白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

文字の大きさ
26 / 31

26 変わる関係

しおりを挟む
 貴族たちとの挨拶も終わり、このまま王族席にいるつもりだった二人の間に思わぬ邪魔が入った。

 ヘンリックの隣にはローゼリアが座り、ローゼリアの隣には王妃が座っている。王妃の隣には一の側妃、二の側妃と横並びに席が作られていた。

 王妃は扇を口元に当てながら、ローゼリアとヘンリックにも聞こえる声量で自分の隣に座る一の側妃へと話しかけるのだった。

「一の側妃様、近頃の若い王族は貴族たちへ挨拶をしないものかしら?」

「えっ、……そっ、そのようですわね」

 突然話を振られた一の側妃は、慌てた様子で返事をする。

「陛下が若かりし頃は、積極的に御自ら貴族たちと交流されていらしたが、時代は変わってしまったのね。陛下がご壮健でいらした頃が懐かしいわ、そう思うでしょう?」

「え、ええ」

 今は王妃の方が立場は上だが、来年ヘンリックが即位をしたら、ヘンリックとローゼリアの方が自分たちよりも立場が上になるのだ。そう思うと一の側妃はどちらについた方がいいのかを決めかねているようで、あいまいに返事を返した。

「御子を宿してもいないのに、ラクをしようとなど傲慢の極み。……妃教育でしっかり教え込んだものを何処へ忘れてしまったものか」

 そこまで話を聞いたところでローゼリアがスッと立ち上がった。

「貴族の方々と交流をして参りますわ。我が父母と同世代の王族の方はいらっしゃいませんから、若い世代だけでも結びつきを強くしないといけませんわね。私の祖母も社交は大切だと幼かった私に申していたのを思い出しましたわ。ご教授、ありがとうございます」

 そう言ってローゼリアは王妃に満面の笑みを見せる。

 ここでローゼリアの言う祖母とはもちろん、王妃が嫌っているエルランド王国の先の公爵夫人の事だ。

「なっ……」

「では行って参りますわね」

 そう言ってローゼリアは立ち上がって席を立った。

「ローゼリア、私も行こう」

 見た目だけで好きになったのではないが、ヘンリックはローゼリアの容姿も好ましく思っている。せっかくローゼリアが変わった姿を見せて貴族を驚かせているのだ。美しく変わったローゼリアにヘンリックが態度を変えたのだと思わせた方が、これまでの不仲という評価を払拭するのに丁度良かった。

「よくあの方に言い返せるな」

 エスコートをしながらヘンリックは小声でローゼリアに話し掛ける。

「だって私は今、あの方の執務もしていますのよ。仕事を押しつけるだけではなく邪魔までしてくる方なんですもの。嫌味のひとつぐらい言いたくなりますわ」

「そのような事までされていたのか!?」

「想定の範囲内ですわ、これまの事は。でも今回の件については私、とても頭にきていますのよ。王家主催の夜会を何と考えていらしていらっしゃるのか、機会がありましたらお聞きしてみたいですわ」

 ヘンリックも予測はしていたが、夜会の準備に関する諸々の事を妨害していたのはやはり王妃だったらしい。

「ヘンリックさまぁ!」

 そう声が聞こえたと思ったら、急にローゼリアとは組んでいない方の腕にずしりとした重みを感じたのだった。

 驚いて右腕の方を見たら自分の右腕にマリーナがぶら下がっていた。

 今日のマリーナは赤毛をハーフアップにして黒いリボンで結んでいた。ドレスは赤をベースに黒いレースで飾りを付けていて、明らかに自分とヘンリックの色を意識しているものだった。

 そして首には大きな赤い石の付いたネックレスを下げている。彼女の家の財力を考えると、ルビーとは思えなかった。そしてヘンリックはその赤いネックレスに不快なものを感じたのだった。

「離れてくれ、アンダーソン令嬢」

 ヘンリックの拒絶の言葉に、マリーナはきょとんとした表情を浮かべる。家名で呼ばれた事に驚いているようだ。

「どうしましたの? 私の事を忘れてしまいましたの?」

 マリーナは瞳に涙を溜めながらヘンリックを見つめる。可愛らしく見える事を狙っているのか、やや上目使いに見ようとしてくるが、ヘンリックよりも少し背が低いだけの彼女とは視線の高さがほとんど一緒なので、あまり効果はなかった。

 一年ほど前までヘンリックもそんな彼女を可愛いと思っていた時期もあった。

 恋心という魔法が完全に解けてしまった今、どうしてこのようなマナーも知らない女性に自分が夢中になっていたのか当事者であったヘンリック自身が理解できなかった。

 そして好きでも無い相手に体を寄せられるのは不快でしかない。

「離れないというのなら、衛兵を呼ぶ」

 これまでマリーナには見せた事のない厳しい口調でそう言われて、ようやくマリーナが離れてくれた。

「話があるというのなら別室を用意しよう」

「まあ! ヘンリック様と二人きりでお話ができますのね!」

 周りが誤解を生むような発言にヘンリックは内心でため息をついていた。

「そんなわけないだろう、令嬢と話し合いをするのなら妻も帯同させる。これはキミのためでもあるんだ」

 ホールの中心から離れてはいるが、自分たちは誰にでも見える場所にいる。ダンスの音楽で多少は誤魔化す事ができても自分たちの話に耳を傾けている者は多いだろう。ヘンリックはもうマリーナを妃どころか愛妾にさえするつもりはないが、彼女にはどこかの貴族と婚姻を結んで幸せになって欲しいという僅かな情は残っていた。

「ひどいっ……、どうして私にこのような意地悪をしますの? ヘンリック様は私を捨てるのですか?」

 多少の情は残っていたが、ヘンリックの中ではここまでが限界だった。最後に会った夜会でのマリーナの態度、ヴィルタに吐いた嘘、彼女がしてきた事は全て己自身のためだけにした事で、ヘンリックへの気遣いは全くなかった。

「キミはこうやってありもしない事を大きな声で話す事で既成事実としたいのか?」

「え? 何をおっしゃっているのか分かりませんわ?」

 嫌味では無く、彼女は本当にヘンリックの話す言葉の意味を理解していないようだった。ランゲル王国には学校というものはないので、貴族たちは各家庭で必要な事を学んでいく。アンダーソン家では跡取り息子にはそれなりの教育をしていたが、令嬢はかわいくあればいいという考えが強く、勉強が好きではないマリーナはあまり言葉を知らなかった。

「よろしかったら私がご説明をして差し上げますわ」

 すると、それまで黙っていたローゼリアが突然声を上げたのだった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ここだけの話だけど・・・と愚痴ったら、婚約者候補から外れた件

ひとみん
恋愛
国境防衛の最前線でもあるオブライト辺境伯家の令嬢ルミエール。 何故か王太子の妃候補に選ばれてしまう。「選ばれるはずないから、王都観光でもしておいで」という母の言葉に従って王宮へ。 田舎育ちの彼女には、やっぱり普通の貴族令嬢とはあわなかった。香水臭い部屋。マウントの取り合いに忙しい令嬢達。ちやほやされてご満悦の王太子。 庭園に逃げこみ、仕事をしていた庭師のおじさんをつかまえ辺境伯領仕込みの口の悪さで愚痴り始めるルミエール。 「ここだけの話だからね!」と。 不敬をものともしない、言いたい放題のルミエールに顔色を失くす庭師。 その後、不敬罪に問われる事無く、何故か妃選定がおこなわれる前にルミエールは除外。 その真相は? ルミエールは口が悪いです。言いたい放題。 頭空っぽ推奨!ご都合主義万歳です!

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ! ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

【受賞&本編完結】たとえあなたに選ばれなくても【改訂中】

神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。 伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。 公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。 ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。 義母の願う血筋の継承。 ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。 公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。 フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。 そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。 アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。 何があってもこの子を守らなければ。 大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。 ならば私は去りましょう。 たとえあなたに選ばれなくても。 私は私の人生を歩んでいく。 これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読む前にご確認いただけると助かります。 1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです 2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています →ただ今『皇太子』を『王太子』へ、さらに文頭一文字下げなど、表記を改訂中です。  そのため一時的に『皇太子』と『王太子』が混在しております。 よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。 読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。 アルファポリス第18回恋愛小説大賞 奨励賞受賞

処理中です...