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背信(1)
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それから数日後、公爵邸に友人が訪問に来た。
「また剣など握って! 公爵令嬢なんですよ、ちょっとは自覚を持って下さい!」
訊ねて来た早々、アリエルに叱られるが、女の騎士だっているのだから、別に問題はない。だからレベッカは、これからは令嬢も剣を持つべきだと主張した。
「ドレスに剣なんて、なかなかお洒落だわ、きっと流行るはずよ」
「流行りません!」
文句を言いながら中庭でお茶を飲むアリエルに、一緒に来たマーティンも「俺も流行らないと思う」と加勢されてしまい、レベッカは一気に肩身が狭くなる。
「でも、血筋は争えないなと思うよ、剣を振ってる姿は公爵にそっくりだ……」
「そう? それなら私も双剣に変えた方がいいわね」
マーティンの言葉にレベッカは咄嗟にそう答えたが、父が双剣使いなのは意味があった。
どちらも欠かすことが出来ないのが双剣、つまり、母と父を司る剣であり、絆の証でもある。父の母に対する愛情を知る度に嫌な気分になるのに、どこかで羨ましいとも思ってしまう自分に嫌悪した。
口を閉ざしたままのレベッカの様子が気になったのか、アリエルが今日の訪問の目的である話題を口にした。
「レベッカ様、もう直ぐ開かれる次期宰相の就任パーティーのドレスはどうされるのですか?」
「行かなくてもいいような気がしているのだけど?」
アリエルはガタっと勢いよく立ち上がり、吊り上げた眉を歪ませたまま、「何を仰っているのです」と声を張り上げる。
「いいですか、レベッカ様は公爵令嬢なのですよ? タイム公爵とご一緒に出席することになるはずです」
「そうかしら、お父様も出席されないと思うけど……」
「いいえ、宰相の就任パーティーは爵位のある貴族は全員出席が決まってます」
「そう……、あ、それなら、セルジオ様も出席されるのかしら?」
レベッカの問いに「え、もしかして?」とアリエルは、軽やかにドレスをくるんと翻し、彼のことが気になるのかと聞いて来る。
気になるのは当然だった。
彼の部下がレベッカの目の前で首を刎ねられてしまったし、それを止めることも出来なかったのだから。
けれど、こちらの様子を見ていたマーティンが口を尖らせ「そんなわけないだろう」と何故かレベッカの代わりに彼が返事をした。
「あら、マーティン様、何かご存じなのかしら?」
「いや、そうじゃなくてセルジオ騎士団長の女遊びの激しさを知らないのか?」
「確かに聞いたことありますわ、けど、あの風貌ですものね、仕方がないことでしょう?」
アリエルは口を横へ広げ、楽しそうな顔を披露して見せると、騎士団長という肩書に付け加えて、精悍で自信たっぷりな態度は逆に令嬢の自尊心を擽るのだと言う。
「自尊心……?」
「ほら、つまり、『私にならセルジオ様を夢中にさせることが出来るわ』と、意気込む令嬢が大勢いるということですわ」
何だか納得出来る内容にレベッカも「なるほどね」と頷いた。アリエルは可愛らしい鼻先をツンと上へ向けると、セルジオの話を続けた。
結局はどの令嬢にも靡いたことはないらしく、婚約者も居た時期があったが相手の方から解消を言い渡されたと言う。
「そう言えば、レベッカ様も、そろそろ婚約者を決めなくてはいけませんね?」
「え? そうかしら」
急に話題が変わってしまったことで、返事に動揺が現れてしまった。
「縁談の書状だってたくさん来てらっしゃるでしょう?」と探るような彼女の言葉を聞いて、そう言えば、何通か自分宛てに来ていたが、執事のロヴィンが父に報告をした後、それぞれの家門から書状の取り下げが届いたのを思い出した。
きっと父が取り下げするように手紙でも送ったのだろう、その出来事を洗いざらいアリエルに伝えると、彼女は「それなら、一生婚姻は出来ませんね」と、がっかりした顔をして見せた。
ただ、爵位のある令嬢が未婚でいることは色々と問題も多いので、名前だけの夫を持つことにはなりそうだとレベッカが溜息交じりに言えば、マーティンが透かさず口を開いた。
「それなら、俺でも夫になれるってことかな?」
「……どうかしら、お父様が許せばあり得ることだと思うけど……、ピンと来ないわ」
「ふーん、俺が相手でも嫌じゃないんだ?」
「ええ、別に嫌ではないわ」
マーティンとレベッカのやり取りを見ていたアリエルは「マーティン様、良かったですわね」とくすくす笑っている。
彼の好意は友人の延長のような物だと思っていたが、彼女の言葉に気付かされ、レベッカは彼を改めて見つめた。
貴族の令息として申し分のない品位があり、それこそ自分の父親が許可すれば、婚姻相手としては最適な相手なのかも知れない。
「どうせ愛の無い結婚なら、貴方のように気心知れた相手の方がいいわね」
「……君って、ほんと男心を踏みにじる天才だな、そこは『貴方と結婚すれば愛が芽生えるかも』と言うべきだ」
拗ねた彼に、嘘が苦手なのよ。と本音を言いそうになるが、愛など自分には必要のない物だ。
身近で狂った愛を嫌というほど見て来たレベッカからすれば、身を滅ぼすような物として認識しているし、どちらにしても心の底から愛するような相手には出会わない。
――そんな相手には出会いたくないわ……。
マーティンが自分のことを女として意識してくれていたことに関しては、意外だったが、彼となら意外と上手くやって行けるのかも知れないとレベッカは思った。
「また剣など握って! 公爵令嬢なんですよ、ちょっとは自覚を持って下さい!」
訊ねて来た早々、アリエルに叱られるが、女の騎士だっているのだから、別に問題はない。だからレベッカは、これからは令嬢も剣を持つべきだと主張した。
「ドレスに剣なんて、なかなかお洒落だわ、きっと流行るはずよ」
「流行りません!」
文句を言いながら中庭でお茶を飲むアリエルに、一緒に来たマーティンも「俺も流行らないと思う」と加勢されてしまい、レベッカは一気に肩身が狭くなる。
「でも、血筋は争えないなと思うよ、剣を振ってる姿は公爵にそっくりだ……」
「そう? それなら私も双剣に変えた方がいいわね」
マーティンの言葉にレベッカは咄嗟にそう答えたが、父が双剣使いなのは意味があった。
どちらも欠かすことが出来ないのが双剣、つまり、母と父を司る剣であり、絆の証でもある。父の母に対する愛情を知る度に嫌な気分になるのに、どこかで羨ましいとも思ってしまう自分に嫌悪した。
口を閉ざしたままのレベッカの様子が気になったのか、アリエルが今日の訪問の目的である話題を口にした。
「レベッカ様、もう直ぐ開かれる次期宰相の就任パーティーのドレスはどうされるのですか?」
「行かなくてもいいような気がしているのだけど?」
アリエルはガタっと勢いよく立ち上がり、吊り上げた眉を歪ませたまま、「何を仰っているのです」と声を張り上げる。
「いいですか、レベッカ様は公爵令嬢なのですよ? タイム公爵とご一緒に出席することになるはずです」
「そうかしら、お父様も出席されないと思うけど……」
「いいえ、宰相の就任パーティーは爵位のある貴族は全員出席が決まってます」
「そう……、あ、それなら、セルジオ様も出席されるのかしら?」
レベッカの問いに「え、もしかして?」とアリエルは、軽やかにドレスをくるんと翻し、彼のことが気になるのかと聞いて来る。
気になるのは当然だった。
彼の部下がレベッカの目の前で首を刎ねられてしまったし、それを止めることも出来なかったのだから。
けれど、こちらの様子を見ていたマーティンが口を尖らせ「そんなわけないだろう」と何故かレベッカの代わりに彼が返事をした。
「あら、マーティン様、何かご存じなのかしら?」
「いや、そうじゃなくてセルジオ騎士団長の女遊びの激しさを知らないのか?」
「確かに聞いたことありますわ、けど、あの風貌ですものね、仕方がないことでしょう?」
アリエルは口を横へ広げ、楽しそうな顔を披露して見せると、騎士団長という肩書に付け加えて、精悍で自信たっぷりな態度は逆に令嬢の自尊心を擽るのだと言う。
「自尊心……?」
「ほら、つまり、『私にならセルジオ様を夢中にさせることが出来るわ』と、意気込む令嬢が大勢いるということですわ」
何だか納得出来る内容にレベッカも「なるほどね」と頷いた。アリエルは可愛らしい鼻先をツンと上へ向けると、セルジオの話を続けた。
結局はどの令嬢にも靡いたことはないらしく、婚約者も居た時期があったが相手の方から解消を言い渡されたと言う。
「そう言えば、レベッカ様も、そろそろ婚約者を決めなくてはいけませんね?」
「え? そうかしら」
急に話題が変わってしまったことで、返事に動揺が現れてしまった。
「縁談の書状だってたくさん来てらっしゃるでしょう?」と探るような彼女の言葉を聞いて、そう言えば、何通か自分宛てに来ていたが、執事のロヴィンが父に報告をした後、それぞれの家門から書状の取り下げが届いたのを思い出した。
きっと父が取り下げするように手紙でも送ったのだろう、その出来事を洗いざらいアリエルに伝えると、彼女は「それなら、一生婚姻は出来ませんね」と、がっかりした顔をして見せた。
ただ、爵位のある令嬢が未婚でいることは色々と問題も多いので、名前だけの夫を持つことにはなりそうだとレベッカが溜息交じりに言えば、マーティンが透かさず口を開いた。
「それなら、俺でも夫になれるってことかな?」
「……どうかしら、お父様が許せばあり得ることだと思うけど……、ピンと来ないわ」
「ふーん、俺が相手でも嫌じゃないんだ?」
「ええ、別に嫌ではないわ」
マーティンとレベッカのやり取りを見ていたアリエルは「マーティン様、良かったですわね」とくすくす笑っている。
彼の好意は友人の延長のような物だと思っていたが、彼女の言葉に気付かされ、レベッカは彼を改めて見つめた。
貴族の令息として申し分のない品位があり、それこそ自分の父親が許可すれば、婚姻相手としては最適な相手なのかも知れない。
「どうせ愛の無い結婚なら、貴方のように気心知れた相手の方がいいわね」
「……君って、ほんと男心を踏みにじる天才だな、そこは『貴方と結婚すれば愛が芽生えるかも』と言うべきだ」
拗ねた彼に、嘘が苦手なのよ。と本音を言いそうになるが、愛など自分には必要のない物だ。
身近で狂った愛を嫌というほど見て来たレベッカからすれば、身を滅ぼすような物として認識しているし、どちらにしても心の底から愛するような相手には出会わない。
――そんな相手には出会いたくないわ……。
マーティンが自分のことを女として意識してくれていたことに関しては、意外だったが、彼となら意外と上手くやって行けるのかも知れないとレベッカは思った。
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