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番外編 母への手紙

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『親愛なるルドヴィーコ様
 無事アルト殿下と供にクレド王国に戻りました。国王陛下から過分なる労いのお言葉をいただき、現在、王宮に滞在しつつ殿下のご帰還ならびに私との婚姻を披露するための行事につきまして調整を……』 

「業務報告?」
 僕はグイドの手元をうっかり見てしまって呟いた。たしかこの手紙の相手は隣国スプレンドレ王国にいるグイドの母君のはずなんだけど、どう見てもお手紙感がないというか……。
「……おかしいでしょうか?」
「というか、この体勢で手紙を書くのも……」
 僕がいるのは僕とグイドが滞在している王宮の一室。急な帰国だったので、僕が元々暮らしていた部屋を模様替えして使っている。
 机に向かって書き物をしているグイドの膝の上に何故か横向きに座らされている。グイドは片手で僕の身体を支えて、もう片方の手で手紙を書いている。
 だから書いている内容がもろ見えだったのだ。
 帰国してからもグイドは僕の側から離れない。結婚したことが公表されたのもあって、人前でも隙あらば腰を抱いてくるし、キスしてくるし。ここは欧米か、いや、異世界だった。
 周りの人たちはもう諦めているのか温かい目線でスルーしてくれるけど、慣れていない僕はちょっと気恥ずかしい。
「誰か来たら恥ずかしくない? もし……」
 グイドは僕の言葉を唇で塞いだ。しばらく濃厚な口づけをくれてから、しれっとした顔で答える。
「私がアルトを愛おしんでいることは誰にも恥じることではありません」
 何となくその楽しそうな表情に、僕が恥ずかしがるのが見たくてやっているような気がしてきた。大人の余裕とか……ずるい。
 いや、有翔とアルトの人生分足しても敵いそうにないのがとても悔しい。

「それよりも、どこがおかしいのでしょうか? 書状には正確な内容を心がけているのですが」
 実の親へのお手紙が正確さがメインとか。いや真面目か。真面目だった……。
「ルドヴィーコ様って、割と親しみのある明るい方だったと思うんだけど……」
 隣国との戦争のせいでルドヴィーコ様は離縁して帰国することになった。アルトとも面識がある。明るくて話好きで、そしてお洒落な人だった。グイドは確実に父親似だろう。
 もう少し打ち解けた文章にすれば喜びそうな気がするのに。それに何よりこの手紙は僕たちの結婚披露の日程を伝える内容なのに、業務臭が半端ない……。
「どう書けばいいのでしょうか?」
「……文章が硬いのはともかく、身内に対してなら最初に相手のことを心配するような文章を入れたり、最後に、お体に気をつけて……みたいな? そういう一文があれば少し手紙っぽくならない?」
「……なるほど、それもそうですね」
 そう言いながら手紙を書き直している間も僕は膝の上から降ろしてもらえなかった。何度か侍従が入ってきて、顔色一つ変えずにお茶やお菓子を僕の手が届くところに置いてくれた。
 ……ありがとう、全然動けないから助かります。じゃなくて、誰もこの有様にツッコミ入れてくれない……。
 仕方なく出されたお菓子をもそもそと口に運んでいると、グイドがじっとこちらを見つめていた。
「……食べる?」
 グイドは片手にペン、もう片手で僕を抱えているので、両手塞がってる。つい持っていたクッキーを口元に差し出すと、何故か顔をまっ赤にしてから口を開けた。
「……仕返しですか……」
「え?」
 何か悪いことした? 
 よくよく考えたら、これは恋愛カップルの鉄板イベント「あーんして?」ではないか。する方よりされる方が恥ずかしいやつだった……。
 あんまりグイドが照れるので、僕まで恥ずかしくなってきてしまった。
 ただ、この日書いた手紙が後々一騒動巻き起こすとは考えてもみなかった。

『愛しい息子へ
母は猛烈に感動しました。苦節二十七年、カッチカチに堅物過ぎて冗談も通じないあなたが、私の健康を案じてくれるなんて。
感動のあまり国境あたりで悪さをしている山賊どもを殲滅し、ついでに牧場を荒らしに来る熊を素手で退治してしまいました。
母は元気です。
これから街道で無体を働く者たちを成敗しながらクレドに向かいます。可愛いアルト殿下との再会を楽しみにしています。
                                                              ルドヴィーコより』

「……ルドヴィーコ様ってグイド兄さまに似てるかも」
 ……そう。グイドの性格は父親似だけれど、剣の腕は母親譲りなのだ。
「似たくありませんが……。とうとう帰ってくるのですね……」
 グイドがちょっと嫌そうな顔をして、手紙を見つめて溜め息をついた。

 道中捕らえた賊どもを引きつれてルドヴィーコ様が王都に現れたのは、その返事の数日後だった。血まみれ泥まみれのその人がハーラー公爵の伴侶とわかって王宮は大騒ぎになったのだった。
  
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