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06 小さな舞踏会
舞踏会の喧騒が、遠くに聞こえる。
アルバート様が連れ出してくれたのは、中庭の奥の方にある、小さなベンチだった。
──ここに来るのも、随分久しぶりだわ。
お母様がご存命だった頃は、よく遊んでいたこの場所。
華やかな花々が植えられて居ないせいで、人があまり寄り付かないこの場所は、舞踏会は開かれているとは思えないくらいには静かだった。
ほんのりと、会場の音楽が届くくらいだ。
「ここなら大丈夫かな……」
「あ……」
優しくベンチへと下ろされて、ふと我に返る。
手渡された仮面は、幸いな事に壊れたりはしていないようだ。
……わざわざ、回収してくれていたのね……。
「ご親切に、ありがとうございます。後ほど、きちんとしたお礼を……」
「ああ、いいって。大丈夫。大したことはしてませんから」
仮面をつけ直し、改めてお礼を告げる。
街頭の柔らかな光に照らされた目の前の人は、あの煌びやかなパーティー会場で見たその時よりも、なんだか美しく見えた。
その方……アルバート様は、私の隣へと腰を下ろす。
「名乗りが遅れてしまい、申し訳ございません。俺はイアン皇子の側近を勤めています。アルバート・クリスと申します。どうぞ、アルバートと呼んでください」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はサーシャ・アルフと申します。こちらも、サーシャと呼んで頂ければ……」
格下のものは、格上のものに声をかけてはいけない。
本来ならば、初めての顔合わせは必ず当主たる父の同伴で行われるものだけど……私がご挨拶をした事がある方は、本当に少ない。
仕方ないわ。だって皆、私よりもマリーを紹介して欲しがるんだもの。
そのため、このように本人同士で名乗ることは稀なのだ。
今回はクリス家とアルフ家が同等に当たるからどちらからご挨拶してもよかったんだろうけど……アルバート様は確か、嫡男だったはず。加えて皇子の側近だ。
私からの名乗りは控えるべきだろうと思っていたから、アルバート様がご挨拶をしてくださってよかった。
キリッとしたお顔で名乗りを上げたアルバート様は、けれど次の瞬間にへにゃりとベンチへもたれかかった。
「……っはーー、堅苦しい挨拶はここまでにしない? 俺、イアンの側近仕事以外でカッチリするの苦手なんだよね」
「………はぁ」
先程までの完璧な所作から一転。アルバート様は格好を崩し、はにかみながら頭をかいた。
──なんだか、不思議な気分。
あんなにスマートで社交なれしている振る舞いができる方が、実は「それが苦手です」、だなんて。
思わずくすりと笑みが漏れると、アルバート様は照れくさそうに苦笑を浮かべた。
「はは、……ナイショな?」
「ふふっ、勿論ですわ。お客様の秘密を口外したり致しません」
「それは助かる。実は舞踏会やパーティーも苦手でね」
「まぁ」
どうやら苦手というのは本当らしい。
アルバート様は、ここで舞踏会をサボる事にしたようだ。
「側近のお仕事はよろしいのですか?」とお聞きしたら、「俺以外にも護衛がいるから大丈夫」と手をヒラヒラと振り、気にしていないご様子だ。
イアン皇子とアルバート様は仲がよろしいと聞いていたけれど、本当なのね。
それから続くアルバート様との会話は心地よくて、気がついたらだいぶ時間が経っていた。
たまに沈黙が落ちることもあったけど、それも気まずいものでは無い。空や木々を眺める、ゆったりとした時間だった。
異性とこんなふうに、人一人分程を開けてひとつのベンチに腰かけ談笑を交わす、なんて、初めてだ。
今日は思いもよらない『思い出』がたくさん出来た、と。
仮面の下で、小さく笑みを浮かべた。
アルバート様が連れ出してくれたのは、中庭の奥の方にある、小さなベンチだった。
──ここに来るのも、随分久しぶりだわ。
お母様がご存命だった頃は、よく遊んでいたこの場所。
華やかな花々が植えられて居ないせいで、人があまり寄り付かないこの場所は、舞踏会は開かれているとは思えないくらいには静かだった。
ほんのりと、会場の音楽が届くくらいだ。
「ここなら大丈夫かな……」
「あ……」
優しくベンチへと下ろされて、ふと我に返る。
手渡された仮面は、幸いな事に壊れたりはしていないようだ。
……わざわざ、回収してくれていたのね……。
「ご親切に、ありがとうございます。後ほど、きちんとしたお礼を……」
「ああ、いいって。大丈夫。大したことはしてませんから」
仮面をつけ直し、改めてお礼を告げる。
街頭の柔らかな光に照らされた目の前の人は、あの煌びやかなパーティー会場で見たその時よりも、なんだか美しく見えた。
その方……アルバート様は、私の隣へと腰を下ろす。
「名乗りが遅れてしまい、申し訳ございません。俺はイアン皇子の側近を勤めています。アルバート・クリスと申します。どうぞ、アルバートと呼んでください」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はサーシャ・アルフと申します。こちらも、サーシャと呼んで頂ければ……」
格下のものは、格上のものに声をかけてはいけない。
本来ならば、初めての顔合わせは必ず当主たる父の同伴で行われるものだけど……私がご挨拶をした事がある方は、本当に少ない。
仕方ないわ。だって皆、私よりもマリーを紹介して欲しがるんだもの。
そのため、このように本人同士で名乗ることは稀なのだ。
今回はクリス家とアルフ家が同等に当たるからどちらからご挨拶してもよかったんだろうけど……アルバート様は確か、嫡男だったはず。加えて皇子の側近だ。
私からの名乗りは控えるべきだろうと思っていたから、アルバート様がご挨拶をしてくださってよかった。
キリッとしたお顔で名乗りを上げたアルバート様は、けれど次の瞬間にへにゃりとベンチへもたれかかった。
「……っはーー、堅苦しい挨拶はここまでにしない? 俺、イアンの側近仕事以外でカッチリするの苦手なんだよね」
「………はぁ」
先程までの完璧な所作から一転。アルバート様は格好を崩し、はにかみながら頭をかいた。
──なんだか、不思議な気分。
あんなにスマートで社交なれしている振る舞いができる方が、実は「それが苦手です」、だなんて。
思わずくすりと笑みが漏れると、アルバート様は照れくさそうに苦笑を浮かべた。
「はは、……ナイショな?」
「ふふっ、勿論ですわ。お客様の秘密を口外したり致しません」
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それから続くアルバート様との会話は心地よくて、気がついたらだいぶ時間が経っていた。
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