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死者蘇生

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教育を終えたリションは、ルシフェルの元に戻るべく背を向けて歩き出す。
傭兵たちはその後ろ姿を言葉もなく眺めている。
彼らの視線に込められているのは、圧倒的な暴力に対する畏れだ。

ルシフェルは微妙な気持ちになった。
果たしてこれで教育完了と言えるのだろうか。
というかそもそも教育ってなんだ。
ルシフェル的には普通に傭兵団の仲間になれればそれで良かったのだ。
別に崇められたい訳じゃない。

戻ってきたリションは、ルシフェルに頭を下げながら報告する。

「ルシフェル様、たったいま傭兵団の教育を完了致しました。今後、かの愚かな人間どもはルシフェル様を尊敬し崇拝することに間違いございません」

リションの声色はちょっと得意げである。
ルシフェルは言う。

「いやいやいや! 違うよね? 尊敬どころか、めっちゃびびられてるよね! というかこれって、ただ力で屈服させただけだよね⁉︎」
「はて?」

リションが首を傾げる。
それのどこに問題があるのかと、そう言いたいような振る舞いだ。
ルシフェルは頭を抱えた。
と、そのとき――

「ひ、ひい! 息をしてねえ……ヤーコブのやつが息をしてないぞ! し、死んでやがる!」

傭兵のひとりが叫んだ。
ルシフェルたちは声につられて顔を向ける。
視線の先にはクレーター状に陥没した地面があり、その中心で傭兵が横たわってた。
絶命している。

死んでいるのは先ほどリションに槍ごと地に叩きつけられた傭兵である。
名をヤーコブという。

リションの顔色が変わった。
目をキョロキョロと泳がせて、冷や汗を流し始める。
やっちまった感満載の表情だ。
リションは呟く。

「え? そんな、嘘ぉ……。は、ははは、あの程度で死ぬ筈がございませんでしょう? いくらなんでも脆すぎるのでは……。え? え? ホントに死んでるの?」

リションが焦る理由。
それは事前にルシフェルから『罪のない人間を無意に殺害しちゃダメ』と戒められていたためだ。
つまりリションは、主の言い付けを破ったことになる。
これは不味い。

「――ッ!」

リションは即座に土下座した。
手足をたたみ、地面に額を擦り付けて叫ぶ。

「ルシフェル様、も、申し訳ございません! 絶対なる貴方様から頂戴しましたお言付けを破りました! 私は愚か者にございます! 何卒、何卒、罰をお与え下さいませ!」

傭兵たちはルシフェルとリションを凝視する。
あんぐりと口を開けた。

あの化け物――これはリションのことである――に土下座させている。
信じられない。
あの坊主は一体何者なんだ。

傭兵たちの顔には、そんな疑問がありありと浮かんでいた。
ルシフェルが言う。

「罰なんてどうでもいいよ! そんなことより、死んだひとを助けなくちゃ!」

傭兵たちはルシフェルの物言いに首を傾げた。
死んだひとを助けるとは一体どういうことだ。
死んだ者は助からない。
それは言うまでもなく世の普遍のことわりだ。

しかしルシフェルは、そんな理すらも覆す超常の存在である。
傭兵たちは今からそれを思い知ることになる――



ルシフェルはヤーコブの死体に歩み寄った。
観察する。
内臓が破裂してはみ出していた。
肌は土気色で呼吸もしていない。
完全に死んでいる。

遺体のすぐそばで、傭兵がひとり泣き喚いている。

「……ヤーコブ! ヤーコブ! うおおお、なんで死んじまったんだ! くそぉ、くそぉ! あの女、俺の親友を殺しやがって! 許せねえ……許せねえ!」

ルシフェルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
後でちゃんとリションに謝らせよう。
ついでに詫びがわりに100くらい超速レベルアップさせてあげるのも良いかもしれない。
そんなことを思いながら、タブレット端末を取り出す。

「ホントごめんなさい。でもちゃんと今から、このヤーコブさん(?)を生き返らせますから、安心して下さい!」

ルシフェルはぽちぽちと画面をタップして『死者蘇生』を実行した。
幸いヤーコブは死んでまだ間もない。
遺体の損傷程度も軽微だし、死者蘇生を行使してもそれほど霊子力を消耗することもないだろう。

虚空に聖方陣が描き出された。
ドーム状に幾重にも重なる。
次いでヤーコブの遺体が淡く光りはじめた。
かと思うと淡い光は見る間に輝きを増してゆき、辺り一面を眩い白光びゃっこうで染め上げる。

ヤーコブの傷がみるみる修復されていく。
土気色していた顔に、生気が戻ってくる。

「――ごほっ!」

ヤーコブは喉に溜まっていた血を噴き出した。
呼吸を取り戻したのだ。
親友の傭兵が叫ぶ。

「――ッ⁉︎ ヤ、ヤーコブ? ヤーコブ! お前、なんで⁉︎ たしかに死んでいたのに……!」
「ああ良かった。成功ですね」
「……成……功……?」
「ええそうです、成功です。たったいま生き返らせたんですよ」
「い、生き返らせたって、……お前、そんな……」

ルシフェルの軽い物言いに、ヤーコブの親友は絶句する。
死んでいたの筈のヤーコブを眺める。
まだ意識こそ取り戻していないものの、肌艶はよく呼吸もしているし、脈もある。
本当に生き返っているのだ。
そのことを理解した親友は、理解の範疇を越えた畏れ多い存在を前にしたかのように、ルシフェルを眺めた。
他の傭兵たちも同様だ。
親友の男が尋ねる。

「……本当に、本当に、お前たちは何者なんだ? いや、貴方方は一体、何者なんですか……?」

ルシフェルは応える。

「うーん。さっきリションも言っちゃってたし、別に良いか。えっと、俺たちは天使らしいですよ。まぁ俺はまだ、あんまり自覚ないんですけどね」
「……天……使……」
「うん。その証拠に、ほら」

ルシフェルが翼の隠蔽を解いた。
背中でバサッと音がする。
熾天使セラフの光輝なる六翼が開翼されたのだ。
輝く翼が夜闇やあんを照らす。

「……ぁ、……うあ……」

傭兵たちは言葉を失っていた。
ただ無垢な赤子のように呆けながら、ルシフェルを見ている。

「……天使さま……本当に、天使さまだ……」

ルシフェルの目の前にいた親友の男は、自然な心持ちで膝をつき、平伏した。
気付けばいつの間にか地に身体を投げ出して頭を下げていた。
奇跡を目の当たりにした彼には、そうすることが至極当然のことのように思えたのだ。

親友の男に続いて傭兵たちが次々と平伏していく。
奇跡に当てられていく。
傭兵たち誰に命じられずとも、自ら地に膝をついてこうべを垂れた。
ルシフェルを敬い崇める。
その中には傭兵団長バザックの姿もあった。
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