MONSTER

N.ikoru

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消えない傷跡(3)

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 レベッカと情報交換をしたあと、セルジオは「一旦、王宮に戻る」と告げた。
 イグニートに関する新しい情報収集の必要があったし、何より彼女と二人きりの空間に居心地の悪さを感じていた。

「必要な物を揃えて来る、何がいる?」
「そうですね、まずは着る物なのですが、出来れば男物の服を用意して下さい」
「……そんなの着た所で、そのデカイ胸は隠れ……っ痛」

 レベッカから枕が飛んで来た。

「セルジオ様!」
「……ったく、本当のことを言っただけだろ」
「ふ、ふしだらな発言はお控え下さい」

 彼女の前に立ち「ふしだらって言うのはな……」とレベッカの顎をぐっと持ち上げた。彼女の頬が、ぼっと赤く染まる様子を見て、セルジオは胸の端々がそわっとする感覚に襲われる。

「あー、いつも一緒にいる男は婚約者じゃないのか……」

 こんな時に何を聞いているんだと自分でも思う。

「マーティンですか? 彼は友人です」
「なるほど、けど、そう思っているのは君だけじゃないのか?」

 口を噤む彼女に、それなりに男から好意の意思表示を受けているのを悟る。確か今年十六だったか……、とレベッカの年齢を考え、恋にうつつを抜かすには十分な年齢だが、どうやらマーティンという男の一人相撲のようだと、ほっとする。

 ――ん…… 

 どうして自分が、ほっとしなくてはいけないのか馬鹿々々しいと、セルジオはレベッカの顎から手を離すと「明日の朝来る、それまでここで大人しくしてろ」と言い残し、宿を出た。
 今はレベッカに構っている場合ではない。やることは山積で、それを考えると頭が痛くなる。
 セルジオは取りあえず不審者の確認をするために王宮に戻ることにした。
 深夜だと言うのに、通りにある酒場はまだ賑わっており、途中で酔っ払いとすれ違う。民衆は、まだ国王陛下が殺されたことを知らない、明日になれば街は混乱の渦となることを想像して、鬱々とした気分になった。
 城門前まで行くと見知った顔が、口元を歪めながら「団長! 何処に行ってたんですか!」と喚く。

「エルケ、煩い」
「う、煩い? じゃあ、言われないようにして下さい!」

 耳元でギャンギャン騒ぐ部下に近況を聞いたが、特に目立った進展は無い見たいだった。牢屋に入っていた男について聞けば、十日ほど前に王宮で盗みを働いた罪で入れたと言い、盗んだ物も大した物では無かったため、あと数日で解放する予定の囚人だったと言う。
 用意周到に仕組まれた一連の事件に関しては、王宮内に裏切り者がいると考えるのが妥当だった。

 ――誰だろうな、国王が死んで得をする人間……。

 第一王子のカルロスは今年で成人するが、次期国王を狙うには早すぎるだろう。いくら周りに唆されたと言っても、まだ国を動かすには勉強不足だと分かっており、分別がある人物だ。
 それに王子は国王を失脚させるなどの話を持ち掛けられても、首を縦には振らないだろう。第二子のセドリック王子はまだ五歳だ、そうなると王家の人間の仕業だとは考え難い。

 ――だとすると、世代交代を言い渡された元宰相か……

 どちらにしても問題は、この一連の事態に便乗して、今、他国に攻め込まれることだ。
 
「しかし、まあ……、やってくれたな」
「ええ、本当に見事でしたね……、自分は双剣を初めて見たんですが」
「ああ、俺もだ」
「あんな細い剣で、近衛兵を退け、あっと言う間に二人の命を確実に奪うなんて……」

 最大限にまで尖れた両刃は美しい光沢を放っており、メイカブルで出来た剣だと聞いたことがあるが、自分が対峙した時、あの剣を手放させるには骨が折れそうだと感じた。
 それにしても……、と広間の王の席を眺めながらイグニートが、今回の事態を引き起こす可能性なら、十分に予測出来たはずなのに、何故警戒しなかったのかと自分の未熟さを痛感した。
 公爵邸で自分の部下が殺されていたことも、未だに鮮明に覚えており、絶対に自分の手でイグニートの始末を付けなくては腹の虫が収まりそうになかった。

「ところで、王妃はどうしてる?」
「自室へお戻りになりました」
「そうか、今日の訪問は無理そうだな、あー、あと、少し聞きたいんだが、令嬢が好みそうな食べ物とか分かるか?」

 小首を傾げたエルケは、にっこりと笑みを浮かべる。

「好きな女でも出来たんですか?」
「……何故そうなる」
「え、だって、団長自ら女の話をするなんて初めてですよ」
「もういい」

 くすくす笑うエルケに「庭先を見て来る」と伝え中庭へ出た。
 噴水周りにあるいくつものガゼボを眺めていると、一人の男が腰掛けているのが視界に入った。
 まだ人が残っていたのか……、セルジオは人影に近付き、声を掛けた瞬間、カクっと頭を下に向けた顔が、はっとしたように反応した。

「あ、セルジオ様でしたか」
「公爵令嬢の……友人か、こんな所で何を?」
「彼女が……レベッカが……牢に入れられたんです」

 セルジオは大きな溜息を吐くと「ここに居てもマーティン卿に出来ることは無いのでは?」と諭してやったが、ぐっと喉奥を鳴らすと彼は怒りの声を上げた。

「確かに、俺には出来ることなんてない! けど、心配なんです……」
「マーティン卿も厄介な女に惚れたもんだな」

 カァっと頬に赤みが差す様子は暗がりでも十分に確認出来た。
 こんなに分かり易い男も珍しいと思うが、逆を言えば、このくらいの男じゃないと彼女には男心など伝わらない気がした。
 マーティンの横へ腰を落とし「もし、彼女を助けたいと思うなら」とセルジオが言葉を零せば、彼が慌ててこちらへ顔を向けた。

「助けるって、どうやって」
「簡単な話ではないが、このままだと修道院送りも難しい、実は令嬢は牢にいない」
「え……」
「今は詳しくは言えないが、マーティン卿の助けが必要になるかも知れない」

 彼は、すくっと立ち上がると、セルジオの前に立った。

「その言葉本当ですか?」
「ああ、本当だ」

 納得した顔では無かったが、落ち込み項垂れていた先程とは違い、瞳に希望が宿ったように見えた。
 今すぐに助けが必要なわけでは無いことと、レベッカの身の安全だけは保障すると伝えると、彼は「分かりました。助けが必要な時はいつでも連絡下さい」と言葉を残し、中庭を出て行った。
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