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3 魔法学校の聖人候補
432 試合直前
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432
学生たちもそして貴族たちも楽しみにして待ちに待っていた〝魔法競技会〟の日がやってきた。
だが、試合に自然に負けなくちゃいけないという、他の出場者とは全く違う課題を背負った私にとっては、ちょっと憂鬱な一日になりそうだ。
少し重い足取りで向かった一年生の競技会場は、予想通り閑散としていた。さすがに誰もいないとまでではないが、観衆はまばらで、貴賓席には誰もいない。
観客席にいるのは今日出場する選手の家族や関係者、それに親しいお友達といった人たちだけと思って良さそうだった。事前に聞いていた通り、どの学年の子たちも、やはり気になるのはメイン会場の三年生の競技とグッケンス博士ら教授陣の模擬戦なので、朝から三年生の使うメイン会場へ人が流れたのだろう。
(まぁ私としては、その方が落ち着いて試合に臨めていいんだけどね)
一年生の競技の人気のなさに、少しホッとしつつ笑ってしまい、私の気分は少し盛り返してきた。
周囲を見渡すと、観客席からトルルとオーライリが控室に向かう私に手を振っているのが見えた。どうやら、ガンバって、と言ってくれているようすだ。気が進まない競技会とはいえ、やはり、友達が応援してくれているというのは嬉しいもので、私も手を振り返し、さらに気分も晴れてきた気がした。
ふたりの応援のおかげで、私は至極気軽な気分で本戦出場選手の控え室に向かうことができた。
選手控え室といっても、雑然としたロッカールームといった感じの広い部屋に、簡単なテーブルとたくさんの椅子が並んでいるだけで、出場選手はそこにまばらに座っていた。礼儀は尽くそうと、ドアを開け頭を下げて挨拶をしてから入ったのだが、中にいた全員に睨まれただけで、誰も声を発しない。なかなか気まずい感じだ。
(気にしない、気にしない)
私は、ある程度この雰囲気を予想していたこともあり、顔には笑顔を貼り付けたまま、ゆっくりと端っこの椅子に向かい静かに腰掛けた。それに睨まれたとは言っても全員緊張の極致でそうなっているようで、普段ならば色々とバリエーション豊かな嫌味を言ってきそうな貴族たちも、それ以上は何かを言ったりする余裕はない様子だった。クローナも私の方を睨んでいたが、これもいつものことで悪意があるわけではなく、闘争心の現れなのだと私も今はわかっている。ひとしきり睨んだ後、私の目を見て頷いてきたので、私はにこやかに頷き返しておいた。
(きっと〝今日は負けないわよ〟とか思っているんだろうなぁ、クローナ。どっちにしても、私は勝つ気はないんだけけど、真剣な彼女と負け試合を演じるのはなんだか気の毒だから、クローナとは当たりたくないかも……)
そんなことを考えつつしばらく控え室で待っていると、審判団が今日の試合の簡単な説明をしにやってきた後、対戦相手を決める抽選が行われた。ここでもまだ、対戦の内容については触れられず、本当にぶっつけでいきなり決められた競技をしなくてはいけないようだ。
くじ引きをして決まった私の対戦相手は、クローナではなく他のクラスの男子生徒だったので、私は少し胸をなでおろしつつ、対戦相手の方をちらっと見た。
(ああ、あの人って……)
彼は予選でオーライリが惜しくも最後に敗れた相手だと、私は彼女のとても憤慨した様子とともにすぐ思い出した。
「一組のアゴル・ブレイアードって言うんですけど、わかりやすく〝魔法騎士〟になるために魔法学校へ入ったって感じの人だったんです」
この間のお茶の時に聞いたオーライリの話によると、予選では2メートルほどの木製の塔をどちらが先に倒すかという勝負だったそうだ。勝負が始まると、オーライリは《土魔法》で足場を崩しつつ、《風魔法》で塔の上体の揺らしてバランスを崩していった。方やブレイアードは用意していた野球のボールほどの大きさの石を《風魔法》に乗せ、次から次へと魔法力にまかせて大量に塔に向かって投げつけたそうだ。
魔法力まかせに、闇雲に大量の石を放り投げ続けるブレイアードの《風魔法》はコントロールがまったくなっておらず、横で魔法をかけているオーライリの方にまでいくつも飛んできたそうだ。オーライリはそれを避けるために魔法を途中で中断することになり集中力も削がれるという状況になったが、ブレイアードの方は謝るそぶりもなく、とにかくガンガン投げつけて、木製の塔を半ば破壊すようにして崩したそうだ。
それでも二人の差はほとんどなかったそうだから、余計にオーライリは納得がいかないようだった。
「あんなの、魔法じゃないですよ。力任せ過ぎです。あんな〝脳筋〟負けたと思うと悔しくて悔しくて……」
「〝脳筋〟?」
「脳味噌まで筋肉でできている、魔法力頼みの力押ししかできないバカことですよ!!」
オーライリは脳筋騎士に負けたことによほどプライドが傷ついたらしく、来年は絶対に負けないと闘志を燃やしていた。
そして、それが私の本戦での相手のようだ。
(〝脳筋〟相手かぁ、これは面倒なことになるかも……)
私はオーライリの悔しそうな顔を思い出しながら、この対戦に嫌な予感を感じていた。
学生たちもそして貴族たちも楽しみにして待ちに待っていた〝魔法競技会〟の日がやってきた。
だが、試合に自然に負けなくちゃいけないという、他の出場者とは全く違う課題を背負った私にとっては、ちょっと憂鬱な一日になりそうだ。
少し重い足取りで向かった一年生の競技会場は、予想通り閑散としていた。さすがに誰もいないとまでではないが、観衆はまばらで、貴賓席には誰もいない。
観客席にいるのは今日出場する選手の家族や関係者、それに親しいお友達といった人たちだけと思って良さそうだった。事前に聞いていた通り、どの学年の子たちも、やはり気になるのはメイン会場の三年生の競技とグッケンス博士ら教授陣の模擬戦なので、朝から三年生の使うメイン会場へ人が流れたのだろう。
(まぁ私としては、その方が落ち着いて試合に臨めていいんだけどね)
一年生の競技の人気のなさに、少しホッとしつつ笑ってしまい、私の気分は少し盛り返してきた。
周囲を見渡すと、観客席からトルルとオーライリが控室に向かう私に手を振っているのが見えた。どうやら、ガンバって、と言ってくれているようすだ。気が進まない競技会とはいえ、やはり、友達が応援してくれているというのは嬉しいもので、私も手を振り返し、さらに気分も晴れてきた気がした。
ふたりの応援のおかげで、私は至極気軽な気分で本戦出場選手の控え室に向かうことができた。
選手控え室といっても、雑然としたロッカールームといった感じの広い部屋に、簡単なテーブルとたくさんの椅子が並んでいるだけで、出場選手はそこにまばらに座っていた。礼儀は尽くそうと、ドアを開け頭を下げて挨拶をしてから入ったのだが、中にいた全員に睨まれただけで、誰も声を発しない。なかなか気まずい感じだ。
(気にしない、気にしない)
私は、ある程度この雰囲気を予想していたこともあり、顔には笑顔を貼り付けたまま、ゆっくりと端っこの椅子に向かい静かに腰掛けた。それに睨まれたとは言っても全員緊張の極致でそうなっているようで、普段ならば色々とバリエーション豊かな嫌味を言ってきそうな貴族たちも、それ以上は何かを言ったりする余裕はない様子だった。クローナも私の方を睨んでいたが、これもいつものことで悪意があるわけではなく、闘争心の現れなのだと私も今はわかっている。ひとしきり睨んだ後、私の目を見て頷いてきたので、私はにこやかに頷き返しておいた。
(きっと〝今日は負けないわよ〟とか思っているんだろうなぁ、クローナ。どっちにしても、私は勝つ気はないんだけけど、真剣な彼女と負け試合を演じるのはなんだか気の毒だから、クローナとは当たりたくないかも……)
そんなことを考えつつしばらく控え室で待っていると、審判団が今日の試合の簡単な説明をしにやってきた後、対戦相手を決める抽選が行われた。ここでもまだ、対戦の内容については触れられず、本当にぶっつけでいきなり決められた競技をしなくてはいけないようだ。
くじ引きをして決まった私の対戦相手は、クローナではなく他のクラスの男子生徒だったので、私は少し胸をなでおろしつつ、対戦相手の方をちらっと見た。
(ああ、あの人って……)
彼は予選でオーライリが惜しくも最後に敗れた相手だと、私は彼女のとても憤慨した様子とともにすぐ思い出した。
「一組のアゴル・ブレイアードって言うんですけど、わかりやすく〝魔法騎士〟になるために魔法学校へ入ったって感じの人だったんです」
この間のお茶の時に聞いたオーライリの話によると、予選では2メートルほどの木製の塔をどちらが先に倒すかという勝負だったそうだ。勝負が始まると、オーライリは《土魔法》で足場を崩しつつ、《風魔法》で塔の上体の揺らしてバランスを崩していった。方やブレイアードは用意していた野球のボールほどの大きさの石を《風魔法》に乗せ、次から次へと魔法力にまかせて大量に塔に向かって投げつけたそうだ。
魔法力まかせに、闇雲に大量の石を放り投げ続けるブレイアードの《風魔法》はコントロールがまったくなっておらず、横で魔法をかけているオーライリの方にまでいくつも飛んできたそうだ。オーライリはそれを避けるために魔法を途中で中断することになり集中力も削がれるという状況になったが、ブレイアードの方は謝るそぶりもなく、とにかくガンガン投げつけて、木製の塔を半ば破壊すようにして崩したそうだ。
それでも二人の差はほとんどなかったそうだから、余計にオーライリは納得がいかないようだった。
「あんなの、魔法じゃないですよ。力任せ過ぎです。あんな〝脳筋〟負けたと思うと悔しくて悔しくて……」
「〝脳筋〟?」
「脳味噌まで筋肉でできている、魔法力頼みの力押ししかできないバカことですよ!!」
オーライリは脳筋騎士に負けたことによほどプライドが傷ついたらしく、来年は絶対に負けないと闘志を燃やしていた。
そして、それが私の本戦での相手のようだ。
(〝脳筋〟相手かぁ、これは面倒なことになるかも……)
私はオーライリの悔しそうな顔を思い出しながら、この対戦に嫌な予感を感じていた。
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