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休暇と告白
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しおりを挟む突然真後ろから声がして振り返ると俺の背中合わせの席にいた人が頭からすっぽり被っていたベールを脱いだ。
声を掛けて来たのは昨日の4番目のお姉さんだった。
「こんばんは。可愛いお嬢さん、夕べは私達を蔑ろにしたクラウスとお楽しみだったのかしら。」
「こんばんは。えっと……はい。お陰様で。ここはお風呂があって良いですね。」
一体いつからいたんだろう。違うと言っていたけれどこの人がクラウスを知る人であるのは間違いない。今朝の失敗を思い出しながら無視はすべきでないと当たり障りのない返事をしたつもりだった。
「あら、お嬢さんだと思ってたのにお風呂で情事に及ぶだなんて案外やるわね。それでどうだった?抱かれた感想くらい教えてよ。」
「な、な、なんてこと言うんですか!俺達は普通にお風呂に入りに来ただけです!それに昨日も言いましたけど俺は男ですから!」
いくら賑わしい店とはいえ、大きな声を出しそうになった自分に気づいて周りを確認してからできるだけボリュームを落としてお姉さんに抗議した。
「男だから何よ。ていうか……まさかまだ抱かれてないの。」
なんて答えたらいいのかわからないまま取り敢えず首を横に振ってみた。
「ふふ、なあんだぁ。討伐遠征の時にも遊ばなかったのにこんな町に二人連れなんててっきりクラウスのイイ人かと思ったのに。単なる貴族の坊っちゃんの付添ってこと?あ~あ、そうよねぇクラウスがあんたみたいな貧相な身体の子供相手にするわけ無いか。昨日は焦って怒らせて損したかなアタシ。」
そう言ってがっかりするお姉さんをよく見れば昨日とは服装もやや大人し目でお酒も随分飲んでるみたいだ。今夜はお仕事お休みなのかな。
歓迎会で酔っ払っていた会社の人達をなんとなく思い出した。
完全に俺の方へ身体を向けていたお姉さんは俺の肩に手を置くと顔を近づけてある方向を指差した。
「誤解したお詫びに教えてあげる。ほら、見てご覧なさいお嬢ちゃん。今クラウスが話してる相手、ウチのお店のお姉さん。前はクラウスとイイ仲だったのよ。騎士様だからお金払いもいいし、顔も身体も素敵だし。彼女が結婚したから次の遊び相手になりたい女がここには大勢いるわ。もちろん私もね。」
そこには太腿までスリットの入った大胆なドレスで綺麗な足を組んでカウンター席に座る横顔の美しい女性とグラスを2つ持って立ったまま話すクラウスの姿があった。
「クラウスはああ云うタイプが好みなのかな。」
絵になるってあんな感じなのかな。自分とのあまりの違いにただ見とれてしまった。
「そうね、来るもの拒まずって話だけど結局うちのお姉さんたちが離さなかったわ。そういえばお嬢ちゃん昨日『子供じゃない』って言ってたわね?いくつなの。」
「19ですけど。」
昨日の話覚えてたんだ。それでも結局俺の呼び方はお嬢ちゃんなんですね。りんごのお婆ちゃんにも言われた。貧相な身体の子供で悪かったな。云われなくても今朝再確認しましたよ~だ。
自分でもだんだん言われ慣れ始めてきたところもある。もしかして伸ばし始めた髪も悪いのかなぁ。ふてくされて勝手に頬が膨らんだのを面白がってつつかれてしまう。
「あなたムカつくぐらい綺麗な肌ね。せっかくだからもう一つ教えてあげるわお嬢ちゃん。男でも抱かれることはできるのよ。それにあなた19でその身体なんだもの女を喜ばせるのは難しいんじゃない?何ならアタシが上手な男、紹介してあげようか。」
「ま、間に合ってます。」
お姉さんのなめらかな手のひらが俺の頬からあごを撫でて、にぃっと赤い唇の端を上げていたずらな顔で笑った。どこまでが冗談?全部?それとも───
初めて耳に入れてしまった知識にうろたえてすっかり顔が赤いだろう俺を戻ってきたクラウスが椅子ごと引っ張ってお姉さんから引き離した。
「何もされなかったか?」
「うん、話し相手をしてただけだよ。」
「どんな?」
受け取った果実水を一気飲みしてやり過ごすはずが内容を聞かれて咳き込んでしまった。
「えっと……ここはお風呂があっていいねとか。そう云うのだよ。」
「お嬢ちゃん、その気になったらいつでも紹介してあげるからね。」
それでクラウスが納得してくれたかどうかはわからないけれど、ヒラヒラと手を振るお姉さんに苦笑いで手を振り返して店を出た。
「なんの紹介だ」
「だからその……別のお風呂の事だって。」
『男を』なんて言えるわけがなかった。冷たい外気がのぼせた顔を冷やしてくれる。身体まで冷えたならお風呂がまた一段と気持ちがいいはずだ。
「明日また早いしもう戻って風呂にでも入るか。」
「うん。」
その提案に同意してまた並んで宿まで歩いた。
───まさかまだ抱かれてないの?───
クラウスの隣で歩きながらさっきのお姉さんの声が頭に響く。なんとなく男女の知識はあるけれど恋愛経験もなく、それですらろくな情報を入れることもなく過ごしてきた。ましてや男同士の付き合い方の知識なんて持ち合わせているはずがない。
そう言えばクラウスに『好きだ』と告白された時も好きの意味をビート達と同じかと聞いた時に何か言われたはず。そう思って顔を上げてその横顔を盗み見た。
───違う、キスして、抱きしめて、その先もしたい『好き』だ。───
「あ……。」
それは探った記憶の中に確かにあった。その先───。
思い出したクラウスの声に心臓がぴょこんと跳ねて声が出た。
そうか、好きと言って抱きしめ合うだけじゃなくてこの関係には続きがあるんだ。
それがどう云うものなのか想像するのは難しいけれどクラウスとの関係を深め方法があるのならそれは恥ずかしくもあり同時に嬉しくもあった。
だけど今はキスですら練習が必要で…………
足をついピタリととめてしまった。
「どうした?」
「ううん、ちょっとつまずいちゃった。」
少しだけ空いてしまった距離を慌てて詰めてまた隣に並ぶ。
ついでに夜風に冷えたはじめた身体を温めようと少しだけ速歩きになった。
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