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4 聖人候補の領地経営

699 領地のための仕事

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699

「はい、ではまずこちらの事業報告書から目を通してください」

私の領主執務室。机に積み上げられた書類をキッペイが次々に私に渡す。留守をしていた間にも、領内では着実に物事が進行していて、報告書が積み上がっていた。これは、私がいなくとも、停滞することなくちゃんと仕事が進んでいるということで、大変喜ばしい。

いち村人に過ぎなかったメイロードのときとは違い、領主である私が指示を出せば、それは瞬く間に領内全体での動きとなる。もちろん、そのために必要なお金や人員があるので、なんでもできるというわけではないが、私が行動を起こし実行に移した政策が、しかも私が留守にしていても、こうして形になっていっているその姿を見るのは嬉しいことだ。

「道路整備はだいぶ進んだようね。品物の流通速度も上がっているし、どの区も消費が上向きだわ」

「はい。品種改良された種や苗をメイロードさまの研究所からご提供いただいた農家では、予想を上回るほど収穫量が上がっております。また第十区セータイズの港湾整備も順調に整い、港の拡充によってこれまでにない商品が流通し始めたこともございまして、領地の多くの市場が非常に活気づいております」

「それはいい傾向ね。マズロさんからも連絡があって〝イワムシ草〟の成長も順調だそうよ。初出荷の時にはお祝いをしなきゃね」
「それはみなさん喜ばれるでしょう」

初出荷が予定されている〝イワムシ草〟は、私の手によってある程度成長させた状態から村の皆さんにお世話を引き継いだものだ。そのため、もう収穫作業も終わり乾燥させている状況。もうすぐに最初の荷物を港へと運ぶことが可能な時期がやってきているのだ。この収穫した〝イワムシ草〟は、乾燥後に正確に重量を測って梱包されてから、港湾設備がすでに整ったセータイズの港に運ばれる予定になっている。

私としては、できれば収穫後の原料加工まで本当は領内で行いたい。なぜかといえば、まず第一にその方が商品をコンパクトにできる。コンパクトにできれば運ぶための運賃も圧縮できるからだ。第二にそうした場合、当然加工費用も上乗せした形で販売できるため、ずっと収益性が高くなる。第三にこれから〝イワムシ草〟の栽培が順調に伸びた場合、その出荷量を調整するため在庫を抱えなければいけなくなる可能性もある。その場合の倉庫の確保がずっと簡単になるし、もちろん経費を大幅に圧縮できる。

だが悩ましいことに、加工まで行うとなると、どうしてもある程度の魔法が必要となるため、現状では断念せざる得なかった。
〝イワムシ草〟の加工を一日中やり続けるのお仕事のために常駐してくれる魔法使いなどまず見つからないし、たとえ見つかったとしても高い魔法力に加えて薬学の知識もある人材を複数抱えるとなれば、コストがかかり過ぎてしまうからだ。

(厳格な衛生管理や純度の高い抽出を可能にする技術は、この世界では現状魔法なしには難しいんだよねぇ……)

「初の出荷はすべてイスへ送られるのでございましたね」

「うん、そうなの。この間イスに行ったときに〝仙鏡院〟のゼンモンさんにお会いしてね……」

トルッカ・ゼンモンさんは、この国最大の薬種問屋〝仙鏡院〟の店主であり、創薬の分野でも天才と誰もが認める人だ。先日のイスでのお食事会のとき、ゼンモンさんに〝イワムシ草〟の出荷が可能になるかもしれないとお話をしたのだが、次の日の《伝令》で、初荷はすべて〝仙鏡院〟で買い取らせてもらいたいというお話が来たのだ。

「もちろん大変おめでたい初荷でございますし、お祝いの意味も込めまして通常より高値での買い取りをさせていただきますよ。今回の初荷で得られる〝イワムシ草〟は主に新しい魔法薬の開発に使わせていただきたいと考えております。うまく調整し、街の人々も使える傷薬を作りたいものですね」

このオファーは私にとっても願ったり叶ったりだ。

こと薬の分野においてならば、〝サイデム商会〟よりも〝仙鏡院〟のほうが信用も高く、流通量も多い。卸すとすれば、ここが一番いい店だ。もちろん、いずれ生産量が伸びてきたら、沿海州にもなるべく安い値段で卸せたらいいなとも考えてはいるが、もしかしたらゼンモンさんがお安く買える新しい〝イワムシ軟膏〟をそれより先に開発してくれるかもしれない。

「それに卸す先が決まっていれば、変に値段交渉に時間をかける必要がないから、予算計画も立てやすくなるからね。先の見通しがつきやすいのは、本当に助かるよ」

この〝イワムシ草〟の稼ぎ出すお金は、この領地の貴重な収入源となる。この事業は領主直轄管理事業のため、村の人たちへの支払いや他の経費を除いたすべてがこの領地の収入となるからだ。

人頭税の増加はそう急激には見込めないため、この他の領地の収入源として、私は自分の持っている牧場をマリス領の管理とすることにし、さらに牧場を増やすことに決めた。

例の牧場計画が持ち上がり、軌道に乗り始めたときからマリス領の多くの牧場はサイデム商会とサイデム商会の募った出資者によって運営されている。おじさまのありがたい暗躍により、私もその出資者にいつの間にか入れられていて、私へのサイデム商会からの配当金の一部が、三つの牧場の運営に回されているのだ。

(でも、いままでは運営管理はすべてサイデム商会から派遣された人たちでなされていて、私は牧場から得られる利益の配当を受け取っているだけだったんだよね。そのお金も他の配当と一緒に送られてきていたから、今回領主になることに決まって、私の資産をいちから見直すまで、全然気がついていなかったんだけど……)

それで、この牧場の管理を領内の人たちを雇って行い、さらに拡充した上で、領主直轄牧場として新たにマリス牧場を立ち上げることにした。そして、ここで得られる牛乳や牛肉の加工工場も牧場に近接した形で建設し、マリス牧場ブランドの乳製品や加工食品を作っていこうと考えている。

(やっぱり、販売する上でオイシイのは、しっかり加工された〝商品〟だから、ウリを作らないとね)
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