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中小路かほ

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不穏な空気

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星乃川学園にきて10日がたった。


「…リ…さ、ア……スさま」


やさしくて柔らかい声が聞こえる。

心地よすぎて、ずっとこのままでいたい気分。


「…リス様、アリス様!」


その声にはっとして目が覚める。

目の前には、わたしを見下ろす昴くんの顔が。


「わっ…、わわわわわわ…!!…す、昴くん!」

「アリス様、おはようございます。なかなか起きてこられなかったので、お部屋に入らせていただきました」


レースのカーテンから透けて差し込む太陽の光よりも爽やかな昴くんの微笑み。

朝一からこんな爽快な昴くんの顔を間近で拝んだら、さっきまでの眠気も一気に吹き飛んでしまう。


わたしが寝坊すると、こうしてイージスのだれかが起こしにきてくれる。

お嬢様が部屋でなにかあったら大変だから、インターホンを押しても応答がなかった場合、エスコート科の男子生徒は合鍵を使って入ることが許可されている。


これまで虹斗くんや慎太郎くんはあったけど、昴くんが起こしにきてくれたのは初めてだ。


すっかり友達感覚の虹斗くんと慎太郎くんとは違って、未だに壁がある昴くん。


だから、寝起きのわたしに対して向けてくれた笑みがどこか無防備で、初めて見る柔らかい表情に思わず見惚れてしまった。


「アリス様、朝のご準備をお願いします。外でお待ちしておりますので」


しかし、すぐにいつもの昴くんの表情に戻ってしまった。


昴くんだけは未だにこの調子。

ちょっぴり寂しいけど、昴くんとはずっとこのままの距離感なのかな。


わたしはそう思っていたけど、まさかあんなことになるなんて――。



* * *



「あれ…」


その日、学校に登校して靴箱を開けて気づいた。

わたしの上履きが1足だけしかなかった。


「アリスちゃん、どうかした?」


虹斗くんがわたしの靴箱をのぞき込む。


「上履き、どうしたの?片方しかないじゃん」

「…うん。おかしいな、昨日帰るときはちゃんとここに――」

「上履きなら、ここにあったよ」


そんな慎太郎くんの声が聞こえて振り返ると、なくなった片方の上履きを持っていた。


さすがイージス。

わたしが探すよりも先に見つけてくれた。


「ありがとう、慎太郎くん!」


慎太郎くんはわたしの足元に上履きを置く。

だけど、所々汚れていた。


「…アリスちゃん。この上履き…、そこのゴミ箱の中に入ってたんだ」

「ゴミ箱…?」


目を向けるとに、昇降口の隅に小さなゴミ箱が設置されていた。

わたしの靴箱からは距離があるし、上履きに足が生えて自分で歩いていかない限り、あんなところには入らないと思う。


「ゴミ箱に上履きだなんて…。もしかして――」

「…あっ、そうだ!」


なにかを悟った虹斗くんがつぶやいたから、わたしは慌てて話を遮った。


「昨日の帰り、雨が降り出して慌てて寮に帰ったよね?それで、片方だけ靴箱に入れ忘れたのかも!」

「だったとしても、ゴミ箱になんて入るわけないよね?」

「落ちてることに気づかなくて、みんな踏んだり蹴ったりしたんじゃないかな?それで、汚れた上履きをだれかがゴミと勘違いしてあの中に」

「でも、そんなこと――」

「きっとそうだって!」


心配そうに見つめてくる虹斗くんと慎太郎くんに、わたしは笑ってみせた。


「さっ!早く教室行こ!」


いつもと同じように振る舞った。


実は、私物がなくなるのは今日が初めてではなかった。

数日前から、ハンカチがなくなったり、お気に入りのペンがなくなったり。


初めは、わたしの不注意でどこかに忘れてきてしまったのかと思ったけど…。

こうも毎日続くと、さすがのわたしもなにかがおかしいということくらいわかる。


…きっと、だれかに隠されている。


でもそれがだれかはわからないし、わざわざ犯人探しをしようとも思わない。

徹底的に調べられて困るのは、アリスちゃんと入れ替わっているわたしのほう。


だから、このままでいい。


とは言っても、今朝の上履きが片方ないことについては、さすがのイージスも異変を感じている。

でも、ことを荒立ててほしくないから、わたしはなんとか笑ってごまかした。


1限は国語。

この国語の先生は、学校一厳しいで有名。

時間厳守、忘れ物は絶対に許さない。


この前、たまたま教科書を忘れた女の子がいたけど、先生は相手がお嬢様なんて関係なく叱って、反省として廊下に立たせていた。


しばらくの間は、学校中で『この前廊下に立たされてたコ』と後ろ指を指され、赤っ恥をかくことになる。

だから、とくにこの授業は忘れ物をしないようにとみんな必死。


「前回の続きで、43ページを開けてください」


わたしは、机の中に置いていた教科書に手を伸ばす。


――しかし。

…あれ……。


いくら探しても、国語の教科書が見つからない。

置いて帰っているから、机の中にないはずないのに…!


「それでは、5行目から読んでもらいます。佐藤さん、お願いします」

「…えっ!わたし…!?」


思わず声がもれてしまった。


朗読に当てられなかったら、なんとかやり過ごせるかもと思っていたのに…。


「どうかしましたか?」

「えっと…、その……」


教科書がないことを言ったら、絶対廊下に立たされる…!

わたしはともかく、エリート警護部隊であるイージスが『廊下に立たされたコの護衛なんてしている』と笑われてしまう。


周りからは、女の子たちのクスクスという笑い声が聞こえる。


…やっぱり。

こうなるように、だれかがわたしの教科書を盗んだんだ。


「なにをしているのですか、佐藤さん」

「すみません…先生。実は――」


仕方ないけど、ここは正直に打ち明けるしかない。


――そう思っていたら。


「教科書なら机の上にあるでしょう。早く読んでください」

「…え?」


キョトンとして下を向くと、さっきまでノートしか置いていなかった机に国語の教科書が置いてあった。


まるで空から降ってきたかのような感覚に戸惑いながらも、ひとまず指示されたところを朗読する。


「ありがとうございます、佐藤さん。それではその続きを、隣の席の四之宮くんに読んでもらいます」

「はい」


返事をして立ち上がる昴くん。

ところが――。


「…先生、申し訳ございません。教科書を忘れてしまいました」


…えっ!?

昴くんが…忘れ物?


「信じられませんね。教科書を忘れるだなんて」


眉をひそめる先生。


「…ですが、四之宮くんはこれまでそのようなことは一度もなかったので、今日は大目に見ましょう」


昴くんの日頃からの行いのおかげで、ひとまず叱られることはなかった。


「佐藤さん、四之宮くんに教科書を見せてあげてください」

「は…、はい」


いつも完璧な昴くんが忘れ物なんてめずらしいな。

そんなことを考えながら、わたしは昴くんに教科書を手渡す。


――そのときっ。

教科書の裏表紙が目にとまって、わたしははっとした。


国語の教科書の裏表紙には、【四之宮昴】という名前が書かれていた。


つまりこの教科書はわたしのものではなく、…昴くんのものだった!


「ありがとうございます、アリス様。少しお借りします」


そう言って、昴くんはまるでわたしの教科書かのようにして受け取る。


突然机の上に教科書が現れておかしいなとは思ったけど、これはわたしのものじゃなくて昴くんのだったんだ。

わたしが教科書がないとなれば先生に叱られるから、そうならないように自分の教科書を差し出して、代わりに昴くん自身は教科書を忘れたことにして…。


朗読を終えた昴くんが席に着く。


「アリス様、ありがとうございました」

「…わ、わたしは…べつに」


これは、昴くんの教科書なのに。


「四之宮くん、今日は佐藤さんに教科書を見せてもらいなさい。佐藤さん、悪いけどお願いしますね」


隣の席の昴くんは、少し机を持ち上げてわたしの机にピッタリとくっつけた。


「アリス様。ご迷惑おかけして申し訳ございませんが、よろしくお願いします」

「…そんなっ。迷惑だなんて…」


わたしは昴くんの顔を見れずにうつむく。


そのあとの授業は、くっつけた机の真ん中に教科書を置いてわたしと昴くんとでそれを共有した。


「…ねぇ、昴くん。この教科書――」


わたしが小声で話しかけると、昴くんは自分の口元に人差し指を立てた。


「アリス様、今は授業中ですよ」


その言葉に、わたしはとっさに口をつぐむ。

すると、自分のノートの端になにかを書き始めた昴くん。


【アリス様が困っているのなら、それをお助けするのもイージスの仕事です】


書き終わった昴くんがにっこりと微笑んだ。

その不意打ちな笑みに、わたしは思わずドキッとした。


状況を読んで、なにも言わずに教科書を貸してくれて。

わたしを庇ってくれたことを鼻にかけることもなくスマートな対応。


【ありがとう、昴くん】

【当然のことをしたまでです】


わたしは昴くんとお互いのノートに書き込み合い、だれにも知られないヒミツの会話を楽しんだ。


「では、次のページに移ります」


そんな先生の声が聞こえたから、教科書のページの端に手を伸ばす。

昴くんも同じことを考えていたようで、めくろうとした手と手が触れ合う。


「…あ、ご…ごめん」

「失礼しましたっ…」


お互い頬を赤くしながら、顔を見合わせて謝った。


そういえば、前にもこんなことがあった。

朝食の後片付けで、テーブルのお皿を回収していたときに。


あのときもドキッとしたけど、やっぱり今も心臓がドキドキとうるさく鳴る。



* * *



「さっきの国語の授業のとき…見た?昴様とあんなに急接近して」

「せっかくイージスの前で恥をかかせてやろうと思ったのに。ほんと目障り」

「それに、いつもヘラヘラして。ものがなくなってることにも気づかないほどおバカなのかしら?」

「まあまあ、みんな落ち着いて。どうやら佐藤財閥のお嬢様は頭の中がお花畑のようだから、もう少し刺激的なお仕置きをしてあげないとね」

「「さっすが沙理奈さりなちゃん!」」


このときはまだ知らなかった。

わたしを狙う悪意の影が忍び寄ってきていることに。
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