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向けられた敵意
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それからも、わたしの私物がたびたびなくなることが発生した。
「アリス様、どうかしましたか?」
「…ううん!なんでもないよっ」
昴くんがなにかに気づきそうになると、わたしは慌てて笑ってごまかした。
わたしが星乃川学園に在籍するのは、1ヶ月だけ。
この1ヶ月さえ乗り切ればいいだけなんだから、大事にならないように今は我慢我慢。
――体育の授業終わり。
更衣室前では、着替え終わったお嬢様たちを出迎えにエスコート科の男子生徒たちが外で待機していた。
「アリスちゃん、お疲れさま!」
わたしの姿を見つけると、すぐに虹斗くんと慎太郎くんが駆け寄ってきてくれた。
「あれ?昴くんは?」
いつもなら3人いっしょ。
だけど、昴くんだけいなかった。
「ごめんね。昴は用事があるからって、オレたちにアリスちゃんのことを任せて先に行っちゃった」
「そっか。昴くんも忙しいね」
昴くんがいないことに、わたしはとくに気にはしなかった。
だからこそ、教室に戻ってびっくりした。
「…ぐあっ!!…や、やめて…くれ…!」
教室からもれるうめき声。
廊下にまで響いていたから慌てていってみると、なんとエスコート科の生徒を昴くんが床に押さえつけていた。
それは、同じクラスの江口くん。
「昴くん!…なにしてるの!?」
「江口が不審な動きをしているのが気になって体育の授業後にここで見張っていたら、アリス様の席になにかをしようとしたので取り押さえたまでです」
昴くんがさらに締め上げると、その苦痛にたえられなくなった江口くんの手からなにかが床にこぼれ落ちた。
――小さな金色の粒。
手に取ると、それは画鋲だった。
「これをなにに使おうとした!吐けっ!」
「お…おれはただ、命令されたからやっただけだ…!ちょっとしたケガを負わせてほしいと言われて」
「…命令だと?いったいだれに」
「そんなの決まってるだろ…!おれたちエスコート科は、警護対象者の命令には逆らえない。だから…」
そこまで言って口をつぐんでしまった江口くん。
だけど、そのあとの言葉は聞かなくてもわかる。
わたしにケガをさせるようにと命令したのは、ペアである女子生徒。
たしか、江口くんのペアの女の子って――。
「この騒ぎは…何事?」
そのとき、教室内に声が響いた。
振り返ると、ロングヘアの巻き髪が特徴的な女の子が驚いた顔をして立っている。
三輪財閥のお嬢様、三輪沙理奈ちゃんだ。
…そうだ。
江口くんは、沙理奈ちゃんのペア。
「沙理奈様、申し訳ございません…!脅しとして、佐藤アリスにケガをさせるようにという命令をはたすことができず…」
やっぱり、命令したのは沙理奈ちゃんだったんだ…!
だから、江口くんはみんながいないときにわたしの机に画鋲を仕込んでおこうと――。
だれもがそう思った、…そのとき。
「なんのこと?」
沙理奈ちゃんは、困った顔をして首をかしげた。
「わたくしが命令するはずないじゃない。アリスちゃんは大事なクラスメイトよ?ケガをさせるようにだなんて、そんな恐ろしい考え…わたくしには思いつかないわ」
「しかし…!たしかにあのとき――」
「そういえばあなた、昴様やイージスに嫉妬心を抱いていたわよね?」
上から江口くんを見下ろす沙理奈ちゃん。
「もしアリスちゃんがケガをすれば、責められるのはイージス。だから、そんな彼らを蹴落とそうと…こんなことをたくらんだんじゃなくって?」
「なにを言って…。おれはそんなこと…!」
「とにかく、わたくしを巻き込まないでちょうだい。あなたはクビよ!次からは、もっと優秀なボディガードをつけるわ」
沙理奈ちゃんは、江口くんを睨みつける。
「昴様、わたくしの“元”ボディガードが勝手なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした。この者の処分は、お好きなようにどうぞ」
「…お待ちくださいっ、沙理奈様…!!」
沙理奈ちゃんに向かって、目一杯手を伸ばす江口くん。
しかし、沙理奈ちゃんが振り返ることはなかった。
「だれかの指図だったとしても、俺たちは命令を聞くだけのロボットなんかじゃない。実際にそれを実行に移したのはお前だ」
昴くんの言葉に、自分の行いの愚かさに気づいたのだろうか。
江口くんは悔しそうに唇を噛んだ。
その日の夜。
今日の事件について、昴くんから話があった。
江口くんの話からすると、これまでわたしの私物を盗んだのは自分だと。
しかし、今回のことも含め、すべてペアの沙理奈ちゃんから命令されたと話しているらしい。
江口くんは、しばらくはボディガードから外れ、エスコート科でもう一度厳しく訓練を受け直すとのこと。
イージスの3人は、難しい顔をして話し合う。
「江口くんがぼくたちイージスに嫉妬して…なんて言ってたけど、本当は沙理奈ちゃんがアリスちゃんに嫉妬して、嫌がらせするように江口くんに命令してたんじゃないかな?」
「だろうな。それなら、すべてに納得がいく」
「だけど、相手は三輪財閥のお嬢様。『わたくしは知らない』で突き通すだろうね」
そう言って、慎太郎くんはあきれたようにため息をつく。
三輪沙理奈ちゃんは、同じ2年A組のクラスメイト。
各国と取り引きを行う貿易会社の社長令嬢で、“超”がつくほどのお金持ち。
なんでも、星乃川学園の生徒の中で一番財力があるお家だとか。
だから、この学校のカーストの頂点に立っていたのが沙理奈ちゃんだった。
しかしそのカーストも、わたしがきたことによって崩壊。
佐藤財閥は、三輪財閥をはるかに上回る財力を持っている…らしい。
イージスの情報によると。
そのため、沙理奈ちゃんのカースト順位は2位に。
それで、1位のわたしのことを妬んでいるのだろうと。
「我々も十分に警戒しますが、アリス様も三輪沙理奈にはご注意ください」
「…うん!わかったよ、昴くん」
わたしはごくりとつばを飲んだ。
しかし、昴くんが恐れていたことが現実に起こる。
数日後。
今日の美術の授業は、5限と6限の2時間を使って風景画を描くというもの。
学校の敷地内であれば、どこを構図にして描いてもいい。
鉛筆でスケッチして、水彩絵の具を使って色を塗って完成だ。
この時間内に完成できなければ宿題になるので、ゆっくり構図を考えている暇はない。
わたしは校舎から外へ出て、学校の庭にある池のそばにきていた。
ボートにも乗ることができるため、池には桟橋がかかっている。
その桟橋から見渡せる池と、その向こう側に見える校舎を構図に決めた。
さっそく桟橋の先端に座ってスケッチを始める。
「アリスちゃん、どんな感じに描けた?」
と虹斗くんが声をかけてきそうなところだけど、今はわたしの周りにはだれもいない。
というのも、この時間だけエスコート科の特別授業があり、全男子生徒はそちらに出席している。
終わり次第戻ってきてくれるのだとか。
そうなったら虹斗くんに邪魔されちゃいそうだから、早めに仕上げておこう!
わたしはデッサンを終えると、5限の間に色塗りも始めた。
絵を描くことは好きだから、夢中で色を塗っていく。
――だから、気づかなかった。
背後から足音が近づいてくることに。
「よし!あと少し」
いったんパレットに筆を置き、目の前の風景とスケッチとを見比べる。
「ア~リスちゃんっ」
そのとき、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは同じクラスの4人の女の子。
その一番前にいる女の子を見て、わたしははっとした。
「風景画、どう?捗ってる?」
そう言って、にんまりと笑うのは…沙理奈ちゃん。
そう。
この前、ボディガードの江口くんにクビを宣告した三輪沙理奈ちゃんだ。
「…沙理奈ちゃん」
嫌な予感がして、自然と声が震えた。
だって、これまで沙理奈ちゃんがわたしに話しかけてきたことはないから。
それに後ろに引き連れている女の子たちは、沙理奈ちゃんに続くカースト上位のコたち。
そんな4人が…わたしになんの用?
「…どうしたの?」
わたしは、警戒しながらゆっくりと立ち上がる。
「あの佐藤財閥のお嬢様だから、もちろん風景画もお得意だろうと思って、参考に見せてもらいにきたの~」
「わたしの絵を…?」
他の女の子たちを引き連れた沙理奈ちゃんは、わたしのスケッチブックをのぞき込む。
「へ~、お上手なのね」
伏し目がちに視線を落とす沙理奈ちゃん。
次の瞬間…!
沙理奈ちゃんはわたしのスケッチブックを手に取ると、それを池に向かって放り投げた。
あっと思ったときにはすでに遅く、スケッチブックは水音とともに池の中へ。
「あら、ごめんなさいね。ちょっと手が滑っちゃって」
含み笑いをしながらわたしを見下ろす沙理奈ちゃん。
周りにいる3人は、声を殺しながらクスクスと笑っている。
手が滑っただなんて、…絶対に嘘だ。
「どうしてこういうことができるの…!江口くんのことといい、沙理奈ちゃんには人の気持ちがわからないの!?」
わたしがそう言って詰め寄ると、沙理奈ちゃんの目尻がピクリと動いた。
「…なに?偉そうにわたくしに説教するつもり?」
「べつにそういうわけじゃっ…」
「いい!?たまたま事業が成功して財力を手にしたか知らないけどね、三輪財閥は明治時代からある立派な家柄なの!あなたのところとは歴史が違うのよ!」
やっぱり沙理奈ちゃん、佐藤財閥が三輪財閥よりもカースト順位が高いことを気にして…。
「それに、昴様はいつかわたくしのボディガードにすると決めていたのに!なのに、あなたなんかに…!!」
よほど、わたしが昴くんに護衛されていることが気に食わないようだ。
鬼の形相でわたしのことを睨みつける。
…正直、こわい。
だれかにこれほどまでに敵意を向けられたのは初めてだったから。
たった1ヶ月間だけの星乃川学園での生活。
ここはわたしが『嫌な思いさせてごめんね』と頭を下げたら、この場は丸く収まるかもしれない。
騒ぎにしたくないのなら、そうすべきだ。
――だけど。
「…1ついいかな、沙理奈ちゃん」
わたしは自分よりも背の高い沙理奈ちゃんを見上げた。
「さっき、昴くんをいつか自分のボディガードにするって…言ってたよね?」
「それがなに?」
不服そうに腕を組む沙理奈ちゃん。
「沙理奈ちゃんのボディガードになることに、そこに昴くんの意思はないの?」
「は?なにが言いたいの?」
「…昴くんは、“もの”じゃないんだよ!みんなからうらやましがられるために身につけるアクセサリーなんかじゃない!」
「じゃあ、なに?あなた、自分は昴様やイージスに選ばれた“特別な存在”とでも思ってるわけ?」
言葉に詰まるわたしを沙理奈ちゃんは容赦なく睨みつける。
「…ムカツク。あのイージスが護衛についてるっていうのに、さも当然というようにすました顔して。それに、いつでもヘラヘラ笑ってわたくしをバカにしてっ」
「…バカにするだなんて、わたしはただ――」
「あなたのそういうところが気に食わないの。目障りだから、わたくしの前に立たないでちょうだい!」
そう怒鳴って、沙理奈ちゃんがわたしを強く突き飛ばした。
その衝撃で、わたしは足が一歩後ろへ上がり――。
もう片方の足も下がったとたん、桟橋から踏み外してわたしの体が大きくバランスを崩した。
「…きゃっ」
小さな悲鳴とともに、わたしは背中から池の中へと落ちてしまった。
なんとか息継ぎで水面から顔を出したわたしを、沙理奈ちゃんは笑って見下ろす。
他の3人の女の子も、沙理奈ちゃんの後ろで笑っている。
「…ぷはっ!た…助けっ…!!」
「演技は結構。上がるなら、さっさと上がってきたらいいじゃない」
そんな沙理奈ちゃんの声は耳にも入らず、必死にもがくわたし。
というのも、わたしは泳げなかった。
まったく上がってくる気配のないわたしに、さすがに沙理奈ちゃん以外はなにかがおかしいということに気づき始める。
「ね…ねぇ、ちょっと…ヤバイんじゃない?」
「…沙理奈ちゃん。いくらなんでも池に落とすのは、やりすぎだったんじゃ…」
「なぁに!?わたくしが悪いっていうの!?」
周りの女の子を睨みつける沙理奈ちゃん。
だれかが手を差し伸べてくれたらいいのだけど、みんな桟橋からどうしたものかとわたしを見下ろすだけ。
「たっ…助け――」
意識が途絶えかけていた。
そうして底から引っ張られるように、体が深く深く沈んでいく。
あれ…。
わたし…、このままここで…死んじゃうのかな。
薄れゆく意識の中で、そんなことを考えていた。
――そのとき。
「ありす…!!」
わたしの名前を叫ぶ声が聞こえたような――。
そこでわたしは意識を失った。
「アリス様、どうかしましたか?」
「…ううん!なんでもないよっ」
昴くんがなにかに気づきそうになると、わたしは慌てて笑ってごまかした。
わたしが星乃川学園に在籍するのは、1ヶ月だけ。
この1ヶ月さえ乗り切ればいいだけなんだから、大事にならないように今は我慢我慢。
――体育の授業終わり。
更衣室前では、着替え終わったお嬢様たちを出迎えにエスコート科の男子生徒たちが外で待機していた。
「アリスちゃん、お疲れさま!」
わたしの姿を見つけると、すぐに虹斗くんと慎太郎くんが駆け寄ってきてくれた。
「あれ?昴くんは?」
いつもなら3人いっしょ。
だけど、昴くんだけいなかった。
「ごめんね。昴は用事があるからって、オレたちにアリスちゃんのことを任せて先に行っちゃった」
「そっか。昴くんも忙しいね」
昴くんがいないことに、わたしはとくに気にはしなかった。
だからこそ、教室に戻ってびっくりした。
「…ぐあっ!!…や、やめて…くれ…!」
教室からもれるうめき声。
廊下にまで響いていたから慌てていってみると、なんとエスコート科の生徒を昴くんが床に押さえつけていた。
それは、同じクラスの江口くん。
「昴くん!…なにしてるの!?」
「江口が不審な動きをしているのが気になって体育の授業後にここで見張っていたら、アリス様の席になにかをしようとしたので取り押さえたまでです」
昴くんがさらに締め上げると、その苦痛にたえられなくなった江口くんの手からなにかが床にこぼれ落ちた。
――小さな金色の粒。
手に取ると、それは画鋲だった。
「これをなにに使おうとした!吐けっ!」
「お…おれはただ、命令されたからやっただけだ…!ちょっとしたケガを負わせてほしいと言われて」
「…命令だと?いったいだれに」
「そんなの決まってるだろ…!おれたちエスコート科は、警護対象者の命令には逆らえない。だから…」
そこまで言って口をつぐんでしまった江口くん。
だけど、そのあとの言葉は聞かなくてもわかる。
わたしにケガをさせるようにと命令したのは、ペアである女子生徒。
たしか、江口くんのペアの女の子って――。
「この騒ぎは…何事?」
そのとき、教室内に声が響いた。
振り返ると、ロングヘアの巻き髪が特徴的な女の子が驚いた顔をして立っている。
三輪財閥のお嬢様、三輪沙理奈ちゃんだ。
…そうだ。
江口くんは、沙理奈ちゃんのペア。
「沙理奈様、申し訳ございません…!脅しとして、佐藤アリスにケガをさせるようにという命令をはたすことができず…」
やっぱり、命令したのは沙理奈ちゃんだったんだ…!
だから、江口くんはみんながいないときにわたしの机に画鋲を仕込んでおこうと――。
だれもがそう思った、…そのとき。
「なんのこと?」
沙理奈ちゃんは、困った顔をして首をかしげた。
「わたくしが命令するはずないじゃない。アリスちゃんは大事なクラスメイトよ?ケガをさせるようにだなんて、そんな恐ろしい考え…わたくしには思いつかないわ」
「しかし…!たしかにあのとき――」
「そういえばあなた、昴様やイージスに嫉妬心を抱いていたわよね?」
上から江口くんを見下ろす沙理奈ちゃん。
「もしアリスちゃんがケガをすれば、責められるのはイージス。だから、そんな彼らを蹴落とそうと…こんなことをたくらんだんじゃなくって?」
「なにを言って…。おれはそんなこと…!」
「とにかく、わたくしを巻き込まないでちょうだい。あなたはクビよ!次からは、もっと優秀なボディガードをつけるわ」
沙理奈ちゃんは、江口くんを睨みつける。
「昴様、わたくしの“元”ボディガードが勝手なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした。この者の処分は、お好きなようにどうぞ」
「…お待ちくださいっ、沙理奈様…!!」
沙理奈ちゃんに向かって、目一杯手を伸ばす江口くん。
しかし、沙理奈ちゃんが振り返ることはなかった。
「だれかの指図だったとしても、俺たちは命令を聞くだけのロボットなんかじゃない。実際にそれを実行に移したのはお前だ」
昴くんの言葉に、自分の行いの愚かさに気づいたのだろうか。
江口くんは悔しそうに唇を噛んだ。
その日の夜。
今日の事件について、昴くんから話があった。
江口くんの話からすると、これまでわたしの私物を盗んだのは自分だと。
しかし、今回のことも含め、すべてペアの沙理奈ちゃんから命令されたと話しているらしい。
江口くんは、しばらくはボディガードから外れ、エスコート科でもう一度厳しく訓練を受け直すとのこと。
イージスの3人は、難しい顔をして話し合う。
「江口くんがぼくたちイージスに嫉妬して…なんて言ってたけど、本当は沙理奈ちゃんがアリスちゃんに嫉妬して、嫌がらせするように江口くんに命令してたんじゃないかな?」
「だろうな。それなら、すべてに納得がいく」
「だけど、相手は三輪財閥のお嬢様。『わたくしは知らない』で突き通すだろうね」
そう言って、慎太郎くんはあきれたようにため息をつく。
三輪沙理奈ちゃんは、同じ2年A組のクラスメイト。
各国と取り引きを行う貿易会社の社長令嬢で、“超”がつくほどのお金持ち。
なんでも、星乃川学園の生徒の中で一番財力があるお家だとか。
だから、この学校のカーストの頂点に立っていたのが沙理奈ちゃんだった。
しかしそのカーストも、わたしがきたことによって崩壊。
佐藤財閥は、三輪財閥をはるかに上回る財力を持っている…らしい。
イージスの情報によると。
そのため、沙理奈ちゃんのカースト順位は2位に。
それで、1位のわたしのことを妬んでいるのだろうと。
「我々も十分に警戒しますが、アリス様も三輪沙理奈にはご注意ください」
「…うん!わかったよ、昴くん」
わたしはごくりとつばを飲んだ。
しかし、昴くんが恐れていたことが現実に起こる。
数日後。
今日の美術の授業は、5限と6限の2時間を使って風景画を描くというもの。
学校の敷地内であれば、どこを構図にして描いてもいい。
鉛筆でスケッチして、水彩絵の具を使って色を塗って完成だ。
この時間内に完成できなければ宿題になるので、ゆっくり構図を考えている暇はない。
わたしは校舎から外へ出て、学校の庭にある池のそばにきていた。
ボートにも乗ることができるため、池には桟橋がかかっている。
その桟橋から見渡せる池と、その向こう側に見える校舎を構図に決めた。
さっそく桟橋の先端に座ってスケッチを始める。
「アリスちゃん、どんな感じに描けた?」
と虹斗くんが声をかけてきそうなところだけど、今はわたしの周りにはだれもいない。
というのも、この時間だけエスコート科の特別授業があり、全男子生徒はそちらに出席している。
終わり次第戻ってきてくれるのだとか。
そうなったら虹斗くんに邪魔されちゃいそうだから、早めに仕上げておこう!
わたしはデッサンを終えると、5限の間に色塗りも始めた。
絵を描くことは好きだから、夢中で色を塗っていく。
――だから、気づかなかった。
背後から足音が近づいてくることに。
「よし!あと少し」
いったんパレットに筆を置き、目の前の風景とスケッチとを見比べる。
「ア~リスちゃんっ」
そのとき、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは同じクラスの4人の女の子。
その一番前にいる女の子を見て、わたしははっとした。
「風景画、どう?捗ってる?」
そう言って、にんまりと笑うのは…沙理奈ちゃん。
そう。
この前、ボディガードの江口くんにクビを宣告した三輪沙理奈ちゃんだ。
「…沙理奈ちゃん」
嫌な予感がして、自然と声が震えた。
だって、これまで沙理奈ちゃんがわたしに話しかけてきたことはないから。
それに後ろに引き連れている女の子たちは、沙理奈ちゃんに続くカースト上位のコたち。
そんな4人が…わたしになんの用?
「…どうしたの?」
わたしは、警戒しながらゆっくりと立ち上がる。
「あの佐藤財閥のお嬢様だから、もちろん風景画もお得意だろうと思って、参考に見せてもらいにきたの~」
「わたしの絵を…?」
他の女の子たちを引き連れた沙理奈ちゃんは、わたしのスケッチブックをのぞき込む。
「へ~、お上手なのね」
伏し目がちに視線を落とす沙理奈ちゃん。
次の瞬間…!
沙理奈ちゃんはわたしのスケッチブックを手に取ると、それを池に向かって放り投げた。
あっと思ったときにはすでに遅く、スケッチブックは水音とともに池の中へ。
「あら、ごめんなさいね。ちょっと手が滑っちゃって」
含み笑いをしながらわたしを見下ろす沙理奈ちゃん。
周りにいる3人は、声を殺しながらクスクスと笑っている。
手が滑っただなんて、…絶対に嘘だ。
「どうしてこういうことができるの…!江口くんのことといい、沙理奈ちゃんには人の気持ちがわからないの!?」
わたしがそう言って詰め寄ると、沙理奈ちゃんの目尻がピクリと動いた。
「…なに?偉そうにわたくしに説教するつもり?」
「べつにそういうわけじゃっ…」
「いい!?たまたま事業が成功して財力を手にしたか知らないけどね、三輪財閥は明治時代からある立派な家柄なの!あなたのところとは歴史が違うのよ!」
やっぱり沙理奈ちゃん、佐藤財閥が三輪財閥よりもカースト順位が高いことを気にして…。
「それに、昴様はいつかわたくしのボディガードにすると決めていたのに!なのに、あなたなんかに…!!」
よほど、わたしが昴くんに護衛されていることが気に食わないようだ。
鬼の形相でわたしのことを睨みつける。
…正直、こわい。
だれかにこれほどまでに敵意を向けられたのは初めてだったから。
たった1ヶ月間だけの星乃川学園での生活。
ここはわたしが『嫌な思いさせてごめんね』と頭を下げたら、この場は丸く収まるかもしれない。
騒ぎにしたくないのなら、そうすべきだ。
――だけど。
「…1ついいかな、沙理奈ちゃん」
わたしは自分よりも背の高い沙理奈ちゃんを見上げた。
「さっき、昴くんをいつか自分のボディガードにするって…言ってたよね?」
「それがなに?」
不服そうに腕を組む沙理奈ちゃん。
「沙理奈ちゃんのボディガードになることに、そこに昴くんの意思はないの?」
「は?なにが言いたいの?」
「…昴くんは、“もの”じゃないんだよ!みんなからうらやましがられるために身につけるアクセサリーなんかじゃない!」
「じゃあ、なに?あなた、自分は昴様やイージスに選ばれた“特別な存在”とでも思ってるわけ?」
言葉に詰まるわたしを沙理奈ちゃんは容赦なく睨みつける。
「…ムカツク。あのイージスが護衛についてるっていうのに、さも当然というようにすました顔して。それに、いつでもヘラヘラ笑ってわたくしをバカにしてっ」
「…バカにするだなんて、わたしはただ――」
「あなたのそういうところが気に食わないの。目障りだから、わたくしの前に立たないでちょうだい!」
そう怒鳴って、沙理奈ちゃんがわたしを強く突き飛ばした。
その衝撃で、わたしは足が一歩後ろへ上がり――。
もう片方の足も下がったとたん、桟橋から踏み外してわたしの体が大きくバランスを崩した。
「…きゃっ」
小さな悲鳴とともに、わたしは背中から池の中へと落ちてしまった。
なんとか息継ぎで水面から顔を出したわたしを、沙理奈ちゃんは笑って見下ろす。
他の3人の女の子も、沙理奈ちゃんの後ろで笑っている。
「…ぷはっ!た…助けっ…!!」
「演技は結構。上がるなら、さっさと上がってきたらいいじゃない」
そんな沙理奈ちゃんの声は耳にも入らず、必死にもがくわたし。
というのも、わたしは泳げなかった。
まったく上がってくる気配のないわたしに、さすがに沙理奈ちゃん以外はなにかがおかしいということに気づき始める。
「ね…ねぇ、ちょっと…ヤバイんじゃない?」
「…沙理奈ちゃん。いくらなんでも池に落とすのは、やりすぎだったんじゃ…」
「なぁに!?わたくしが悪いっていうの!?」
周りの女の子を睨みつける沙理奈ちゃん。
だれかが手を差し伸べてくれたらいいのだけど、みんな桟橋からどうしたものかとわたしを見下ろすだけ。
「たっ…助け――」
意識が途絶えかけていた。
そうして底から引っ張られるように、体が深く深く沈んでいく。
あれ…。
わたし…、このままここで…死んじゃうのかな。
薄れゆく意識の中で、そんなことを考えていた。
――そのとき。
「ありす…!!」
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そこでわたしは意識を失った。
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招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
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