無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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中間試験まえ

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 週が明けての月曜日。

 体育祭も無事におわった学校は、平時の落ち着きを取り戻す暇もなく、今度は1学期の中間試験を間近に迎えていた。

 今日も無事に1日の授業が終わり、俺はいまアリスと一緒に校内を下校しているところだ。

「大輔くん。
 そういえば、大輔くんは試験勉強をしていますか?」

「ん?
 お、おう。
 勉強なぁ……」

 思わず歯切れの悪い受けごたえをしてしまう。

 というのも実は、俺は高校に入ってからは勉強をさぼっていて成績がよくないのだ。

「来週から中間試験です。
 ちゃんと準備はできていますか?」

「……いや。
 勉強はあまりしてねぇなあ」

 隣を歩くアリスが、不思議そうにコテンと首を傾げた。

「勉強をしていない……。
 あ、もしかして大輔くんは、勉強をしなくても成績優秀なタイプなのでしょうか?」

「……それはねえな。
 ぶっちゃけ成績は下から数えたほうが早い。
 けど勉強はしてねぇ」

 アリスがじっと見つめてくる。

「……大輔くん」

「な、なんだよ?」

「大輔くんは、勉強をしなくてはいけません」

「うっ……」

 アリスが無表情な顔で俺を見つめたまま、ズバッと容赦のない指摘をしてきた。

 たまらず顔を背けてしまう。

「い、いやそりゃ分かってるんだけどよ。
 うちにいると家族も騒がしいし、なんというか勉強しようって気にならねえっつーか……」

「それはただの言い訳です」

「うっ……」

 いつになくアリスが俺に厳しい。

「ただそうですね……。
 お家では勉強できないとの言い分は分かりました。
 なら試験が終わるまで、わたしの家で一緒に勉強をしましょう。
 幸いわたしは試験の成績だけはそこそこ良いので、大輔くんに勉強を教えてあげられると思うのです」

 アリスが胸の前で小さく拳を握る。

「恩返しの機会がやってきました」

 どうやら意志は固いようだ。

 俺は声には出さずに、心の中だけで小さくため息をついた。

 正直なところ俺は勉強が嫌いだ。

 とは言え彼女にここまで言われてしまっては、観念するほかない。

「ん。
 じゃあ手間かけさせて悪りぃけど、いっちょよろしく頼むわ!」

「はい。
 任せて下さいっ」

 アリスが小さな手で、胸をトンっと叩く。

 こうして俺とアリスは、中間試験が終わるまで、毎日一緒に勉強することになった。

 ◇

 校門を通り過ぎて数分のあたりを、アリスと一緒に並んで歩く。

「大輔くんは苦手な教科はなんですか?」

「そうだなぁ。
 国語は苦手じゃない。
 というか割と好きだ。
 でもそれ以外の教科は、全部嫌いだな」

「ぜ、全部ですか。
 これは教え甲斐があるのです」

 アリスの申し出で、さっそく今日から試験勉強を開始するべく、彼女の家へと向かう。

すると俺たちのうしろから誰かが追いかけてきた。

「大輔」

 名前を呼ばれて振り返る。

「おう、時宗じゃねぇか。
 どうしたんだ?」

「ちょっと話があってな。
 西澄。
 すまないが、少しの間大輔を借りるぞ」

 アリスがこくりと頷く。

 俺は時宗に言われるまま、彼女を待たせて少しその場を離れた。

 ◇

「それでどうしたんだ?
 あいつだけ待たせて、アリスには聞かせたくない話か?」

「野球部の田中大翔ひろとの話だ。
 西澄はあまり聞きたくない話だろうと思ってな」

 なるほど、時宗らしい細やかな気配りである。

「……そっか。
 それで、田中の野郎がどうかしたのか?」

「いや、前に田中のことは俺に任せろと言っただろう?
 その件についての報告だ。
 実は昨日、つてを当たって、野球部のOBからきつく田中に注意をしてもらった。
 これで多少はあいつも大人しくなるだろう」

 どうやら時宗は、あれからもしっかりと動いてくれていたらしい。

 さすがである。

「だがこれで絶対に安心という訳でもない。
 田中には、なにをしでかすかわからない不安定さを感じるしな。
 だから大輔。
 田中の件が完全に解決するまでは、これからもなるべく西澄と一緒にいてやれ」

「おう、わかった。
 ちょうど試験期間中は、アリスん家で一緒に勉強をしようって話になってたんだ」

「そうか。
 なら良かった」

 要件は済んだとばかりに、くるりとその場で背を向けて歩き出した時宗を呼び止める。

「なあ、時宗。
 ありがとうな」

「ん。
 気にするな。
 友人が困っていたら力になる。
 当たり前のことだ」

 なんの気なく言い放って来た道を戻って行く背中を、俺は感謝を込めて見送った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 アリスの家に着いた。

 通用門をくぐると、だだっ広い庭が視界に飛び込んでくる。

 以前やって来たときと寸分違わず、ただ広いだけで閑散とした庭だ。

 この寒々しい庭に、ひとりで佇むアリス――

 俺はそんな彼女を想像して、また一抹の寂しさを覚えてしまう。

「どうしたのですか、大輔くん?
 そんなにじっと庭を眺めて」

「……いや。
 なんでもねぇ」

 俺につられて、アリスも庭に目を向けた。

「……ふふ」

「ん?
 どうしたんだアリス」

「あ、すみません。
 少し想像してしまって。
 このお庭って広いじゃないですか。
 だから、いっぱい人が来ても大丈夫ですよね」

「ああ、そうだな。
 でもそれがどうしたんだ?」

「えっと、その……。
 いつかこのお庭に大輔くんのご家族や、財前さんや雪野先輩をご招待して、お茶会なんかができれば。
 そんな想像をしてしまいまして」

 アリスが優しい目で庭を眺めている。

 どうやら俺とアリスは、真逆の想像をしていたようだ。

「……なるほど。
 お茶会か」

 俺も彼女にならって、賑やか庭を想像してみる。

 広い庭をあちらこちらと駆け回る拓海や明希。

 鼻歌まじりにお茶の準備をする雫。

 寡黙でなにを考えているのかよくわからない時宗。

 そして俺は、みなみ先輩に纏わり付かれて少し迷惑そうにしながらも、なんだかんだで楽しそうなアリスを、少し離れた場所から眺めるのだ。

 ……うん。

 悪くない。

 というか、とても楽しそうに思える。

「いいな、お茶会。
 やろうぜ!
 うちの奴らには俺から声を掛けてみるよ」

「……ほんとですか?」

「嘘は言わねえよ」

「ふわぁ。
 楽しみです」

 アリスが幸せそうに微笑む。

 その顔を見ていると、なんだか俺のほうまで嬉しくなってしまう。

「おっと、そうだな。
 お茶会もいいけど、バーベキューなんかもよくないか?
 そろそろ暖かくなってきたし、うちの奴らはよく食うから茶より飯だろうしなぁ」

「ふふ。
 どちらでも楽しそうです。
 でもその前に、まずは目の前に差し迫った中間試験を頑張らないといけません」

「うっ……」

 そうだった。

 今日ここには、テスト勉強をしにきたのだった。

 アリスの一言で、俺は一気に現実に引き戻される。

「……そんな嫌そうな顔をしないでください。
 さ、勉強しますよ。
 家に上がりましょう」

「はいはい。
 わぁってるって。
 ……はぁ」

 面倒を見てくれようという彼女には悪いが、これから勉強漬けかと思うと、どうしてもため息混じりになってしまう。

 だがまぁこの辺りが観念のしどきだろう。

 俺はアリスに促されるまま、彼女の家にお邪魔した。
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