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番外編 とある伯爵令息の婚活(Sideジョセフ)⑥
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お茶会当日、ラークスパー公爵家の馬車が迎えに来た。ジョセフが乗り込もうとしたら、馬車の中にはきっちりと髪を撫でつけられて、貴公子然と着飾らされたジャスティンがいた。その正面に楽しそうにジャスティンを指し示すハルがいた。
「……似合う似合う。格好いいよ」
ジョセフがそう言うと、ジャスティンは眉を下げて困ったように笑う。
「いや……似合わないでしょう? こんな豪華な服。柄じゃないし」
「けど、叙爵するって聞いたよ? これから社交の場にも出ることになるんじゃないの?」
「……それはそうですけど」
そこへハルが上機嫌で問いかけてきた。
「ジャスの男前ぶりが上がったと思いませんか? 当家の使用人が全力でがんばりました」
彼もきちんと着飾ってはいるけれど全体的に抑えめで、そこまで気合いが入っていない。お茶会の趣旨を承知しているからだろう。
「……全力は自分の主人にするべきだろ……」
ジャスティンが額に手をやりながら呟いた。そうしていると年相応の若者に見える。
「だって、実質ジャスの社交デビューじゃない? 商会長を見せびらかす絶好の機会。宣伝効果だってばっちり。けど令嬢に鼻の下伸ばしてちゃダメだからね」
「伸ばさないし。そもそも貴族のご令嬢が僕に近づく訳ないし」
「何言ってんの。ジャスは自分の魅力わかってなさすぎ。そう思いませんか?」
ハルが今度はジョセフに目を向けてくる。若者同士の会話を微笑ましく聞いていたジョセフは戸惑った。
「いや、確かにジャスティンは格好いいよ。モテそうだ」
「ほら、そう言ってるでしょ?」
「……もういい……」
これからお茶会本番なのに、疲れ果てたような声でジャスティンは答えた。
馬車の中でハルはジャスティンにあれこれと作法の説明をしていた。
「とりあえず主催の侯爵夫人にご挨拶して、それから挨拶の順番は僕かジョセフ様が教えるから。口上は覚えてきた? あと、絶対に僕が合図した飲食物は口に入れちゃダメだからね」
「え? お茶会なのに?」
ジャスティンが驚いた顔をするので、ジョセフも説明した。
「お近づきになるために相手の飲み物にちょっと気分が盛り上がる薬とか入れたりする人がたまにいるんだよね。夜会とかだと結構多い。お茶会だとしても油断はしないほうがいいよ」
「一応命には別状ないものらしいけど、僕やジャスティンに手出しした相手をパーシヴァル様が許すとは思えないから、相手のためでもあるんだよ?」
ハルもにこやかに恐ろしいことを口にすると、ジョセフに向き直ってきた。
「一応、一通りの解毒剤は持って来てますから、ジョセフ様も必要なら言って下さいね」
「ありがとう。まあ、僕を狙うような物好きはいないだろうけどね」
おそらく狙われるのはハルとジャスティンだ。おそらく招待されているのも若い男女だろう。だからあまり心配はしていない。
一方ジャスティンはすっかり気分がだだ下がりになったようだった。
「……貴族怖いな……」
「まあ、今後も貴族とのお取引があるんだから、社交には慣れていたほうがいいよ」
ジョセフがそう宥めると、少しだけ落ち着いたのか小さく息を吐いた。
侯爵邸につくと、美しく整えられた庭にテーブルが設置されて、すでに招待客も到着しているらしい。
彼らの目線が自分を素通りするのが露骨にわかって、ジョセフは苦笑した。
いや、清々しいくらい欲望に忠実だ。
ハルとジャスティンは若くして商会を立ち上げて成功させている。そしてハルは公爵夫人であると同時に子爵でもあるし、ジャスティンも近く叙爵して貴族になる。将来有望だと思っているのだろう。
とりあえず、挨拶が必要な相手を一巡したら、仮病を装って中座する計画だ。具合が悪くなる役を最初ハルが申し出ていたが、ジョセフが引き受けた。
いや、介抱のためにハルちゃんに触ったりしたらあとで閣下に睨まれそうだし。
という理由だ。
あとは直接的に縁談を持ち込まれた時の対策で、ハルはパーシヴァルを通して欲しいと答えることにして、ジャスティンには想い人がいる設定にした。
それでもハルとジャスティンの周りには大勢の招待客が集まってきて次々に話しかけてくる。中にはジョセフを邪魔者だと言わんばかりに睨む者もいたけれど、ハルが如才なく、
「こちらは夫の副官を務めて下さっているジョセフ様です。とても忠実な部下でいらっしゃるので、夫から僕のエスコートを依頼されたんですよ」
と説明して、ジョセフを軽んじたらパーシヴァルに話が伝わるぞと暗に伝えていた。
ジャスティンも最初は緊張していたものの、商売で人と接し慣れているせいか堂々と受け答えをしているように見えた。
そして、その穏やかな空気が変わったのは、途中で侯爵夫人が薦めてきたお茶を見た時だった。ハルがジョセフとジャスティンの服の袖を引っぱった。
「……似合う似合う。格好いいよ」
ジョセフがそう言うと、ジャスティンは眉を下げて困ったように笑う。
「いや……似合わないでしょう? こんな豪華な服。柄じゃないし」
「けど、叙爵するって聞いたよ? これから社交の場にも出ることになるんじゃないの?」
「……それはそうですけど」
そこへハルが上機嫌で問いかけてきた。
「ジャスの男前ぶりが上がったと思いませんか? 当家の使用人が全力でがんばりました」
彼もきちんと着飾ってはいるけれど全体的に抑えめで、そこまで気合いが入っていない。お茶会の趣旨を承知しているからだろう。
「……全力は自分の主人にするべきだろ……」
ジャスティンが額に手をやりながら呟いた。そうしていると年相応の若者に見える。
「だって、実質ジャスの社交デビューじゃない? 商会長を見せびらかす絶好の機会。宣伝効果だってばっちり。けど令嬢に鼻の下伸ばしてちゃダメだからね」
「伸ばさないし。そもそも貴族のご令嬢が僕に近づく訳ないし」
「何言ってんの。ジャスは自分の魅力わかってなさすぎ。そう思いませんか?」
ハルが今度はジョセフに目を向けてくる。若者同士の会話を微笑ましく聞いていたジョセフは戸惑った。
「いや、確かにジャスティンは格好いいよ。モテそうだ」
「ほら、そう言ってるでしょ?」
「……もういい……」
これからお茶会本番なのに、疲れ果てたような声でジャスティンは答えた。
馬車の中でハルはジャスティンにあれこれと作法の説明をしていた。
「とりあえず主催の侯爵夫人にご挨拶して、それから挨拶の順番は僕かジョセフ様が教えるから。口上は覚えてきた? あと、絶対に僕が合図した飲食物は口に入れちゃダメだからね」
「え? お茶会なのに?」
ジャスティンが驚いた顔をするので、ジョセフも説明した。
「お近づきになるために相手の飲み物にちょっと気分が盛り上がる薬とか入れたりする人がたまにいるんだよね。夜会とかだと結構多い。お茶会だとしても油断はしないほうがいいよ」
「一応命には別状ないものらしいけど、僕やジャスティンに手出しした相手をパーシヴァル様が許すとは思えないから、相手のためでもあるんだよ?」
ハルもにこやかに恐ろしいことを口にすると、ジョセフに向き直ってきた。
「一応、一通りの解毒剤は持って来てますから、ジョセフ様も必要なら言って下さいね」
「ありがとう。まあ、僕を狙うような物好きはいないだろうけどね」
おそらく狙われるのはハルとジャスティンだ。おそらく招待されているのも若い男女だろう。だからあまり心配はしていない。
一方ジャスティンはすっかり気分がだだ下がりになったようだった。
「……貴族怖いな……」
「まあ、今後も貴族とのお取引があるんだから、社交には慣れていたほうがいいよ」
ジョセフがそう宥めると、少しだけ落ち着いたのか小さく息を吐いた。
侯爵邸につくと、美しく整えられた庭にテーブルが設置されて、すでに招待客も到着しているらしい。
彼らの目線が自分を素通りするのが露骨にわかって、ジョセフは苦笑した。
いや、清々しいくらい欲望に忠実だ。
ハルとジャスティンは若くして商会を立ち上げて成功させている。そしてハルは公爵夫人であると同時に子爵でもあるし、ジャスティンも近く叙爵して貴族になる。将来有望だと思っているのだろう。
とりあえず、挨拶が必要な相手を一巡したら、仮病を装って中座する計画だ。具合が悪くなる役を最初ハルが申し出ていたが、ジョセフが引き受けた。
いや、介抱のためにハルちゃんに触ったりしたらあとで閣下に睨まれそうだし。
という理由だ。
あとは直接的に縁談を持ち込まれた時の対策で、ハルはパーシヴァルを通して欲しいと答えることにして、ジャスティンには想い人がいる設定にした。
それでもハルとジャスティンの周りには大勢の招待客が集まってきて次々に話しかけてくる。中にはジョセフを邪魔者だと言わんばかりに睨む者もいたけれど、ハルが如才なく、
「こちらは夫の副官を務めて下さっているジョセフ様です。とても忠実な部下でいらっしゃるので、夫から僕のエスコートを依頼されたんですよ」
と説明して、ジョセフを軽んじたらパーシヴァルに話が伝わるぞと暗に伝えていた。
ジャスティンも最初は緊張していたものの、商売で人と接し慣れているせいか堂々と受け答えをしているように見えた。
そして、その穏やかな空気が変わったのは、途中で侯爵夫人が薦めてきたお茶を見た時だった。ハルがジョセフとジャスティンの服の袖を引っぱった。
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