無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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GWの始まり

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 今年のGWは例年に比べても、特に大型連休だと話題である。

 俺の通う都立天光寺てんこうじ高校も、世間の御多分に洩れず、GWは10連休とかなり長い期間の休みが設けられていた。

 今日はその連休の初日。

 みなみ先輩に呼び出された俺は、時宗と一緒に朝からファミレスへとやってきていた。

 ◇

 表通りがよく見える大きなガラス張りの店内で、6人掛けテーブルに3名で陣取る。

 アイスティーを淹れてドリンクバーから戻ってきた先輩が、席に戻るなり口を開いた。

「それで大輔くん。
 西澄アリスちゃんとは、どんな調子なの?
 そろそろ少しは打ち解けてきた?」

 先輩はストローから紅茶を吸い上げてから、不満そうな顔を向けてきた。

「……大輔くんってば、相談を持ちかけるだけ持ちかけて、ちっとも経過報告を寄越さないんだもん。
 気になっちゃって」

「そりゃたしかにそうだな。
 悪かった先輩。
 先輩のアドバイスのおかげで、アリスとはうまくやれてる」

「――ぶふっ⁉︎
 ア、アリスぅ⁈」

 みなみ先輩が、ドリンクを吹き出した。

「ちょ⁉︎
 なにすんだよ、みなみ先輩!
 ばっちいなぁ」

「ご、ごめんなさい。
 あたしとしたことが……。
 って、そんなことはどうでもいいのよ!
 それより、もう名前呼びするくらい、仲が進展しちゃってるわけぇ⁉︎」

 素っ頓狂な声を出す。

 先輩はテーブルを、バンっと両手の手のひらで叩いて立ち上がった。

 時宗は先輩とは対照的に、落ち着き払った態度でホットコーヒーを啜っている。

「ざ、財前くんは知ってたの?」

「ええ。
 俺は西澄と同じクラスですからね。
 よくこいつと西澄が話しているのを目にしますし、知っていました」

 みなみ先輩がワナワナと震えながら、ソファに腰を下ろす。

「くぅ……っ!
 応援すると決めてはいたけど、もうこんなに急接近しているとは……。
 まだ気持ちの整理が……」

 先輩がブツブツと独り言を呟き始めた。

 話しかけても反応しない。

 よくわからんから、ひとまず彼女のことは放っておくとしよう。

 俺は時宗に顔を向ける。

「なぁ、時宗。
 前にファミレスで話したとき、アリスの噂のこと調べてくれるつってたよな。
 いまどんな感じだ?」

「……500円の噂の話だな。
 どうやら1年の2学期頃から、もう噂は広まっていたみたいだ」

「そっか。
 そんなに前から……」

「いまのところ噂の発生源にはたどり着けていない。
 だからもう少し待て」

「わかった。
 悪りぃが頼む」

「頼まれよう。
 ああ、そう言えばこんな話があったな」

 時宗が会話のトーンを落として、慎重に話し出す。

「これはまだ裏の取れていない情報だから、先走らずに聞いてくれ。
 どうやら野球部が、あの噂の拡散に関わっているらしい」

「野球部……」

 ふいに思い出す。

 猫探しの手伝いを頼むために、放課後のA組までアリスを訪ねたこと。

 廊下ですれ違ったいけすかない男と、茜色の教室でひとり泣いていたアリス。

「………なぁ、時宗。
 最近でもまだ、噂を信じてアリスにバカみてぇなお願いをしようとする輩はいやがるのか?」

「いや。
 そういえば、最近はそんな不埒者の話は聞かないな。
 ふむ、そうだな……」

 時宗がコーヒーカップを持ち上げて、ひと口啜る。

「これは推測だが……。
 たぶんこのところ、昼も放課後もいつもお前が西澄のそばにいるから、誰も彼女に接触する機会をもてないんだろう」

 なるほど。

 言われてみればたしかにそうだ。

 期せずして俺が、あの下劣な噂からアリスを守る盾になっていたわけか。

「だから大輔。
 これからもくだんの噂が解決するまでは、なるべく西澄と一緒にいろ。
 噂の調査は、引き続き俺のほうで進めておく」

「……すまねぇな。
 手間をかけさせる」

「気にするな。
 俺たちは親友だ。
 友人が困っていたら助ける。
 当たり前のことだ」

 時宗は顔色ひとつ変えずに言い切った。

 こいつには感謝で頭があがらない。

 いつか俺も、時宗に困りごとが起きたときは、全力で力になろうと固く誓った。

 ◇

「ところでGWが始まったが、西澄はどう過ごすのだろうな。
 大輔。
 なにか彼女から聞いているか?」

「ん?
 アリスか?
 アリスなら多分いま頃、俺ん家に来てるぞ」

 みなみ先輩の耳がぴくりと動いた。

「な、なんで!
 どういうこと⁉︎」

 反応のなかった彼女が復活して、再び会話に混ざってきた。

 テーブルに身体を乗り出して、すごい勢いで迫ってくる。

「い、いや。
 どうせ家にいてもひとりだろうし、GWはうちに遊びに来いって誘ったんすよ。
 そしたらアリスのやつ、俺の妹に料理を教わりたいとか言い出して……」

「……料理。
 はっ⁉︎
 ま、まさか愛妻料理のつもり⁉︎」

「つか、近い。
 近いって、先輩!」

 ますます身体を乗り出してきたみなみ先輩を、ぐいっと押し戻す。

「くぅぅ……!
 応援するとは決めたけど、やっぱり気になっちゃうわね……。
 大輔くん!
 これからあたしも、あなたの家にお邪魔していいかしらっ?」

「ああ。
 別に構わねえっすよ。
 そうだ。
 じゃあこれから時間あるなら、時宗も一緒に来いよ」

 ちょうどいい機会だ。

 学校でたったふたりの俺の友人を、アリスに紹介したい。

 俺は先輩と時宗を連れて、家に戻ることにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「帰ったぞー」

 ガラガラと我が家の玄関を開けて、なかに向かって声を掛ける。

 すると割烹着姿の雫が廊下の向こうから顔を出して、出迎えてくれた。

「お帰りなさい、お兄ちゃん。
 ……あら?
 そちらのひとたちは……」

「あ、悪りぃ。
 連絡せずに連れて来ちまったな。
 こっちは俺の……っと」

 話を中断して少し考える。

 いまアリスがうちに来てるはず。

 どうせなら、みんな一緒に紹介しちまおう。

「なぁ、雫。
 アリス来てんだろ?
 呼んできてくんねぇか」

「うん、来てるよ。
 じゃあちょっと待っててね。
 アリスさぁーん。
 お兄ちゃん、帰って来たましたよぉ」

 雫が足音をパタパタさせながら、奥に引っ込んでいく。

「大輔くん。
 いまの子、妹さん?」

「ああ。
 俺の上の妹で雫ってんだ。
 いま中3だ」

「可愛い妹さんねぇ。
 お世辞抜きで、きっと中学じゃモテモテなんじゃないかしら」

「ははっ。
 あいつがぁ?
 ないない」

 みなみ先輩が呆れ顔で肩をすくめる。

 どうやら先輩は、本気で雫がモテモテだと思っているらしい。

 しばらくそうして雑談をしていると、雫がアリスを連れて戻ってきた。

「……お帰りなさい、大輔くん。
 お邪魔しています」

「おう、ただいま!
 って、その服……」

 見ればアリスは白い割烹着を着ていた。

 ちょうど雫から料理を教わっていたところなのだろう。

 いつものブレザーの制服や、妖精みたいなワンピースの私服とはまた違う、家庭的な姿をした彼女に思わず目を奪われる。

「あ、あまり見ないで下さい。
 ………こういう格好が似合わないのは、自覚しています」

「はぁ⁈
 バカ言ってんじゃねえ。
 めちゃくちゃ似合ってんぞ」

 思ったまま素直に感想を伝えると、アリスがかぁっと顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむいた。

 下唇をキュッと噛んで、もじもじしながら羞恥に耐えている。

「ぶー!
 お兄ちゃんってば、私だって割烹着なのにー」

 雫が不満そうに頬を膨らませる。

「こ、これはこれは……。
 噂には聞いていたけど、まさかこれほどの美少女だったなんて。
 ……負けた!」

 俺の背後ではみなみ先輩が驚きに打ち震え、時宗がいつものように、平静な面でメガネのズレを直していた。
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