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26 変わる関係
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貴族たちとの挨拶も終わり、このまま王族席にいるつもりだった二人の間に思わぬ邪魔が入った。
ヘンリックの隣にはローゼリアが座り、ローゼリアの隣には王妃が座っている。王妃の隣には一の側妃、二の側妃と横並びに席が作られていた。
王妃は扇を口元に当てながら、ローゼリアとヘンリックにも聞こえる声量で自分の隣に座る一の側妃へと話しかけるのだった。
「一の側妃様、近頃の若い王族は貴族たちへ挨拶をしないものかしら?」
「えっ、……そっ、そのようですわね」
突然話を振られた一の側妃は、慌てた様子で返事をする。
「陛下が若かりし頃は、積極的に御自ら貴族たちと交流されていらしたが、時代は変わってしまったのね。陛下がご壮健でいらした頃が懐かしいわ、そう思うでしょう?」
「え、ええ」
今は王妃の方が立場は上だが、来年ヘンリックが即位をしたら、ヘンリックとローゼリアの方が自分たちよりも立場が上になるのだ。そう思うと一の側妃はどちらについた方がいいのかを決めかねているようで、あいまいに返事を返した。
「御子を宿してもいないのに、ラクをしようとなど傲慢の極み。……妃教育でしっかり教え込んだものを何処へ忘れてしまったものか」
そこまで話を聞いたところでローゼリアがスッと立ち上がった。
「貴族の方々と交流をして参りますわ。我が父母と同世代の王族の方はいらっしゃいませんから、若い世代だけでも結びつきを強くしないといけませんわね。私の祖母も社交は大切だと幼かった私に申していたのを思い出しましたわ。ご教授、ありがとうございます」
そう言ってローゼリアは王妃に満面の笑みを見せる。
ここでローゼリアの言う祖母とはもちろん、王妃が嫌っているエルランド王国の先の公爵夫人の事だ。
「なっ……」
「では行って参りますわね」
そう言ってローゼリアは立ち上がって席を立った。
「ローゼリア、私も行こう」
見た目だけで好きになったのではないが、ヘンリックはローゼリアの容姿も好ましく思っている。せっかくローゼリアが変わった姿を見せて貴族を驚かせているのだ。美しく変わったローゼリアにヘンリックが態度を変えたのだと思わせた方が、これまでの不仲という評価を払拭するのに丁度良かった。
「よくあの方に言い返せるな」
エスコートをしながらヘンリックは小声でローゼリアに話し掛ける。
「だって私は今、あの方の執務もしていますのよ。仕事を押しつけるだけではなく邪魔までしてくる方なんですもの。嫌味のひとつぐらい言いたくなりますわ」
「そのような事までされていたのか!?」
「想定の範囲内ですわ、これまの事は。でも今回の件については私、とても頭にきていますのよ。王家主催の夜会を何と考えていらしていらっしゃるのか、機会がありましたらお聞きしてみたいですわ」
ヘンリックも予測はしていたが、夜会の準備に関する諸々の事を妨害していたのはやはり王妃だったらしい。
「ヘンリックさまぁ!」
そう声が聞こえたと思ったら、急にローゼリアとは組んでいない方の腕にずしりとした重みを感じたのだった。
驚いて右腕の方を見たら自分の右腕にマリーナがぶら下がっていた。
今日のマリーナは赤毛をハーフアップにして黒いリボンで結んでいた。ドレスは赤をベースに黒いレースで飾りを付けていて、明らかに自分とヘンリックの色を意識しているものだった。
そして首には大きな赤い石の付いたネックレスを下げている。彼女の家の財力を考えると、ルビーとは思えなかった。そしてヘンリックはその赤いネックレスに不快なものを感じたのだった。
「離れてくれ、アンダーソン令嬢」
ヘンリックの拒絶の言葉に、マリーナはきょとんとした表情を浮かべる。家名で呼ばれた事に驚いているようだ。
「どうしましたの? 私の事を忘れてしまいましたの?」
マリーナは瞳に涙を溜めながらヘンリックを見つめる。可愛らしく見える事を狙っているのか、やや上目使いに見ようとしてくるが、ヘンリックよりも少し背が低いだけの彼女とは視線の高さがほとんど一緒なので、あまり効果はなかった。
一年ほど前までヘンリックもそんな彼女を可愛いと思っていた時期もあった。
恋心という魔法が完全に解けてしまった今、どうしてこのようなマナーも知らない女性に自分が夢中になっていたのか当事者であったヘンリック自身が理解できなかった。
そして好きでも無い相手に体を寄せられるのは不快でしかない。
「離れないというのなら、衛兵を呼ぶ」
これまでマリーナには見せた事のない厳しい口調でそう言われて、ようやくマリーナが離れてくれた。
「話があるというのなら別室を用意しよう」
「まあ! ヘンリック様と二人きりでお話ができますのね!」
周りが誤解を生むような発言にヘンリックは内心でため息をついていた。
「そんなわけないだろう、令嬢と話し合いをするのなら妻も帯同させる。これはキミのためでもあるんだ」
ホールの中心から離れてはいるが、自分たちは誰にでも見える場所にいる。ダンスの音楽で多少は誤魔化す事ができても自分たちの話に耳を傾けている者は多いだろう。ヘンリックはもうマリーナを妃どころか愛妾にさえするつもりはないが、彼女にはどこかの貴族と婚姻を結んで幸せになって欲しいという僅かな情は残っていた。
「ひどいっ……、どうして私にこのような意地悪をしますの? ヘンリック様は私を捨てるのですか?」
多少の情は残っていたが、ヘンリックの中ではここまでが限界だった。最後に会った夜会でのマリーナの態度、ヴィルタに吐いた嘘、彼女がしてきた事は全て己自身のためだけにした事で、ヘンリックへの気遣いは全くなかった。
「キミはこうやってありもしない事を大きな声で話す事で既成事実としたいのか?」
「え? 何をおっしゃっているのか分かりませんわ?」
嫌味では無く、彼女は本当にヘンリックの話す言葉の意味を理解していないようだった。ランゲル王国には学校というものはないので、貴族たちは各家庭で必要な事を学んでいく。アンダーソン家では跡取り息子にはそれなりの教育をしていたが、令嬢はかわいくあればいいという考えが強く、勉強が好きではないマリーナはあまり言葉を知らなかった。
「よろしかったら私がご説明をして差し上げますわ」
すると、それまで黙っていたローゼリアが突然声を上げたのだった。
ヘンリックの隣にはローゼリアが座り、ローゼリアの隣には王妃が座っている。王妃の隣には一の側妃、二の側妃と横並びに席が作られていた。
王妃は扇を口元に当てながら、ローゼリアとヘンリックにも聞こえる声量で自分の隣に座る一の側妃へと話しかけるのだった。
「一の側妃様、近頃の若い王族は貴族たちへ挨拶をしないものかしら?」
「えっ、……そっ、そのようですわね」
突然話を振られた一の側妃は、慌てた様子で返事をする。
「陛下が若かりし頃は、積極的に御自ら貴族たちと交流されていらしたが、時代は変わってしまったのね。陛下がご壮健でいらした頃が懐かしいわ、そう思うでしょう?」
「え、ええ」
今は王妃の方が立場は上だが、来年ヘンリックが即位をしたら、ヘンリックとローゼリアの方が自分たちよりも立場が上になるのだ。そう思うと一の側妃はどちらについた方がいいのかを決めかねているようで、あいまいに返事を返した。
「御子を宿してもいないのに、ラクをしようとなど傲慢の極み。……妃教育でしっかり教え込んだものを何処へ忘れてしまったものか」
そこまで話を聞いたところでローゼリアがスッと立ち上がった。
「貴族の方々と交流をして参りますわ。我が父母と同世代の王族の方はいらっしゃいませんから、若い世代だけでも結びつきを強くしないといけませんわね。私の祖母も社交は大切だと幼かった私に申していたのを思い出しましたわ。ご教授、ありがとうございます」
そう言ってローゼリアは王妃に満面の笑みを見せる。
ここでローゼリアの言う祖母とはもちろん、王妃が嫌っているエルランド王国の先の公爵夫人の事だ。
「なっ……」
「では行って参りますわね」
そう言ってローゼリアは立ち上がって席を立った。
「ローゼリア、私も行こう」
見た目だけで好きになったのではないが、ヘンリックはローゼリアの容姿も好ましく思っている。せっかくローゼリアが変わった姿を見せて貴族を驚かせているのだ。美しく変わったローゼリアにヘンリックが態度を変えたのだと思わせた方が、これまでの不仲という評価を払拭するのに丁度良かった。
「よくあの方に言い返せるな」
エスコートをしながらヘンリックは小声でローゼリアに話し掛ける。
「だって私は今、あの方の執務もしていますのよ。仕事を押しつけるだけではなく邪魔までしてくる方なんですもの。嫌味のひとつぐらい言いたくなりますわ」
「そのような事までされていたのか!?」
「想定の範囲内ですわ、これまの事は。でも今回の件については私、とても頭にきていますのよ。王家主催の夜会を何と考えていらしていらっしゃるのか、機会がありましたらお聞きしてみたいですわ」
ヘンリックも予測はしていたが、夜会の準備に関する諸々の事を妨害していたのはやはり王妃だったらしい。
「ヘンリックさまぁ!」
そう声が聞こえたと思ったら、急にローゼリアとは組んでいない方の腕にずしりとした重みを感じたのだった。
驚いて右腕の方を見たら自分の右腕にマリーナがぶら下がっていた。
今日のマリーナは赤毛をハーフアップにして黒いリボンで結んでいた。ドレスは赤をベースに黒いレースで飾りを付けていて、明らかに自分とヘンリックの色を意識しているものだった。
そして首には大きな赤い石の付いたネックレスを下げている。彼女の家の財力を考えると、ルビーとは思えなかった。そしてヘンリックはその赤いネックレスに不快なものを感じたのだった。
「離れてくれ、アンダーソン令嬢」
ヘンリックの拒絶の言葉に、マリーナはきょとんとした表情を浮かべる。家名で呼ばれた事に驚いているようだ。
「どうしましたの? 私の事を忘れてしまいましたの?」
マリーナは瞳に涙を溜めながらヘンリックを見つめる。可愛らしく見える事を狙っているのか、やや上目使いに見ようとしてくるが、ヘンリックよりも少し背が低いだけの彼女とは視線の高さがほとんど一緒なので、あまり効果はなかった。
一年ほど前までヘンリックもそんな彼女を可愛いと思っていた時期もあった。
恋心という魔法が完全に解けてしまった今、どうしてこのようなマナーも知らない女性に自分が夢中になっていたのか当事者であったヘンリック自身が理解できなかった。
そして好きでも無い相手に体を寄せられるのは不快でしかない。
「離れないというのなら、衛兵を呼ぶ」
これまでマリーナには見せた事のない厳しい口調でそう言われて、ようやくマリーナが離れてくれた。
「話があるというのなら別室を用意しよう」
「まあ! ヘンリック様と二人きりでお話ができますのね!」
周りが誤解を生むような発言にヘンリックは内心でため息をついていた。
「そんなわけないだろう、令嬢と話し合いをするのなら妻も帯同させる。これはキミのためでもあるんだ」
ホールの中心から離れてはいるが、自分たちは誰にでも見える場所にいる。ダンスの音楽で多少は誤魔化す事ができても自分たちの話に耳を傾けている者は多いだろう。ヘンリックはもうマリーナを妃どころか愛妾にさえするつもりはないが、彼女にはどこかの貴族と婚姻を結んで幸せになって欲しいという僅かな情は残っていた。
「ひどいっ……、どうして私にこのような意地悪をしますの? ヘンリック様は私を捨てるのですか?」
多少の情は残っていたが、ヘンリックの中ではここまでが限界だった。最後に会った夜会でのマリーナの態度、ヴィルタに吐いた嘘、彼女がしてきた事は全て己自身のためだけにした事で、ヘンリックへの気遣いは全くなかった。
「キミはこうやってありもしない事を大きな声で話す事で既成事実としたいのか?」
「え? 何をおっしゃっているのか分かりませんわ?」
嫌味では無く、彼女は本当にヘンリックの話す言葉の意味を理解していないようだった。ランゲル王国には学校というものはないので、貴族たちは各家庭で必要な事を学んでいく。アンダーソン家では跡取り息子にはそれなりの教育をしていたが、令嬢はかわいくあればいいという考えが強く、勉強が好きではないマリーナはあまり言葉を知らなかった。
「よろしかったら私がご説明をして差し上げますわ」
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