりしてしまうなんて初めてだ)
ローゼリアは決して踊りにくい相手ではなかった。少し踊って分かったが多分彼女はダンスが上手い。ただ自分がいつも通りに踊れなかっただけだった。
最初の曲が終わった時にはヘンリックの肩は下がり、表情は暗く落ち込んでいたのだった。
緊張のあまりここまで自分が踊れなくなってしまうなんて事はこれまでに無かった。新妻に自分の良いところを見せたいと思っていたのに、それがかえってプレッシャーとなってしまったのか、散々な結果になってしまった。あまりの事にヘンリックは顔を上げられないでいた。
「殿下、笑顔です。笑っていれば良い方向に皆が考えますわ」
ローゼリアが正面を見たまま小さな声で呟いた。そのひと言で我に返ったヘンリックは顔を上げて慌てて笑顔を作るのだった。
ダンスを終えたヘンリックとローゼリアは王族席へと移り、貴族たちの挨拶を受ける。いつものヘンリックだったら王族席へは行かずにホールに残り、令嬢や夫人たちとダンスを踊っていたが、今日はそうしなかった。
デビュタントの時はデビュタントを迎えた令嬢とその家族全ての挨拶を受けるが、今日はそういった事もないので、王族との挨拶を希望する貴族のみと挨拶をして、それが終わったら自由に過ごせる。
挨拶の順番は高位貴族からとなっており、ヘンリックとローゼリアが王族席に座る前から彼らはそこで二人を待っていた。列の先頭にいたのは筆頭公爵家でありローゼリアの実家でもあるフォレスター一家で、公爵夫妻が正面に立ち、夫婦の後ろにはエーヴェルトもいた。
「お久し振りです、公爵」
そう言ってローゼリアが笑みを浮かべる。
こうして見比べるとローゼリアは母親である公爵夫人にとてもよく似ていた。王家に嫁してしまうと実の両親でさえも臣下となってしまい、公の場では親子であっても親しさを見せる事は許されない。
「王国の月である妃殿下におかれましては、ご結婚後もお健やかにお過ごしとお聞きしております」
「ええ、公爵も夫人も風邪など召されぬようお気を付け下さい」
「お心遣い、ありがたく受け取らせていただきます」
フォレスター家とはたったそれだけの会話であったが、公爵も夫人も複雑そうな表情でローゼリアを見つめていた。言葉よりも瞳の方が気持ちの多くを語っている。この結婚は王家の為のものであり、彼女の幸せを考えたものではないから心配なのだと。
そしてこの結婚の先にあるものをヘンリックは見せることができないでいる。
ヘンリックとローゼリアの結婚の先にあるものは誰にも分からなかった。
婚約者時代のローゼリアは良く言えば伝統的、悪く言えば流行から外れた古いデザインのドレスを着ていた。今どきの令嬢たちは鎖骨や胸元が見えるドレスを好んで着ているというのに、彼女はいつも首元まできっちりボタンで留めていて、色も灰色や紺色等の暗い色が多かったから婚約者時代のヘンリックは、心の中でローゼリアを教師のようだと思っていた。
結婚してからのローゼリアはドレスの色合いを薄いブルーやグリーンのものに変えていたが、首元を隠すデザインは相変わらずだった。だから、今回の夜会でも清楚な雰囲気のドレスを着るものだと思っていた。
今日の彼女は事前に話していた通りブルーのドレスを纏ってはいたが、いつもとは違って首を隠す事もなく鎖骨が見えるくらい襟ぐりの開いたドレスを着ている上に、コルセットを使って腰の細さを強調するデザインで、エルランドでよく見られるドレスによく似ていた。細く絞った腰より下は薄布を何枚も重ねてふんわりとさせている。コルセットを使わないランゲルのドレスとはシルエットが全く違うドレスだった。
普段はゆるくまとめているふわふわの白金色の髪はアップにして、ウエーブのかかった後れ毛は普段の彼女からは感じる事のない色気を感じさせる。化粧を薄めにしている事でキメの細かい肌とぽってりとした小さな唇に大きなサファイアのような瞳が彼女の美しさを強く印象つけた。そして首元には昨日ヘンリックが贈ったネックレスが夜のような闇の中で青く光を放っていた。
「……とても、綺麗だ」
そう言ってヘンリックは表情を輝かせた後に頬を赤らめる。
ヘンリックは自分の妻がここまで美しい事を知らなかった。自分はこれまで幾度となく容姿を褒められてきたが、その自分ですら彼女の隣に立つと引き立て役に見えてしまうだろう。
唯一気になったのは彼女のドレスには自分の色が入っていない事だった。青いドレスの布地に白金色の刺繍は彼女だけの色で、胸元のブラックオパールだけが唯一、彼女が自分の妻だと主張しているように見えるのだった。
(ああ、そういう事なのか)
男性側から女性へドレスを贈るという事は、自分が着せたい服をパートナーに着せる事が出来るという事だということにヘンリックは初めて気が付いたのだった。
ヘンリックはドレスのデザインの善し悪しは分からないから、ドレスを自分が選んで贈る事を考えてはいなかった。買うのは自分でも、選ぶのは着る側が決めればいいと思っていたのだ。
おそらく今ローゼリアが持っているドレスにはヘンリックの色は使われていない。
ヘンリックはこれまでドレスに興味はまったくなかったのだが、自分の色が入ったドレスをローゼリアに着てもらいたい、そう強く思ってしまった。そしてその願いを叶えるのは簡単な事で、ドレスを自分が贈ればいいのだという事にようやく気が付いたのだった。
先日はネックレスを購入したが、彼自身に充てられた予算はまだ充分に残っているので、近いうちに仕立て屋を王宮に呼ぼうとヘンリックは思うのだった。
「ありがとうございます」
そう言ってローゼリアは果実のように瑞々しい唇の端を上げる。王太子妃として完璧な微笑みだった。
「エルランド風のドレスを作ったのだな」
「ええ、これから流行らせたいと思っていますのよ。ランゲルは流行にも遅れているなんて他国で言われたくはありませんから。外交をする上でも恥じない装いをしていないと、こちらが不利になりますもの」
そう言ってローゼリアはほほほと笑う。
ヘンリックは手を差し出して彼女をエスコートする。
「ん? キミはこんなに小さかったか?」
ローゼリアが留学をする前、今から四年ほど前に参加をしていたお茶会の時の自分とローゼリアの身長は同じくらいの高さだった。しかし今はヘンリックの耳の辺りにローゼリアの頭があったのでヘンリックは思ったままの言葉を口にした。
「ふふふ、それはきっと殿下のお背がお伸びになられたからでしょう。私はこの数年は大して身長が伸びませんでしたから」
ローゼリアが留学から戻ってきた前シーズンでは数回ほど夜会でエスコートをしたのだが、あの頃のヘンリックは少しでも早くローゼリアと離れたいと思っていたので、ほとんど彼女を見てはいなかったし、視界には入っていても関心を持っていなかったから、気付く事ができなかった。
結婚してからも何度かエスコートはしていたが、自分たちの身長差に気付いたのはなぜか今この時だった。
「……そうか、もうそんなに経ったのだな」
そう言ってヘンリックは瞳を細めた。
元々ローゼリアは他の女性に比べても小柄な方だ。ヘンリックもあまり身長が高い方ではないので、エスコートをするのにはお互いに丁度良い身長差だった。
自分の隣にローゼリアがいる、それだけで何故かヘンリックはとても幸せな気持ちが胸の内から溢れてくるのを感じていた。そして同時にローゼリアの事がとても愛しく思えてしまうのだった。
「私は、……キミを失わなくて良かった」
ヘンリックは隣にいるローゼリアでさえも聞き取りにくい小さな声でそう呟いた。
「えっ? 今何とおっしゃったの?」
「今キミとこうしているという事がすごく嬉しいんだ」
気付いたらヘンリックの腕が微かに震えていたので、ローゼリアが彼の顔を見たらヘンリックは今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。
「行きましょう、殿下。皆を待たせてしまいますわ」
その場の空気を変えるようにローゼリアはヘンリックに柔らかい口調で声を掛けるのだった。
◆◆◆
夜会の入場は爵位の低い者からなので、王族はいつも最後の入場となる。国王は体調不良を理由に欠席をしているので、国王の妃である王妃と側妃二人と一緒の入場となる。彼女たちのエスコートは近衛騎士たちが勤めていた。
ヘンリックとローゼリアの背後に立つ王妃から憎悪にも似た強い視線を感じる。きっと余程ローゼリアは前ピオシュ公爵夫人に似ているのだろう。
背筋を正す思いで入場ドアの前にヘンリックは立つ。夜会でここまで緊張をしたのは初めてだった。
ドアが開き会場に入った途端、そこにいた全ての貴族たちが王族である自分たちを見る。
ヘンリックは何度もこのような入場をしてきたが、今日はいつもよりもざわめきが多い。
理由は単純で、ヘンリックの隣に立つローゼリアが美しく変わったからだろう。皆が美しくなったローゼリアを見ているのがヘンリックにも感じられた。
そしてこれだけの注目を浴びているというのにローゼリアは臆する事もなく、凛とした姿勢のまま貴族たちの視線を受け止める。それは未来のランゲル王国王妃としての姿でもあった。
王族を代表してヘンリックが慣例となった挨拶を終えると、ゆったりとした曲が流れてダンスの時間となった。
ランゲル王国ではシーズン初めの最初のダンスは王族からと決まっている。
ヘンリックはローゼリアをエスコートしてホールの中央に立つ。
忙しくて一度も二人で練習が出来なかったので、ヘンリックがローゼリアと踊るのはこの場が初めてだった。彼女の踊る姿を見たことがないヘンリックは、ローゼリアがどれくらい踊れるのかをまだ知らなかった。
そして王太子として人気の高いヘンリックは、これまでたくさんの令嬢や夫人たちと踊ってきたから初めて踊る相手を上手くリードする自信はあった。
あった、はずだったのだ。
まず最初のステップでヘンリックはつまずきそうになってしまった。ローゼリアの驚いた顔が視界の隅にちらりと映る。
そしてこれ以上は彼女に無様な姿を見せたくない、そう思うだけでステップを何度も何度も間違う。
ローゼリアのオーバースウェイだけは絶対に失敗してはいけないと思い、そこだけは何とか失敗せずに終えたが、ろくなリードができないまま終わってしまった。ダンスだけは自信があったはずなのに、普段の自分と比べると及第点にも及ばないダンスだった。
(どうして、こんな時に限って……、こんなに失敗ばかりしてしまうなんて初めてだ)
ローゼリアは決して踊りにくい相手ではなかった。少し踊って分かったが多分彼女はダンスが上手い。ただ自分がいつも通りに踊れなかっただけだった。
最初の曲が終わった時にはヘンリックの肩は下がり、表情は暗く落ち込んでいたのだった。
緊張のあまりここまで自分が踊れなくなってしまうなんて事はこれまでに無かった。新妻に自分の良いところを見せたいと思っていたのに、それがかえってプレッシャーとなってしまったのか、散々な結果になってしまった。あまりの事にヘンリックは顔を上げられないでいた。
「殿下、笑顔です。笑っていれば良い方向に皆が考えますわ」
ローゼリアが正面を見たまま小さな声で呟いた。そのひと言で我に返ったヘンリックは顔を上げて慌てて笑顔を作るのだった。
ダンスを終えたヘンリックとローゼリアは王族席へと移り、貴族たちの挨拶を受ける。いつものヘンリックだったら王族席へは行かずにホールに残り、令嬢や夫人たちとダンスを踊っていたが、今日はそうしなかった。
デビュタントの時はデビュタントを迎えた令嬢とその家族全ての挨拶を受けるが、今日はそういった事もないので、王族との挨拶を希望する貴族のみと挨拶をして、それが終わったら自由に過ごせる。
挨拶の順番は高位貴族からとなっており、ヘンリックとローゼリアが王族席に座る前から彼らはそこで二人を待っていた。列の先頭にいたのは筆頭公爵家でありローゼリアの実家でもあるフォレスター一家で、公爵夫妻が正面に立ち、夫婦の後ろにはエーヴェルトもいた。
「お久し振りです、公爵」
そう言ってローゼリアが笑みを浮かべる。
こうして見比べるとローゼリアは母親である公爵夫人にとてもよく似ていた。王家に嫁してしまうと実の両親でさえも臣下となってしまい、公の場では親子であっても親しさを見せる事は許されない。
「王国の月である妃殿下におかれましては、ご結婚後もお健やかにお過ごしとお聞きしております」
「ええ、公爵も夫人も風邪など召されぬようお気を付け下さい」
「お心遣い、ありがたく受け取らせていただきます」
フォレスター家とはたったそれだけの会話であったが、公爵も夫人も複雑そうな表情でローゼリアを見つめていた。言葉よりも瞳の方が気持ちの多くを語っている。この結婚は王家の為のものであり、彼女の幸せを考えたものではないから心配なのだと。
そしてこの結婚の先にあるものをヘンリックは見せることができないでいる。
ヘンリックとローゼリアの結婚の先にあるものは誰にも分からなかった。
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