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年下ボディガードの甘い誘惑
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ひざまずく虹斗くんに、手の甲にキスされるわたし。
それを見た周りからは黄色い声が沸き立つ。
「キャ~!なんて紳士的…!」
「素敵!あんなふうに誘われてみたい」
「さすが、イージスの虹斗様!」
わたしは羨望のまなざしを向けられながら、虹斗くんにエスコートされて体育館の中央へ。
「もしかしてアリスちゃん、緊張してる?」
たじたじのわたしを見て、虹斗くんがクスッと笑う。
緊張というか、そもそもどうしたらいいのかわからない…!
そんなわたしの右手を虹斗くんがやさしく握る。
「アリスちゃん、左手をぼくの背中に。早くしないと始まっちゃうよ?」
「…え、あ…うんっ」
こうなったら覚悟を決めるしかないと思い、わたしは見様見真似で虹斗くんの背中に手をまわす。
流れるクラシック曲。
それに合わせて、虹斗くんが右へ左へと滑らかに揺れる。
わたしは足元を見ながら、なんとかステップについていく。
「アリスちゃん、こっち見て」
ふとそんな声が聞こえたから顔を上げると、虹斗くんの顔が間近にあって思わずドキッとする。
「下ばっか見られると悲しいな。ぼくを見てよ」
そうとは言われても、わたしはステップを合わせるのに必死で、虹斗くんを見ている余裕なんてない。
それに、虹斗くんに見つめられたら、まるでその瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。
虹斗くんの瞳…、きれいだな。
そんなことを考えながら踊っていたら、いつの間にか曲が終わっていた。
「…あれ?」
もしかして、なんとか乗り切れた感じ…?
「アリスちゃん、さすがだね!上手だったよ」
「やめて…虹斗くん、恥ずかしいよ。久々だったから、うまく踊れなくて…」
本当は、『生まれて初めてだったけど』とは言えない。
「でも、初めて見るステップもあったけど、あれはアメリカでは主流なの?」
その言葉にギクッとする。
首をかしげる虹斗くんが、純粋な瞳でわたしを見つめる。
初めて見るステップというのは、ただの素人のわたしの足踏みのことだろう。
ステップでもなんでもない。
「いや、あれは――」
と言いかけたとき、拍手が聞こえてきた。
振り返ると、先生がわたしたちに向かって大きな拍手を送っている。
「さすがですね、佐藤さん!ダンスはお手のものかしら?」
「いえ、そんな…」
わたしはなにも、ほめられるようなことはしていない。
虹斗くんのダンスは、他のエスコート科の男子生徒よりも格段にうまかった。
それが目立って、わたしまでうまく踊れているように見えてしまっただけだろう。
「それに、見たことのないステップもあって驚きました。あれは、どこで習ったのですか?」
…ギクッ
だから、そのことについては触れてほしくない。
「そ…そんなステップありましたか?体が勝手に動いていたので、全然覚えてなくて……あはは」
苦笑いを浮かべるわたし。
「そうですか!でしたら、もう一度踊ってもらえますか?今のダンスをぜひ他の生徒のお手本にしたいのです」
「…えっ!?…もう一度!?」
虹斗くんのおかげでなんとかそれっぽいかたちになっただけの…あのテキトーなダンスを!?
「む、無理です!そんなのっ…」
「アリスちゃん、遠慮することないじゃん。ぼくはアリスちゃんとなら、何度だって踊りたいけど?」
虹斗くんまでそんなこと言わないでよ…!
わたしと違って虹斗くんは踊る気満々のようで、再び手を差し出してくる。
ど…どうしよう……。
わたしの額から冷や汗が滴り落ちた。
――そのとき。
急に体がふわっと宙に浮いたような感じがした。
「先生。申し訳ございませんが、アリス様は一旦休憩をいただきます」
そんな声が聞こえて顔を上げると、そこには昴くんの整った横顔が。
なんでこんなに近くに昴くんの顔が――。
と思ったけど、なんとわたしは昴くんにお姫さま抱っこをされていた!
一瞬にして、自分の顔が熱くなるのがわかった。
「四之宮くん。休憩というのは?」
「アリス様はケガをされています。ですので、その手当てを」
…ケガ?
わたしが?
もしかして昴くん、この場から逃げるために嘘をついてくれてたのだろうか。
「警護対象者のどんな小さな変化も見落とさないところは、さすがイージスですね。他のエスコート科の生徒も、四之宮くんのことを見習うように」
「「はい!」」
そうして、昴くんのおかげでわたしは絶体絶命の状況から救い出された。
昴くんに連れてこられたのは、保健室。
どうやら、保健室の先生は不在のようだ。
「ご、ごめんね…昴くん。わたし…重いでしょ?」
「いえ、むしろ軽いくらいです」
細身なのに、昴くんは軽々とわたしを持ち上げるくらい力があって、その男らしさにキュンとしてしまう。
わたしをベッドの上へやさしく下ろす昴くん。
「昴くん、わたしがケガをしたって嘘ついてくれたんだよね?あの場から連れ出すために」
…悪いことしちゃったな。
こんなことなら、本当に足でもくじいてしまったらよかったのに。
――そんなことを考えていると。
「なにも嘘ではありません。おケガをされているのは本当のことです」
「…え?」
キョトンとするわたし。
すると、昴くんは丁寧にわたしの右足のダンスシューズを脱がせた。
と同時に、ジンとした痛みが走る。
見ると、くるぶしのところに血がにじんでいた。
どうやら、慣れないシューズで慣れないダンスを踊ったせいで靴擦れしてしまったようだ。
さっきまで緊張していたからか、自分でも全然気づかなかった。
「左足も同じところが少しだけ擦りむけています。あのまま2回目も踊れば、きっとこちらも靴擦れしていたでしょう」
それがわかっていたから、あのとき昴くんは止めてくれたんだ。
靴擦れなんてたいしたケガじゃないのに――。
昴くんはまるでガラス細工を扱うかのように、わたしの右足をそっと持ち上げてやさしく手当てしてくれた。
「消毒をいたします。少し我慢してください」
「絆創膏を貼ります。お足元、失礼します」
そのひとつひとつに、わざわざ声をかけてくれる。
「ありがとう、昴くん。早く授業に戻らないとだね」
「その必要はありません。代わりに慎太郎と虹斗が出席していますから、アリス様は次の授業までここでお休みください」
とは言われても元気だし、再び授業に戻ろうとしたけどそれを昴くんが阻止する。
足をケガしているからと、ダンスシューズすらはかせてくれない。
「昴くん、ちょっと飲み物買いに行きたいから…せめて靴は返してほしいんだけど」
「それなら、俺が買ってまいります。なにがよろしいでしょうか?」
本当に、昴くんは徹底している。
わたしがどれだけ「自分で買いにいける」と言っても、そんな雑用ですらも引き受けてしまう。
「それじゃあ…、麦茶で」
「かしこまりました」
そのとき、保健室に足音が響いた。
瞬時に昴くんは身構える。
「アリスちゃん、ケガ…どう?」
そう言って、不安そうな顔をしてやってきたのは虹斗くんだった。
虹斗くんだとわかり、昴くんは構えていた腕を下ろす。
「ただの靴擦れだよ。心配してきてくれたの?」
「…うん。アリスちゃんのケガに気づかないだなんて、イージス失格だぁ…」
「わたしだって自分で気づいてなかったし、本当にたいしたケガじゃないから落ち込まないで…!」
虹斗くんは、わたしが腰掛けるベッドに顔を突っ伏してうなだれている。
「虹斗、落ち込んでる暇はないからしっかりしろ。俺は今からアリス様の飲み物を買いにいくから、少しの間ここを外すぞ」
「わかった!それまで、アリスちゃんはぼくに任せて!」
虹斗くんは力強く自分の胸をたたいてみせる。
それを見てうなずいた昴くんは、急ぎ足で保健室から出ていった。
「ところで、慎太郎くんは?授業?」
「うん。ぼくもいっしょに出席してたんだけど、アリスちゃんのことが心配なら今すぐ行ってこいって言ってくれて」
やっぱり慎太郎くんは、やさしいお兄ちゃんみたいな存在だ。
「アリスちゃん、足…痛かった?」
「ううん、平気。靴擦れなんて、新しい靴をはいたらよくなることだしね」
「も~…。アリスちゃん、やさしすぎだよ~!」
虹斗くんは、瞳を潤ませて涙を拭う素振りを見せる。
「普通のお嬢様なら、靴擦れだけで大問題だよ。『一生傷が残ったらどうするのよ!』って怒られちゃうから」
だから、わたしの靴擦れに気づかなかったことに虹斗くんはかなり落ち込んでいたらしい。
しかも相手は、超有名財閥のお嬢様だから。
…わたしはただのアリスちゃんのフリだけど。
「わたしはそんなことで怒らないから安心して。虹斗くんたちの護衛は完璧で、むしろすごいなって思ってるんだから」
「アリスちゃん…」
「だから、これからもよろしくね」
わたしは虹斗くんに笑ってみせた。
「…やばっ」
そうつぶやいた虹斗くんは、なぜか頬を赤くして顔を背ける。
「どうしたの、虹斗くん?」
わたしは虹斗くんの顔をのぞき込む。
すると、わたしを上目遣いで見つめる虹斗くんと目が合った。
「もう、アリスちゃん。その笑顔、かわいすぎて反則なんだけどっ」
そう言って、虹斗くんが後ろから抱きしめてきた。
感覚としてはペットが甘えてじゃれてきているみたいだけど、突然のことでびっくりする。
「な、虹斗くん、…近くない?」
「だってしょうがないじゃん。初めて見たときからアリスちゃんのこといいなって思ってたんだから、ぎゅってくらいしたくもなるよ」
後ろに顔を向けると、虹斗くんが甘えるように微笑んでいた。
わたしの肩に顎を乗せて見つめてくる虹斗くんに、思わず顔が熱くなった。
「でも、ぼくはイージス。アリスちゃんのことは警護対象者として見ないといけないっていうことはわかってはいるんだけど…」
虹斗くんが愛おしそうに、再びぎゅっとわたしを抱きしめる。
「アリスちゃんかわいいから、好きになっちゃいそう」
年下とは思えないどこか余裕がうかがえる笑みに、わたしの鼓動が速くなる。
い…今、わたしのこと…『好き』って言った?
突然の告白に驚いたけど、ここはいったん冷静になる。
「虹斗くん、からかうのはダメだよっ」
わたしは、腰にまわされていた虹斗くんの手を取って解く。
「『好き』なんてそんな大事な言葉は、簡単に使っちゃ――」
「“本気”って言ったらどうする?」
間髪を入れずに真剣な表情で返されて、わたしは思わず言葉に詰まった。
「アリスちゃんは、好きな人いるの?」
「えっ…、好きな…人?」
一瞬、顔も覚えていないるぅくんのシルエットだけが頭の中に浮かんだ。
「いないなら、ヒミツで付き合っちゃう?ぼくならアリスちゃんのことを全力で守るし、全力で好きになるよ」
虹斗くんがわたしの顔をのぞき込んでくる。
そんなこと言われても、「はい、わかりました」なんて言えるわけないよ…!
この状況からどうやって切り抜けようかと思っていた、そのとき――。
ベッドを仕切るカーテンがかすかに揺れたのが目に入った。
すると、次の瞬間にはカーテンをめくって現れた昴くんによって、虹斗くんは背後から羽交い締めにされていた。
「イタタタタタタッ…!!」
虹斗くんが情けない声を上げる。
飲み物を買いにいっていた昴くんが戻ってきたのだった。
それは、まるで颯爽と駆けつけたヒーローみたいでかっこよかった。
「アリス様、…ご無事ですか!?」
「う…うん…!」
心技体に優れたイージス同士でも、どうやら昴くんのほうが上のようだ。
虹斗くんは参ったと床をたたいてアピールしている。
そうして、昴くんの羽交い締めから解放された虹斗くん。
「虹斗。改心したと思ったのに、なにも変わってないな」
昴くんは、虹斗くんに鋭い視線を向ける。
「…すみませんでした」
虹斗くんは飼い主に怒られてしょげた小犬のように、肩をすくめておとなしく床に正座した。
昴くんから話を聞くと、前にもこのようなことがあったらしい。
しかも、一度や二度ではない。
虹斗くんは自然とスキンシップが多くて、やさしくしてくれる人に甘えちゃうタイプ。
見た目からしても小動物のようにかわいいから、警護対象者のお嬢様も許してしまうらしい。
だから、ついつい人との距離感が近くなりがちなんだとか。
「虹斗が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした…!」
イージスのリーダーとして、昴くんは虹斗くんの頭を押さえつけていっしょに謝る。
こっ酷く昴くんに叱られた虹斗くんは、かわいそうなくらいにベソをかいている。
「昴くん、虹斗くん、顔を上げて…!虹斗くんも反省してるみたいだし、これくらいでいいんじゃないかな」
わたしには見える。
しょんぼりと丸めたしっぽが虹斗くんに生えているのが。
こんなかわいい子犬に、これ以上の仕打ちはできないよ。
「虹斗、次またアリス様に同じことをしたら…。わかってるだろうな?」
「も…もちろんです!リーダー!」
虹斗くんは姿勢を正して敬礼する。
それを見て、あきれたようにため息をつく昴くん。
そのとき、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「アリス様。ここでお着替えができるように、制服を持ってまいります」
「わざわざありがとう」
「ですので、再び虹斗と2人になりますが…」
「大丈夫だよ。だから、昴くんは行って」
あれだけ昴くんに叱られた虹斗くん。
懲りずにまた同じことをするはずがない。
わたしが笑って手を振ると、昴くんは申し訳なさそうにお辞儀をして出ていった。
「じゃあ、虹斗くん。わたしたちはしばらくの間――」
「あーあ。昴くん、怒りすぎだよね?」
そんな声が聞こえて振り返ると、頭の後ろで手を組んで気だるげに口をとがらせる虹斗くんがいた。
「昴くんって真面目すぎるんだよね。かわいいなって思った女の子に甘えちゃうことの、なにがいけないんだろう」
思わず、空いた口が塞がらなかった。
昴くんに叱られて、泣きながら反省をしていると思っていた虹斗くんだったけど――。
実はまったく反省していなかった…!!
どうやら、昴くんの前では猫を被っていたようだ。
本当の虹斗くんはケロッとしている。
驚愕して固まるわたしのそばへやってきた虹斗くんは、わたしの肩をそっと抱き寄せた。
「アリスちゃん、気をつけてね。ぼく、本気になったら本当に狙っちゃうよ?」
そう言って、かわいくウインクしてみせる虹斗くん。
…これはどうしたことでしょう。
わたしを守ってくれるはずの完璧な護衛のイージスの中に、かわいさですべてが許されると思っている子犬が混ざっているようです。
それを見た周りからは黄色い声が沸き立つ。
「キャ~!なんて紳士的…!」
「素敵!あんなふうに誘われてみたい」
「さすが、イージスの虹斗様!」
わたしは羨望のまなざしを向けられながら、虹斗くんにエスコートされて体育館の中央へ。
「もしかしてアリスちゃん、緊張してる?」
たじたじのわたしを見て、虹斗くんがクスッと笑う。
緊張というか、そもそもどうしたらいいのかわからない…!
そんなわたしの右手を虹斗くんがやさしく握る。
「アリスちゃん、左手をぼくの背中に。早くしないと始まっちゃうよ?」
「…え、あ…うんっ」
こうなったら覚悟を決めるしかないと思い、わたしは見様見真似で虹斗くんの背中に手をまわす。
流れるクラシック曲。
それに合わせて、虹斗くんが右へ左へと滑らかに揺れる。
わたしは足元を見ながら、なんとかステップについていく。
「アリスちゃん、こっち見て」
ふとそんな声が聞こえたから顔を上げると、虹斗くんの顔が間近にあって思わずドキッとする。
「下ばっか見られると悲しいな。ぼくを見てよ」
そうとは言われても、わたしはステップを合わせるのに必死で、虹斗くんを見ている余裕なんてない。
それに、虹斗くんに見つめられたら、まるでその瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。
虹斗くんの瞳…、きれいだな。
そんなことを考えながら踊っていたら、いつの間にか曲が終わっていた。
「…あれ?」
もしかして、なんとか乗り切れた感じ…?
「アリスちゃん、さすがだね!上手だったよ」
「やめて…虹斗くん、恥ずかしいよ。久々だったから、うまく踊れなくて…」
本当は、『生まれて初めてだったけど』とは言えない。
「でも、初めて見るステップもあったけど、あれはアメリカでは主流なの?」
その言葉にギクッとする。
首をかしげる虹斗くんが、純粋な瞳でわたしを見つめる。
初めて見るステップというのは、ただの素人のわたしの足踏みのことだろう。
ステップでもなんでもない。
「いや、あれは――」
と言いかけたとき、拍手が聞こえてきた。
振り返ると、先生がわたしたちに向かって大きな拍手を送っている。
「さすがですね、佐藤さん!ダンスはお手のものかしら?」
「いえ、そんな…」
わたしはなにも、ほめられるようなことはしていない。
虹斗くんのダンスは、他のエスコート科の男子生徒よりも格段にうまかった。
それが目立って、わたしまでうまく踊れているように見えてしまっただけだろう。
「それに、見たことのないステップもあって驚きました。あれは、どこで習ったのですか?」
…ギクッ
だから、そのことについては触れてほしくない。
「そ…そんなステップありましたか?体が勝手に動いていたので、全然覚えてなくて……あはは」
苦笑いを浮かべるわたし。
「そうですか!でしたら、もう一度踊ってもらえますか?今のダンスをぜひ他の生徒のお手本にしたいのです」
「…えっ!?…もう一度!?」
虹斗くんのおかげでなんとかそれっぽいかたちになっただけの…あのテキトーなダンスを!?
「む、無理です!そんなのっ…」
「アリスちゃん、遠慮することないじゃん。ぼくはアリスちゃんとなら、何度だって踊りたいけど?」
虹斗くんまでそんなこと言わないでよ…!
わたしと違って虹斗くんは踊る気満々のようで、再び手を差し出してくる。
ど…どうしよう……。
わたしの額から冷や汗が滴り落ちた。
――そのとき。
急に体がふわっと宙に浮いたような感じがした。
「先生。申し訳ございませんが、アリス様は一旦休憩をいただきます」
そんな声が聞こえて顔を上げると、そこには昴くんの整った横顔が。
なんでこんなに近くに昴くんの顔が――。
と思ったけど、なんとわたしは昴くんにお姫さま抱っこをされていた!
一瞬にして、自分の顔が熱くなるのがわかった。
「四之宮くん。休憩というのは?」
「アリス様はケガをされています。ですので、その手当てを」
…ケガ?
わたしが?
もしかして昴くん、この場から逃げるために嘘をついてくれてたのだろうか。
「警護対象者のどんな小さな変化も見落とさないところは、さすがイージスですね。他のエスコート科の生徒も、四之宮くんのことを見習うように」
「「はい!」」
そうして、昴くんのおかげでわたしは絶体絶命の状況から救い出された。
昴くんに連れてこられたのは、保健室。
どうやら、保健室の先生は不在のようだ。
「ご、ごめんね…昴くん。わたし…重いでしょ?」
「いえ、むしろ軽いくらいです」
細身なのに、昴くんは軽々とわたしを持ち上げるくらい力があって、その男らしさにキュンとしてしまう。
わたしをベッドの上へやさしく下ろす昴くん。
「昴くん、わたしがケガをしたって嘘ついてくれたんだよね?あの場から連れ出すために」
…悪いことしちゃったな。
こんなことなら、本当に足でもくじいてしまったらよかったのに。
――そんなことを考えていると。
「なにも嘘ではありません。おケガをされているのは本当のことです」
「…え?」
キョトンとするわたし。
すると、昴くんは丁寧にわたしの右足のダンスシューズを脱がせた。
と同時に、ジンとした痛みが走る。
見ると、くるぶしのところに血がにじんでいた。
どうやら、慣れないシューズで慣れないダンスを踊ったせいで靴擦れしてしまったようだ。
さっきまで緊張していたからか、自分でも全然気づかなかった。
「左足も同じところが少しだけ擦りむけています。あのまま2回目も踊れば、きっとこちらも靴擦れしていたでしょう」
それがわかっていたから、あのとき昴くんは止めてくれたんだ。
靴擦れなんてたいしたケガじゃないのに――。
昴くんはまるでガラス細工を扱うかのように、わたしの右足をそっと持ち上げてやさしく手当てしてくれた。
「消毒をいたします。少し我慢してください」
「絆創膏を貼ります。お足元、失礼します」
そのひとつひとつに、わざわざ声をかけてくれる。
「ありがとう、昴くん。早く授業に戻らないとだね」
「その必要はありません。代わりに慎太郎と虹斗が出席していますから、アリス様は次の授業までここでお休みください」
とは言われても元気だし、再び授業に戻ろうとしたけどそれを昴くんが阻止する。
足をケガしているからと、ダンスシューズすらはかせてくれない。
「昴くん、ちょっと飲み物買いに行きたいから…せめて靴は返してほしいんだけど」
「それなら、俺が買ってまいります。なにがよろしいでしょうか?」
本当に、昴くんは徹底している。
わたしがどれだけ「自分で買いにいける」と言っても、そんな雑用ですらも引き受けてしまう。
「それじゃあ…、麦茶で」
「かしこまりました」
そのとき、保健室に足音が響いた。
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「アリスちゃん、ケガ…どう?」
そう言って、不安そうな顔をしてやってきたのは虹斗くんだった。
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「…うん。アリスちゃんのケガに気づかないだなんて、イージス失格だぁ…」
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「虹斗、落ち込んでる暇はないからしっかりしろ。俺は今からアリス様の飲み物を買いにいくから、少しの間ここを外すぞ」
「わかった!それまで、アリスちゃんはぼくに任せて!」
虹斗くんは力強く自分の胸をたたいてみせる。
それを見てうなずいた昴くんは、急ぎ足で保健室から出ていった。
「ところで、慎太郎くんは?授業?」
「うん。ぼくもいっしょに出席してたんだけど、アリスちゃんのことが心配なら今すぐ行ってこいって言ってくれて」
やっぱり慎太郎くんは、やさしいお兄ちゃんみたいな存在だ。
「アリスちゃん、足…痛かった?」
「ううん、平気。靴擦れなんて、新しい靴をはいたらよくなることだしね」
「も~…。アリスちゃん、やさしすぎだよ~!」
虹斗くんは、瞳を潤ませて涙を拭う素振りを見せる。
「普通のお嬢様なら、靴擦れだけで大問題だよ。『一生傷が残ったらどうするのよ!』って怒られちゃうから」
だから、わたしの靴擦れに気づかなかったことに虹斗くんはかなり落ち込んでいたらしい。
しかも相手は、超有名財閥のお嬢様だから。
…わたしはただのアリスちゃんのフリだけど。
「わたしはそんなことで怒らないから安心して。虹斗くんたちの護衛は完璧で、むしろすごいなって思ってるんだから」
「アリスちゃん…」
「だから、これからもよろしくね」
わたしは虹斗くんに笑ってみせた。
「…やばっ」
そうつぶやいた虹斗くんは、なぜか頬を赤くして顔を背ける。
「どうしたの、虹斗くん?」
わたしは虹斗くんの顔をのぞき込む。
すると、わたしを上目遣いで見つめる虹斗くんと目が合った。
「もう、アリスちゃん。その笑顔、かわいすぎて反則なんだけどっ」
そう言って、虹斗くんが後ろから抱きしめてきた。
感覚としてはペットが甘えてじゃれてきているみたいだけど、突然のことでびっくりする。
「な、虹斗くん、…近くない?」
「だってしょうがないじゃん。初めて見たときからアリスちゃんのこといいなって思ってたんだから、ぎゅってくらいしたくもなるよ」
後ろに顔を向けると、虹斗くんが甘えるように微笑んでいた。
わたしの肩に顎を乗せて見つめてくる虹斗くんに、思わず顔が熱くなった。
「でも、ぼくはイージス。アリスちゃんのことは警護対象者として見ないといけないっていうことはわかってはいるんだけど…」
虹斗くんが愛おしそうに、再びぎゅっとわたしを抱きしめる。
「アリスちゃんかわいいから、好きになっちゃいそう」
年下とは思えないどこか余裕がうかがえる笑みに、わたしの鼓動が速くなる。
い…今、わたしのこと…『好き』って言った?
突然の告白に驚いたけど、ここはいったん冷静になる。
「虹斗くん、からかうのはダメだよっ」
わたしは、腰にまわされていた虹斗くんの手を取って解く。
「『好き』なんてそんな大事な言葉は、簡単に使っちゃ――」
「“本気”って言ったらどうする?」
間髪を入れずに真剣な表情で返されて、わたしは思わず言葉に詰まった。
「アリスちゃんは、好きな人いるの?」
「えっ…、好きな…人?」
一瞬、顔も覚えていないるぅくんのシルエットだけが頭の中に浮かんだ。
「いないなら、ヒミツで付き合っちゃう?ぼくならアリスちゃんのことを全力で守るし、全力で好きになるよ」
虹斗くんがわたしの顔をのぞき込んでくる。
そんなこと言われても、「はい、わかりました」なんて言えるわけないよ…!
この状況からどうやって切り抜けようかと思っていた、そのとき――。
ベッドを仕切るカーテンがかすかに揺れたのが目に入った。
すると、次の瞬間にはカーテンをめくって現れた昴くんによって、虹斗くんは背後から羽交い締めにされていた。
「イタタタタタタッ…!!」
虹斗くんが情けない声を上げる。
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「う…うん…!」
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「…すみませんでした」
虹斗くんは飼い主に怒られてしょげた小犬のように、肩をすくめておとなしく床に正座した。
昴くんから話を聞くと、前にもこのようなことがあったらしい。
しかも、一度や二度ではない。
虹斗くんは自然とスキンシップが多くて、やさしくしてくれる人に甘えちゃうタイプ。
見た目からしても小動物のようにかわいいから、警護対象者のお嬢様も許してしまうらしい。
だから、ついつい人との距離感が近くなりがちなんだとか。
「虹斗が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした…!」
イージスのリーダーとして、昴くんは虹斗くんの頭を押さえつけていっしょに謝る。
こっ酷く昴くんに叱られた虹斗くんは、かわいそうなくらいにベソをかいている。
「昴くん、虹斗くん、顔を上げて…!虹斗くんも反省してるみたいだし、これくらいでいいんじゃないかな」
わたしには見える。
しょんぼりと丸めたしっぽが虹斗くんに生えているのが。
こんなかわいい子犬に、これ以上の仕打ちはできないよ。
「虹斗、次またアリス様に同じことをしたら…。わかってるだろうな?」
「も…もちろんです!リーダー!」
虹斗くんは姿勢を正して敬礼する。
それを見て、あきれたようにため息をつく昴くん。
そのとき、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「アリス様。ここでお着替えができるように、制服を持ってまいります」
「わざわざありがとう」
「ですので、再び虹斗と2人になりますが…」
「大丈夫だよ。だから、昴くんは行って」
あれだけ昴くんに叱られた虹斗くん。
懲りずにまた同じことをするはずがない。
わたしが笑って手を振ると、昴くんは申し訳なさそうにお辞儀をして出ていった。
「じゃあ、虹斗くん。わたしたちはしばらくの間――」
「あーあ。昴くん、怒りすぎだよね?」
そんな声が聞こえて振り返ると、頭の後ろで手を組んで気だるげに口をとがらせる虹斗くんがいた。
「昴くんって真面目すぎるんだよね。かわいいなって思った女の子に甘えちゃうことの、なにがいけないんだろう」
思わず、空いた口が塞がらなかった。
昴くんに叱られて、泣きながら反省をしていると思っていた虹斗くんだったけど――。
実はまったく反省していなかった…!!
どうやら、昴くんの前では猫を被っていたようだ。
本当の虹斗くんはケロッとしている。
驚愕して固まるわたしのそばへやってきた虹斗くんは、わたしの肩をそっと抱き寄せた。
「アリスちゃん、気をつけてね。ぼく、本気になったら本当に狙っちゃうよ?」
そう言って、かわいくウインクしてみせる虹斗くん。
…これはどうしたことでしょう。
わたしを守ってくれるはずの完璧な護衛のイージスの中に、かわいさですべてが許されると思っている子犬が混ざっているようです。
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住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
あだ名が247個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
ママのごはんはたべたくない
もちっぱち
絵本
おとこのこが ママのごはん
たべたくないきもちを
ほんに してみました。
ちょっと、おもしろエピソード
よんでみてください。
これをよんだら おやこで
ハッピーに なれるかも?
約3600文字あります。
ゆっくり読んで大体20分以内で
読み終えると思います。
寝かしつけの読み聞かせにぜひどうぞ。
表紙作画:ぽん太郎 様
2023.3.7更新
アリアさんの幽閉教室
柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。
「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」
招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
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