67 / 69
天使は翼で威嚇します。
しおりを挟む
フレデリカが問う。
「お父様? 何か悲しい事でもあったのですか? そのように泣いたりして」
「……ああ、とても悲しいことがあったんだ」
ヒースクリフの腕に力が入る。
「きゃ! い、痛いです。お父様!」
「だがもう悪夢の刻は過ぎ去った。……よくぞ戻ってきてくれた。こんなに嬉しいことはない。今日ほど神に感謝したことはない」
逞しい腕に抱きしめられながら、フレデリカは思う。
ずっと怖い夢を見ていた。
でもどんな夢だったかしら。
朧げだった記憶が鮮明になっていく。
……そうだ。
あの日、見知らぬ男たちに攫われ、見知らぬ場所に連れて行かれた自分は、男たちに代わる代わる乱暴をされて――
「――ッ⁉︎ ぁ……わ、私は……」
フレデリカがびくんと震えた。
瞳孔が開き、顔が蒼白になっていく。
「あ、あの日……私は……! ゎ、私は! あああ! あああああああああ!」
「フレデリカ⁉︎」
フレデリカが暴れ出した。
虚空に手を伸ばして、ジタバタと足掻きながら叫ぶ。
「い、いやっ! やめて! やめて下さい! お父様! 助けてお父様! 助けて!」
「俺ならここだ! フレデリカ!」
フレデリカは死んだ日のことを思い出してしまったのだ。
必死になって抵抗する。
自らを拘束する腕から逃げ出そうとし、喉が千切れんばかりに叫んでヒースクリフに助けを求める。
それはあの日の凶行の再演だ。
「フレデリカ! 落ち着いてくれ、フレデリカ!」
ヒースクリフは愛娘の細い肩に手をおき、何度も呼びかけた。
しかしフレデリカは発狂したままだ。
見かねたルシフェルは、タブレットを取り出して操作する。
強制的にフレデリカを眠りにつかせた。
◇
ヒースクリフは眠りに落ちたフレデリカを抱き抱える。
その表情は悲痛そのものだ。
「フレデリカ……。一体どうしたというのだ」
呟きにルシフェルが応える。
「きっとお嬢さんは、死んだ日のことを思い出しちゃったんですよ。多分トラウマになってるんだと思います」
「そ、そんな……なんと憐れな……どうにかならないのか?」
「あっはい。なりますよ」
ルシフェルは事もなく言い切った。
ヒースクリフが救いを求める。
「た、頼む! フレデリカを救ってやってくれ!」
「乗りかかった船ですしねー。わかりました。じゃあ死んだ日の記憶をまるっと消しちゃいましょう」
記憶を操作して辛い過去のトラウマを消去した。
苦悶していたフレデリカの寝顔が安らいでいく。
「これでもう大丈夫だと思いますよ。次に目が覚めたら生前の、普段通りのフレデリカさんに戻っているはず」
「そ、そうか。ありがとう……」
ヒースクリフは心からルシフェルに感謝した。
それと同時に疑問が湧いてくる。
死者を蘇らせ、他者の記憶すらをも思うままに操る。
まるで神の御業だ。
神聖魔法の範疇を軽く凌駕していることは間違いない。
ヒースクリフは畏れをもって尋ねる。
「名をルシフェルといったか。貴様……いや、貴方は何者なのだ……。ただの傭兵などでは断じてあるまい」
「俺ですか?」
ルシフェルは考える。
ヒースクリフには今後ルシフェル教を興すにあたって色々と働いてもらうつもりだ。
であれば正体を明かしておいた方が良いかもしれない。
そもそもルシフェルは天使であることを積極的に隠そうとはしていない。
行く先々で変に目立って騒動になるのが嫌だから、翼を隠蔽しているだけだ。
「えっと、実をいうと俺たち天使なんですよ」
普通に白状した。
「まぁ一部違うのもいますけど、それも似たようなものと考えてもらって構いません。俺たちは天使です。あ、バザックさんは人間ですけどね」
「……天……使……?」
ヒースクリフが呆ける。
納得し難いのではなく、いまいち実感が湧かないといった様子だ。
なら分からせてやろう。
ルシフェルは背後を振り返った。
そこにはジズや天使たちが控えている。
「ねえ、みんな。翼を見せてあげてくれない?」
「畏まりました」
「仰せのままに」
「ジズも! ジズも正体を見せるの!」
「あ、ジズはダメだよ? だってジズの正体は超でっかい鳥じゃない? 屋敷が壊れちゃうよ」
「むー」
ジズが不満顔になる。
その隣で七座天使メイド隊が横一列に並んだ。
一番端に控えたリションが、翼の不可視化を解く。
そして一礼した。
「私は七座天使メイド隊、末の妹で日曜の座天使リションと申します。我が主人ルシフェル様の命により開翼いたします」
純白の翼が広げられた。
座天使の白い翼は燃え盛る車輪を背負っている。
「――なっ⁉︎」
ヒースクリフは目を見開いた。
居合わせた辺境伯家の使用人たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
そんな人間たちの様子には取り合わず、メイド隊は順番に翼を広げていく。
「月曜の座天使、シェニー。開翼いたします」
「火曜の座天使、シリシー。開翼いたします」
「水曜の座天使、レヴィイ。開翼いたします」
「木曜の座天使、ハミシー。開翼いたします」
「金曜の座天使、シシィ。 開翼いたします」
「土曜の座天使、天使メイド長シェバト。開翼いたします」
七名の座天使が翼を広げた。
眩い光を発する光輝の翼と、燃え盛るいくつもの車輪。
その光景はまさに圧巻である。
執事や使用人たちは、餌を欲しがる魚のように口をパクパクさせた。
グウェンドリエルが一歩前に出る。
「次は私の番ですわね! 私の名はグウェンドリエル。正義を司りし七熾天使がひとり。ルシフェル様の命により開翼いたしますわ! とくとご覧あそばせ!」
三対六翼の美しい翼が広げられた。
熾天使が備える翼の存在感の前には、座天使の翼ですら霞んでしまうほどだ。
最後にルシフェルが言う。
「そして俺も熾天使ってやつらしいです。翼も生えてるんですよ。ほらこんな感じ」
輝ける六枚の光翼が広げられた。
かつては六対十二翼であった熾天使長ルシフェルの翼。
それは半分を失ってなお、圧倒的な輝きを宿している。
「……う、うあ……」
ヒースクリフは言葉をなくしていた。
「お父様? 何か悲しい事でもあったのですか? そのように泣いたりして」
「……ああ、とても悲しいことがあったんだ」
ヒースクリフの腕に力が入る。
「きゃ! い、痛いです。お父様!」
「だがもう悪夢の刻は過ぎ去った。……よくぞ戻ってきてくれた。こんなに嬉しいことはない。今日ほど神に感謝したことはない」
逞しい腕に抱きしめられながら、フレデリカは思う。
ずっと怖い夢を見ていた。
でもどんな夢だったかしら。
朧げだった記憶が鮮明になっていく。
……そうだ。
あの日、見知らぬ男たちに攫われ、見知らぬ場所に連れて行かれた自分は、男たちに代わる代わる乱暴をされて――
「――ッ⁉︎ ぁ……わ、私は……」
フレデリカがびくんと震えた。
瞳孔が開き、顔が蒼白になっていく。
「あ、あの日……私は……! ゎ、私は! あああ! あああああああああ!」
「フレデリカ⁉︎」
フレデリカが暴れ出した。
虚空に手を伸ばして、ジタバタと足掻きながら叫ぶ。
「い、いやっ! やめて! やめて下さい! お父様! 助けてお父様! 助けて!」
「俺ならここだ! フレデリカ!」
フレデリカは死んだ日のことを思い出してしまったのだ。
必死になって抵抗する。
自らを拘束する腕から逃げ出そうとし、喉が千切れんばかりに叫んでヒースクリフに助けを求める。
それはあの日の凶行の再演だ。
「フレデリカ! 落ち着いてくれ、フレデリカ!」
ヒースクリフは愛娘の細い肩に手をおき、何度も呼びかけた。
しかしフレデリカは発狂したままだ。
見かねたルシフェルは、タブレットを取り出して操作する。
強制的にフレデリカを眠りにつかせた。
◇
ヒースクリフは眠りに落ちたフレデリカを抱き抱える。
その表情は悲痛そのものだ。
「フレデリカ……。一体どうしたというのだ」
呟きにルシフェルが応える。
「きっとお嬢さんは、死んだ日のことを思い出しちゃったんですよ。多分トラウマになってるんだと思います」
「そ、そんな……なんと憐れな……どうにかならないのか?」
「あっはい。なりますよ」
ルシフェルは事もなく言い切った。
ヒースクリフが救いを求める。
「た、頼む! フレデリカを救ってやってくれ!」
「乗りかかった船ですしねー。わかりました。じゃあ死んだ日の記憶をまるっと消しちゃいましょう」
記憶を操作して辛い過去のトラウマを消去した。
苦悶していたフレデリカの寝顔が安らいでいく。
「これでもう大丈夫だと思いますよ。次に目が覚めたら生前の、普段通りのフレデリカさんに戻っているはず」
「そ、そうか。ありがとう……」
ヒースクリフは心からルシフェルに感謝した。
それと同時に疑問が湧いてくる。
死者を蘇らせ、他者の記憶すらをも思うままに操る。
まるで神の御業だ。
神聖魔法の範疇を軽く凌駕していることは間違いない。
ヒースクリフは畏れをもって尋ねる。
「名をルシフェルといったか。貴様……いや、貴方は何者なのだ……。ただの傭兵などでは断じてあるまい」
「俺ですか?」
ルシフェルは考える。
ヒースクリフには今後ルシフェル教を興すにあたって色々と働いてもらうつもりだ。
であれば正体を明かしておいた方が良いかもしれない。
そもそもルシフェルは天使であることを積極的に隠そうとはしていない。
行く先々で変に目立って騒動になるのが嫌だから、翼を隠蔽しているだけだ。
「えっと、実をいうと俺たち天使なんですよ」
普通に白状した。
「まぁ一部違うのもいますけど、それも似たようなものと考えてもらって構いません。俺たちは天使です。あ、バザックさんは人間ですけどね」
「……天……使……?」
ヒースクリフが呆ける。
納得し難いのではなく、いまいち実感が湧かないといった様子だ。
なら分からせてやろう。
ルシフェルは背後を振り返った。
そこにはジズや天使たちが控えている。
「ねえ、みんな。翼を見せてあげてくれない?」
「畏まりました」
「仰せのままに」
「ジズも! ジズも正体を見せるの!」
「あ、ジズはダメだよ? だってジズの正体は超でっかい鳥じゃない? 屋敷が壊れちゃうよ」
「むー」
ジズが不満顔になる。
その隣で七座天使メイド隊が横一列に並んだ。
一番端に控えたリションが、翼の不可視化を解く。
そして一礼した。
「私は七座天使メイド隊、末の妹で日曜の座天使リションと申します。我が主人ルシフェル様の命により開翼いたします」
純白の翼が広げられた。
座天使の白い翼は燃え盛る車輪を背負っている。
「――なっ⁉︎」
ヒースクリフは目を見開いた。
居合わせた辺境伯家の使用人たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
そんな人間たちの様子には取り合わず、メイド隊は順番に翼を広げていく。
「月曜の座天使、シェニー。開翼いたします」
「火曜の座天使、シリシー。開翼いたします」
「水曜の座天使、レヴィイ。開翼いたします」
「木曜の座天使、ハミシー。開翼いたします」
「金曜の座天使、シシィ。 開翼いたします」
「土曜の座天使、天使メイド長シェバト。開翼いたします」
七名の座天使が翼を広げた。
眩い光を発する光輝の翼と、燃え盛るいくつもの車輪。
その光景はまさに圧巻である。
執事や使用人たちは、餌を欲しがる魚のように口をパクパクさせた。
グウェンドリエルが一歩前に出る。
「次は私の番ですわね! 私の名はグウェンドリエル。正義を司りし七熾天使がひとり。ルシフェル様の命により開翼いたしますわ! とくとご覧あそばせ!」
三対六翼の美しい翼が広げられた。
熾天使が備える翼の存在感の前には、座天使の翼ですら霞んでしまうほどだ。
最後にルシフェルが言う。
「そして俺も熾天使ってやつらしいです。翼も生えてるんですよ。ほらこんな感じ」
輝ける六枚の光翼が広げられた。
かつては六対十二翼であった熾天使長ルシフェルの翼。
それは半分を失ってなお、圧倒的な輝きを宿している。
「……う、うあ……」
ヒースクリフは言葉をなくしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,782
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる